なななななな

海蛇

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なななななな

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 学生はいつだって多忙だ。

お洒落やゲーム、好きな人の好みを探ったり、漫画本を読んだり。

勤勉な人なら勉学に励んだりスポーツに時を費やす人もいるだろうし。

そうでなくたって、寝ている時間をこよなく愛したり、電車が好きで一日中時刻表を眺めていたり、食べ歩きが好きでお金に困ってバイトに明け暮れている人もいるだろう。

学生は、そんな色んな『忙しい』に追い回されている。


 僕の『忙しい』は、探求から始まる。

空を見上げればUFOなんかが飛んでるんじゃないかと思ってじーっと眺めていたり。

本を読めばどこかに未知の暗号でも潜んでやしないかと色んな読み方を試してみたり。

放課後の学校なんて、僕にとっては夢のような世界だった。


 何せ不思議に事欠かない。

沢山の謎があって、解決もされないまま放置されている。

良くある『七不思議』なんてのも興味深かったが。

・三階の女子トイレにお住まいの花子さん(二十七歳)。

・深夜の廊下にお住まいのサッチャン(下半身不在)。

・科学準備室を縄張りとしている人体標本(同性愛者)。

・校長室前の大鏡の中に陣取っているお姉さん(ショタ狂い)。

・時折夏のプールに現れる妖精さん(手だけ)。

・誰もいない音楽室でピアノを弾いている音楽家の肖像(対人恐怖症)。

このように、我が校の七不思議は微妙に夢が無い構成となっていた。


 花子さんは美人だしすごく良い人なんだけど、高校のトイレに入り浸っている大人と考えるとすごく残念な人のように思えてしまう。

サッチャンは他の学校では『テケテケ』だとか呼ばれているが、何故サッチャンなのかは本人にも解らないのだという。

異人さんにでも連れて行かれたのだろうか。

人体標本は怪談というよりはリアルに差し迫る恐怖という意味で大層怖い存在だった。

もう二度と一人で準備室に入らないよ。

大鏡の中のお姉さんは特定の時間帯に自分の前に通りかかった少年なら問答無用で拉致するが、対象外の相手は基本スルー。

少年に対してサイコパスな事以外は花子さんと同じ位には常識人だった。

プールの中の妖精さんは単に悪戯好きなだけで実害が皆無なのが解っている。

音楽家の肖像が動いている所を目撃するのは苦労させられたが、今の時代デジカメの自動録画機能でばっちり収めることが可能だったので、それをネタに本人(?)に揺さぶりをかけ認めさせた。


 ここまで話せばお分かりかもしれない。

僕はその手の怪奇現象と関わるのが好きで、関われてしまう特殊性を持っている。

曰く、霊能力だとか霊感だとか言われるようなものだろうか。

よく解らないし、人に言えば頭がおかしいと思われるかもしれないので黙ってはいたが。

事実、学校の怪奇現象ご本人たちとは、ばっちりコミュニケーションを取れているのだ。



「七不思議の、七番目の正体を知りたいの……?」

この放課後もまた、好奇心を満たすためだけに花子さんの元に訪れる。

他の怪奇現象達が時間的な都合上会うのに手間が掛かるのに対し、花子さんは特定のトイレに行けばいつだって会える。いつだって話せる。

学校の事に関してもかなり詳しく、例えば科学教師の伊藤先生と三年の藤沢さんが密かに付き合ってることだとか、校長先生がバレバレのハゲを隠そうとしているだとか、事務員のおばちゃんが運営資金を着服しているだとか、そんな知りたくもないリアルな裏事情も教えてくれたりするのだが。


