62 / 215
第八章 VS嫉姫君主
第62話 チュートリアル:交換
しおりを挟む
剣がぶつかり合う音を聞いたことはあるか。
それはかん高くもずっしりと重みのある音だ。
「ッハア!!」
空間が歪んだ音、真空になった空間に水が流れ込む音を聞いたことはあるか。
鼓膜が振るえない音が鳴り、息が詰まり、死を覚悟する激流の音だ。
「っく!!」
理を超越する剣。その二振りが鍔迫り合う度に空間が歪み、ヒビが走り、波打ち、修復される。
「――」
幾度、幾度剣を交わしたのか。闘技場の地面は荒れ果て、海中のそこかしこに未だに修復されきれない空間がある。
――宙で停滞。上方からの攻撃。
「ッッ」
幻霊霧剣と漣歌姫の嫋々たる刃。霧と水がぶつかると、そこを起点に空間が爆ぜる。
吹き飛ぶ俺。一瞬の気の緩みで押し負ける。
「スラッシュ!!」
ウルアーラさんが剣を振ると、蒼濃く実体化した斬撃が出現し、俺に追撃がかかる。
態勢を立て直した俺はそれをヒラリと避けるが、二撃、三撃と斬撃が続けて襲いくる。
「――」
今の所、防戦一方だ。洗脳の力は間違いなく解かれてるのに、ウルアーラさんは頑なに否定してくる。それは何故だと考えたけど、決定的な正解は思いつかない。何ならまだ魔法カード、洗脳-ブレインコントロールされてるのも考えたが、それは強く否定したい。
なら別角度で考えると、もうエルドラドがウルアーラさんに何かして自制効かないくらいブチギレさせてるとも考えられる。
たとえばほら、あの小さくはないおっぱい揉んだとか……なんとか。
もうこんなふざけた事しか思いつかないくらい、俺には――
「余裕ないんだよおおおおお!!」
斬撃に向かってがむしゃらに剣を振ると、黒いものが見えた。
後続を控える水の斬撃をも飲み込む黒。それは俺が出した飛ぶ斬撃だ。
「幻霊版の月牙○衝だッ!!」
ウルアーラさんの斬撃の数倍大きい俺の月牙。それを――
「もう一撃ぃい!!」
斬り上げてもう一撃飛ばし――
「幻霊斬衝おおおおおお!!!」
振りかぶり、さらに大きな斬撃が放たれる。
鈍い音をたて進む斬撃は小さな斬撃を飲み込み、水を割り、空間を斬りながらターゲットを捉える。
「うふ、やっとその気になったのね」
遠くのウルアーラさんが笑ったように見えた。
「でもまだまだ。飛ぶ斬撃ってのはね――」
――こうやるの。
「――」
上から下に優しく斬ったと思ったら、斬撃と同じ色、蒼色の壁が俺の眼に映った。
それは俺の斬衝を一つ、また一つ、大きい(過去形)斬撃をかき消し、俺の眼前に迫った。
「……うそやん」
信じられなくて思わず関西弁になる始末。避ける事もできず滲む視界に俺は甘んじて受けた。
「――――――――」
この衝撃たるや全身がバラバラになるかと思う程痛い訳で。左腕から下にかけて黒い煙が血しぶきの如く噴き出て、着ているコートもボロボロになる。身を引き締めていなかったら腕の付け根が飛んでいた。
そう、アレはまだばあちゃんがご健在の誕生日の日だ。親戚一同集まって祝い、俺含む子供同士は別室で騒いだ。
唐突に始まった喧嘩。仲裁する年長の俺。からかう親戚。キレる親戚。投げられるコカ・コーラ500ml。ひょいと避けたからかう親戚。後ろに居た俺に直撃。股間から脳に伝達する痛み。
ああ……。あの時と同じ痛みだ。思わず潰れたかと思った。
「――痛ってえええぇ」
痛い。マジで痛い。黄龍仙にもみじおろし攻撃された時並に痛い。でも今の攻撃ともみじおろし攻撃は痛みランキング同等二位だ。コ○・コーラ500mlは不動だな。
