スキル盗んで何が悪い!

大都督

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第112話 主君への忠誠。

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 観客を避難させるためにトリップゲートを発動。
 次々と観客席にいた一般人が避難の為と潜り抜けて行く。
 2階席にいた観客含め、数百の人は避難はしたであろう。

「もう誰もいないニャよ!」

「ミツ、こっちもだ!」

 プルンとリックが2階席から急ぎ場におりてきては、もう誰も居ないことを知らせてくれる。

「解った! 皆さん、このゲートは閉じますので少し離れてください。また、人が次々と来ますので固まらず、その場を開けといてください」

「ミツ君、君には本当に感謝の言葉しかない。本当にありがとう! 大丈夫、既にある程度の人々は逃げるようにこの場からも離れてるよ。それはそうと、お袋達もここに入れば安全だろう。ミツ君、俺も人々の避難を手伝わせてくれないか?」

 ゲートを閉じようとすると、人混みの中からバンが声を出し近づいてくる。
 彼の言うとおり、街の中ならば安全でもあり、いざとなればアイシャ達には、今宿泊場として使用しているプルンの教会へと戻ってもらった方が安全も高まるので良いだろう。

「そうですか……。では、次はあちらの人が少ない場所から人々を避難させますので、バンさん達にはあそこには人を固めないようにして貰っといて良いですか?」

 バンの周りには、この場から避難を手伝ってくれた他の冒険者が多数居る。
 怪我人などの避難の為に手を貸したり、恐怖に気が立っている人などを落ち着かせるために広場へと共にゲートを潜り抜けてもらっている。
 彼等にはバンと共に広場に残ってもらい、次に送る人々を頼むこととした。

「うむ、承知した!」

「それでは閉めます」

 ゲートを閉じる際も何人もの人々がこちらに向かってありがとう、ありがとうと感謝を伝えてきてくれる。
 その中にギーラとマーサ、そしてアイシャの姿もあった。

「ミツ坊や、無理をするんじゃないよ!?」

「ミツさん!」

 自分は三人に軽く微笑みを返した後ゲートを閉じる。

「さて。本当に皆さんも他の人々の避難誘導を手伝ってもらうためとは言え、残られても良かったんですか?」

 自分は後ろを振り返り、残った仲間へと言葉をかける。
 プルン、リック、リッケ、リッコのお馴染みの仲間達。
 それとローゼ、ミーシャ、トトとミミ。
 更にはヘキドナ、マネ、エクレア、シューの面々である。

「当たり前ニャ!」

「なにみずくさい事言ってんだよ! 俺達が居たほうが早く避難も終わるだろが」

「そうよ。それにこのまま自身達だけ安全な場所に避難しても気になっちゃうもの」

「ふふふっ。私の出来ることならお手伝いするわよ~」

「フンッ。前も言ったわよね。一人で片付けようとしないでって。あんた、その言葉忘れてるんじゃないの?」

「ミツ君、僕達は冒険者です。冒険者は助ける人が目の前に居るのに、自身だけ逃げるような真似はできません! って格好いい事言ってますけど、これはお父さんの受け売りですけどね」

「はははっ……。ありがとう、皆。ヘキドナさん達もありがとうございます」

「シシシッ。後輩達が頑張ってるのにウチ達が逃げる真似はできないシ」

「それに、他の冒険者みたいに広場に戻っても避難して来た人の誘導とか、ここに居てもやる事変わんないわよ」

「仕方ないね。坊やは他の奴らからは軽く見られるからね。私が変わりにしつけをしてやるよ。まあ……、さっきのあんたの言葉には何か重みを感じたから、他の奴らもビビって注意も集まったんだろうけどね。でも、それもやり方を変えないと更に混乱を招くから気をつけないと」

「姉さん。今からどう動きますか?」

「……」

 各々は自身の意志としてこの場に残ったことを告げてくる。
 例え恐怖でこの場から逃げたとしても、誰も責めはしないと言うのに、一人も怖気づく言葉を出さなかった。
 マネは姉であるヘキドナへと指示を求める。
 確かにこの場で一番の判断力を持つのはヘキドナであろう。
 彼女は周囲を見渡し、突然自身の胸元から冒険者カードを出し、自身がアイアンランクである事を皆に伝える。
 それを見たマネ、エクレア、シューも自身のギルトカードを皆に見せるように前に出す。

