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4章 死する英傑

#3-2.トルテのお茶会

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「お疲れのようですね? お茶でも淹れましょうか?」
その後も、机の上に飾られた花をさわったりしながらぼーっとするトルテに、侍女は気を遣ってか、休息を提案した。
「……お茶よりも、姉様の顔が見たいです」
しかし、トルテはそういう気分でもないらしく、眼を細め、ほう、と、小さく溜息をついた。
「お姉様というと、皇太子妃のヘーゼル様の事ですか?」
「私が姉様と言ったら、それはエリーシャ姉様の事です。もう何ヶ月も顔を見てません」
解っていない侍女に少しむっとしたのか、トルテは頬を膨らませていた。
ヘーゼルとは既に和解し、今では普通にお茶をしたりしている位には関係が修復されていたのだが、それでもトルテの中のエリーシャが占めるそれとは比較にもならないらしかった。
「お父様も兄様も、最近は北部の教団の教主の方と会談をしたりして忙しいみたいですし……なんだか、私だけ置いて行かれてるような気がします」

 国民に変わらぬ笑顔を見せ続けるのは、確かに皇女の大切な職務の一つだとは思うものの、トルテとしては、やはり政務にかかわることの無い自分が、皇族としては異端なのではないかと思うようになっていた。
政治なんて面倒くさいし、あまり関わりたいとは思っていなかったものの、目まぐるしく変わっていく世界の中、自分だけがそれを知らずにいるのは勿体無いというか、結局これでは大好きな姉様の役に立てないのでは、なんて思っていたのだ。

「なるほど、姫様は、世界の事を知りたいのですね。常に新しい情報を求めている、と」
「そこまでは言いませんけど。知らないといけない事を私だけが知らないのなんて、格好悪いですから」
世界情勢に限らず、昔はどうでもいいと思っていたことながら、色々と調べていくうちに、自分があまりにモノを知らなすぎるのだと気づき、途端に恥ずかしくなったのだ。
世界には様々な事柄が溢れている。
トルテはそれに気づき、それを知りたいと思うようになった。そして、できるならそれを理解したいと思っていた。


「ラズベリィ、貴方は、今までどんな生活をしていたの?」
話は切り替わる。この話には際限がないのだと気づき、やめたのだ。
「私の過去に興味がおありですか?」
「別にそういう訳でもないですけど。貴方って、他の侍女の方と違う印象を受けるから」
驚いたように口を開きながら、しかしトルテの返答にすぐに微笑み、侍女はお茶を淹れはじめる。
「私は、様々な所を旅して参りました。暑い所、寒い所、善い所、酷い所。様々でしたわ」
「冒険者だったのですか?」
「いいえ。ただの旅人ですわ。冒険は、好きではありませんから」
堅実に一般人やってるのが好きなんです、と、侍女は笑う。
やがて温かな琥珀色が揺れるカップがトルテの前に置かれた。
「ただ、困った事に一箇所に留まるというのが苦手でして。半年か一年……もしかしたら、いくらかしたら、このお勤めもお暇を頂いて、他所の土地に移ってしまうかもしれませんね」
「それは残念です。貴方は、話していて面白そうな方だと思ったのに」
出されたカップに唇をつけながら、トルテは眉を下げ、呟いた。
「あ、美味しい……」
一口、口の中に入った紅茶の風味のよさに、トルテははっと目を見開き、顔を上げた。
「私の地元のお茶ですわ。お口に合いましたか?」
「ええ、とてもいい風味。貴方の故郷は、きっと豊かな、恵まれた土地なのですね」
満足げに微笑む主に、侍女も嬉しそうに笑っていた。
「確かに、恵まれている土地だと思います。人々も、心に余裕があり、思い思いの好きなことに没頭できていますから」
「それは魅力的ですね……」

 この世界にもまだそんな場所があるのだというなら、それはどれだけ幸せな国なのだろう、とトルテは思いを馳せる。
色々旅をしていたというのだから、遠方よりの来訪の末ここに辿り着いたのかもしれないが、まだまだ自分の知らない国というのは存在しているのだ。
先ほどまで調べていたように、ここの他に15も世界が存在するのだから、もしかしたら自分が知らないような幸せに満ち溢れた世界も存在しているのでは? なんて思ってしまった。
お茶にあわせて、それとなく出されたマフィン。
いつの間に焼いたのか、美味しそうな香りが部屋を支配していた。
それも、通常とは異なる、嗅いだ事のない強い香りである。

「こちらはバナナという、東部でしか育たない果物を用いたマフィンですわ。その紅茶には、こういった果物の甘さを感じられるお茶菓子が良く合うのです」
「バナナ……この甘い香りも、その果物の香りなのでしょうか?」
「はい。紅茶の香りが台無しに、とお思いになるかもしれませんが、この甘い香りは、紅茶の香りを打ち消す事無く、むしろお互いの香りをより高める相乗効果を持っているのです」
本当かしら? と思いながら、トルテは小さく割って口に運んでみる。意外と、過ぎるほどに甘くはなく、だけれど香ばしい。
紅茶を一口。豊かな風味が広がる。トルテは驚いた。
「すごい」
そこまで紅茶にこだわりがあるわけでもなかったトルテだが、その風味のよさ、相性のよさには驚かされてしまっていた。
「お茶菓子とお茶にこんな相性があっただなんて、知らなかったです」
「無理もございませんわ。この辺りの茶葉は、お茶菓子を選ばない、割と万能なものが多いですから」
割とチート気味です、と訳の解らないことを呟くのだが、トルテにはそこまで聞こえていなかった。
「そもそも、かつてこの近くにあったピースリムルという領は、紅茶の一大生産地となっていたらしいですから。恐らく、当時であっても私の故郷などよりも、紅茶の開発は進んでいたのでしょうね」
よりよい風味を。よりよい後味を。何にでも合う素敵な紅茶を。
そうして代々の領主一家によって改良を重ねられていった茶葉は、やがて何にでも合う、この地方独特の茶葉を生み出したのだ。
「でも、それは紀元前のお話では……何億年も昔のお話なのに、今の時代まで受け継がれているものなのでしょうか?」
一億年もあれば新たな生き物が生まれたり、進化したりして人型にまでなりうるのだ。
紀元後、どれほどの年月が経ったというのか。それほどの年月の中、わずかでも狂いが生じれば、そこで途絶えてしまう事すらあるというのに。
それは、当然植物にしても同じ事で、そして、人の文化も同じように時代と共に変化していくものである以上、それがそのまま受け継がれているとは、トルテには到底思えなかった。
「一つの完成されたシステムというのは、存外長く永らえるものなのですよ? だって、人間はそれ以上に進化しないでしょう? 人が生まれ、生き、死ぬ。そしてそれまでの過程、全てが同じままのはずです。技術の進歩なんてものは、時代ごとの変移なんてものは、所詮は、わずかな時の間に生まれた瑣末な変化に過ぎませんもの」
どれだけ時代が変わっても、良い物は残るのです、と、侍女は澄ました顔で胸を張る。紺色のメイド服の胸元が揺れた。
「貴方は、とても深遠な世界観をお持ちなのね」
トルテにはそれが解らなかった。
わずかな時の間にも目まぐるしく世界が変わっていくというのに、書物を読めば読むほどに、次々と何かが変わり、終わり、そして新たに生まれてくるというのに。
それが、全て些細な出来事にすぎないだなんて、そんな事を言えてしまえる侍女の価値観についていけなかった。
だが、同時に強く興味を惹かれもした。
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