スキル盗んで何が悪い!

大都督

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第93話 獅子と鬼

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「すみませーん、係員さん」

「はい、いかがなされましたか?」

「あの、お茶のおかわりをお願いしてもいいですか?」

「……はい。只今お持ちいたします」

 試合の番を待ち、ホールのテーブル席にてお茶お飲む。そんな自分を見て係員は唖然としながらもお茶のおかわりを持ってきてくれた。

「どうぞ……」

「ありがとうございます。……んっ? 何か?」

「いえ……その。ミツ選手は、他の皆様と違って随分と落ち着いていらっしゃると思いまして……。まるで、この後に行われる試合は、自身には全く関係ないかのように見えてしまいまして……」

「ああ、なるほど。いえ、自分も十分緊張はしてますよ。もう緊張し過ぎて、こうしてお茶の味比べで気を紛らわせてる感じですかね?」

「はぁ……(緊張してたら、お茶の味比べなんてする余裕も無いと思うけど……)」

 自身にコーティングベールのスキルを使用し、緊張を早々に消していた自分は待ち時間の間、次々と大会に出ていく選手のステータスを見て、勝ち残った選手とどういった戦闘をしようかと頭の中でシュミレートしていた。
 ちなみに、鑑定をする際だが。多数の女性選手のスリーサイズ等も勿論表示されていたが、あえてスルーし、見ないようにしていた。
 それと、戦闘が終わって勝った選手はここに戻っては来ずに、別の部屋へと案内されたのか、今このホールには自分を含めて4人の選手しかいなかった。

「まあ、考えたら戦った後だし、怪我もしてるから医務室にでも行ったのかな……。ヘキドナさん、無事に勝てたかな……? はあ……誰が勝ってるのすら解らないのは困るよね……。ライムさんとも話す空気じゃなさそうだし……。あの獣人族の人も瞑想してるのかさっきから動かないし……絡まれないのは良かったけどさ……。ふぅ~。取り敢えず、自分の対戦相手の人だよね……。メイドさんねぇ……」

「……」

 自分が見る先には、壁を背にジッと動かないメイド姿の女性、シャシャの姿がいた。
 彼女はホールに入るなり、その場から動くこともなく、ジッと立ったままだ。
 たまに係員の人が椅子をすすめるが、彼女は首を振り、それを全て断っている。
 
「さてさて、どうやって戦おうかな……」

 彼女のステータスを確認しつつ、戦闘をどうすべきかと考えていると係員の声がホールに響く。

「バーバリ選手、ライム選手。試合の準備をお願いします」

 係員の声にゆっくりと目を開け立ち上がるバーバリ。ライムも自身の頬に手をあて、気合と共にホールを出ていく。

「……」

「だっちゃ!」

 闘技場へは対面の入場をするため、バーバリとライムは係員に案内され別々の通路を歩くことになる。
 ホールを出る際、ライムは自分の方を見ては、ぐっと自身の親指を立てて見せる。
 それに応えるかのように自分も親指を立ててかえす。
 ニカッと笑顔になったライムは通路の方へと歩きだした。

「頑張って下さい……」


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴

「間もなく7回戦が始まります! ご観覧のお客様はお席にお戻りください」

 ガヤガヤと人の声でざわめく中、ローガディア王国、エメアップリアは、試合にて敗退したルドックとチャオーラ、二人の傷の容態を聞いて顔を蒼白とさせていた。

「嘘……」

 自身の側仕えから通達された二人の容態。

「間違いなく……。治療士の診たところ、ルドック様は傷はすぐ治る様ですが、どうも戦闘中に何かしら体に異常をもたらす物を飲まされた様で、声をかけても意識を戻しません……。それとチャオーラ選手ですが数カ所の骨の骨折、内臓損傷、それと……」

 自身の手に持つ木札を見てはふるふると手を震わせ、声を止めてしまう側仕え。
 それに対して、エメアップリアは先をうながす。

「なんだっての!?」

「……はい。相手の攻撃にて左腕を骨折、その後更に攻撃を強く受けてしまったために……。その、骨は治った様ですが、治療士が回復を施すも左腕が全く機能しておりません。医師も診察も含めて腕の状態を診ておりますが、原因が不明とのこと……。それと、このまま動かない腕をそのままにしてしまうと、肩など、身体に後々影響が出てしまい、他の身体の関節なども動かせなくなるとのことです……。残念ですが、チャオーラ様は動かせない腕を切除しなければ、生きていくことが困難になって行くそうです……」

「腕を……。そっ! そんなことをしたらチャオーラは!?」

「……。元より、姫様の側では二度と戦士として戦うことすらできなくなります。ですが、動かない腕をそのままにすればチャオーラ様は……」

「言うなっ!! ……言うな。 うっ……。そうだ! く、国へ、国へ帰ればきっと治療法があるはず! 今直ぐにと、決断を出さなくとも!?」

「姫様……。お言葉を返すようで申し訳ございませんが、我が国の治療法は他国と比べてしまうと、明らかに治療法は劣っております……。怪我人が出ることが明らかなこの試合、フロールス家の皆様とそれは理解の内。周辺各国から呼ばれた治療士が在中しているこの場所、ここ以上の治療法は我々には検討がつきません……。意識を戻されたチャオーラ様には、ご自身の怪我の状態、もとい、腕の状態はご説明しております。チャオーラ様も大会に出場された時点で、ご自身は覚悟の上だったようで、ご本人は腕を切り落とすことを承諾しております……。チャオーラ様は姫様の護衛騎士にございます、後は姫様のお言葉を待つのみです……ですが、今も痛み止めの薬を飲んでるとは言え、何時までも苦しみのままに……」