「私はアイアンランクのヘキドナ。この場に私達以上、グラスのランク持ちは居るかい?」

 皆は首を横に振る。

 自分もヘキドナ達同様に冒険者ランクはアイアンであり、プルン、リック、リッケ、リッコ、ローゼ、ミーシャはブロンズランク、トトとミミに関してはまだ新米のウッドランク。
 と言っても、自分も冒険者としてはトトとミミと変わらないだろう。
 ヘキドナはカードを戻し目を伏せる。

「なら、悪いがこれからは私の指示に動いてもらうよ。下手に動かれてこっちにとばっちりを受けたくないからね。坊やもそれでいいかい?」

「はい、構いませんよ」

 自分の即答に近い返答に、ヘキドナはフッと軽く笑う。マネ達も安堵したかのように顔を綻ばせる。
 周囲の皆も相手が自身より上のランクの冒険者であり、大会に出場する程の実力者ならばと、ヘキドナの指示に従うことに賛同してくれた。 

「さて……。坊や、先に聞いとかないとね。さっきの光の扉は何処でも出せるのかい?」

「ええ、勿論。トリップゲートは何処でも出し入れ可能ですし、自分が知っている場所なら何処でも繋げれますよ」

「そうかい……。取り敢えずだ、優先は一番混乱してるところだね」

 いつでも出せるスキルと聞いてマネ達は軽く驚くが、ヘキドナは驚きとは別に安堵した表情をしている。
 ヘキドナの言葉に他の観戦席を見渡す面々。
 何処も混乱状態だが、一番混乱して避難ができない所はやはり正面にある西の北西と南西の観戦席であろうか。
 南西の観戦席出口にはモンスターの本体が近くに居ることで、観客達は避難のためとは言え出口に行くに行けない状態。
 北西の観客席出口は瓦礫が降り注いだのか、出口を塞いでしまっている。
 今は魔術士達が安全を確認するためと魔法で壁を作り、力自慢が少しづつであるが、避難通路を確保するためと、瓦礫を観客席から闘技場の場外に次々と投げ捨てているようだ。
 
「だとしたら、あちらの方ですかね……」

 自分が指を指したのは南東。
 つまりは、カルテット国の代表者席がある東の塔を挟んで向こう側である。

「南口の方から行くニャ! あそこにも人が集まって避難が止まってるニャ」

「うん……。南西の観客席の方は、出口にモンスターが居るから逃げられないんだろうね。」

 今もラクシュミリアの剣先にて、無数の触手が斬られては数を減らしている様にも見える。
 しかし、それよりもモンスターの再生する速度が早すぎるために、ラクシュミリアはその場に足止め状態にする事が精一杯のようだ。
 ファーマメントも火壁を出し、大会係員や警備兵を守るために奮闘していた。

「観客席もだけど、上にいる代表者席にいる貴族様たちは如何するんだ? お前、あそこに行ったことあるのか?」

「莫迦ねトトは。貴族以外誰もあんな所に行く事もないでしょ」

 トトが自分の腕を取り、貴族席へと指を指す。
 ローゼはトトの言葉に呆れながら口を開く。

「誰が莫迦だよ! 俺はあそこに居る奴らは放っておくのかって聞いただけだぜ」

「いや。勿論助けに行くよ。でも先に一般人が先かな。明らかに危険なのはモンスターの手の届く人達だもん」

 貴族席へと視線を送れば、セレナーデ王国席にいるカイン殿下、ローガディア王国席にいるエメアップリア、そしてエンダー国席にいらっしゃるレイリィ様とジョイスの姿が目に入る。
 唯一、カルテット王国席に居るはずのセルフィ様は、今はダニエル様の屋敷へといらっしゃるのでこの場には不在。席には側仕えふくめ、誰もそこには居ないのでそこは良かった。

「まぁ、化物に手があるかは解らねえけどよ。取り敢えず南から行こうぜ」

「一度、その北東の出口から出て、南東の出口に行かないとですね……。あっ、でもあの人混み、通路を通るだけでも時間がかかりそうですね……」

「何言ってるのよリッケ? ミツがゲートを出せば、あそこにある北東の出口から態々向こうの南東の出口の人混みを通らなくても済む話じゃない? 向こう側の二階席なり、人が少ないところに出れば済むじゃないの」

