だから椎名に恋をした

海蛇

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15.本格的に結婚を考えるようになった頃

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 そろそろ就職を考える時期になったのだが、中々決断できず、あっちこっち行ったり来たりして資料を集める日が増えていた。
元々の俺の就職希望は、大学の研究職。
史学を探求して過去の出来事をもっともっと細やかに、正確に知る事が出来たら、と思ってこの道を進もうと思っていたのだが、就職を担当する教授の話を聞くに「それだけだと生活が苦しい」との事で、もしその進路を選んだとしても、ある程度の成果が出せるまでは、他の分野との二足の草鞋わらじを履く道を進む方がいいという勧めを受けていた。

 研究職は、潰しが利かない事が多い。
その道を進んでも何一つ実ることなく、バイトばかりして研究を続けるという苦しい日々が続く事もあるのだというから、覚悟も必要である。

 それとは別に、俺の成績でなんとか狙う事が出来そうな企業もいくつかあった。
大手というには少々届かないが、実績は十分、そして何より星間事業という、当面の間食いっぱぐれする事のなさそうな公共事業に関わってるのが強い、そんな企業である。
そこで働きながら、出向先の企業でその星の史学を学ぶ、という進路も大いにアリだと、教授は言う。

 こちらは給料を考えたら迷わず食いつくべき進路で、学べる内容は地球のものではなくなるものの、安定した生活を望むならこれ以上ない選択肢であると言えた。
ただ、ネックはある。

「――星間事業ってなると、遠い星にまで出張する事になるんだよね?」

 就職に関する事なので、当然恋人の椎名にも関係すると思って話したが、当の椎名も、やはり気にしていたのか、心配そうに俺の顔を見ていた。
そんな、リビングでのひととき。

「まあな。本社は地球にあるけど、実際の勤務地はポルックス方面とか言ってたな。ふたご座だってよ」
「わぉ。あの星占いで有名な?」
「星占いで有名な」
「えへへ……有名だけど、どこにあるのかよく解んないね」
「ほんとにな」

 人類が宇宙に発って幾百年。
けれど、地球で暮らしたままでは宇宙にある星全ての名前なんて覚えきれるはずもなく。
人類が宇宙に出た頃と比べても、今の地球人類がソラ・・で言える星の名前は、そこまで大差ないのだとか。

「まあ、距離的な問題はほとんどどうでもいいらしいが。問題なのは家を空けがちになる事だな」
「そうなると、やっぱり毎日会うって言う訳にもいかないよね」
「だなあ。基本的に、週に一日二日家に帰えれればいいくらいって感じらしいからな。かなり無理してそれだから、安定望むならもっと頻度は落ちるかも……」

 宇宙に出るという事は、それ相応に手間もかかるという事。
技術が進歩した今の時代、星間ワープ装置くらいは宇宙事業に関わっていればどこの会社にも設置されているくらいには当たり前の技術にはなっているが、それでも、頻繁に使える訳ではない。

「訓練された宇宙船のパイロットとかなら、日に何度でもワープできるそうだけどな。俺らみたいな一般人なら、一日に一度までとか、結構限られるだろうな」
「使うと結構消耗するもんねえ。修学旅行の時とか、すごく酔ったし」
「あの時のは身体が分解されて再構築されてたからな。理論は知ってても事故った時のこと考えると洒落にならねぇし、怖かったな」

 修学旅行の時は量子力学という、ちょっと古めの理論を用いてのワープがメインだったので失敗の時のリスクが半端なかったが、流石に星間事業に従事している会社のワープ装置はもうちょっと上等なもので、そしてその分消耗度合いもでかいのだとか。
これに関しては教授ではなく、俺の両親が前に帰ってきたときに教えてくれた話だった。

「こんな事になるなら、もっと親から宇宙での仕事について話を聞くんだったなあ」
「イシイ君のご両親って、確か今は……」
「今は余所の銀河に行ってる。星間パトロールだからな」
「滅多に帰ってこないんだもんね……前に帰ってきたのって?」
「十年前だな。椎名と会う前だよ」

 うちの両親は、基本的に帰ってこない。
あくまで民間企業がやってる星間事業と違って、星間パトロールは星々の政府や管理組織が運営している共同警備網の一環なので、その活動範囲も広大なのだ。
それこそ銀河間をまたぐ事もざらで、そんなだから、子供の頃から数えるくらいしか、両親の顔を見た事が無い。

「ずっと一人だったんだよね……寂しくなったり、しなかった?」

 これは話題としてはちょっと出しにくいモノだったのもあり、付き合うまでは椎名にも教えていなかった事ではあったが。
椎名的には、それは「あんまりイシイ君が聞いてほしくない事」だと解釈しているのか、いつも複雑そうな顔をしながら聞いてくる気がする。
別にそんなの、慣れているんだが。

「お前の顔見てるから大丈夫」
「むむっ、それは飽きの来ない顔って事ですかな?」
「大体あってる」
「そっかそっか……じゃあ、椎名さんと出会えなかったら、イシイ君は寂しいままだったのかな」
「……まあな」

