スキル盗んで何が悪い!

大都督

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第165話 緊急招集

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 ライアングルの街に響く鐘の音。
 その音に街の住人は急ぎ家の中に入り、バタバタと窓を閉めていく。
 出店を出しているお店は急ぎ火を消し、街中は慌ただしく人々が動き回る光景となっていた。
 
 この鐘の音は冒険者ギルドが緊急の際と、冒険者達を集める音であった。
 街に向かってくる脅威でもある為、街に住む者達は異常事態が治まるまでは無闇に外に出ないようにしている。
 集まるのは冒険者ランクのアイアン以上であり、招集に応じるかは本人の自由である。
 しかし、自身が住むこの街がモンスターに襲われる恐れがあると言うのに、何もしない冒険者はそうはいない。
 人混みをかき分け、急ぎ冒険者ギルドへ走る女性達も、自身の住むこの街の為と一目散と目的の場所へと足を勧めていた。

「急ぐシ! マネ、遅れてるシ!」

「ひっ! ひっ! ひいっ! あんた達が早すぎるっての!」

 先頭を走るシューは後ろを振り返り、少し距離が離れてきたマネへと檄を飛ばす。
 先程の防具店から冒険者ギルドまではそれ程距離はなくとも、2~3キロの距離をいきなり全力ダッシュはマネの様にパワータイプの戦士にはきついかもしれない。

「マネ、集合に一番のビリケツは皆に一杯奢るのよ! 今日はマネの奢りで決定ね! ごっそさん~!」

「く、くそ~~!!」

 会話する余裕が彼女にはあるのか、エクレアは後を走るマネへと笑みを送りながら夜の一杯の話を振っていた。

「にしても……」

「如何しました、エクレアさん?」

 エクレアは隣を並んで走っているミツへと、彼女は眉を寄せながら視線を送る。

「いや。何で君はマネよりも重そうな鎧着てるのに、私達の足の速さについて来てるのかなと……」

「これですか? 確かにまだこれを着て走り慣れてませんけど、まあ……走るだけなら今の所大丈夫ですよ」

「ふ~ん……(いや、可笑しいでしょこの子……。会計の時話し声聞こえてたけど、君が今着てるのって黒鉄の鎧でしょ……。何が、走るだけなら大丈夫ですよっよ! 何なのよ、その余裕……)」

「ミツ、鎧は手入れが簡単な分使いやすいけど、手入れを疎かにしたら直ぐに錆びるシ。 折角買った鎧は大事に使うシ(今更ミツに対してこれぐらいじゃ驚かないシ)」

「そうなんですね!? シューさん、教えてくれてありがとうございます」

「シシシッ。先輩として後輩にアドバイスは当たり前だシ」

「ひっ! ひっ! ひいっ! ま、待ってくれってばよ!」
 
 店の角を曲がる度に、冒険者ギルドに向かう他の冒険者が見えてくる。
 そして、冒険者ギルドが見えた時には数十人とアイアン以上の冒険者達が集まっていた。

「おっ、もう結構人が集まってますね」

「はぁ、はぁ、はぁ……。ふ~、良かった。どうやら姉さんはまだ来てないみたいだね。おっ!? と、言うことはだよ、今日は姉さんの奢りだってばね!」

 息も絶え絶えだったマネがギルドに入る際、今日の一杯はリーダーであるヘキドナの奢りだと思いに、ニコニコと扉を開ける。
 だが、その本人は実は既に冒険者ギルドに居たりする。