「あっ……。そうでした。すみません」

「もう。しっかりしてよね。家は長男がアレなんだから、あんたが変わりにしっかりしてくれないと」

「ははっ……」

「オイ待てや! リッコ。さり気なく俺を莫迦にしてんじゃねえよ」

「まぁまぁ。兄妹は仲良くだシ。それよりもミツ、早くそのトラップゲートっての出すシ!」

「罠を仕掛けてどうするのよ……」

 いつもの兄妹喧嘩もシューが止めてくれたが、彼女のボケには鋭くエクレアが突っ込みを入れていた。身内の恥も情けないのか、ヘキドナは軽くため息を漏らす。

 西側、獣人国の貴族席にて。
 北東側の観戦席より、人々が次々と光の扉に吸い込まれるように避難する光景を見て、エメアップリアは側仕えであるメンリルに窘められながらも口を大きく開けて声を出す。

「いったい何なの!?」

「姫様、顔を出しては危のうございます!」

「メンリル、あなたも見たっての!? あの光! いったいどうやってあの数の民を何処にやったって言うの!?」

「落ち着きくださいませ、姫様!!」

「!?」

 再度強く言葉をかけられたエメアップリアはビクリと自身の尻尾を反応させ、ゆっくりと椅子へと座り直す。
 ギュッと両手に拳をつくり、自身のまた軽率な行動に反省する彼女であった。
 リンメルはそんな彼女の手に自身の手を添え、今度は優しい口調に自身の知る知識を彼女へと語り始める。

「……。人族の中には、空間を一瞬にして移動できる魔法が使える者がおると聞いたことがございます。恐らくあの者達の中にそれを使用できる魔術士が居るのでしょう」

「なっ!? そんな物があったら人族から、もし交戦が来たらどうするのじゃ! いや、数人の刺客が送られるかもしれんぞ!?」

「姫様。私が聞き及ぶところ、あの魔術はそれ程遠くの距離を移動することは不可能にございます。更に言えば人一人通すだけでも多くの魔力を消費するとのこと。姫様もご存知と思われますが、国々には国境がいくつも配置されております。そうなると、軍や兵など集団で移動する者などは、国境守る兵の目に必ずつきます。それ以前に、我々獣人国と人国とは友好関係を結ぶためといくつもの密約が結ばれております。我が国に兵士一兵たりと送り込んだ時点で、人族の国は他国からも敵視される事となります。相手国としてもそのような愚かな真似をするとも思えませぬ」

「そ、そうなのか……。しかし、あそこに居た観客が全て消えてしまったぞ。メンリル、お前の話通りとすれば、あの中に相当な魔力を持った人族が居るということでは……」

「然りと……」

 険しい表情を浮かべている二人と同じ様に、周りにいる従者や兵達も顔色を曇らせていた。
 例え今は友好関係を続けているとは言え、もし人族との戦争の話が出たとしたら。
 いや、その話が出る以前に、軍をあの光のゲートで次々と送られたとしたら、確実に村や街などの抵抗もできない場所から潰され、足元から崩すように獣人国へと多大な被害を及ぼすだろう。
 兵士達は敵国となった人族の冷たい鉄の剣が、自身の心の臓を突き刺すのかと恐怖すら思い浮かべてしまう。

 静寂に満ちたその空間を壊すように、そこに飛び込み入ってくる一人の声。

「姫様! エメアップリア様はご無事か!?」

 入り口を守る兵を押しのける様に部屋に入ってきたのは、虎獣人であるベンガルンであった。
 彼は姫を危機から守る為に武装をした格好をしている。
 姫であるエメアップリアの姿を見た後、彼も側仕えであるリンメルに窘められた後、見て解るほどに安堵した表情になる。 

「ベンガルン殿。姫様はご無事です、どうか落ち着きなさいませ」

「おお、姫様はご無事で。リンメル殿、失礼いたした……。姫様のご無事、ベンガルン喜びに尻尾を揺らす思い……」

「前置きはよい。ベンガルン、ここに来るまでの際、外の様子はどうなっておる」

 ベンガルンが貴族的挨拶をしようとするがエメアップリアはそれを軽く手を差し出し止め、それよりも混乱しているであろう辺りの状況を聞く。
 ベンガルンは少し早口に外の様子を話し出す。

