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もしもし、私メリーさん
しおりを挟む『もしもし、私メリーさん』
こういった電話が掛かってきた時は注意が必要だ。
冒頭からこう言うと、皆には都市伝説でよくある所の『メリーさんの電話』の逸話が真っ先に浮かぶところだろう。
しかし、今回お話しするものは、皆が知っているようなただの逸話ではないのだから。
さて、『メリーさんの電話』に出てくる『メリーさん』には、様々な対策方法があるのをご存知だろうか?
甘いものが好きで、台所にシュークリームを置いておくとそちらに気を取られてそのまま帰ってしまうだとか。
家や部屋の全部の鍵をかけると入ってくることが出来ないので、その内に泣きだして帰ってしまうだとか。
二回目以降の電話を無視し続けることで回避が可能という話もあるので、機会があったら試してみて欲しい。
だけど、気をつけなくてはいけない事がある。
以前、こんなことがあった。
山も川も無い、小さな田舎町の出来事だ。
その町の中学校に通う少女。彼女をAと呼ぼうか。
Aはウワサ好きな少女で、怪談話だとか、UFO伝説だとか、そういったオカルト関係のお話にも興味を持っていた。
どこにでもいる年頃の女の子だ。
特に趣味的な方向にこじらせていたのではなく、あくまで雑談のネタとして優秀だから、色んな人からそういう話を聞いて回ったりもしていた。
ある時、Aは学校の友達Bからこんな話を聞いた。
「メリーさんから電話が掛かってきたら、絶対に聞いちゃいけないことがあるの」
Bは、Aが怪談好きなのを知っていたので、学校での雑談の中でそれを教えてくれたのだが。
これが、彼女の好奇心を大いにくすぐっていた。
「『貴方は本当にメリーさんなの?』っていう質問。一度目は『勿論、私はメリーよ』って答えてくれる。でも、二度目、三度目と続けていく内に……」
そこで、友人は言葉を区切ったのだ。とても気まずそうに。
気になってしまって先を待ち焦らされるAは、「早く教えて」と急かすのだが。
「続けていく内にね……段々と不機嫌になって、それから後は知らない」
「知らない?」
「うん。知らない。でも、どんな質問でも繰り返しされたらイラっとくるから、腹を立てたメリーさんに殺されるとかそういうお話なんじゃないかな?」
タメになったでしょ、とBは笑うのだが、Aは肩透かしをされた気分になりへにゃりとうなだれてしまう。
「はあ、その先が気になるのにー」
「お話のネタにしたいなら自分で作ればいいじゃん。怪談とか都市伝説とか、探しても似たようなお話ばっかりになるでしょ?」
「そんな事はないよ。怪談とか伝説はね、噂されていくうちに進化するのよ。それも、すごく怖い方向に」
呆れたように苦笑いするBに、Aは胸を張ってにっこり笑う。
そう、彼女はとても魅力的な女の子だった。明るいし、人から好かれている。こういう子は狙われやすいんだ。
別に、Aは伝説の類を信じているわけじゃなかった。
ただ、お話として面白いものも多くて、怖がる友達を見るのが愉しくて、というのもあってよく耳に入れていたのだ。
だから、そんな事が本当に起きるなんて、思いもしなかったんだと思う。
その日の夜。風呂上りの自分の部屋で、彼女のスマホに電話がかかってきたんだ。
見てみると画面には登録してもいない番号と『メリーさん』の文字。
勿論Aは誰かの悪戯なんだろうと思って、でも無視するのも相手に悪いと思ったので出てしまう。
「誰? Bちゃん?」
だけど、沈黙が続く。
ただの無言電話。やっぱり悪戯かと思って耳を離そうとしたAだったけど、そんな時、相手がこう言った。
『もしもし、私メリーさん。今学校の前にいるの』
その声は、Bのモノとは違う、ややハスキーがかった大人の女の声だった。