「解った……」

「……はっ。それでは、直ぐにチャオーラ様の手術を行うことを伝えてまいります」

「リンメル……。チャオーラは傷が癒えれば、また私の側で働いてくれないかね……」

「……。姫様……それは残念ですが……。片腕では、姫様の護衛騎士としても、側仕えとして仕えることもできません……。チャオーラ様は治療が終わり次第、国へお送りします……」

 エメアップリアの側仕えであるリンメルの言葉に、彼女は沈痛の思いに手を顔に当て、もう一人、様態の芳しくないルドックのことを任せることにした。


「……。ルドックの治療もそのまま進めるっての……」

「はい……」
 
 ローガディア王国でも指折りに入るチャオーラ。
 彼女がまさか、このような形で自身の護衛騎士から外すことになるとは思っていなかった。
 この大会では自身の父である王に代役を任され、試合に良き成績を残せば国の名を広めることもできると、王に深く助言され、期待を背負ってここまできたのだ。
 だが、ここまで態々来たと言うのに、ローガディア王国の戦士は、未だに結果を残せてはいない。
 残るは国一番の力を持つ者と言われている゙獅子の牙゙団長のバーバリのみ。
 彼はエメアップリアの護衛騎士ではなく、王の直属の護衛騎士でもあった者。彼が負ける姿は想像できないが、もし負けてしまうと考えると、体が無意識と震えてくる。
 他国から自身の国が見下されてしまうかもしれない。
 それだけは避けたいと、エメアップリアは自身の体を縮こませる様にその場にしゃがみ込み、俯いてしまった。だが、彼女は国の代表としてここに来た。
 側仕えは彼女を言葉で支え、バーバリの立つ闘技場を見ることを強く押す。

「……バーバリ」

 俯いた顔を上げ、彼女の見る闘技場の上には既にバーバリと対戦相手のライムの姿があった。
 恥を捨てて声を出して応援の言葉を飛ばしたいが、それは自身の立場を考えればできることでは無い。
 エメアップリアは椅子に座り直し、力強い眼で二人の戦いを見守ることにした。


「悪いが、お前にはこの舞台から降りてもらおう」

「降ろしたければ力ずくでやるだっちゃ!」

 一言だけ交される言葉。
 その言葉の中に、バーバリはいくつ物意味を込めていた。

「両者何を話したのか!? 静かに立ち位置へと進みます」

 バーバリはスッと軽く息を吸い込み、

「聞け! 我はローガディア王国、゙獅子の牙゙の頂点に立つ者である! 我の仲間は尽くと敗れてしまったが、敗北とした者の思いは我の剣に勝利の道を切り開く! 我の目的はただ一つ! ゼクス・エンブリオ! 貴様に敗北を突きつけ、貴様の勝者の椅子を我ら獣人の永久の席とするためである! その為には立ち塞がる者は、我は一切の慈悲など無く地に付すことを宣言する!」

「!?」

「な、なんと! バーバリ選手、審判の開始の声の前と、前優勝者であるゼクス選手に勝利宣言!! 更に対戦相手のライム選手にも必ず勝つと凄い意気込みを発言しました!」

「むむむ……。うちに勝ったつもりの話は、実際にうちに勝ってからするっちゃ!!! うおああぁぁ!!!」

「ライム選手、バーバリ選手の言葉に沸々と怒りが満ちているのか!? 突然大きな咆哮を上げた。そして今、審判が試合開始の声をあげます!」

「それでは! 始め!」

 バーバリの突然の勝利宣言の言葉に、全く自身が眼中に無いことに怒りに満ちるライム。
 彼女は審判の声と同時に、バーバリへと先手を取る。
 自身の手に持つ大きな両刃の斧を大きく振り上げては、もの凄い勢いに襲いかかる。

「喰らえっちゃ!! せいやっ!!」

 振り上げられた斧。それが真っ直ぐにバーバリへと振り下ろされる。

「はあっ!!」

 気合いと共に、バーバリは自身の腰に携えた剣を抜き、ライムの攻撃を金属がぶつかる音と同時に弾く。

「そ、そんな! うちの兜割りのスキルが!?」

「その様な小技、我には効かぬわ!」

「ぐはっ!」

 武器を弾かれたことに、斧に引っ張られるように腕が上がってしまったライム。その空きを狙い、バーバリは横蹴りをライムへの腹部へと入れた。
 強い蹴りの衝撃を受け、ライムはゴロゴロと転がりながら闘技場を転がる。

「よくも! 鬼族であるうちをないがしろに! お前は絶対に許さないっちゃ!」

「フンッ! 鬼娘が! 我の相手となるのなら、それが鬼であろうと関係無い。必ずや我の牙の餌食としてやる! さぁ、早々にこの舞台から引き降ろしてくれよう。はあああ……あ……ああ!!」