「はっ。会場の出口には人が押し寄せ多数のいざこざも見受けられました。姫様に今の場から避難していただきたい思いも強くございますが、あの人混みは逆に危険と感じ、もしこの場に害が無ければ暫しこの場で姫様をお守りしたく思いに、我々参上いたしました」

「解ったっての。……んっ? 我々?」

「……はっ」

 ベンガルンの言葉に疑問符を浮かべるエメアップリア。
 彼女が入り口の方へと視線を送れば、そこには自身の近衛兵であるチャオーラの姿があった。

「姫様、お目通り失礼いたします……」

「チャオーラ!? お前、如何してここに……」

 チャオーラは膝を地につけ、頭を垂れる姿勢を取る。
「はっ。私は姫様の剣であり、盾にございます……。例え欠けた剣であろうと、姫様の身に危険が迫れば我が身を盾とし、あなた様を害からお守りしたく、無理を承知とベンガルンに頼みここまで連れてきてもらいました……」

「チャオーラ。しかし、今のお前は……」

 チャオーラの言葉にリンメルの失った右腕を見た後、少し震える声で言葉をかける。

「リンメル様! 自身の不甲斐ないばかりに腕を失い、姫様の護衛の任を解かれるのも覚悟の上。ですが、どうか今一度、姫様の剣としてお側に居させてくださいませ!」

「姫様! リンメル殿! こいつは腕を失っても先に国に帰ろうとしませんでした。自身の守る姫がこの国にまだ居るのなら、まだ側を離れたくねえとまで。私も共に側におりますゆえ、どうか!」

 二人は懇願するように頭を床につける。
 周囲の兵も二人の気持ちが解るのか、誰も止めようとはしなかった。
 外の騒がしさとは別に、今この部屋だけは二人の声がハッキリと聞こえていた。
 
「昔、父上とバーバリが言ってたっての……」

 静寂が満ちた部屋で、ゆっくりとエメアップリアが昔話と口を開く。

「「……」」

「片方の腕で剣が持てなくなったら、もう片方で持て。両腕が使えぬ時は、自身の牙を使い敵を倒せ。我が獣人にとっては、牙こそが最強の武器となろう。戦士として、お前を守るべき兵は、心にこの言葉を深く刻み込んでいると」

「……」

「チャオーラ、左腕のみで剣は扱えるか!? 次にその左腕が使えぬ時、お前は牙を使えるか!?」

 強く問をかけるエメアップリアの言葉に、頭を垂れたチャオーラの頭が上がり、自身の守るべき者の瞳をみる。

「!? はっ! この右腕無くとも、我が左腕にて剣を振るいましょう! 両腕を無くそうとも、我が牙が剣となり、命を賭けて姫様を害から守ることをお約束いたします!」

「ですが姫様……」

 チャオーラの言葉にメンリルは、腕を失った後の護衛任務は口で言うほど甘くない事をエメアップリアへと助言の言葉を告げようとするが、それを一喝と止める彼女であった。

「言うなリンメル。この件に関して口を出すことを許さん! この者の命ある限り、この者は私の近衛兵だっての」

「……姫様のお心のままに」

 決意に満ちたチャオーラの言葉に周囲の護衛の兵達は、チャオーラの決意を受け止める為と、腰に携えた剣を自身の前に構えては戦士の形をとる。
 エメアップリアはまた頭を垂れたチャオーラを抱きしめる様に、彼女の頭を自身の小さな胸元へと包み込む。

「私の命令以外、私の側を離れることを許さないっての……」

 お互いの気持ちが伝わり、二人はひと粒の涙を流していた。
 それに釣られる様に周囲にはすすり泣く者もいた。

「あの……。メンリル殿、感動しているところ申し訳ないのですが、あれはどういった状況なのかを」

 ベンガルンがその場の空気も読まず、ハンカチを目頭に当て、涙を拭っていた側仕えのメンリルへと声をかける。
 メンリルはベンガルンがここに来るまで、自身が見た光景を詳しく説明し始める。

∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴

 自分は北東の観客席から南東の観客席へは、出入り口を使用せずにトリップゲートにて移動。

 触手のモンスターが出口付近に居るために、人々は避難することもできず、彼らは途方に暮れた状態のままその場から動けないでいた。
 そこに突如として現れた光の扉。
 その光の扉から次々と人が出てきたことに、観客の人々は驚きに目を見開く。
 通り抜けてきたゲートを使用して避難することを告げるが、やはり恐怖した人々の足は直ぐに動かす事ができなかった。
 だが、そこはヘキドナの出番である。

「急ぎな!! もたもたしてると化物の餌になるよ!」

 パシーン、パシーンと彼女が持つ鞭が空気を弾く度に音を出し、ヘキドナは威圧的な言葉を発しながら、まるで猛獣使いの如く人々の避難誘導を行う。
 女性にこの様な役割をお願いするのも悪いと思ってたが、彼女自身、この役割をこなすことで人々の避難ができる事を理解した上での考えでもある。
 
 改めてトリップゲートを街の中央広場へと繋げると、ゲートの先にバンの姿が見えた。
 お願いしたとおり、ゲートの周囲には人は固まっておらず、他の冒険者との簡単な打ち合わせをして、次に避難してくる人の為と広く場所を開けてくれていたようだ。
 ゲートの先からバンが早く来いと言葉をかけると、観客達は我先とトリップゲートを潜ろうとする。
 一カ所だけでは時間もかかるのでトリップゲートを3つ程出して、人々を分散させる様に避難を開始する。

「お前ら慌てるなよ! どれを潜ろうとも、街の中央に出るからな! 安心して通り抜けろ」

「子供から手を話さないで! 荷物も忘れずに! 怪我人には肩を貸して一緒に通り抜けて」

「押さない押さない! 出口の先にも人が混み合ってるからね! 扉をくぐり抜けた先で止まらず、直ぐに離れちゃって!」

 リック、ローゼ、エクレアの三人は各自扉の前に立ち、人々を誘導してくれている。
 マネ、シュー、トトは怪我をした人など居ないかを確認しながら周囲を警戒。
 
「リッケ! すまない、この子を見てあげておくれ。何だか歩き方がさっきから変なんだよ。もしかしたら足を挫いてるのかもしれない」

 怪我人の治療を行っていたリッケの元へ、マネが男の子を担いで彼の元へ急ぎ近づいてくる。

「はい、解りました! マネさん、その子の治療を行いますので、ゆっくりと椅子に座らせてあげてください」

「マネ! こっち手伝って欲しいシッ!」

「おっしゃあ! 任せとけっての! ああ、リッケ、その子の事を頼んだよ」

「あっ。マネさん待って下さい。動きやすい様に支援をかけておきます」

「ああ、そうかい。ありがたい、そりゃ助かるよ」

 駆け出すマネを引き止め、リッケは彼女へと支援をかける。

「はい、これでいいですよ。僕は治療を続けますので、怪我人を見つけたらいつでも僕のところに来てください」

「おうよ! シュー! どこだっての!?」

「こっちだシ!」

 人混みからひょっこりと顔を出したシューがマネを手招きをし、怪我人の場所へと連れて行く。
 マネを見送った後、リッケは怪我人の治療を再開する。
 そんな彼の背中に二人の人影がかぶる。

