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3章 約束

#9-3.老魔術師の死

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 ティティ湖西部の本陣にて。
もう、日が暮れようとしている時間だった。
湖から流れる川のほとりで、エリーシャは一人魔法の鍛錬を行っていた。
「たいしたもんだな」
アル・フラより伝授された衛星魔法を極めようと続けていたのだが、不意に背後から話しかけられ、集中力をそがれてしまう。
振り向くと、見慣れたショコラの勇者が立っていた。
「……リットルじゃない。貴方、ショコラの部隊を率いていたのでは? ショコラ勢はこの間クノーヘン要塞に詰めたと聞いたわよ?」
「名目上はな。でも、先の戦いで宮廷魔術兵団の地位が跳ね上がってなあ……あいつら、国からの意向ばかり気にかけて俺の言う事まるで聞きやしねぇ」
なんとも情けない有様であったが、リットルも自分でそう感じているのか、肩を縮こませていた。
「指揮権のほとんどは魔術兵団の指揮官のアリーテが握ってる。俺はもう居るだけ、起こったことの責任取るだけだよ」
エリーシャ不在の際には総司令官すら受けていた勇者が、今はなんとも寂しい立ち位置であった。
「そちらも難しい立場になってるようね。でもそう、やっぱり、ショコラの上層部は砲撃魔法重視の考えなのね」
「ああ、先の戦いで圧勝しちまったからな。上の連中、調子に乗ってやがるよ」
思わしくない国情に、リットルは大きな溜息を吐く。
「とはいえ、砲撃魔法は確かに強力だ。使い所は限られるだろうが、上手く使ってやって欲しい」
「機会があればね。でも、だからって貴方が陣を離れてここに居るのはどういう事?」
名目上だけとはいえ、指揮官たる勇者が現場を離れこんな場所に居ていいはずがなかった。
これでは、万一の際に重大な責任問題に発展しかねない。
しかし、エリーシャの問いに、リットルは表情を暗くした。

「アル・フラ師が亡くなった。昨日の朝の事だ」

「……そう」
突然の訃報に、エリーシャは一瞬目を見開き、そして、背を向けた。
「師は元々先が長くないと言われていてね。今回も、死ぬのを覚悟した上で俺達についてきたらしいが……」
「惜しい人を亡くしたわ。安らかに眠れたのかしら……?」
背を向けたまま、エリーシャは呟く。
「幸せそうな顔をしてたぜ。笑ってた」
「ならいいの。幸せに眠れたなら、それが一番だわ」
まるで自分に言い聞かせるような震える言葉に、リットルは何か言おうとし、しかし言えずに押し黙っていた。
「――尚更、私はこの魔法を完成させなくちゃいけないわね」
再びリットルに振り向いたエリーシャは、表情も強張っていた。
「さっきからずっと鍛錬してたようだが、何の魔法なんだ?」
「衛星魔法よ。アル・フラさんは、この魔法を私に教える為、ここまできてくれたの」
アル・フラの形見とも言える、彼の努力の結晶。
文字通り心血を注いだ彼の全てである。
「師の研究してた魔法か……宮廷から研究取りやめの処分を下されたとは聞いていたが」
「彼は、時間さえあれば、実践的な魔法として完成する余地はあると思っていたの。だから私が引き継いだわ」
彼が亡くなった今、彼が生きたという証を立てる為には、最早この魔法を完成させる他ないと、エリーシャは考えていた。
「師は宮廷でも古参の部類でな……人のいい爺さんで、俺もたまに世話になったりしたが、そうか、お前さんが師の研究を引き継いだのか」
感慨深そうにリットルは語る。短い金髪頭を後ろ手にかきながら、それを思い出すように。
「手を貸すぜ。どんな魔法か詳しくは知らんが、魔法の鍛錬は一人より二人でペア組む方が容易いはずだ」

 魔法は、基本的に一人で鍛錬するよりは、発動対象が別にいた方が練度が稼げると言われている。
魔法を発動させる際に重要な、目標へのイメージや計算が正確にしやすくなるからである。
同時に、多くの場合実戦において対生物に使われることが多い為、訓練の相手は人型に近いほど良いと言われていた。

「……なら、私に破壊魔法を撃ってみて。防御がきちんと機能するか試したいの」
ちょっと待ってね、と言いながら、衛星魔法を発動させてみる。
すぐに光の珠は発生し、五つほど、エリーシャの周りをふよふよと浮いていた。
「構わんのか? 手加減はするが、しくじると結構痛いぞ?」
「んー、理論上は大丈夫なはずよ。それより、カウンター機能も試したいから、貴方の方こそ注意して頂戴」
使えるならばとことんまで、というのがエリーシャの方針であった。遠慮はしない。

 こんな機会はエリーシャとしても滅多にないのだ。
リットルは勇者としてはかなり優秀な方で、何せショコラの勇者だけあって魔術に優れている。
結構器用で色んな破壊魔法を駆使できるし、魔法の威力はかなり高い。
リットルの魔法をガードできれば対魔法防御面では信頼の置けるレベルと言えるし、カウンターもリットルならば死ぬ事はないだろうとエリーシャは考えていた。