「ック」
霧を纏い傷を癒して立て直す。眼前に広がるのは天高く斬られた空間。斬撃が通った名残りが空間を歪ませ、海水の侵入を拒んでいる。この長い長い通路の奥に、点に見えるウルアーラさんが居た。
様子を伺っているのか、凛とした姿で立っている。
「ふー」
今の一撃で分かった。今の俺じゃ到底かなわない。まだまだ出していない君主としての技があるけど、出し切っても勝てる気がしない。未熟なのは知っているし、漫画やアニメの様に覚醒するなんて事も無い。
だが足止めはできる。槍に貫かれたエルドラド、あのおっさんがパワーダウンしてるにもウルアーラさんを助けに来た。強制的にダンジョンに押し込んだように、俺の知らない勝算あっての事だ。
ならばエルドラドが戻ってくるまで――
「強引だけど時間稼ぎに殺陣に持ち込もうか!!」
姿勢を低くして突撃。一気に詰め寄る。
斬り込んだ剣が刃に防がれた。
「ぬん!!」
「ッ」
力で押しつけて体ごと吹き飛ばす。
「おらっ!!」
態勢を立て直される前に追って追撃。交わって空間が歪む。
さらに力を加えて押しつけ飛ばす。刃こぼれするように黒い霧がウルアーラさんの頬を撫でた。
防御姿勢から一転、攻撃姿勢に切り替わり彼女の眉間にしわが寄る。
「うおおお!」
力を増していく。
「おおおお!」
いなされる。
足りない。速さも増していく。
「ッッ!」
余裕でいなされる。
まだ足りない。フェイントを混ぜつつ技も増していく。
「ここだ!」
彼女は躱し、受け、いなし、あまつさえ空間を斬りながら攻撃してくる。
全然足らない。ならば増す。全部上げて行く。緩やかに上がっていた強さと言う名の歯車を高速で回していく。
そうしないと、足止めすらできなくなる。
「うおおおおおおおおおおお!!」
「ハアアアアアアアアアアア!!」
移動スピード、剣戟の速さまでも、先ほどとは雲泥の差。はたから見れば、火花がそこかしらに散らされている様に見えるのだろうか。
「ふん!!」
「ぐが!?」
まさかの顎に貰ったアッパー一発。
「調子に乗るな!!」
「ッギ――」
からの腹に回し蹴り一発。
数メートルで立て直した。
「――」
睨んでくる彼女の眼はこう語る。こんなものか、と。
俺がどれだけ実力を上げようが、今の差は縮まらないらしい。
じゃどうすればいいのか。それは簡単だ。
――殺意を混じらせるだけ。
「……そう。来なさい。今度は容赦しないわ」
殺意を宿した瞳、攻撃姿勢の俺に彼女はそう言った。
お互いに剣と刃を構え、睨みを利かせる。
そして――
「お゛お゛おおおおお!!」
「はああああああああ!!」
爆ぜる互いの背後。真っ直ぐ突き立てる剣先から空間のヒビが後ろに流れる。
彼女を瞳に映し、思いの丈を剣に乗せ、深く被ったフードが勢いと共に脱がされた。
俺の一撃。殺意を体現するこの技は――
「幻霊――」
――――微笑んだ。
「……ぇ…………なん、で」
思考が停止する。訳が分からない。
先ほどまで俺を笑い、挑発し、完膚なきまでに実力の差を見せつけてきたのに、そうなのに、そうだったのに、何で彼女は――
――俺の剣に貫かれてるのか。
「……そ、そんな」
刀身の半分が突き刺さったお腹。そこから青い血が流れるのを否定するように目を背け、彼女の顔を見た。
「ッつ」
微笑んでいた。
そこに敵意は無く、慈愛に満ちた顔を俺に向けている。
なのに少しづつ近づいてくる。離したくても離せない剣の握り手。その強張った手に肉を裂く嫌な感覚が伝わり、さらに俺は混乱した。