「それはこっちの台詞っちゃ!!!」

 バーバリが自身の剣先を空に向け、気合と共に咆哮をあげる。
 それに合わせるかのように、ライムも手に持つ斧を低めに持ち、腰を落としてはスキル〈力溜め〉を発動。
 バーバリも同じようにスキルを発動しているのだろう。ジワジワと剣先が血のように赤く染まっていく。
 そして、共に武器を構え、その場から駆け出す。

「うおおおぉ!!」

「どりゃあぁぁぁ!!」

 互いの武器が重なったと同時に、二人の間から衝撃波が発生。互いの頬に傷ができ、一筋の血を流す。
 ギリギリと剣を押し合う二人。共に手に持つ武器を振り切る思いに相手へと押し込む。

「凄まじい一撃! それを崩すことなく互いに武器と武器の鍔迫り合い!! 引きません! 両者一歩も引きません! いやっ! ライム選手の足がジワジワと下がってきております! 押し合いはやはり一回り体格の大きなバーバリ選手が有利なのか!?」

「ぐっ……くっ!! たぁああああ!!」

「!?」

 ライムはジワジワと押されてしまう。それに抗うかのように足へと踏ん張りを効かせ、気合の掛け声と共に力を開放。
 一歩、また一歩と今度はライムがバーバリを押し始める。

「押したー! ライム選手、気合を入れ直してバーバリ選手との鍔迫り合いに打ち勝った!! 攻める攻める! ライム選手、手に持つ斧の連続攻撃を繰り出します! 上から下から、更には横から! 様々な角度から驚異的な斧が旋風の如くバーバリ選手へと向かっております!!」

「セイッ! ヤァ! タアッ! オリャリャリャリャ!」

「……フンッ」

「バーバリ……」

 ライムの連続攻撃を捌き、反撃のチャンスを伺うバーバリ。そんな彼の戦いに、エメアップリアは祈りを込めるようにと、自身の額に組んだ手を押し当てていた。
 
「ライム選手の攻撃、全く止まらない!? あんな大きな斧を何度も振り回してもそのスピードは全く落ちません! まるでその辺で拾った木の棒を振り回しているかのような速さを見せております!」

 確かにライムの攻撃は凄まじい物があった。
 それは魔石画面で戦いを見ている観客席の皆も思っただろう。いつの間にか声援の声は止まり、攻撃を仕掛けるライム、それをかわし、捌くバーバリの動き。
 二人の戦いに言葉を失っていた。

 そんな攻撃を繰り出し続けると、バーバリは相手の攻撃の動作、パターンなどが次第に見えてくる。
 ライムが横振りに攻撃を仕掛けた後、バーバリはライムの腕を掴み、反撃を仕掛けた。

「ムッ! 甘いわ!」

「!? ガハッ!!」

「おおおっと! バーバリ選手、何とライム選手の振り回す斧を掴み、攻撃を止めた! それに変わってバーバリ選手の剣の腹がライム選手の顔面を殴り飛ばす! 大丈夫なのかライム選手!? いや、やはりダメージがあるのか! ライム選手の顔が血で染まっています!!」

「ちっ。うちとした事が少しだけ油断したっちゃ……」

「フンッ! そのまま地に崩れ倒れれば良い物を。しかし、今の一撃が我の本気と思うまいて! 」

「……」

 ライムの顔からたらりと滴る血。
 目の中に入ってはいけないと、彼女は腕で血を拭う。

「この一撃にて、この戦いを終わらせてやろう!」

「……ギリッ」

 バーバリから闘気が溢れる。
 ライムは自身に向けられた闘気に震えを堪えるかのように歯を食いしばる。

「なっ! 何と! バーバリ選手の髪の毛が赤く染まっていきます!」

(何と言う闘気……。バーバリ殿……。彼とは数年と剣を交わっていませんでしたが、やはり以前よりも力を上げていましたか……)

 自身の持つ剣の如く、バーバリは闘気を身に纏い、自身の茶色い髪の毛は赤いメッシュが入ったように染められていく。
 バーバリはほんの一瞬、ゼクスを一瞥し、自身を観てろと言わんばかりにと剣を大きく振り上げた。
 ゼクスも自身が見られた事に気付いたのか、険しく視線をバーバリへと向ける。

「見よ! これが我が力を何倍にも引き出す技の一つなり! ライオンズハート!」

 真っ赤に染まった剣、更に増えるバーバリの闘気。
 ギロリとバーバリの視線がライムを捉えた瞬間だった。
 赤い閃光の如く、バーバリはその場から動き出し、ライムへと連続の斬りかかりを仕掛ける。
 ライムは咄嗟に手に持つ斧で攻撃を1手、2手と防ぐが次が間に合わない。
 
「ガハッ! ……!!!」

 一撃の攻撃がライムへと決まったが、続けて怒涛の攻撃は続く。ライムの体はバーバリが剣を振る方、振る方へと動き、彼女が体を動かす度に周囲にはライムの血が飛び散っていく。
 ビチッ、ビチッとその血は増え、審判が駆け寄りすぐに試合を止める思いであった。
 だが、バーバリの振る剣の旋風が凄まじく、審判が不用意にバーバリへと近づくことができなかった。