「んっ?」

 振り返ればそこには妹であるリッコとプルンが口元に手を当て、クスクスと何やら笑いを堪えたような顔をしていた。

「ニヤニヤ」

「ニヤニヤニャ」

「な、何ですか二人とも!?」

「別に~。……。フフン。マネさん、待って下さい! 僕があなたを守るための支援をかけます!」

「僕は治療を続けてます! いつでも僕のところに来てくださいニャ!」

 軽く咳払いをしたリッコとプルンは、先程リッケがマネへと告げた言葉を少し芝居混じりに繰り返す。
 すると、リッケは一瞬にして真っ赤に頬を蒸気させた。

「なっ!? 何を! 僕はそんなこと言ってないですよ!」

「ニヤニヤニヤ」

「ニヤニヤニヤニャ」

「二人とも、話してないで観客の人達の避難を急いでよ」

 リッケをからかう二人を自分が止める。
 このままにしておくと、リッケの治療の手を止めてしまう為、彼女達をその場から離れさせる。

「ふふっ。はいは~い。プルン、行きましょう」

「ニャハハハ」

 二人は笑いながらその場をあとにしていった。
 やれやれと思いながらリッケは自分にお礼の言葉を述べた後に治療を再開する。
 
「ミツ君、ありがとうございます。まったく二人には困ったものです……んっ?」

 ニコニコと自分が笑顔をリッケへと向けていると、彼は訝しげな表情となった。

「コホン……。いつでも僕のところに来てください!」

「ミツ君!」

 また赤面するリッケ。

「冗談、冗談だよ。それよりも、ここの避難にはまだ時間がかかりそうだね。この子は自分が回復するね」

「え、ええ。ありがとうございます。そうですね……。こっちの観客席には獣人や魔族の人達が多い分、警戒して直ぐにゲートを通ってくれませんでしたからね。はい、もう大丈夫ですよ。まだ多くの人が列を作ってますので、落ち着くまでここで少し待っててください」

 お互い怪我人の治療を行いながら避難誘導時の話を口にする。

「そうだね……。ヘキドナさん達には付いてきてもらってて良かったよ」

「ええ。あの人達がいなければ警備兵の人達もああも素直に誘導を手伝ってくれなかったでしょうし。本当に助かりますね」

 リッケの言うとおり、ここ南西の観客席へとゲートを使用して来た時、自分達は直ぐに動く事ができなかった。
 それは運が悪かったのか、ゲートを抜けた先には警備兵の人や魔術士、弓兵の人々がいる目の前であった為に、ゲートから現れた自分達は警備兵に剣先、弓兵には弓を構えられ、矢を向けられてしまった。
 警備兵達は観客を守るために、ピリピリとした空気の中警戒高く、下手な行動は仲間達へ危害を与えてしまうと思ったその時だった。

「おっちゃん、無事だったシ!」

「なっ!? ち、チビ助! お前何でそんなところから!?」

「ウチは女だシ! ってかチビ言うな!」

 警備兵の中にシューの知り合いがいた事に、その場の緊迫とした空気は霧散するように消えた。
 更に付け加えるとしたらヘキドナの存在であった。

「おやおや、善良な庶民に剣を向けるなんて不粋な奴らだね」

「!? ヘキドナ、お前も居たのか!? いったい何だそれは!?」

「フンッ。話が聞きたいならその獲物をしまいな。あんた達の守ってる命を助けてやろうってんだからさ」

 ヘキドナの姿を確認した警備兵は渋々と剣を鞘に収める。
 その警備兵が武器を収めた事に、弓兵の人達も矢を外し弓を下ろした。
 話は完結に、そしてデマも込めた説明をヘキドナは警備兵へと説明。
 先ず自分達は光の扉を作り出す特別な魔導具を持っている。
 そしてそれは冒険者ギルドのギルド長であるネーザンさんからのヘキドナへと与えられた特別な依頼として自分を護衛している事。
 更に詳しい事を聞くと厳罰がヘキドナだけではなく、それを聞き出した者、つまりは警備兵にも重い厳罰がくると口八丁と嘘を並べ立てていた。
 自分は隣で苦笑い。
 何故なら、突然マネが自分の前に立ち壁となり、エクレアが咄嗟に自身の持つ荷物を自分の服の下に忍び込ませ、いかにも腹の下に魔導具があります的なカモフラージュをするありさま。
 
 訝しげな視線を送る警備兵だったが、ヘキドナが北東の観客は全て避難させたこと、そしてそれが目に見えて確かな事に警備兵の人達は納得するしかなかった。
 
「もしあんたがこいつらの避難の邪魔をするって言うなら私達は別の場所に移動するよ。ただし! ここには戻っては来ないから後は自身でこいつらの避難をやるんだね」

 ヘキドナは冷たく、そして厳しい言葉を強く警備兵へと告げる。
 だが、その言葉は警備兵ではなく、周囲の観客が不安を沸き上がらせるには十分過ぎる効果があり、直ぐにざわざわと言葉があちらこちらから聞こえてくる。
 見捨てないで、助けてくれ、行かないで。
 そんな人々の声に警備兵は断ることなどできなかった。