「フンッ、残念だねマネ。あんたのその願いは叶えてやれそうもないよ。今日の一杯はあんただよ」

「どひぇええ! 姉さん、来てたんですか!?」

「フンッ。元々私はここに居たんだよ。ちょっと面白い話をエンリから聞いてね……。ねえ、坊や」

 ミツに近づいてくるヘキドナ。
 彼女がエンリエッタと何を話していたのか。
 彼女の含み笑いに、笑みを返すミツ。

「こんにちはヘキドナさん」

「フンッ、相変わらずぬけた顔だね。坊や、いっちょ前な鎧身につけるなら、それなりの働きを見せて貰わないとね」

 ヘキドナはミツが着ている鎧をコンコンと指で小突き、少し発破をかける言葉を伝える。

「ははっ、頑張らせて貰います。……あれ。あの人は」

「あっ、マネを予選でけちょんけちょんに倒した鬼の人だシ」

「こらっ! シュー、誰がけちょんけちょんの滅多打ちだって!?」

「そこまで言ってないシ」

「確かあの鬼の人も、アイアンの冒険者だったわね。あっ、こっち来た」

 ミツが少し視線を動かした先には見覚えのある鬼族の女性が立っていた。
 相手もミツに気づいたのか、彼女は大きく手を振りながら彼の側に歩みをすすめる。
 彼女はライム。
 ミツが試しの洞窟で出会った彼女もアイアンの冒険者である。
 彼女は試しの洞窟に挑戦後、転移の扉を使用して帰ろうとした際、誤って扉を開けた仲間の魔術士をライムが先に扉へと通してしまい、転移の扉を閉してしまうハプニングに襲われていた。
 ライムと共に取り残された仲間たちは皆魔術が使えず、転移の扉を開けることができない。
 ならば歩いて戻ればと思うだろうが、彼女達は食料や回復薬がギリギリまで下の階層まで潜った為に、下手に罠だらけの洞窟内を歩く事ができないと、歩いて戻る事を断念していた。
 そこに偶然にもミツが来たのだ。
 少しだけ嫌悪な雰囲気になってしまったが、食事を共にしたことに二人は意気投合した仲である。
 
「ミツ、居たっちゃね」

 軽い挨拶にライムは話しかけてきた。

「どうもです、ライムさん。今日はお仲間の皆さんは?」

「あっ、い、今はウチ一人で動いてるっちゃ。あいつらはちょっと別の用事で街から離れてるっちゃよ」

「そうなんですね」

 ミツの言葉に何故か罰の悪そうな表情を浮かべるライム。
 苦笑いを浮かべてるのでもしかしたら仲間内で喧嘩でもしたのではとミツは思ってしまった。
 話を遮るようにマネが声をかける。


「ようっ、予選では世話になったっての」

「んっ……」

 マネがライムへと声をかけるが、彼女は頭の上に疑問符を浮かべた顔を作る。

「……おいっ! まさかあたいを忘れてるのかい!?」

「ん~。ごめんっちゃ。ウチ、戦ったりすると、戦う前の物事をたまに忘れるから、誰だったか教えて欲しいかな」

「くっ……。ケッ! あたいはマラスネールだよ。1度戦った相手くらいその覚えの悪い頭に入れときな!」

「アハハハッ。よく言われるっちゃ! こうして話せば相手の名前はちゃんと覚えるから大丈夫っちゃ。よろしくだっちゃ、マル!」

「誰だよ!? 名前の頭と尻だけしか覚えてないじゃないの!? それなら、あたいの事はマネでいいよ」

「そうかっちゃ? よし、マネ、マネ、マネ……。うん。覚えたっちゃ」

「へっ」

 自身のことを忘れていたライムに少しイラッとしたマネだったが、ライムに悪気は無いと、そっぽを向くように彼女は話を切り上げてしまった。
 彼女たち二人は以前、武道大会の予選で戦い、ライムがマネを倒した事があった。

 ウッドとブロンズの冒険者の安否確認のためと、ギルドの職員が慌ただしく動いている。
 ミツはカウンターにいるナヅキへとプルン達は街の中にいる事を連絡していると、ギルドの2階からエンリエッタとまた見覚えのある女性達が一緒に階段を降りてきた。
 エンリエッタはミツの姿を見つけるとコクリと一つ頷く。

「皆、突然の招集に集まってくれて助かるわ。今日皆を呼んだのは彼女達の連絡を受けた為よ」

 エンリエッタは後ろの女性グループへと軽く視線を送り、緊急招集の理由を話し出す。
 その後ろに居る人たちは、これまた洞窟内を一時的に同行したゼリ達であった。
 彼女達の衣服はボロボロ、足元も土に汚れていた。
 彼女の後ろには魔術士のルミタや数名の女性冒険者がいる。

「招集の内容は、農村に大量発生したモンスターの討伐よ」

「エンリエッタさん、そのモンスターって何なんですかい!?」

 大量発生と言う言葉に、集まった冒険者の一人がエンリエッタへと問いをかける。

「発生したモンスターは多種多様の虫型モンスター。‥‥‥報告では、キラーマンティス、ワームリンクス、モスキー、コクロッチ、ブロディク、アリンツ、ポイズンスパイダー等々。他にも居るみたいね」