「こ、これは!? バーバリ選手、一方的です! ライム選手攻撃を受け続けています!? い、意識はあるのでしょうか!?」

「……」

 実況者の言葉通り、ライムは既に意識を切りかけていた。彼女の身体に走る痛み、それに無意識と思考を止めようとする身体。
 動かすにも足にもダメージが重なり、既に動かせない。
 なにより、バーバリの攻撃の一撃が重すぎて、ライム自身の身体が勝手に動いているのだ。

「ちゃ……」

 バーバリはとどめを刺すつもりか、連続の攻撃を止め、ライムも身体の動きをその場で止める。
 彼女の顔には涙の様に流れる血、全身の傷、そよ風でも簡単に倒れそうな身体。
 
「我が力にて、地に落ちるがよい!」

「いけない! バーバリ選手!」

 大きく振り上げた剣を振り下ろそうとするバーバリ。
 そんな彼を止める審判。
 観客席からも、悲鳴にも似た声が響く。

「おりゃあああ!! !?」

 バーバリの剣がライムへと振り下ろされた瞬間、彼へと向けられる大きなプレッシャー。
 そのプレッシャーを受け、バーバリの剣はライムの胴の体寸前で止められていた。
 剣の風圧に押される様に仰向けに倒れるライム。

「倒れた!! ライム選手、言葉通り闘技場の地面に倒れました!!」

 全く動かないライムに駆け寄る審判。
 彼女の目にまだぼんやりと光が見えたのか、審判は試合を止めるためと自身の懐から回復薬を取り出し、急いでライムへと振りかける。
 その瞬間、実況者からはバーバリの勝利が告げられ、観客席、特に獣人族の観客からは歓喜の喜びの声が溢れてくる。

「い、今のは……」

 実況者の声どころか、観客の声すら聞こえない程に、今のバーバリは困惑していた。
 戦闘に熱くなり、思わずライムをそのまま斬り殺してしまう程の剣を振り下ろした瞬間、自身に向けられたと思う程の異様なプレッシャー。
 モンスターなど野性的な生き物から向けられる脅威では無く、意志のある者が意図的に向けて来たプレッシャーに、ジワジワと心の底から溢れる焦りに困惑している。
 視線が向けられた方へと振り向くが、同じ視線は感じない。戦友でもあり、昔ながらの腐れ縁のゼクスへと視線を送るが、彼もまた困惑とした表情を浮かべていた。

「な、何なのだ……」

 バーバリと困惑に気づくものはそう多くはなかった。
 いや、寧ろ同じ様なプレッシャーに気づいたのは数少ない人数だけであろう。
 ゼクスは勿論、カイン殿下の横に座る二人も、違和感程度には感じていた。
 マトラスト様とルリ様は、周りが気づかないことに、自身の気のせいだったのかと思いながらも、たらりと汗を流していた。

「どうした巫女姫? 腹でも下したか?」

「……」

「んっ?」

 カイン殿下の言葉を返すこともなく、顔を伏せるルリ様。そんなカイン殿下の言葉に、呆れながら言葉を割って入れるマトラスト様。

「殿下。巫女姫は、きっと見なれぬ戦いに気分を害されておるのです。もう少し他者へ、特に女性への気遣うお言葉を選んでください」

「そ、そうか。すまんな……。もし体調が悪いのであれば部屋に戻るが良い」

 カイン殿下は自身を窘める言葉をマトラスト様から受け、無神経な言葉を言ってしまったのだと気付き、ルリ様へと軽く詫びを入れる。
 その言葉はボソボソと聞き取る事ができなかったが、ルリ様の側にいる二人の側仕えが変わりと返答をする。

「「いえ。残ります、まだ観なければいけない人がいますので」」

「なら、好きにするがよい。どうせ今日は次で最後だ」

「「はい」」

「……」

 次の試合は物珍しい組み合わせ。メイドと料理人と言う、武道大会では珍妙な戦い。カイン殿下は巫女のルリ様もそれが気になったのだろうとそう思っていた。
 だが、彼女は試合の組み合わせとか、そう言ったものには全く興味を持ってはいない。
 ルリ様は開会式時、次々と入場して来た選手を見て、ある選手が闘技場へと姿を見せた途端、彼女は珍しくも動揺を隠すことが精一杯だった。
 それはローブを被り、顔が解らないファーマメントとミツの、二人から発せられる見たことのない魔力だった。
 ファーマメントの戦いでは息をするのを忘れるほどに戦いを見ては、いつの間にか前のめりになっていた自身を側仕えに窘められる程。
 そしてもう一人、気になっていた選手であるミツ。
 次が彼の番となれば体調など気にせず見届ける思いであった。
 勿論次の戦いを気にする者は彼女だけではない。
 仲間、貴族、大会関係者、知人等々。
 数日このライアングルの街に来ただけでも、既に彼は注目を受ける存在になっていた。
   
 そして、本日最後の試合、8回戦の戦いが始まろうとしている。
 今までの試合を見てきた観客は、最後の道化の試合と見守る者が殆だし、何より賭ける倍率が23.8倍のミツ対4.2倍のシャシャ、倍率を見ても圧倒的の勝敗が見えた試合。こんな組み合わせをしてくれた大会関係者に感謝の気持ちを心に、観客はこぞって倍率の低いシャシャへと賭け金をつぎ込んでいた。
 入場して来た二人の姿を見ては、改めて二人のこの場には似つかわしくない場違いな姿に、中には指を指して笑う者もチラホラ。そして、大量の賭け札を握ってはニヤニヤとこの後の美味い酒を考えている人も少なくはない。だが、それを除いても、中にはミツを応援する人はいるのだから嬉しいもの。