「ぐっ……解った……。我々もこれ以上被害を出すわけにいかん。一刻も早く避難を済ませたい。冒険者ギルドの協力を感謝する」

「なら誘導を手伝いな! ボサッと見てるだけで自身達も助かろうだなんて思うんじゃないよ!」

 彼女の言葉に怒りを抑える警備兵だったが、言葉は正論である。警備兵の人々は二階席の観客含め、人々の誘導を手伝ってくれることとなった。
 
 そして、二階席の人々も避難も終わり、残り数十人の避難を残すところまで来た。
 そこに先程ヘキドナと避難交渉をしていた警備兵が数名の兵士と共に彼女の元へと近づく。

「ヘキドナ、西側の避難には我々も連れて行ってくれないか? あちらには我々の仲間もいる。説明を省く為にも良いだろう」

「そうだね……。そうしてもらおうか」

 ヘキドナはちらりと自分の方を見て警備兵の同伴を承諾した。

 自分は西側観客席を見た後、闘技場で戦う二人へと視線を送る。
 
「……」

「ミツ、どうしたニャ?」

「いや。西側の観客の人達は少し急がないと不味いかもしれない」

「ニャ?」

 視線の先を見るように、プルンは南西側の観客へと視線を送る。
 今もモンスターの触手から人々を守ろうと、観客席にいる警備兵や魔術士、そして弓兵が触手に抵抗を見せている。
 触手の数は増え続け、もう弓の攻撃もあまり意味を出してはいないようにも見える。

「今はあの騎士の選手が足止めをしてくれてるけど、あのモンスターに斬撃は効いてないと思うんだ。だから、あれには少し強めの魔法をぶつければ倒せるかと思う。でも、発動するにも観客の人々が近くにいるから、あの子が魔法も本気で出せてないんだよ」

「ニャら、やっぱり先に観客を避難させるしか無いニャね」

「うん。とりあえず自分は南西に避難用のゲートを出した後、闘技場にいる審判の人達を避難させてくるよ」

「解ったニャ。観客の避難はウチ達でやっとくニャ」

「頼んだよ。自分も直ぐに戻るから」

「坊や、話してる所悪いけど、ここの避難は終わったよ」

 後の事をプルンと話していると、後ろからヘキドナに声をかけられる。

「はい、ありがとうございます。それでは避難用のゲートを閉じた後に、南西の方へとゲートを開きますね」

「ああ。それと坊や……。あいつらも観客の避難には手を貸して貰うからさ。急ぐならもう西側の観客、南西と北西で手分けしないかい? これはあんたが光の扉をいくつも出せるって言う前提の話だけどね」

「んー……。少し待って下さい。試してみますね」

 自分は〈トリップゲート〉を既に避難用として3つ出している。
 それとは別にいくつまで出せるかを試してみるが、残念ながらこれ以上〈トリップゲート〉を出すことができなかった。
 無理に出そうとすると、先に出した1つめが不安定になるのか、消えてしまいそうな感覚に襲われてしまう。
 
「……。すみませんヘキドナさん。自分には3つが限界みたいです」

「そうかい……。いや、出せる時点であんたに私達があれこれと言える立場でもないんだけどね。解った、なら予定通りに片方から片付けちまおう」

 ヘキドナにこれ以上出せないことを告げると、彼女は何故あんたが謝るのかと呆れ口調に言葉を返してきた。
 効率の良いやり方だとは自分も思っていた分、自分はその場でハッと思い出したかのように手を打つ。

「あっ。そうか、一人じゃ無理なら手伝ってもらえばいいじゃん」

「「ん?」」

 何かを閃いたような言葉に疑問符を浮かべるプルンとヘキドナ。

「だとしたら、彼にも手伝ってもらえばその分ゲートが増やせる……。よしっ。ヘキドナさん、一先ず先に南西の観客の避難を始めましょう。それとすみませんが、南西での避難用ゲートの数は2つになりますが、闘技場にいる人達も避難が終わり次第、直ぐに戻ります」

「ああ、坊やには何か考えがあるんだろう。いいさ、直ぐに戻ると約束してくれるなら構わないよ」
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「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

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16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

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