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4章 死する英傑

#5-1.予定調和の世界

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 陽射しも眩しい夏の日。
人間世界中央部では、唐突に出産件数が急増する事態に見舞われていた。
突然のように始まったこのベビーブームは、中央諸国連合軍によるベルクハイデ奪還のニュースと共に明るい話題として人々の間に広まり、『まだまだ魔族には負けていない』という希望を抱かせた。
ベビーブームは次第に広がり、わずか一月後には西部諸国で、そして北部にもほどなく伝染していった。
だが南部にのみ起こらなかった為、新聞などでも大帝国侵攻を例に挙げて『南部は神の怒りに触れたに違いない』と皮肉られる始末であった。

「ベビーブームって、そんなに頻繁に起こっているのですか?」
勉強の時間は止まり、一休みの時間であった。
自室にて、眼鏡を机に、椅子に腰掛け侍女のラズベリィと二人、雑談タイムに入ったトルテ。
色々話しながらに、最近にわかに話題になり始めた出産数増加の話題になったのだ。
「不定期ながら、結構頻繁に起きているようですね。それも、今回のように世界各地で連鎖反応のように起きるそうで」
実は、ベビーブーム自体はそんなに珍しい事でもない、というのが歴史の上での話であった。
トルテ自身はその辺り調べていなかったので知らなかったが、ラズベリィが言うにはかなり短いスパンでそれが発生しているらしい。
「一番直近で起こったベビーブームは、東部諸国が滅亡した年……魔王ドール・マスターが大々的に戦争に関わってきた辺りで起きました。次がその十数年前。先代魔王マジック・マスターが最後に国を滅ぼした年となっておりますわ」
「……変な話ですわ。何か大きな戦いがあると、その度に起きてるような……」
ラズベリィの話はとても興味深い事ながら、この、一見戦争と全く関係のないベビーブームが、実は戦争と密接な関係があるのでは? とトルテに考えさせていた。
トルテの意見に対し、ラズベリィは人差し指を立て、「いいえ」と続ける。
「こう考えてみましょう。『沢山の人間が死んだ年に、ベビーブームが起こっている』と」
とても恐ろしい推論だった。その意見に、トルテはぞくり、と気持ち悪いものを感じる。
「……実際どうなのですか? 確かに貴方が例に挙げたものは、沢山の方が亡くなっている事柄ばかりが起きていますが――」
「過去に起きたベビーブームは、いずれも魔族との大決戦や疫病の大流行直後に発生していたようですから、この予想は多分、当たっているのではないかと」

 つまり、減った分だけ増えるという事。
実際にどれ位増えるのかは不明ながら、それだけ頻繁にベビーブームが起きれば、確かに数億年単位で戦争を続けていても滅びる事はないのかもしれない。
何せ、魔族と人間が正面から対等に戦えるようになったのはここ数十年の話なのだ。
技術のおぼつかない頃や大国による同盟がなかった頃は、一方的に押され、押し潰される蹂躙劇ばかりが続いていたはずで、だというのに人類が決定的に滅亡への道を歩む事無く、今に至るまで血と文明を残してこれたのは、対魔族において唯一勝っていたその数を維持できる『何か』があったからに他ならなかった。