「さー、皆様、本日最後となります8回戦の試合が間もなく行われます! これまで1回戦から見て様々な選手が次の試合へと駒を進めて来ました。いったいこの勝負では何方が次の試合へ進むのでしょうか!! 今、歩く姿は気品よく、まるで舞踏会でも進む足取りをして入場して来ましたのはシャシャ選手です! 反対に、姿を見せては一礼、各国の代表に頭を下げては、今闘技場に上がりましたコック服を着た料理人であり、今回、何と最年少の大会出場者、ミツ選手です!」

 両者が入場するなり、更にガヤガヤとざわめく観客席。
 
「ミツー! 負けたら駄目ニャよ!!」

「相手が女の人だからって油断しちゃ駄目だからね!」

「ミツさん、頑張って!!」

 声のする方に視線を送り、プルンとリッコ、アイシャが声を上げて応援してくれている。
 勿論アイシャの母であるマーサ達も、シューたちもだ。
 でも、準予選で戦ったエクレアからは、ベーっと舌を出されていた。それでも彼女の手にはミツの賭け札である、青色に染められた木札が握られていた。

「どうぞ、よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします……」

 シャシャは自身のスカートを少しつまんでは持ち上げ、軽く頭を下げてきた。
 初めて聞いた彼女の声は、少したどたどしくと印象を受ける。

「さて、両者、立ち位置へと立ちます。皆様、この試合様々な意味で待ちわびたお客様もいらっしゃるのでは無いでしょうか? 現に私もこの様な組合せの実況は初めてであり、尚且つ両者がどの様な戦いを繰り広げ見せてくれるのか。今、審判の開始の声が響きます!!」

「それでは! 始め!」

「……先手は取っとくべきかな。(シャロット様からも言われてるし、頑張って目立ちますかね!)」

 自分はアイテムボックスへと手を入れては1本の武器を取り出す。
 その瞬間、闘技場に立つ二人を映し出す魔石画面を観る観客席からはどよめきにガヤガヤと声が出てくる。

「おおっと! 何とミツ選手、アイテムボックスの所持者であり、その中から一本の大きな大剣を取り出した!! 大きい! その剣、大き過ぎる! ミツ選手には明らかに不釣り合いな大きさ、それでもそれを軽々と片手一本にて構えております!! まさかその大きな大剣が包丁代わりなのでは!? しかし、ミツ選手は予選では武器を一切所持しておらず、全て無手にて相手を場外へと出しては勝利を掴んできております。つまり今回初の武器を使用しての戦い! どの様な剣筋を見せてくれるのか!? シャシャ選手も驚きに相手選手を見ております!」

 自分が取り出したのは以前、ボッタクリの射的屋から獲得した大剣。

「……随分と物騒な物をお持ちですね」

「ええ、いいでしょ。最近射的屋で獲得した景品なんですよこれ。自分も実はこれを使うのは初めてなんですけどね」

「使ったことのない武器でご自身が怪我をされないようにご注意下さい」

「ははっ、大丈夫ですよ。ゲームで動きは慣れてますからね」

「!?」

 シャシャの言葉に軽く笑いを返しては動き出す。
 一気に距離を縮めてはシャシャに向かって手に持つ大剣を振り下ろす。
 ドカンと地面を殴る様な音に地面からは砂煙が舞い上がり、一瞬にして魔石画面に映っていた二人の姿が見えなくなってしまった。

 それを見た観客は唖然と口を開く。
 それはそうだろう。料理人、しかも小柄な少年が大剣を取り出したと思いきや、それを片手で軽々と振り回し、地面に叩きつけたのだ。


「なっ! 早い! ミツ選手、大きな大剣を構えては、その走るスピードが早すぎる! ミツ選手の振り下ろした大剣がシャシャ選手へと襲いかかった! 闘技場は砂煙が包み、二人の姿が見ることができません」

「なっ……何なんだあのガキ……」

「り、料理人って言ってたじゃねえか……。ってかガキがあんな力……まさか鬼族か? 」

「いや、鬼族にしては背が低すぎる」

「おっと! 砂煙からシャシャ選手が飛び出してきた! ミツ選手の攻撃は当たっていない様です! 続けてミツ選手も煙の中から飛び出してきた! 逃げるように後方へと駆け出すシャシャ選手、だがそれを追うミツ選手の方がスピードが上! あっという間に間を縮める!」

「!」

 バックステップにて砂煙から飛び出すシャシャ。
 彼女は反撃とばかりに一気に距離を縮めた自分に左足蹴りをするが、自分はそれを回避、そして上げられた足を避けた後に翻ったスカートをそのままに、スカートの内側に隠されていたナイフを手にしていた。