「というか、この短期間でよく実装レベルまで覚えられるな……俺なんて丁寧に教えられても半年は掛かるぞ」
「なんとか本格的な戦闘になるまでに覚えたかったからね。それより、早く撃ってよ」
距離を置きながら、しきりに感心するリットルではあるが、そんなことはどうでもいいとばかりに、エリーシャは求めた。
「解ったよ、じゃ、遠慮なくいくぞ――」
真面目な表情で、リットルは魔法をイメージした。


「――痛ぇ」
「大丈夫? 大丈夫よね」
「ああ、まあ、死んじゃいねぇが」
数分後、リットルは地面に倒れ伏していた。
彼が放った炎の魔法はエリーシャに着弾する前に消滅したのだが、周辺の光の珠がそれに反応してか一斉に同じような魔法を連射してきたのだ。それも五つの珠が同時に。
カウンターが来るとはわかっていたものの、まさか連射されるとは思いもせず、リットルは飛んできた無数の魔法弾を相殺しきれずに吹き飛ばされたのだった。
「あっぶねぇ。威力は俺の撃ったのと同じ位なのか? 加減してなかったら殺されてたぜ」
ある意味エリーシャの判断が正しかったのか、彼女が今まで何故一人で鍛錬していたのかを明確に思い知ったリットルであった。
「うーん、調整が甘かったかしら。今のは、自分に攻撃してきた魔術師に対して、術者を自動認識してカウンターする機能なんだけど……」
対して、エリーシャはデータ取りに余念がない様子で、あまりリットルの惨状を気にしていないらしかった。
「いや、まあ、十分面食らったけどな。普通に殺す気で撃ったら自分が何倍にも返される訳だし。自分の魔法攻撃以上の魔法の嵐なんて浴びせられたら普通は死ぬだろ」
「人間ならそうでしょうけどね。魔族はそうも行かないから。属性が同じだと場合によっては効きもしない可能性があるわ」

 基本的に人間にはほとんど無縁の物であるが、魔族には属性の相性というものがある程度存在するらしく、一つの魔法が全ての魔族にダメージを与えられるとは限らない。
ありがちな話としては、炎を得意とする魔族には炎の魔法は効き難いことが多いし、風を得意とする魔族には相反する地の魔法は効果が薄かったりする。
ウィッチやウィザードなどの魔法に長けた種族ならば、その魔法耐性自体も非常に高く、複数の属性を無効化される事もある。
メテオを始めとして、それら相性を無視した物理破壊魔法というものも存在するが、そのほとんどは人間一人で行使するのは不可能であったり高難易度過ぎて中々覚えられなかったりと、アル・フラの研究上これらの魔法をカウンターで返すことは不可能であると理論付けられていた。

「カウンターの属性を、受けた魔法の真逆にする、とかできれば効果的かも……?」
「俺にはその魔法が何がどうやったらそうなってるのか全く解らんのだが……」
腹部に手を当てながらあれやこれやとぶつぶつ呟くエリーシャに、リットルは「お前は何をやってるんだ?」と言わんばかりに微妙な顔をしていた。
「この魔法の特性って、つまり術者の思考能力やなんかがダイレクトに影響するのよ。術者が抱くイメージが強ければ、それだけ色んな機能を追加できるらしいの」
「便利なような訳が解らんような……」
「それはそうと、まだ立てない? 辛いなら治癒の魔法でもかけましょうか?」
言いながら、エリーシャの周りに光の珠がふよふよとリットルの周りに集まってくる。
リットルは一瞬顔を引きつらせるが、光の珠は柔らかに光り、受けたダメージを優しく癒していった。
「お……おおぅ、なんだこれは。こんなことまで出来るのか?」
人間世界においてはとても珍しい治癒の魔法である。
それもかなり時間効率が良いのか、瞬く間にリットルの痛みは引いていく。
この際エリーシャがイメージしたのは、かつて魔王が見せた治癒の秘術だった。
「すごく便利よ。燃費は洒落にならない位酷いけど」
気が付くと、光の珠はいつの間にか四つに減っていた。
「長時間は出せない感じなのか」
「今のところはね。でも、その内一日中でも出せるようにしてみせるわ」
そこでようやくエリーシャが無理しているのを察してか、リットルは立ち上がり、再び対峙した。
「よし、今度は別の属性で行くぞ。上手く返せよ」
「……貴方、結構いい人なのね」
その真剣な表情に、何故かエリーシャはぽかんとし、そんな事を呟いていた。
「惚れたか?」
「ないわ。同世代の男って、多分一番ありえない」
「だよなあ」
そうしてそんな馬鹿らしい話をしている間に、光の珠は三つに減ってしまった。
どうやら気が抜けるとダメな魔法なのかもしれないとリットルは気づき、再び魔法の発動に掛かった。

 翌日、リットルは戦地での負傷扱いでヘレナに運ばれていった。
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