「やめたほうが良いわ。知ってもいい事なんて何もないし」

だけど、花子さんは渋っていた。

確かにここまで僕が調べた七不思議は、がっくり来る事の多い人達で構成されていたのだが。

やはり、花子さんの反応を見るや、今までと同じようにしょっぱい内容なのかもしれないと、軽くため息が出てしまう。

「まあ、花子さん達見てればなんとなく想像もついてたけど――やっぱり七つ目もしょっぱいんだね」

夢が一つ、潰されてしまったような気がした。これが大人になるという事なのだろうか。悲しい。

「えっ? ちょ、なにその反応!? 違うのよ? 私別にしょっぱい訳じゃないし! すごい有名どころだし!!」

花子さんは必死だった。わたわたと手を振っている様はコミカルと言うか。笑ってしまう。

「笑わないでったら! もう、そういうんじゃありません。本当に、知ってしまうと大変なんだから」

勘違いしないでよね、と、唇を尖らせる。良い歳したお姉さんのする仕草と見ると子供っぽいなあと思ってしまった。

でも、それとは別に花子さんの言葉に気になるところもあったのだ。


「よく、『七つ目を知ると不幸が訪れる』って聞くけど、やっぱりそういう事になるの?」

どこを見ても学校の怪談だとか七不思議だとかいうと、最後の七つ目が問題になってくる。

そしてそれを知れば大変な事に、というのは、オチとしてよくある話でもあった。

「んー……まあ、不幸、と言えば不幸なのかなあ?」

しかし、花子さんは今一はっきりとしない。

「でもね、君が本当にそれを求めてるなら私が教えるまでも無く、七つ目の不思議は向こうからやってくるわ。でも、それは私から見て、あんまり望ましい事じゃない」

難しそうな顔をしながら、僕の方をじっと見る。

「私から見て、君はすごく曖昧な位置にいるわ。今はまだ普通の人の範疇に納まれている。だけど、普通の人には決してできない事を、君はできてしまっている」

怪奇現象と話すことが出来る事を言っているのだろうか。

確かに、この能力は他の人には無いものなのかもしれない。

でなければ、霊能力特集だとか、そんな胡散臭い番組が毎年のように流れたりはしないだろう。

人は、霊だとか怪奇現象だとか、そういったものを信じていないのだ。

だから、怪談と聞いても嘘っぱちだと思うし、作り話の範囲で怖がって、そこで完結する。


 だけど、僕は違う。

だって、空を見ればUFOの中から宇宙人が手振りしたりする。

なんとなく見つけた古びた本は正真正銘、ヒトの皮でできた怪しげな暗号だらけの魔術書だった。

こうやって人気もまばらになってくれば、学校は怪奇現象で一杯になる。

七不思議と呼ばれている人達以外にだって、いや、学校に限らず、この世界は『不思議な人達』で一杯なのだ。


「たまにいるのよ。君みたいに変わった人って。皆好奇心が強くって、皆『私達』の事をナチュラルに認めていた。怖いものとしてではなく、まるでいつでもそばにいる隣人であるかのように振る舞い、関わり、そしてやがて知ってしまう」

謡うような言葉だった。シン、と冷たくなった雰囲気に、僕は声を出せなくなる。

「だけど、全てを知ることがその人にとって幸せになるとは限らないわ。時として、それは想像だにしない、手に負えない結末を迎えてしまう事だってある。知ることが、幸せに繋がるとは限らないの」