「シャシャ選手何処から出したのか、ナイフの様な物でミツ選手へ応戦します! ですが、大剣にナイフでは意味がないのか! 振り下ろされる重い大剣の流れを変えることができません!! それにしてもミツ選手の力はどうなっているのか!? 右へ左へ振り上げて、そして激しく振り落とす、そんな軽々と振り回す大剣に重さがない様に見えるのは私だけでしょうか!? しかしその武器は本物。ミツ選手の最初のひと振りにて、破壊された闘技場の地面がまじまじとその威力を証明しております!!」

「くそっ!」

「おっと!」

「かっ……!?」

「おおっ! シャシャ選手、反撃を仕掛けるが、それをミツ選手はカウンターとばかりに、腹部に一発攻撃を入れた!! やはりミツ選手、無手の攻撃の方が得意なのか!? だ、大丈夫なのでしょうか!? シャシャ選手、苦しそうに息をしています!」

「ゴホッ、ゴホッゴホッ! な、なんて奴……。油断した……」

「口調が変わってますよ。それがシャシャさんの素ですか?」

「ちっ!」

 品の良さは何処に落としたのやら、シャシャの口調は荒々しく、自分を睨む瞳はまるで獣の様にギラリとしている。

「やはり一撃では落ちない! メイドとは言え、彼女も準予選を勝ち抜いてきた選手の一人! また武器を手にミツ選手の攻撃に構えております」

「むっ……(剣に刃こぼれができてる……。やっぱり斬るじゃなくて、地面に叩きつけたのが不味かったかな……)」

 シャシャが息を整え、待っている間に自身の手に持つ大剣をよく見ると、既に刃こぼれの様に欠けてしまっている。
 元々安物だったのか、それとも扱いがぞんざいすぎたのか、後で物質製造スキルで直せるようなら試してみようと思っていた。

「き、君……。料理人じゃないね……」

「んっ?……いえ。間違いなく料理人ですよ? 貴女がメイドである様に、貴女と同じ、ジョブを隠してるだけです」

「な、何故それを!?」

 自分の言葉に、ドキリと驚くシャシャ。

「いやいや……。今の攻撃を避けれるメイドさんなんて、普通は考えれませんよ。演技をするなら、最低限は衝撃に吹き飛ばされるか、かすり傷程度は受けないと。恐らく最初の一撃も無意識に回避したんですね? ほら、その構えはどう見てもメイドにしては失格ですよ」

 今のシャシャの構えは、二本のナイフを逆手に持ち、腰を少し落としてはすぐに動けるような姿勢を取っている。どう見ても彼女の本職は戦闘職であることが滲み出ていた。

「……。コホン……。これは失礼……。私、何処かで下手をしたでしょうか? 予選でも動きには気をつけていたつもりなのですが……」

「あ……。その。ほら、自分も同じって言ったじゃないですか。この意味貴女なら解るのでは?」

「そうですか……。なら、君に隠し続けて戦うのは無理だね……」

 シャシャは突然呆れ口調に言葉遣いを変えた。
 その瞬間、彼女からは何処かに使えていたと思わせるメイドの演技も一緒になくなった様に感じた。

「どうしたのでしょう!? ミツ選手の攻撃の後、互いに向き合い、動こうともしません。二人で何を話しているのか? なっ! 何と、シャシャ選手、自身のメイド服を脱ぎ始めた!! 一体何を!?」

 ナイフを口に加え、腰の紐を解いては突然闘技場の上でメイド服を脱ぎ始めるシャシャ。
 少し驚いたが、先程彼女のスカートが翻った時、彼女のスカートの中には更に服を着込んでいたことは知っていたので別に残念、もとい気にもしていない。

「うっひょー。って、何だ? 服の下に何着てんだあれ?」

「随分と派手ですね」

「そうかい? 僕はこの赤色が好きだけどね? ほら、相手の血がかかっても目立たないじゃん」

 彼女の下に着込んでいた服は、夜道でも目立ちそうな真っ赤な衣服。布でできているのか、それとも更にその下に何か着込んでいるのか。
 取り敢えず彼女の胸には山も谷もない平原であることは確かなようだ……。

「いや、そんな同意を求められても困りますよ。それに、そんな派手な全身赤色の服の方が目立つと思います。しかし……まさに【忍者】ですね……」

「いやいや。僕は忍者だけどちょっと違うよ」

「ああ。すみません、女性なんですから【くノ一】でしたね……」

「そうそう。僕は見たとおりの女なんだからね。失礼なこと言ってると殺すよ」

「ははっ……。(物騒な人……)」

 シャシャを鑑定時、スキルを見ては後に行われる戦闘をどうするかと考えた時だ。彼女を鑑定すると、名前、歳、種族、身長とスリーサイズ、ジョブが表示された。
 確かにそこにはシャシャのジョブはメイドと表示されていたが、スキル一覧に偽造職がある事が判明。
 彼女のスキルを見ると、シーフとアーチャーで取得するスキルも持ち合わせていた事を考え、彼女も上位職の忍者の経験者ではないかと思ったのだ。
 案の定ユイシスに聞いたところ、シャシャのジョブはメインがくノ一Lv3、偽造職にセットされたジョブがメイドLv5と告げられた。
 彼女は立ち居振る舞いはメイドのスキルで補えていたが、言葉遣いはスキルではまだ補えていないのだろう。
 今の彼女はボクっ娘の様な喋り方のほうが慣れているみたいで、良く舌が回っている。