 エンリエッタは手に持つ木札に書かれたモンスターの名前を次々と告げていく。
 キラーマンティスは蟷螂の様な虫型モンスター。大きな鎌を振り、獲物を倒しては硬い顎で捕食する凶悪なモンスター。
 ワームリンクスは試しの洞窟でミツ達が戦った見た目毛虫の様な相手である。
 モスキーは口に付いた長い管を相手に突き刺し、刺した相手の血を吸い取る……うん、でかい蚊である。
 コクロッチは基本はモンスターや冒険者の死体を食べる、これまた莫迦でかいゴキ野郎。
 ブロディクは基本無害な虫で、移動する際はボールのように丸まって移動する……はい、これはでかいダンゴ虫ね。
 アリンツは鋭い顎をもち、この虫型程に集団行動をする虫は居ないと言われている危険な……でかい蟻です。
 ポイズンスパイダーは名前の通り毒蜘蛛である。これもでかいそうだ。
 要するにこれからミツ達は、蟷螂、毛虫、蚊、ゴキブリ、ダンゴ虫、蟻の害虫駆除に向かうことになるのだ。

 ユイシスからモンスターの見た目を教えてもらうと、ミツは殺虫剤でもあればなと思ってしまった。

 あまりにも多すぎるモンスターの数々に、狼狽した声を出す冒険者達。

「なっ!? 何ですかいそれは! その報告は本当なんですかい! そこの嬢ちゃん達が見間違えたとかじゃ?」

「!? 私達は間違いなく見ました! ギルドに報告した事に嘘はありません!」

「ゼリ……落ち着いて……」

「で、でもルミタ!」

「静かに、話を続けます」

「「……」」

 エンリエッタの言葉に先程まで騒いでいた冒険者達も口を閉ざす。
 うん、キリッとした眼力は、騒ぐ男子生徒を黙らせる厳しい女先生みたいだね。

「冒険者ギルドにはその農村に住む住人も一緒にここに来てるわ。彼女達のように冒険者じゃない為、その人には今は事情を聞いた後は休んでもらってます。皆も解ってると思うけど、農村はこのライアングルの食料にも関係する場所です。必ずモンスターの駆除と撃滅を目的とした働きを貴方達には期待するわ」

「「「……」」」

 エンリエッタの言葉が終わると、冒険者達は口を閉ざしたまま、彼らは考え込む様に各々と周囲を見たり下を向いて居る。
 そんな中一人の冒険者が少し焦り口調に、エンリエッタへと意見する。

「で、でもエンリエッタさん! その数のモンスターをここに居る野郎共だけでも手こずりますが、それよりも問題があります!」

「何か?」

「見てくだせえ。ここには今はアイアンの冒険者しかいやせん! さっき言ったモンスターの中には、確かに俺達でも倒せるモンスターはいます。ですが、数が多ければその分指揮がいりやす。下手に数だけ集め、モンスターの群れに突っ込んで乱戦となったら別のパーティーとぶつかり、下手したら死傷者がでやすぜ!」

「……」

 声を出した冒険者は別のパーティー同士の戦いがあまり経験がないのか、臨時的とは言え、突発的な戦いに不安を告げる。
 それは彼だけではなく、チームを纏めるリーダーが居なければ、乱戦の中では立ち回りが分からなくなってしまうのだ。
 エンリエッタは意見した冒険者だけではなく、周囲を見渡す。
 確かに、この場に居るのは珍しくもアイアン冒険者ばかりだった事に彼女自身も眉間を寄せる。
 パーティーの数的には、人の数はバラバラだがこの場にはかなりの人数が居るだろう。
 エンリエッタは少し考える素振りを見せた後、ミツへと視線を送り、少し諦めたような感じに眉を下げため息を漏らす。