とっても不思議な言葉だった。まるで、知ってしまった人がどうなったのかを知っているかのようで。

いや、きっと花子さんは知っているのだ。七つ目を知ってしまった人の末路を。


「つまり、僕の前にも、七つ目の事を花子さんに聞いた人が居たって事?」

逆算すると、そういう事になるんじゃないか。

そんな事無いと言われてしまえばそこまでだけど、それ位の鎌掛けは許してくれるんじゃないかと、僕は試してみたのだ。

「……」

花子さんは黙ってしまった。空気は更に冷たくなっていく。

明らかな警戒がそこにあった。失言だったのかもしれない。

あの、優しい花子さんは何処に行ったというのか。

まるで怪談の中の花子さんのようで、作り話のはずのソレのように、花子さんはぎり、と、僕を睨みつけていた。



 個室の中にも届く茜色の光は、だけれどうっすらと弱くなっていた。

逢魔が時はもうすぐ終わる。これからは、闇が支配する時間だ。

「――ねえ、今夜は満月になるのかしら?」

個室の外を気にしてか、花子さんはちら、と、視線を逸らしていた。

「わかんないけど、確かにもうそろそろ丸くなると思うよ」

「そう」

はあ、と、大きく息をつき、眼を閉じてしまう。

「残念ね。本当に残念」

小さく呟きながら、座っていた便器の蓋から立ち上がる。


 ふつ、と、不意に、トイレが真っ暗になった。

停電か。はたまた誰かの悪戯か。

いつだって怪奇現象と隣り合っていた僕でも、流石にそれには驚かされる。

暗いのは、結構怖い。人は、視覚を封じられると怯えだすのだ。

「月は昇り始めてしまった。逢魔が時は最後の逃げ道。あの明るい世界に逃げ込まなければ、外れた人は人でいられなくなってしまう――」

何も見えなくなった僕の前に、花子さんは居たはずだった。

暗くてその存在すら不確かだけれど、花子さんの声はトイレ中に木霊する。

「花子さん? ねえ花子さん、どうしたの!? これは――」

何が起きているのか解らなかった。ただ、目の前に居たはずの花子さんの存在が、やたら大きくなっているように感じられて。

僕は、声を張り上げる位しかできなかったのだ。

「残念だわ。だけど仕方ないわね。そう、『仕方ない』」

花子さんの声は響く。ぞくり、得体の知れない感覚が走り、僕はトイレのドアを開けようとした。開かない。

当たり前だ、鍵が掛かっている。どこに? 内側のはずの鍵が見えない。そう、見えないのだ。僕は、なんにも見えない。

「君のように何でも知りたがる人は、やがて覗いてはいけない深淵を覗いてしまう。知ってはいけない事を知り、やがて自覚も無いままに人でなくなってしまう」

トイレに響いていると思っていた花子さんの声。

だが、違う。違うと気づけた。花子さんは、花子さんの声は、僕の耳の内側に響いていたのだ。

「君は果たして人間なのかしら? こんな時間にこんな場所に来て、私の声を聞いてしまう。そうして君は言うのかしら? 『花子さん遊びましょう』って。もしそうなら素敵だわ」

悪寒が止まらない。寒い。ゾクゾクと身体が震える。緊張に、声もあげられなくなっていた。

今の僕は冷静なのだろうか。それとも狂っているのだろうか。それすらも、解らなくなっていた。


「君は勘違いしていたの。『自分の周りにある世界は、平和なのだ』と。『今見えている者達は、自分に危害を加えたりはしないだろう』と」

たまらずにドアを蹴飛ばす。体当たりをする。壊れた。ドアが壊れた。ようやく出られる。出られた。暗い。なんにも見えない!!

手探りでそこから逃れようとした僕の前に見えた手洗い場の鏡。

何にも見えないはずなのに、ギラリと輝いたその中には眼を閉じた僕の姿。

「――ひっ」

引きつった声をあげ、鳥肌を全身に、僕は駆け出す。


 真っ暗な学校。見慣れたはずのそこには、見慣れたはずの怪奇現象達がいるはずなのに。

僕の眼に映っているのは、それまで一度たりとも見た事の無い『怖い』怪奇の住民達だった。

憎しみがこもっているかのような血走った赤い眼の女が、血まみれのはさみ片手に追い回してきた。

逃げた先に居たのは首の無い犬のような生き物。

「あっ――ああっ」

もし、花子さんの言っていた事が『そういう意味』だったのなら、僕はなんと愚かだったのだろう。

今目に見えているモノが、本当に居る者達だったのだとしたら。

ソレまで僕が見ていたものは、一体何だったのか。

もし、そう、もしこれに『僕の前の人』が気づいたのだとしたら。

気づいてしまったのだとしたら、その人は一体、どうなったのだろうか。

「――はっ」

はさみの女と首無しに前後を取られ、僕は笑っていた。

「ははっ、ははははっ」

笑うしかなかった。きっと僕は、超えてはいけないラインを踏み越えてしまったのだ。

七不思議という、知ってはいけない事を知ろうとしてしまった。

人と魔との境界である逢魔が時を超え、それでも尚、花子さんに求めてしまったのだ。その答えを。

はさみが迫ってくる。首の無い動物の切断面が、僕の顔に迫っていた。





「よく解ったかしら? そもそも、七つ目『以降』を知ることができる人なんて、既に人じゃないのよ。六つ目までが人間の領域。そこを踏み越えたら、後はもう、『私達』の世界しかここにはないの」