「……何故でしょう、人が生まれ、育つのはとても自然な事のはずなのに、そのお話を聞くととても人為的な物を感じてしまいました」
そっと、机の上に置かれた眼鏡の縁を指先で弄る。ラズベリィは澄ました顔で傍らに控えていた。
「とても自然な事。そう感じる事が、実はとても大きな力によって操作・管理されていた、というのはあながち無い話ではないのかもしれません」
どこからか取り出された小さな手帳。
それを開き、だが読むでもなく視線はトルテの方に向けたまま、ラズベリィは話を続ける。
「とても怖い事ですわ。誰かの意図によって世界が動いていたのだとしたら。そんな事にたった一人気づいてしまったら。姫様はどうなってしまうのでしょう?」
「……怖い事に立ち向かえるほど、私は強くありません」
侍女の流れるような試練の言葉に、トルテは不安げに眉を下げ、その手帳を見ていた。
「ラズベリィ。その手帳は……?」
「色んな人の、色んな反応を記したメモをまとめたものですわ。今のは私が旅先で色んな人に問うたものですの。その答えも千差万別ですが」
にっこりと微笑みながら、侍女はトルテにも見えるようにメモ帳を裏返す。小さく可愛らしい丸文字でぎっしりと埋め尽くされていた。
「結構、色んな返答があるのですね」
ぱっと見で見たそのページには、「それは神に違いないから私は神の御言葉に従う」というありきたりな宗教じみたものから、「もしかしてこの世の中がおかしいのはその『誰か』の所為なのでは」という危機感を感じるものまで、様々なものが書かれていた。
「でも、それが『誰なのか』を知ろうとする人はあまりいないのですね」
「そうですわね。正確には『知りたくない』のでしょう。怖いですから」
違いなかった。トルテだって、そんなのは怖いと思っていたのだ。言い知れぬ恐怖というか。不気味に感じてしまうのだ。
「『知らなければ幸せ』という事ですね」
「聡明な方は余計な事には首を突っ込まないものですわ。例えそれが世界に関わる大きな問題であったとしても。だからこそ、自分の力量で手に負えないことには関わろうとしないものなのです」
正解などどこにもないのですが、と、最後に含みを持たせ、侍女は窓の外を眺めた。
「ああ、今日は陽射しが強くて。こんな日に外出などしたら、日に焼けてしまいそうですわ」
侍女の言葉に、はっとして壁に掛けられた時計を見る。時刻は二時過ぎ。お茶にはちょうど良い時間であった。
「もう少ししたら時間です。ラズベリィ、支度をしてくださいな」
「もう済んでおりますわ。姫様に一言仰っていただければ、いつでも」
言いながら、ベッドの上にいつの間にか用意されている余所行きの服を指差す侍女。
先ほどまで何も無かったはずなのに、と驚くトルテに、少しだけしたり顔で澄ましていた。
「相変わらず、貴方は仕事が速いのですね」
「ふふっ、それほどでも」
主の驚いた顔が気持ち良いのか、ラズベリィは満足げに笑っていた。



 アプリコットへのお忍びの外出。侍女付き。
侍女に日傘を持ってもらい、トルテはゆっくりと街を歩く。
「早くエルゼさんに会いたいです」
にこにこ顔で歩くトルテに、侍女は不思議そうに首を傾げていた。
「姫様のお友達というエルゼさんですが、一体どのようにして窓の外に手紙を置いたのでしょうか……?」
今回トルテは、エルゼの呼び出しによって外出を決めていたのだ。
窓の外にくくりつけられた手紙。
まるでスパイ小説か何かのような手口だわ、と侍女は驚かされたが、トルテは全く疑いも無く手紙の指定通り出向くことにしていた。
異性に対する警戒心が非常に強いのは変態もといサバラン王子への態度を見ればわかるのだが、同性に対しては何故ここまで無防備になってしまうのか。
侍女となって日が浅いものの、このお姫様はそういう傾向が強いのかなあ、などと思ってしまった。

 そうしてついた公園。去年エルゼらとお喋りした公園である。
「一年って、思ったより早いんですよね」
その一年に思い馳せてか、トルテはほう、と小さく息をついた。予定の時間までまだ三十分ほどある。
「色々あったり、何かに集中しているとそう感じやすいのでしょうね」
思うところがあるのか、侍女もうっすらと笑う。樹陰が涼しかった。
「私は……いつも一杯一杯で、いつも姉様やエルゼさんや……近しい人達の事を考えてますけど。毎年、時が流れるのが早すぎます」
「楽しい時は一瞬で流れるもの。姫様はきっと、ご自身で思っているよりは幸せな日々を送っているのですよ」
「そうかもしれません」
色々あったけど、なんだかんだ、今の生活は気に入っていた。
歳を取らない体質だとか、中々帰ってきてくれないお姉様だとか、部屋の近くをうろうろしてる変態だとか色々気になる所もあるものの、トルテは概ね現状に退屈していない。
「姫様はそうやって笑ってらっしゃる方が良いですわ。お友達と会うなら、やはり笑いませんと」
「……はい」
いつの間にか笑っていたのか。侍女に指摘され驚くが、すぐにまた笑う。
「エルゼさん達、早く来ないかな」
木漏れ日の下、ベンチに座りながら、公園の時計台を眺め、トルテはそう呟いた。
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