「ウルアーラ……さん。俺は、こんなつもりじゃ……」
震える声。頬を両手で覆われ、あやされる様に包まれ、吸い込まれそうな綺麗な瞳が迫り、震える唇を、濡れた唇で防がれた。
「――ん――ん」
柔らかな感触。温もりを感じ、吸われ、交換し、入ってきた同じ形を絡まされた。
一秒後、俺は自然と剣から手を放し露と消えさせ、放心。包まれる頬に重心を置く様な形に。
「――ん」
求めあってるんじゃない。一方的に、我がままに求められ脳漿を掻き回される。
二秒後、覚えのある感覚が口と舌を通じて送られてきた。それは忘れもしないアンブレイカブルと同じ――
「ぷはっ! はぁ、はぁ」
五秒後、俺を解放したウルアーラさん。息を荒くし、頬を桃色に染め、開いた口から見える舌には俺と繋がる糸が残っている。
「いい所だけ……あげるわね……」
そう言って器用に絡め取られる糸。
「ぐふ……」
笑顔を作ると、満足そうに青い血を吐いた。
「ウルアーラさん……。ウルアーラさん!!」
崩れる彼女を寸でで抱き、せめてもと地面に腰を下ろさせた。
「あっはは……、思ったより、痛いわね……」
「ごめんなさい! ごめんなさいウルアーラさん!!」
腕の中で彼女はそう言って貫かれた腹部を震える手で撫でた。
「こんなはずじゃ! 違う! 俺はウルアーラさんを助けたかったのに!!」
口を開けばいい訳ばかり。そんな自分が心底嫌いになる。
「傷を、君主の力で傷を癒してください! 応急処置程度の回復でも君主なら――」
「いいの。このままで」
「……ッ」
わかっていた。俺も彼女も。ウルアーラさんはもう、ルーラーじゃない。癒しの俺の力を腕を制止して否定。意志は固い。
「ごめんね、いろいろと」
「ッなんでぇ! なんでこんな……!!」
なんでエルドラドを攻撃したのか。なんで俺に好戦的だったのか。なんでワザと貫かれたのか。なんで俺に力を渡したのか。
言いきれない言葉が滲む涙として俺の頬を伝う。
『■姫君■の力を継■■■』
■■■■■■■■■■■■■
『漣歌姫君主の力を継承しました』
『チュートリアル:■■■■■■』
『チュートリアルクリア』
『特典:スペシャルギフト』
ファンファーレが酷く煩い。
「あいつの傀儡になった私は助からない。完全に譲渡できないけど、その力は必ず役に立つはずよ」
「ウルアーラ……さん……」
だんだんと目のクマが濃くなっていくのは弱っている何よりの証拠。腹部から血が流れ、口で感じた暖かな体温が腕の中で冷めていく。
しかし、優しくも力強い綺麗な瞳は健在で、ガラスの様に俺を写している。
――彼女は最初から助かる気はなかったんだ。
「ッう、……エルに伝えて、助けに来てくれてありがとうって」
「はい……」
細い手が俺の頬を撫でる。
「みんなに伝えて、奴らが介入してくるって……」
「はい゛ぃ」
雫が指をつたう。
伝えたいこと、話して欲しいこと、いっぱいあった。でも、全て時間が足らなかった。
静かに、そっと静かに、脚の端から泡となっていく。
「――」
陰りがある顔で笑い、血を口元に流しながら最後に問うてきた。
「キス。初めてだった?」
「……はい」
「大人のキスも、はじめてなのね」
「はい……」
俺はできるだけ笑顔で、できるだけ堪えて、答えた。
そして――
――――キミのはじめて、うばっちゃった♪――――
気分よく彼女はそう言って、首元まで迫った泡に包まれる。
――ハズだった。
ピシィ!!!!