どれ位経ったのか解らない。

今、花子さんは呆れ顔で僕に説教をしていた。

なんとも恥ずかしい話で、僕は花子さんの前で涙目になっていた。

「僕は、どうなったの?」

「私達と同じになったの。七つ目を知ってしまった人は、既に人の世界では生きられない。貴方は新たな怪奇現象の一つとなったの」

よく解ったかしら? と。花子さんは微笑みかける。

「……あれ、もしかして、僕の前に知ろうとした人って――」

「そうよ。皆君と同じ。知ってはいけない事を知ろうとして、うっかりこっち側に踏み入ってしまった人達よ。因みに私は保険の先生でした」

なんとも酷いオチだった。気づいた時にはもう戻れない。なるほど、確かに大変な事になっている。

「だけど、こちらの世界の存在は、同類には敵意を向けたりしないわ。今まで一人ぼっちだった貴方も、これからはずっと、仲間と一緒」

もう怖くないわ、と、手を差し伸べてくれる。

「あっ――」

それは、不意打ちのような言葉だった。

「本当に、仲間で居てくれるの? 一人ぼっちじゃない? いじめない?」

「いじめない。女の子に酷い事する奴だっていない。望めば、いくらだってお話に付き合ってあげる。一緒に『向こう側の人』をからかってやってもいいわ」

中々楽しいのよ、と、花子さんは笑った。

「……うん」

それは、素敵な世界だ。きっと楽しいに違いない。

「よろしくね、花子さん」

「ええ、よろしく」

滲む風景。唇を震わせながら笑った僕に、花子さんはにっこりと微笑み、この手を握ってくれた。










「ねえ花子さん。花子さんの前の人ってどんな人だったの?」

そうしてまた、新しい人がやってくる。

僕のように七つ目の不思議を求めて。やさしい世界の住民に仲間を求め、孤独な人がやってくる。

「僕の前の人は、とっても優しいお姉さんだったよ。27歳位だけど」

「27って……なんで学校に?」

「保険の先生だったんだって。因みに僕は16歳だ。君と同じくらいだね」

「なるほど~。今代の花子さんは私と同い年の女子高生だったんだね。ところで、花子さんにご相談があるんだけど――」

ああ、この子もそうなのだろう。今夜は果たして満月だろうか。

逢魔が時はもうすぐ終わる。果たしてこの子は受け入れられるだろうか。



 学校には、不思議が溢れている。

七つ目の不思議の次には八つ目。九つ目。いくらでもある。

こちら側に来てしまった人の数だけ。

そうして、七つ目以降の不思議は、どんどんと後ろ暗く、歪んでいく。

僕の前に花子さんだった人は、今ではもう、人の形すらしていない何かになっていた。

あの日あの時、僕が『あちら側』で見た最後の光景。

あの二つの何かは、きっと『六つ目まで』に留まりきれなかった人達の成れの果てなのだ。

七不思議も、随分様変わりしてしまった。

僕があちら側にいた頃の七不思議の中で生き残っているのは大鏡のお姉さん位。

どうやら誘拐したショタを喰い散らかして生き永らえているらしい。色々と参考になる。

この子はいつまで保つだろうか。

きっと、前の花子さんはこうなるのを知っていて、ああいう風に答えてくれたのだろう。

仕方ないのだ。こんな世界に関わろうとする人なんて、どうせあちらの世界では馴染めない人なのだから。


 だから僕は苦笑する。あの日の花子さんのように。

彼女の質問には、同じように答える事になるだろうと、そして彼女がどう選択するのか、もう解っていたから。


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※この作品は作者が「小説家になろう」にて投稿した作品を投稿しています。
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