だけどAは「誰かがBと一緒になってからかってるんだろう」くらいのつもりでしかなくて、まだ笑っていた。
「はいはい、メリーさんね。何の――あれ?」
冗談めかして相手の用件を聞こうとした矢先、電話は切れてしまった。
「……もう、何よ」
ちょっとだけ腹立たしく感じながら、でも、「その方がメリーさんらしいか」と思いなおし、Aはベッドに横たわった。
五分くらい経過し、漫画本を読んでいる時、また電話が鳴った。
違う番号。だけど同じ『メリーさん』。
Aは「手の込んだ事を」と苦笑しながら電話を受けてしまう。
「もう、今度は誰よ? あんまりやってると笑えないよ?」
何人でやってるのかしら、と、随分と大掛かりな悪戯だと思い込んでいたAは、電話先の相手に問う。
『もしもし、私メリーさん。今コンビニの前にいるの』
彼女の住む町には、コンビニは一軒しかない。
それも酒屋さんが最近始めたようななんちゃってフランチャイズ的な、夜になると閉まってしまう店だ。
学校からAの家までの丁度真ん中辺り。
なるほど、メリーさんらしく近づいているわ、と、Aは笑った。
「段々近づいてるのね。最後は私の家にくるの?」
きっと笑いをこらえてるであろう相手に問うも、やはりぶつりと切られてしまう。
だけど、これが『お遊びのメリーさん』ならそうなんだろう、と、Aは気にせず次の電話を待つことにしたのだ。
十分ほど経って、だけど電話は掛からなかった。
なんで電話が掛かってこないのかは解らなかったけど、Aは「きっと飽きたんだろう」と、もう寝てしまうことにしたのだ。
だけど、眼を閉じてからいくらか経った頃、電話が鳴った。
電気をつければもう十一時。田舎の町ではとっくに皆寝ている時間だ。
画面を見れば、また違う電話番号。
どこかで見たような番号だけど、表示は『メリーさん』のままだった。
「もう、何よ。まだ続けてたの?」
すぐに家に来るかと思って待っていたAだったけど、流石にこの時間だと苛立ちの方が強かった。
ちょっととげとげしく電話の向こうに話しかけるんだけど、どうにも様子がおかしい。
「――けてっ」
誰かの声が聞こえた。それから、何かが激しくぶつかるような音。
「たすけっ――Aっ、Aっ、たす――あっ」
「え……あ、あのっ、どうしたのっ? 一体何が――」
自分の名前を呼ばれていると気づいたAは、驚きながら電話の向こうに言葉を返す。
だけど、後に聞こえたのは何かが割れる音と、蛙のようにくぐもった声をあげている誰か。それから。
『もしもし、私メリーさん。今貴方の友達の家にいるの』
さっきまでの電話と同じ『メリーさん』が呟き、ばりん、と、更に何かが割れる音がした後、電話が切れる。
「……えっ?」
悪戯にしては、あまりにも生々しい音がしていた。
電話の向こうで叫んでいた『誰か』は、間違いなくAの名前を呼んでいたのだ。
そして『メリーさん』の言っていた『貴方の友達の家』という言葉。
こんなのは、今まで聞いた『メリーさんの電話』の文言にはなかったはずだった。
ぞくり、と、背筋に嫌なモノを感じながら、何か解る事は無いかとスマホの画面を見る。
履歴には電話番号が残っている。だけど、見直しているうちに、Aは何か違和感を感じていた。
「この番号――もしかしてっ」
そして、それは確信へと繋がる。登録されているリストを見れば、そこには同じ番号があった。
登録名は『B』。つまり、さっき電話をかけてきたのは――
「やだ、冗談だよね……」
叫んでいた相手は、Bだったのではないか。
では何故? なんでBは自分の名前を叫んでいたのか。
あの『何かが割れるような音』とその後に聞こえた『くぐもった声』は一体何だったのか。
Aは、考えてしまわないように必死に「これはただの悪戯だから」と呟き、Bの電話に自分からかけようとしていた。
だけど、その前に、また電話が掛かってきてしまう。
恐る恐る画面を見ると、『メリーさん』の文字。電話番号はBのものと同じまま。
「……えぇ」
出るのも怖かったAは、だけど、出ずにはいられなかった。
冗談だったと。ただの悪戯だったと、Bからの電話かもしれないと、そう思いこみたかったのだ。
その思い込みが現実であってくれると思いながら、泣きそうになりながら電話に出てしまう。
『もしもし、私メリーさん。今、貴方の家の前にいるの』
声の主は、明らかにBとは違っていた。
ハスキーボイスの大人の女性。それが誰なのかは解らない。
だから、Aはこう聞かずにはいられなかった。
「貴方、誰? Bじゃないよね? 本当にメリーさんなの?」
さっきまでなら、こんな質問には答えられることはなく、電話は一方的に切られるだけのはずだった。
だけど、何故か今回は間を置き、また言葉が返ってくる。
『勿論、私はメリーよ』
どこか優しげな声だった。それが一層不気味で、そして、「なんで今回だけ答えたの?」という疑問がAを混乱させる。
「本当にメリーさん? あの?」
『ええ、本当だわ。今貴方の家にいるの』
「でも、そんな、メリーさんなんている訳――誰かの悪戯なんでしょ? Bはっ? Bはどうしたのっ!?」
『何度でも言うわ。私はメリー。Bちゃんは殺したわ。だってもう用済みだったから』
「ころっ――嘘でしょっ!? あっ、電話っ、警察に電話するからっ!! こないでよ、それ以上こないで!!」
電話は、プツリと切れてしまう。
これが、大人だったら冷静に対処できたのだろうか。
「あっ――ああっ、ぱ、ぱぱっ、ママっ!!」
だが、Aはどこにでもいる中学生だ。
これが例え悪戯だったとして、ここまでされてそう思いこみきれただろうか?
哀れ、半狂乱になったAは、とにかく一人でいるのに耐え切れず、部屋の鍵を開け、隣の部屋で寝ている両親の元へ駆け出したのだ。
「……なに、これ」
そして、そこで見てしまったのだ。
真っ赤な部屋。首から赤いものを流し、動かなくなっている両親。
あまりにもあんまりな光景に呆然としていたAに、電話が掛かってくる。
「あ――ああああ……うあっ、ひっ、ひぃぃぃっ!!」
しばらく出る気にもなれなかったけれど、やがてその電話音に恐怖を思い出し、その場から逃げ出してしまう。
部屋に戻ったAは、ドアにしっかりと鍵をかけ、震えながらに学生カバンを抱えていた。
何かがあってもこれで防ごうという、少女らしい涙ぐましい『理性』の答えであった。
混乱していて、何が起きているのか解らないのだ。
だけど電話は鳴り止まない。切っても切っても何度も鳴り、やがてその音が耳裏にこびりつきそうになる。
「う、うぐ――」
カタカタと歯を震わせながら画面を見る。
番号は、彼女の母親のモノ。そして登録名は――
「え……」
そこに書かれていたのは『メリー』の文字だけ。
「ごめんねAちゃん、私嘘ついてたの」
そして、背後から聞こえる声に、Aは振り向いてしまい――
これ以上は話さないで置こうか。
メリーさんは可愛らしい少女の人形だとか、金髪の女の子だとか、そういった『比較的愛らしい』容姿をしていると言われている。
その対策法を聞けば解るように、結構ドジだったり泣き虫だったりする事もあって愛嬌がある事も多い。
だけど、電話をかけてくる相手が『本当にメリーさんなのか』なんて、誰にも解らないんだ。
中には、こういう『性質の悪いの』が居て、メリーさんのフリをしている事だってある。
都市伝説や怪談というのは、日々進化し続けていくのだから。それも、格別怖い方向に。
覚えておいて損は無いと思うから、頭の片隅にでも入れておくと良いよ。
――え? 私が誰かだって?
そんなの決まってるじゃないか。私はメリーさんだよ。
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