と嫌な音。
一瞬遅れて、彼女の顔は跳ね地面を転がった。
首が斬られたんだ。
死んだ光の無い瞳に目が向かう。
「あーあ、お涙ちょうだいは見ていて楽しかったけど、力を渡したらダメでしょー」
突如現れた小粋な帽子をかぶった男性。自然に視界に入れる。
『傀儡君主 カルーディ』
『警告:レイドボス出現』
「あーあ」
奴は転がった顔を鷲掴み、ボールを指ではじいて転がす様に顔を遊ぶ。
目元が下がった下賤な笑み。
「フフ」
俺は。
俺はどうしようもなく。
「お前」
「なんだい、かわいいお化けくん」
殺意しか湧いてこない。
「彼女を返せ――――」
『チュートリアル:レイドボスを殺せ』
『殺せ』
殺せ。
それはかん高くもずっしりと重みのある音だ。
「ッハア!!」
空間が歪んだ音、真空になった空間に水が流れ込む音を聞いたことはあるか。
鼓膜が振るえない音が鳴り、息が詰まり、死を覚悟する激流の音だ。
「っく!!」
理を超越する剣。その二振りが鍔迫り合う度に空間が歪み、ヒビが走り、波打ち、修復される。
「――」
幾度、幾度剣を交わしたのか。闘技場の地面は荒れ果て、海中のそこかしこに未だに修復されきれない空間がある。
――宙で停滞。上方からの攻撃。
「ッッ」
幻霊霧剣と漣歌姫の嫋々たる刃。霧と水がぶつかると、そこを起点に空間が爆ぜる。
吹き飛ぶ俺。一瞬の気の緩みで押し負ける。
「スラッシュ!!」
ウルアーラさんが剣を振ると、蒼濃く実体化した斬撃が出現し、俺に追撃がかかる。
態勢を立て直した俺はそれをヒラリと避けるが、二撃、三撃と斬撃が続けて襲いくる。
「――」
今の所、防戦一方だ。洗脳の力は間違いなく解かれてるのに、ウルアーラさんは頑なに否定してくる。それは何故だと考えたけど、決定的な正解は思いつかない。何ならまだ魔法カード、洗脳-ブレインコントロールされてるのも考えたが、それは強く否定したい。
なら別角度で考えると、もうエルドラドがウルアーラさんに何かして自制効かないくらいブチギレさせてるとも考えられる。
たとえばほら、あの小さくはないおっぱい揉んだとか……なんとか。
もうこんなふざけた事しか思いつかないくらい、俺には――
「余裕ないんだよおおおおお!!」
斬撃に向かってがむしゃらに剣を振ると、黒いものが見えた。
後続を控える水の斬撃をも飲み込む黒。それは俺が出した飛ぶ斬撃だ。
「幻霊版の月牙○衝だッ!!」
ウルアーラさんの斬撃の数倍大きい俺の月牙。それを――
「もう一撃ぃい!!」
斬り上げてもう一撃飛ばし――
「幻霊斬衝おおおおおお!!!」
振りかぶり、さらに大きな斬撃が放たれる。
鈍い音をたて進む斬撃は小さな斬撃を飲み込み、水を割り、空間を斬りながらターゲットを捉える。
「うふ、やっとその気になったのね」
遠くのウルアーラさんが笑ったように見えた。
「でもまだまだ。飛ぶ斬撃ってのはね――」
――こうやるの。
「――」
上から下に優しく斬ったと思ったら、斬撃と同じ色、蒼色の壁が俺の眼に映った。
それは俺の斬衝を一つ、また一つ、大きい(過去形)斬撃をかき消し、俺の眼前に迫った。
「……うそやん」
信じられなくて思わず関西弁になる始末。避ける事もできず滲む視界に俺は甘んじて受けた。
「――――――――」
この衝撃たるや全身がバラバラになるかと思う程痛い訳で。左腕から下にかけて黒い煙が血しぶきの如く噴き出て、着ているコートもボロボロになる。身を引き締めていなかったら腕の付け根が飛んでいた。
そう、アレはまだばあちゃんがご健在の誕生日の日だ。親戚一同集まって祝い、俺含む子供同士は別室で騒いだ。