「分かったわ……。今回の討伐隊には私も同行すると共に、もう一人グラスランクの者を指揮として皆に付けます」

「おおっ! そりゃありがたい事で……。でっ、誰ですか、そのグラスランクの冒険者は?」

 エンリエッタは現役時代はグラスランクまで上り詰めた実力者である。
 周囲を見渡す冒険者達。
 グラスランク冒険者となれば知らない者はいない程の強者である。

「ヒコラさん達は今は遠征に出てたよな? ゲイツさんか?」

「いや、ゲイツの旦那は何処かの貴族様にいまは仕えてるはずだぜ?」

「えっ、じゃあ誰が? ナイシルさん達か!」

「莫迦、ナイシルさん達は武道大会が終わってから街を出てる。今頃は獣人国方面のはずだ」

「なら……」

 次々とミツが聞いたことの無い冒険者の名前も出ているが、この場にその人達は居ない。

「丁度いいわ。皆に伝えておく事でもあるわね。前に来なさい」

「「「?」」」

「誰だシ?」

「えっ? まさかリーダーですか!?」

「うぇえ!? 姉さん、とうとうグラスになられたんですか!?」

「ククッ……。マネ、莫迦な事言うんじゃないよ。ほら、坊や、副長様がお呼びだよ」

「はあ……」

「えっ? ミツ!?」

 エンリエッタはミツの方に視線を送り、この場の冒険者には教えとくべきと彼を呼ぶ。
 彼女の視線に近くにいたシュー達も左右をキョロキョロと対象者を探すが見当たらない。
 マネとエクレアは自身の姉がとうとうグラスランクになったものと思い、彼女達は歓喜に思える声を出すがそれを悪態を吐きつつ笑い飛ばすヘキドナだった。
 ヘキドナは自身の肘でミツの背中を押し、彼を前に出す。
 どうやら彼女は前もってエンリエッタから話を聞いていた様だ。
 恐らくミツがグラスになったことに、エンリエッタはヘキドナに発破をかける思いにこの事を告げたのだろう。
 歩き出したミツを見て、ライムが感づいたと、驚きに目を見開く。
 エンリエッタの隣に立つゼリとルミタに軽く挨拶をするミツを見て、二人はまさかとこちらも驚きの顔であった。

「ゼリさん、ルミタさん、お久しぶりです」

「き、君は……」

「嘘っ!?」

「彼の事を知ってる者は知ってるかもしれないけど、彼は先日、ギルド長の承認を得た上でグラスランク冒険者になってるわ。力は武道大会を見たものなら知ってるから省かせてもらうわね」

「どうもです……」

「「「……」」」

 ミツの軽い挨拶に、周囲が沈黙と言葉を止めた。その中には訝しげな視線の他に、警戒、嫉妬、僻み、嫉みと良い印象は感じられない。
 それはミツの見た目もだが、彼はまだ成人も疑わしくなる背丈をした少年。
 更に武道大会の戦いを見てミツの実力を知る者は、厳しく眉を寄せる。

 エンリエッタはミツに向けられている視線に軽くため息を洩らした後、ミツへと農村の場所を知っているかと質問する。

「ミツ君、あなた西方面の農村は覚えてる?」

「農村ですか? えーっと、確か……エンリエッタさんと一緒に河原から街に戻る際にあった村ですよね? 遠目でしたけど結構畑が見えた場所で間違ってないなら」

「ええ、そこで間違いないわ。さて……」

 エンリエッタはざわめく冒険者達の方へと振り向き直し、静粛にと彼らの言葉を止める。

「それではこれより農村を襲っているモンスターの討伐に向かいます。報酬はいつも通りより多くの功績を見せた者へと高値の報酬を支払うことを伝えておくわ」

「エンリエッタさん、移動の馬車がまだ用意できてやせんが?」

「……それは。いえ、問題ないわ。それでは、皆には向こうでは私と彼の指示に従って動いてもらうわ。各パーティーはいつも通りに指示に従うかを今のうちに決めておきなさい。エイミー、私は着替えてくるから、今のうちに振り分けを頼むわね」

「はい。分かりました。それでは皆さん、エンリエッタさんの指示に動くパーティーはこちらの赤い布を腕に巻いてください。そして、ミツ君……さんの指示に動かれる人はこちらの青の布を巻いて待機して下さい」

 エンリエッタは一度ミツの方に視線を送り、彼が頷き返したことに移動に関する話を早々と切り上げる。
 エンリエッタも流石ギルド員の服のまま戦いにも行ける訳が無いので、自前のフルプレートに着替える為に後をナヅキに任せて職員の部屋へ移動する。
 ナヅキはいつも通りの流れと、指示がしやすく、また乱戦でも分かりやすくなるように皆へと色の付いた布を渡していく。
 もしゲイツや他のグラスランク冒険者がいた場合は、更には色違いの布を渡して居たのかもしれない。

 ナヅキの言葉に、布を受け取り動き出す冒険者達。
 各パーティーは何方の指示のもとに動くべきか話し合いが始まっている。
 指示を出すものが好戦的な者なら自身の懐に入ってくる金も増える物。
 しかし、反対に危険な前線に進んで足をみ入れる様な指揮の元には行きたくないと言うパーティーも居る。
 
「如何するよ?」

「如何するも何も、新参の餓鬼の指示なんか聞く気もねえよ。それなら厳しくてもエンリさんの方がまだやりがいも出るってもんだろ?」

「へへっ、だよな。男の後ろに居るよりは、女の尻を見ながら戦った方がまだましだな」

 なんとも下心満載な言葉が聞こえてくる。
 しかもそれが聞き耳スキルも使わないぐらいの声量でだ。

「まあ、そりゃそうだよね。分かってても正直に言われると傷つくな……」

「シシシッ。あいつらはミツの実力を知らない奴や、ただの嫉妬野郎ばかりだシ」

 軽く落ち込むミツの横でいつもの笑いをこぼすシュー。
 彼女の腕には、既に青の布が結ばれていた。

「んっ。シューさんは自分と一緒に行ってくれるんですね」

「ガハハハッ! ミツ、何言ってるってばよ。姉さんがエンリの指示に従うわけ無いっての」

「あっ、な、なるほど……」

「マネ、その言い方だとミツに悪いシ。ミツ、マネは兎も角、ウチ達はミツを信じてお前を選んでるシ」

 悪気のないマネの言葉に呆れる周囲の者達。確かにヘキドナはエンリエッタを毛嫌いしているため、エンリエッタの指示には従いたくないといつも別のグラスランクの指示に従っている。 
 シューはミツに対してフォローを入れると彼は苦笑いで落ち着きを取り戻す。

「えっ!? 何でだってばよ!? あたい別にミツを蔑ろにしたつもりもないってばね」

「いえ、勿論マネさんのお気持ちもわかってます。シューさん、ありがとうございます」

「全く、あんたらは行く前と騒がしいね」

 ヘキドナはエクレアに自身の二の腕に青の布を結んでもらいながら笑いこぼしていた。

「ヘキドナさん」

「フンッ。坊や、マネの言葉も確かだけどね。今回は少なからずあんたに賭けてみようと思っただけだよ。今からあんたは臨時的に私達を駒として使う立場に立つんだ。指示に私達は動くと言うことは、私達の命をあんたに預ける事を忘れるんじゃないよ。それとね、指導者が何時までもそんなナヨナヨとしてるんだい。もっとシャキッとしな!」

 久しぶりに見せるヘキドナの真面目な表情にマネ達も悪ふざけを止める。
 言っていることは先輩冒険者として、そして命の大切さをよく知っている彼女だからこそ、ミツはその言葉に重みを感じる。
 最後にヘキドナはミツの背後に周り、鎧を身に着けていない大腿を、気合を入れる気持ちにパシンっと一叩き。

「は、はい!」

「よしっ。リーダー、それで本当にこの子の指示で動いて良いんですね?」

「ああ。助言程度はあんたらもしてやんな。坊やの戦いは危なっかしいところもチラチラ見えるからね」

「了解です。ふふんっ。さー、少年よ。君の指示にお姉さん達は素直に聞こうではないか。あっ、でも変な命令したら殴るからね……。でも、リーダーと私は別にいいから フフッ」

「ははっ……。き、気をつけます」

 エクレアはミツの方に腕を回し、グイッとひきよせては耳元で最後の言葉を告げながら小悪魔的な笑みを見せた。
 彼女は腕をミツの前に回したまま、自身の腕に青の布を結んでいく。
 この時、ミツは後悔していた。
 それは自身が新しく新調した黒鉄の鎧である。
 鎧は鉄の厚みはそれ程もないが、錬金術で作られた黒鉄は些細な熱を通さない。
 そう、今エクレアが自身の胸をミツの背中に強く押し付けていたとしても、彼女の胸の熱も厚みも柔らかさも全く感じることができないのだ。 
 少し、そう、ほんの少しだけがっかりとした気分のミツへと、ライムが話しかけてきた。
 勿論その手には青の布が握られている。

「ウチもミツと一緒に行くっちゃ」

「ライムさん。はい、よろしくお願いします」

「へっ。予選じゃあんたに負けちまったけどね、モンスターの討伐なら今度こそあたいが勝つっての!」

 ライムも共に同行する事が聞こえたマネが、ライムへと挑戦的な言葉を飛ばす。

「おっ!? なら、倒した討伐数で勝負するっちゃ!? それだと酒の一杯じゃいまいちやる気にかけるっちゃね……。そうだっちゃ! この中で一番多く敵を倒した奴に、皆が何でも一つ言う事を聞くのはどうだっちゃ!」

「へぇー。随分と面白え事言うじゃないかい」

 二人の会話を不謹慎だと思ったのはミツだけなのか。
 周囲に集まる面々は意外と乗り気な反応を見せていた。
 マネとライムの間に入るシューが、何やらカッコつけて腕組みをしながら不敵に笑っているし。

「フッフッフッ……。虫タイプのモンスターは小さい奴も結構居るシ。大振りするマネは不利だシ~。おいコラ、鬼の姉ちゃん、よく聞けシ! もしあたいが勝ったらお前のそのデカイ体を使って、ウチを肩車させる事を言っとくシ!」

 シューはライムに向かって指を指し、自身が勝ったときの要求を述べるが、それは何とも可愛らしい要求であったりする。

「はあ~。シュー、何で肩車なのよ……」

「だってマネより背も高いから、景色もちがって面白いかなと」

「はぁ……」

「んっ? 肩車だっちゃか? 別にほら」

「うわっ!? お、おー! 高いシー!」

 ライムはシューの言葉に彼女は反発心も持たず、小柄なシューをヒョイッと自身の肩に乗せてしまった。
 少し驚いた彼女もマネを見下ろす高さになったことに上機嫌になり、何故かその場だけがキャッキャッと笑い声が聞こえている。
 シューへと視線を送る他の冒険者だが、相手がヘキドナの妹分のシューであり、彼女自身が他の冒険者から妹の様に愛でられているのか、嫌悪な空気には全くならなかった。

「ふ~。あんがとう。満足だシ」

「いいっちゃ、いいっちゃ、これくらい」

「はっ!? ウチ、勝負に勝ってももう命令する事が無くなったシ」

「ああ、そりゃ残念だね……」

 呆れた声を出すヘキドナの言葉が聞こえてきた。
 ヘキドナが青の布を巻いたことに、他の冒険者達も青の布をナヅキから受け取り始めている。
 明らかにヘキドナのカリスマに引かれた人達だと思う。
 だって布を受け取った人達の視線はミツではなく、ヘキドナをチラチラと見ているし、一応ミツの指示に従うと言っても、旗から見たらミツとヘキドナを並べたらどっちが立場はハッキリと分かる。
 冒険者としての経験はヘキドナが上である以上、ミツがヘキドナに助言などを貰うのはあきらか。
 彼女達は結局ヘキドナと共にいたいだけだろう。
 あっ、伝えそびれましたけど、ヘキドナの布を見て青の布を受け取る人達は全員女性です。
 
 だが、ヘキドナだけの力を認めて共に来る人ばかりではない。
 彼女達は唯一ミツの力を知った者であり、彼女達が握っている青の布はその場の流れで掴んだ物ではない。

「あ、あの……」

「ルミタさん、どうされました?」

「あ、いや……。その……。私達も、君と一緒に、行くね……」

「あっ、ありがとうございます、ルミタさん」

「うん……。君の強さは……洞窟で、見たから……」

 魔術士のルミタはゼリ達の代わりと代表として、ミツへ声をかけてきた。
 彼女の手には青の布があり、言葉は途切れ途切れでも彼女は同行の意思を伝えてくれる。
 
 緊急招集に集まったのは男女合わせて大体60人程。
 本当は100人を超えることを期待していたギルドだが、朝早くと他のアイアンの冒険者達は依頼を受け、街を出ているので仕方ない。
 そう、ここに残っていた者達は言い方を変えると、前日依頼を終えて休日だったり、依頼を受けずに酒場の安酒を飲んで時間を潰していた者が大半であった。
 人数を数え終わったナヅキが冒険者達の名前を木札に記帳しているのを待ちつつ、ミツとシューは布の色で分けられた冒険者を見ていた。 

「男と女で綺麗に別れたシ」

「こんな事ってよくある事なんですかね?」

「いやいや、無いわよ。まぁ、君の知り合いのあの魔術士の人達を除けば、後はリーダーの人望よね」

「ガッハハハ! 流石姉さんだっての」

 エクレアの言うとおり、青の布を持っている女性達はヘキドナについたまで。
 ヘキドナは男性の冒険者からは怖がられて避けられているが、逆に女性冒険者からの信頼はエンリエッタと同等である。
 エンリエッタが学校の厳しい女教授だとするなら、ヘキドナはクラスの女子を纏める正にクラスのリーダーであろう。

 エンリエッタはヘキドナの口調や性格は兎も角、人を集めるカリスマ性は認めている。
 それは女性は女性しか分からない悩みを、ヘキドナが今までの冒険者家業を行った中で辻かった結果である。
 男に絡まられて困っていた女性冒険者を助けたりと、正にその辺に居る男よりも男らしく、勇ましい姿を目にして助けられたからかもしれない。
 なら彼女達もヘキドナのパーティーに入れば良いのではと思うだろう。
 だが、彼女達にとってヘキドナ達は例えるならアイドルであり宝塚の様な女性である。
 隣に並ぶには失礼である以前に、ヘキドナ達は居なくなった妹達のティファの捜索が最優先と、新参者の加入を断っていた。
 それは加入を断られた人達も承知して断念はしてはいるが、それでもヘキドナの信頼は減ることはなかった。

 ヘキドナはミツの代わりと、彼女達に指示を出せば他の冒険者達は素直に言うことを聞くだろう。
 時間もおかずエンリエッタが武装状態にカウンターへと戻ってきた。

「待たせたわね……」

「エンリさん、パーティーの振り分けが終わってます。今は皆さん、エンリさんの言葉を待って待機されてます」

 ナヅキから渡された木札を見て、パーティーの振り分けを確認するエンリエッタ。
 男女の割合が今回はハッキリと出ている為に、少し自身の眉間を小突く。

「そう……。それでは出陣します。ミツ君、悪いけど、あれを出してもらえるかしら」

「了解です」

 ミツがエンリエッタに言葉を受けると彼はギルドの壁の方へと歩みを進める。
 何だなんだとミツを目で追う者がいるが、エンリエッタの言葉に注目を集める。

「皆、彼が武道大会の時に現れたモンスターから観客を助けた事は知っているかしら。いえ、その場に居なくても、この数日あれば貴方達は噂は耳にしてるはずよ」

 エンリエッタの言葉にざわざわと冒険者達から声が漏れ出す。
 ミツは壁の前で止まり、スキルの〈トリップゲート〉を発動する。

「「「「「!!!」」」」」

「おーおー、農村が遠目からでも見えるっての」

「走れば直ぐの距離だシ」

「アハハッ。いや~、全く便利な魔法だこと」

「フンッ。相変わらず坊やは面白いね」

「農村までの移動は彼の魔法で移動します。更に被害が広がる前とモンスターの足を止めてちょうだい」

 ゲートの事を知っている者は移動が楽になったと笑い話をしているが、流石に初見でゲートを見る者は唖然と動きを止めるしかできなかった。
 それはギルド職員のナヅキとエイミーも作業の手を止めるほどに。
 まあ~、チラホラと噂程度に知っていたのか気持ちを立て直す人が多かったような気がする。

「一先ず皆この扉をくぐりなさい。私の指示に従うパーティーには話を先でします」

 エンリエッタの言葉に冒険者達はおっかなびっくりとゲートを潜り抜けている。
 たまにミツの肩に手を置き、移動が助かったと礼を述べる人もいたりする。
 冒険者ギルドに集まった60人近くの冒険者が一瞬にして消えた光景に、その場に残されたナヅキとエイミーは唖然と未だに動けてはいなかった。
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