「ふぅ~。メイド服って意外と重いんだよね。これでいつもと同じ速さが出せるよ」

「そりゃスカートですからね。翻さないように布生地も少し重く作られてますよ」

「ふ~ん。君、女の服に詳しいね……」

「えっ、あっ!? その……ほら。自分料理人ですから、メイドさんと話すことが多いですからね」

 前世で何度もお世話になったメイドカフェ。
 そこの店のメイドさんと仲良くなった際、メイド服に関しても色々と話した経験である。

「そっ……。さて、取り敢えずさっきの分として、今度は僕の番ね」

 そう言って、彼女は言葉をその場に残す様に駆け出す。彼女は手に持つナイフを構えて身を低くして走り出す。

「ヤッ! タッ! セイッ!」

 シャシャの獲物は小回りの効くナイフ。その為一撃は小さくとも手数の勝負と繰り出す剣筋が光を出す。身体全体を使用してはなめらかな動きで攻撃を繰り出すため、見る人はシャシャの一方的な攻撃に自分が防ぐのも精一杯と見えているだろう。カキンカキンと響く金属音、それにプラスして道化の試合と思われていた物が一変し、観客席からは次第に興奮と歓声のこえが聞こえてくる。

「凄え! 何だあのメイドの姉ちゃん! いや、メイドじゃねえぞあれ!」

「ちっこい方も凄えぞ! くそっ! あんな戦いを見せるならいくらか賭けてたのによ! メイドの姉ちゃん、俺を破産させるなよ!!!」

「いけぇー! ガキはもう剣の重みでフラフラだ! 一気に叩き潰せ!」

 闘技場で繰り広げられる戦い、それを見てあんぐりとしたまま開いた口が閉じない冒険者の少年トトと同じく冒険者の少女のルル。
 二人の気持ちが解るほどに、ローゼ自身も驚きに声が出ていない。そして、ゆさゆさと自身の体を揺すってくる仲間のミーシャ。

「ちょっと! ローゼ、トト、ルルちゃん。しっかりと彼を応援しないと、明日から私達のご飯におかずが付かなくなるわよ」

「お、おう……。いや、何だよあいつのあの戦い……。ローゼは知ってたのか? 何か当たり前の様に普通に大会にも出てるけどよ?」

「えっ? 知るも何も、アースベアーを倒した彼を見てれば別に変じゃないでしょ?」

 以前 ミツとプルンがスヤン魚取得の依頼を受けた際、偶然モンスターのアースベアーとキラービーの集団がミツ達のいる場所に出現。
 その際、一般市民の避難とモンスターの討伐を臨時とは言え、共におこなったローゼ達。
 その時のミツの戦いは勿論数名の冒険者や彼女たちも目撃していること。
 それでもその時のミツの武器は弓であり、ナイフでありスキルの風刀であった。今目の前で戦うような大剣をブンブンと振り回す戦いを彼らは見たことはない。
 
「いや、変だろ……。しかも身体の大きさに合わない武器とか、前衛職は絶対に使わねえし、俺でも絶対に使わねえ」

「そりゃそうよ。私でも大きすぎる弓を持ち歩くのすら無理ね。でもあんたも見たでしょ? 彼、アイテムボックス持ってるじゃない。常に持ち歩くのをせずに、戦いのときだけ使用すれば、短時間ならあんな感じに戦うこともできるんじゃないかしら?」

「むっー……。そりゃそうかもしれねえけどよ……」

 ローゼの言葉にぐうの音も出ないトト。

「トト。ミツ君は別格、アースベアーを何処かの戦士と二人で倒せる程の実力者ってことよ。考えても今は解らないわ。そんなに知りたいなら後で話してみればいいじゃない」

「お、おう……。」

「これでやっとギルドに彼を探しに行く手間も省けるって物よ」

「ああ、それは本当に助かるぜ……。もうミーシャの使いっパシリは簡便だからな……」

「あら~。こんな綺麗なお姉さんのお願いだもの。トトは素直に聞いてくれるわよね~」

「いや、断ったら断ったで晩飯抜きとか洒落にならねえから。ってか仲間にしたいんだったら、ミーシャが自分で交渉にいけよな!」

 ふいっと視線を闘技場へ戻すミーシャ。
 彼女は以前、プルンに対してミツと二人、自身のパーティーに誘いを入れていた。
 だが、その時はプルンに断られてしまい、何よりもミツのランクが自身より上であることを知って、その時軽いショックを受けては目先の目標を変えることにしたのだ。だが、少し時間を置き、考えて見れば別に自身のランク上げを先にしなくても、ミツを勧誘した後にプルン含めて、6人パーティーになった後でも良いじゃないと考えが出たようだ。
 先手に自身の誘いを断られた為、今度は別の人が勧誘すれば考えが変わるのではと、トトやミミをミツの勧誘へと向かわせていた。