唐突に始まった喧嘩。仲裁する年長の俺。からかう親戚。キレる親戚。投げられるコカ・コーラ500ml。ひょいと避けたからかう親戚。後ろに居た俺に直撃。股間から脳に伝達する痛み。
ああ……。あの時と同じ痛みだ。思わず潰れたかと思った。
「――痛ってえええぇ」
痛い。マジで痛い。黄龍仙にもみじおろし攻撃された時並に痛い。でも今の攻撃ともみじおろし攻撃は痛みランキング同等二位だ。コ○・コーラ500mlは不動だな。
「ック」
霧を纏い傷を癒して立て直す。眼前に広がるのは天高く斬られた空間。斬撃が通った名残りが空間を歪ませ、海水の侵入を拒んでいる。この長い長い通路の奥に、点に見えるウルアーラさんが居た。
様子を伺っているのか、凛とした姿で立っている。
「ふー」
今の一撃で分かった。今の俺じゃ到底かなわない。まだまだ出していない君主としての技があるけど、出し切っても勝てる気がしない。未熟なのは知っているし、漫画やアニメの様に覚醒するなんて事も無い。
だが足止めはできる。槍に貫かれたエルドラド、あのおっさんがパワーダウンしてるにもウルアーラさんを助けに来た。強制的にダンジョンに押し込んだように、俺の知らない勝算あっての事だ。
ならばエルドラドが戻ってくるまで――
「強引だけど時間稼ぎに殺陣に持ち込もうか!!」
姿勢を低くして突撃。一気に詰め寄る。
斬り込んだ剣が刃に防がれた。
「ぬん!!」
「ッ」
力で押しつけて体ごと吹き飛ばす。
「おらっ!!」
態勢を立て直される前に追って追撃。交わって空間が歪む。
さらに力を加えて押しつけ飛ばす。刃こぼれするように黒い霧がウルアーラさんの頬を撫でた。
防御姿勢から一転、攻撃姿勢に切り替わり彼女の眉間にしわが寄る。
「うおおお!」
力を増していく。
「おおおお!」
いなされる。
足りない。速さも増していく。
「ッッ!」
余裕でいなされる。
まだ足りない。フェイントを混ぜつつ技も増していく。
「ここだ!」
彼女は躱し、受け、いなし、あまつさえ空間を斬りながら攻撃してくる。
全然足らない。ならば増す。全部上げて行く。緩やかに上がっていた強さと言う名の歯車を高速で回していく。
そうしないと、足止めすらできなくなる。
「うおおおおおおおおおおお!!」
「ハアアアアアアアアアアア!!」
移動スピード、剣戟の速さまでも、先ほどとは雲泥の差。はたから見れば、火花がそこかしらに散らされている様に見えるのだろうか。
「ふん!!」
「ぐが!?」
まさかの顎に貰ったアッパー一発。
「調子に乗るな!!」
「ッギ――」
からの腹に回し蹴り一発。
数メートルで立て直した。
「――」
睨んでくる彼女の眼はこう語る。こんなものか、と。
俺がどれだけ実力を上げようが、今の差は縮まらないらしい。
じゃどうすればいいのか。それは簡単だ。
――殺意を混じらせるだけ。
「……そう。来なさい。今度は容赦しないわ」
殺意を宿した瞳、攻撃姿勢の俺に彼女はそう言った。
お互いに剣と刃を構え、睨みを利かせる。
そして――
「お゛お゛おおおおお!!」
「はああああああああ!!」
爆ぜる互いの背後。真っ直ぐ突き立てる剣先から空間のヒビが後ろに流れる。
彼女を瞳に映し、思いの丈を剣に乗せ、深く被ったフードが勢いと共に脱がされた。
俺の一撃。殺意を体現するこの技は――
「幻霊――」
――――微笑んだ。
「……ぇ…………なん、で」
思考が停止する。訳が分からない。
先ほどまで俺を笑い、挑発し、完膚なきまでに実力の差を見せつけてきたのに、そうなのに、そうだったのに、何で彼女は――
――俺の剣に貫かれてるのか。
「……そ、そんな」
刀身の半分が突き刺さったお腹。そこから青い血が流れるのを否定するように目を背け、彼女の顔を見た。