 寂しくなかったと言えば嘘になるだろう。
ただ、慣れていた分だけ、諦観も十分にあった。
誕生日を祝われない事だって当たり前。
クリスマスなんてなかったし、正月だって一人で出来合いの料理と餅を自分で用意して食うだけだ。
子供の頃は料理する事すら苦だったが、苦労の末にある程度の料理は自力で作れるようになったし、今は椎名もいる。
そう、椎名がいるのだから、気にする事すらなくなった。

「……?」
「お前の顔見てるから大丈夫だよ」
「さっきとニュアンス同じ?」
「さっきとは……違うかな」

 そう、椎名がいるから、寂しくない。
なら、椎名がいなくなったら、俺はまた、寂しい生活に戻るのだろうか。
ずっと慣れていた孤独。
だけれど、いつしかそれは、椎名と一緒にいる事で解消されていて……

「今の俺だと、耐えられないかもしんないな」
「えっ? 何に?」
「いや……」

 きっと、俺はもう、一人ぼっちには耐えられないだろう。
辛くて寂しくて、悲しくなってしまうだろう。
そんなのは嫌だった。こいつと離れるのは嫌だ。ずっと一緒に居たい。
そんな気持ちが膨れ上がってくるのが解る。
俺は……そう、こいつと、いつまでも一緒に居たいのだ。
そんな風に、思っていたのだ。

 つい反射的に「いや」なんて言ってしまったが、何が「いや」なものか。
はっきりと言えばいいのだ。はっきりと。

「お前とずっと一緒に、居たいなって」

 そう、そう言ってしまえば……言って、しまった?

「……」

 椎名は、驚いたように口を開いたまま、ぽかん、としていた。
それはそう、予想もしなかった事を言われた時に椎名が良くする顔。
見慣れた、愛嬌のある、彼女の顔だった。
けれど、次第に大きく開いた瞳から、ほろり、涙がこぼれる。
開いた唇が小さく結ばれ……そして、震えながら言葉が紡がれる。

「私も……居たい、よ?」

 それは、果たしてプロポーズになるのだろうか?
これは、果たしてプロポーズの返答になるのだろうか?
言ってから気づいて、そして、顔が真っ赤になる。
愛らしい俺の彼女の、見た事のない顔だった。
うれし涙がぽろぽろ零れながら、それでも嬉しそうに満面の笑顔を向けてくれる、俺の可愛い人がそこに居た。

「あ……っ」

 つい、抱きしめてしまった。
我慢できなかった。
こんなにいい女が、目の前に居て何故我慢できるというのか。
ずっと一緒に居たかった。経緯なんてどうでもいい。
全てがどうでもよくなる一瞬だった。
永遠より長い一瞬を、俺達はずっと過ごしていた。
だから、離したくなかったのだ。離れたくなかったのだ。

「――俺、もう一人は嫌だから、ずっと一緒に、居てくれるか?」

 それは、果たしてプロポーズだったのか。

「うん……うんっ、喜んで……っ」

 それは、果たしてプロポーズの返答だったのか。

 もう、どうでもいい。
ただ気持ちが伝えられて。
ただ、気持ちが伝わって。
今この瞬間、俺達はコネクトなんてなくても、二人の気持ちが一緒なんだと、理解できたのだから。



「昔はさ、コネクトがなくって、心と心がつながらなくて不便なのに、どうやって恋愛をしてたんだろうなあって思ってたけど」

 ソファの上。二人で抱きしめ合いながらぼんやりしていると、椎名がいつもの口調で、何かを思いついたのか、語りだす。

「もしかしたら昔の人達も、こんな風に心と心で通じ合えてた瞬間があったのかもしれないね?」

 今の俺達に、何の不安もない。
心配も何もなく、何もかもがどうにでもなってしまいそうな、そんな万能感すらあった。
俺達は無敵だ。最強だ。最高だ。だから、問題ない。
そう思えるくらいに安心できる、そんな今がある。
もしそんな気持ちに、昔の恋人たちもなれていたのなら……確かに、人という種は、今に至るまで永らえるよなあ、なんて思ってしまった。
だから、素直に「ああ」と応えて、抱きしめる力を強める。

「あ……もう、ちょっと、苦しいよ?」
「でも嫌じゃない」
「うう……確かに、そうだけど……そうだけど、今は、優しく抱きしめて欲しいっていうか」
「優しく抱きしめたら、ぎゅっとしてほしいってなるだろ?」
「なるかな?」
「なるぜきっと。椎名マイスター一級資格者だからな俺は」
「また変な事言いだした」

 しかし俺達は、いつまでもイチャラブモードでいられないのが難点だ。
ことあるごとに恥ずかしくなって、照れて、変な事を言い出してしまう。
ただ、今はそれすらも楽しく、楽しめている。
だから、「それでもいいか」と、今はこの時間に興じる事に夢中になった。
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