 ガクッと疲れた感じに肩を落とすトト。
 彼はミーシャのパシリ、もとい、お願いにて冒険者ギルドにミツが居たら呼んできてくれと、空き時間がある度にミミと共に頼まれていた。
 ギルドに何度も何度もトトが見に行くも、ミツの姿を見つけることはできなかった。
 そりゃそうである。
 ミツはその時、リック達と共に試しの洞窟に出かけてたのだから。
 ミツがアイアンランクの冒険者であることはミーシャ達は知っている。もしかしたら大きな依頼を受け、何処かの街に行ってしまったのではないかと思い、受付嬢に聞いてみるも知らないと返答された。
 その時対応したのがナヅキではなく、まだミツの事すら知らなかったエイミーだったのもミーシャ達が空回りする原因だったのかもしれない。
 もう会えないかもしれない、そう思いながらミーシャは半端諦めモードになっていた。
 武道大会を観戦に来たところ、偶然にもミツを見つけ喜びに、直ぐに賭け場テントへと、ローゼを無理やり引きずり連れて行ったそうだ。
 そして、今彼女の手には以前報酬で手に入れた金貨10枚、それから少し使用してしまったが、金貨5枚分の賭け札が握られている。
 ローゼもミーシャの半分程の金貨3枚の量を持ち、ミミとトトも金貨2枚分の賭け札を握らされていた。
 最初は無謀な賭けに金を払うことを躊躇っていた二人だが、泡銭として取得したお金。
 それを返す気持ちとミツへと投資したようだ。

 そして試合の箱を開けば驚きの連続。
 闘技場で戦うミツの姿は以前と違って凄まじく、振る大剣捌きはまるで剣自体が生きているかの様にも見えてくる程。
 周囲が一方的にミツが攻撃を受けているだけと言うが、トトも含めて武器を扱う前衛職の観客は唖然とするしかなかった。
 それはそうだろう。大剣でモンスターの攻撃を受けたり弾いたりは確かにする。それでもミツの持つ大剣の剣先のポイント、腹のフラー、根本のリカッソ、全てを上手く使い相手の攻撃を伏せ続けている。
 シャシャもそれには気づいているのか、ナイフだけではなく自身の足技等も時折混ぜては攻撃を仕掛ける、がそれでも全てを防がれている。
 そして自身の体重を乗せ、相手の持つ大剣へと蹴りを入れるシャシャ。それを大剣のフラーで受けつつも、勢いよく後方に押されるミツの身体。

「ミツ選手、シャシャ選手の蹴り技に大きく後方へと後退します! 押されております! 攻撃は防ぐも反撃のチャンスと手が出ません! 初手の一撃を見てもミツ選手の攻撃の威力は間違い無し、それでもそれを繰り出させまいとシャシャ選手の攻撃が止まりません!」

 大きく後退した自分は、自身の持つ武器を見ながら少し焦りを出していた。
 取り出した武器がやはり不良品であったことが判明したのだ。
 相手の攻撃を受ける度に削られていく大剣。
 そして先程のシャシャの蹴りを受けた時、若干凹んだ腹部分。

「まずいな……」

 いざとなればアイテムボックスに入れている武器を使えば良いのだが、シャシャ相手にウォーハンマーや洞窟で拾った錆びた剣では通用しないと思う。
 ならどうするかと考えていると、シュルシュルと風斬り音が聞こえてくる。
 まさかと思い、彼女の方を見るとシャシャは自分が対人戦では使わないようにしていた〈忍術〉風刀のスキルを使いだしたのだ。

「……えっ、マジで……」

「おおっと! シャシャ選手、手に持つナイフを突然別の物に変えたぞ! 何だあれは!? 緑色、それでも透明なナイフを構えております!」

「君がその武器を使うということはこのスキルを知らないと思うけど、その武器にはこれを使わせてもらうよ」

(いや、めっちゃ知ってます……)

「覚悟してね」

「ちょっ!?」

 彼女を止める言葉を出す前に、彼女は不敵な笑みを浮かべ、風刀を手に駆け出した。
 咄嗟に攻撃を防ごうと大剣を盾の様に突き出すが、風刀の前では不良品大剣は意味をもさなかった。
 バキッと金属を割る音にも似た音が響くと同時に、自分は手に持つ大剣から手を離してはその場を回避する。
 すると風刀をぶつけられた大剣が二つに分かれ、闘技場の上にガシャンと音を鳴らしながら転がっていく。

「なぁんと!! ミツ選手の持つ武器が真っ二つ! シャシャ選手の持つ武器は大剣すら切り裂く程の凄まじさ! どうするミツ選手! 武器を失った今、剣を切り裂くナイフ相手に、自身は無手で相手するのか!?」

「ちぇ、残念。逃げられちゃったか」

「はぁ……。そこまでやりますか……。全く、体に当たったらどうするんですか、大怪我では済みませんよ全く」

「ははっ。面白いこと言うね君は。でもね、これを活かすには別の方法もあるんだよ」

 更に不敵に笑い出すシャシャ。
 そして彼女の足元からモクモクと白色の煙が出始める。

「うわ……(煙幕スキルまで使うのか……。いや、彼女が持ってるのは知ってたけどさ)」

「どう、驚いた? この煙の中じゃ君は僕を見つけることができなくなるんだよ」

 更に増える煙は自分の足元まで届いてくる。

「あの」

「何? 武器が無くて怖くなっちゃった? 降参でもするの?」

「ああ、いえ。その、煙で見えなくなる前に一言だけ良いですか?」

「だから何だよ!」

「降参してください」

 彼女は自分の言葉に、眉間に深くシワを寄せるのだった。
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