「ッつ」
微笑んでいた。
そこに敵意は無く、慈愛に満ちた顔を俺に向けている。
なのに少しづつ近づいてくる。離したくても離せない剣の握り手。その強張った手に肉を裂く嫌な感覚が伝わり、さらに俺は混乱した。
「ウルアーラ……さん。俺は、こんなつもりじゃ……」
震える声。頬を両手で覆われ、あやされる様に包まれ、吸い込まれそうな綺麗な瞳が迫り、震える唇を、濡れた唇で防がれた。
「――ん――ん」
柔らかな感触。温もりを感じ、吸われ、交換し、入ってきた同じ形を絡まされた。
一秒後、俺は自然と剣から手を放し露と消えさせ、放心。包まれる頬に重心を置く様な形に。
「――ん」
求めあってるんじゃない。一方的に、我がままに求められ脳漿を掻き回される。
二秒後、覚えのある感覚が口と舌を通じて送られてきた。それは忘れもしないアンブレイカブルと同じ――
「ぷはっ! はぁ、はぁ」
五秒後、俺を解放したウルアーラさん。息を荒くし、頬を桃色に染め、開いた口から見える舌には俺と繋がる糸が残っている。
「いい所だけ……あげるわね……」
そう言って器用に絡め取られる糸。
「ぐふ……」
笑顔を作ると、満足そうに青い血を吐いた。
「ウルアーラさん……。ウルアーラさん!!」
崩れる彼女を寸でで抱き、せめてもと地面に腰を下ろさせた。
「あっはは……、思ったより、痛いわね……」
「ごめんなさい! ごめんなさいウルアーラさん!!」
腕の中で彼女はそう言って貫かれた腹部を震える手で撫でた。
「こんなはずじゃ! 違う! 俺はウルアーラさんを助けたかったのに!!」
口を開けばいい訳ばかり。そんな自分が心底嫌いになる。
「傷を、君主の力で傷を癒してください! 応急処置程度の回復でも君主なら――」
「いいの。このままで」
「……ッ」
わかっていた。俺も彼女も。ウルアーラさんはもう、ルーラーじゃない。癒しの俺の力を腕を制止して否定。意志は固い。
「ごめんね、いろいろと」
「ッなんでぇ! なんでこんな……!!」
なんでエルドラドを攻撃したのか。なんで俺に好戦的だったのか。なんでワザと貫かれたのか。なんで俺に力を渡したのか。
言いきれない言葉が滲む涙として俺の頬を伝う。
『■姫君■の力を継■■■』
■■■■■■■■■■■■■
『漣歌姫君主の力を継承しました』
『チュートリアル:■■■■■■』
『チュートリアルクリア』
『特典:スペシャルギフト』
ファンファーレが酷く煩い。
「あいつの傀儡になった私は助からない。完全に譲渡できないけど、その力は必ず役に立つはずよ」
「ウルアーラ……さん……」
だんだんと目のクマが濃くなっていくのは弱っている何よりの証拠。腹部から血が流れ、口で感じた暖かな体温が腕の中で冷めていく。
しかし、優しくも力強い綺麗な瞳は健在で、ガラスの様に俺を写している。
――彼女は最初から助かる気はなかったんだ。
「ッう、……エルに伝えて、助けに来てくれてありがとうって」
「はい……」
細い手が俺の頬を撫でる。
「みんなに伝えて、奴らが介入してくるって……」
「はい゛ぃ」
雫が指をつたう。
伝えたいこと、話して欲しいこと、いっぱいあった。でも、全て時間が足らなかった。
静かに、そっと静かに、脚の端から泡となっていく。
「――」
陰りがある顔で笑い、血を口元に流しながら最後に問うてきた。
「キス。初めてだった?」
「……はい」
「大人のキスも、はじめてなのね」
「はい……」
俺はできるだけ笑顔で、できるだけ堪えて、答えた。
そして――
――――キミのはじめて、うばっちゃった♪――――
気分よく彼女はそう言って、首元まで迫った泡に包まれる。
――ハズだった。
ピシィ!!!!
と嫌な音。
一瞬遅れて、彼女の顔は跳ね地面を転がった。
首が斬られたんだ。
死んだ光の無い瞳に目が向かう。
「あーあ、お涙ちょうだいは見ていて楽しかったけど、力を渡したらダメでしょー」
突如現れた小粋な帽子をかぶった男性。自然に視界に入れる。
『傀儡君主 カルーディ』
『警告:レイドボス出現』
「あーあ」
奴は転がった顔を鷲掴み、ボールを指ではじいて転がす様に顔を遊ぶ。
目元が下がった下賤な笑み。
「フフ」
俺は。
俺はどうしようもなく。
「お前」
「なんだい、かわいいお化けくん」
殺意しか湧いてこない。
「彼女を返せ――――」
『チュートリアル:レイドボスを殺せ』
『殺せ』
殺せ。
82
お気に入りに追加
430
あなたにおすすめの小説
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
二度目の異世界に来たのは最強の騎士〜吸血鬼の俺はこの世界で眷族(ハーレム)を増やす〜
北条氏成
ファンタジー
一度目の世界を救って、二度目の異世界にやってきた主人公は全能力を引き継いで吸血鬼へと転生した。
この物語は魔王によって人間との混血のハーフと呼ばれる者達が能力を失った世界で、最強種の吸血鬼が眷族を増やす少しエッチな小説です。
※物語上、日常で消費する魔力の補給が必要になる為、『魔力の補給(少しエッチな)』話を挟みます。嫌な方は飛ばしても問題はないかと思いますので更新をお待ち下さい。※
カクヨムで3日で修正という無理難題を突き付けられたので、今後は切り替えてこちらで投稿していきます!カクヨムで読んで頂いてくれていた読者の方々には大変申し訳ありません!!
*毎日投稿実施中!投稿時間は夜11時~12時頃です。*
※本作は眷族の儀式と魔力の補給というストーリー上で不可欠な要素が発生します。性描写が苦手な方は注意(魔力の補給が含まれます)を読まないで下さい。また、ギリギリを攻めている為、BAN対策で必然的に同じ描写が多くなります。描写が単調だよ? 足りないよ?という場合は想像力で補って下さい。できる限り毎日更新する為、話数を切って千文字程度で更新します。※
表紙はAIで作成しました。ヒロインのリアラのイメージです。ちょっと過激な感じなので、運営から言われたら消します!
無能な悪役王子に転生した俺、推しの為に暗躍していたら主人公がキレているようです。どうやら主人公も転生者らしい~
そらら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞の投票お待ちしております!】
大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役王子に転生した俺。
王族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な第一王子。
中盤で主人公に暗殺されるざまぁ対象。
俺はそんな破滅的な運命を変える為に、魔法を極めて強くなる。
そんで推しの為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが?
「お前なんかにヒロインと王位は渡さないぞ!?」
「俺は別に王位はいらないぞ? 推しの為に暗躍中だ」
「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」
「申し訳ないが、もう俺は主人公より強いぞ?」
※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング50位入り。1300スター、3500フォロワーを達成!
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達より強いジョブを手に入れて無双する!
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚。
ネット小説やファンタジー小説が好きな少年、洲河 慱(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りに雑談をしていると突然魔法陣が現れて光に包まれて…
幼馴染達と一緒に救世主召喚でテルシア王国に召喚され、幼馴染達は【勇者】【賢者】【剣聖】【聖女】という素晴らしいジョブを手に入れたけど、僕はそれ以上のジョブと多彩なスキルを手に入れた。
王宮からは、過去の勇者パーティと同じジョブを持つ幼馴染達が世界を救うのが掟と言われた。
なら僕は、夢にまで見たこの異世界で好きに生きる事を選び、幼馴染達とは別に行動する事に決めた。
自分のジョブとスキルを駆使して無双する、魔物と魔法が存在する異世界ファンタジー。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つ物なのかな?」で、慱が本来の力を手に入れた場合のもう1つのパラレルストーリー。
11月14日にHOT男性向け1位になりました。
応援、ありがとうございます!
異世界召喚された俺は余分な子でした
KeyBow
ファンタジー
異世界召喚を行うも本来の人数よりも1人多かった。召喚時にエラーが発生し余分な1人とは召喚に巻き込まれたおっさんだ。そして何故か若返った!また、理由が分からぬまま冤罪で捕らえられ、余分な異分子として処刑の為に危険な場所への放逐を実行される。果たしてその流刑された所から生きて出られるか?己の身に起こったエラーに苦しむ事になる。
サブタイトル
〜異世界召喚されたおっさんにはエラーがあり処刑の為放逐された!しかし真の勇者だった〜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる