追う者

篠原

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第十七章  栄真子の新婚、新居生活  ~すべてが初めてな新妻!~

第十七章 ㉔

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自分の信じる道のため、そして、
正義のため、あの親子のため、
【汚れた金】を叩き返し、病院長、
そして、副病院長、診療科部長、眼科の
ホープと呼ばれる男、いえ、それだけで
なくて、政治家秘書と国の官僚、いいえ、
それだけでもなくて、大物政治家にまで、
真向から『反抗』し、完全に、『敵認定』
された、私の配偶者、柳沼医師には…。
 もう、眼科内、そして、病棟にも、
いいえ、大学病院全体、つまり、組織の
中に、そして、大学病院の建物内の
どこにも、『居場所』はなくなった……。



「完全に、明らかに、昨日までとは
違う」
彼は、そう、理解した…。



藤川教授、富増以外は……。
あのオペ室にいたメンバーは、ある意味、
尊敬の目で見てくれていたはずだった…。
それに、他の眼科のメンバーも、他の
科の医師―同期達―も、『普通』に
接してくれていたのに。



その日、おかしかった。
誰もが、よそよそしい。
あからさまに、避ける。
挨拶すらしてくれない、誰一人。
若手、新人の眼科看護師までもが。
総員で無視、だ。
こっちから挨拶しても、何も戻って
こない。
目すら合わせてくれない。
そして、聞こえる、陰口。
いや、聞こえるように言っているのだから
陰口ではないか……。
 
そして。
その日。
私の愛する人には、一切、仕事がなかった。
外来も回診も手術も、何もさせてもらえ
ない。
自分の担当予定―予約―も、他の医師にと。
朝、看護主任から、冷たく、言い渡された。
「部屋で待機願います。
予定は、他の先生方に割り振っています
ので。
すべて、診療科部長のご指示です」


そう、その日。
結局、話しかけてくれた―この言い方で
良いのかは分からないが―看護師は、
彼女1人だった。




あと、同期の医師に呼ばれた。
人気のない、真っ暗な廊下の奥。
誰も知らない……。
柳沼も初めて知った、どこに繋がり、
どこに出るかもわからない、どんよりと
した、階段が、あって…。
第三者の目を避けるようにしている
同期、『大親友』だと信じていた彼は、
言った。
「柳沼。お前のことは、聞いた。
悪いことは言わない、悔しいだろうし、
確かに、理不尽なことで、あってはならん
ことだ。
だがなぁ、お前の将来、いや、明日の生活も
かかっている。
それに、雪子さんも養っていかないと
いかんのだ、今は……。
で、たとえ、お前がどんなに院内で騒ごうが
院外で叫び立てようが、大物政治家……
アイツの親っさんが動いてんだから無駄
なんだよ……」
 彼は、そこまで言って、まじまじと、
柳沼の目を見つめて続ける。
「柳沼、もう、ガキじゃないんだ。
それに、独り身の男ってわけでもない。
お前には、大事な、雪子さんがいるだろ!
俺も、もうすぐ、家庭を持つしな……。
分かれ、理解しろッ!!
大人しく、ここは、院長、副院長、あと
藤川教授や富増のぼっちゃん野郎にも
頭下げろっ!
何なら、俺が、間を取り立ってやるから
……」


気持ちは有難かった…。
良い同期だと、本気で思った。
だが、同時に、理解する。
「お前と俺が、同期で、大親友だと、
もう周囲に知られているんだ!!」、
それから、「結婚前なんだ。こっちにも
火の粉が飛んでくるようなこと、せんで
くれ!」、そして、「俺の出世にも響く
んだよ、お前の行動がッ!」と暗に言って
きていることを……。

 だから、悲しかった。
だが、それでも、他の連中とは違い、自分を
完全無視せず、自分のことをまだ思って
くれていることは、素直に有難かった。
 懐かしい、ともに、汗水を流し、深夜まで
勉学に励んだ、医学生時代を思い出す。
一瞬、「あの頃に戻れたらな………」と
思う。


だが…!
今更、ヤツらに、頭を下げるなんて
絶対に、あり得ない!
それは、『道を曲げる』ことだ。
医師として、いや、一人の人間として
絶対に、それは、できない…。



深々と頭を下げて、そのままの姿勢で
伝えた。
「すまん……。
そして、ありがとう…。
だが…、俺は、どうしても……」

はぁ……と大きなため息が聞こえる。
「やっぱりな。
お前は、そう言うと思ったよ。
だがな、これから、本当にキツく
なるぞ、院内でも、大学でも……。
あとな…。悪いが。
俺も、立場や、これからの未来、あと
結婚生活もあるんだ。
お前と、これまで通りの関係は、
無理だ……」
 そう言って、同期で、ともに苦労の山を
越えて医師になった『旧・大親友』は
去っていった。

大事なものを失ったような、気がした……。
完全な絶望感。
だが、同時に、本当に大事なものは
守り切れたような感じもした。
しかし、もう、未来は見えない。
「孤立無援になったな……」と理解する。








結局。
その日、院内で、話したのは、
あの看護主任と、あの耳鼻咽喉科医だけ
だった。
まぁ、話し声―『自分に関する』―は
山ほど聞こえてきたが……。
全部、否定的、悪意ある、もので…。






翌々日。
誰とも話さなかった。
朝、デスクにあった。
メモが。
おそらく、若い、新米看護師の字だ。
「院長先生のご指示です。
本日は、外来も回診も手術も大丈夫
とのことです。
ここで、連絡あるまで、待機していて
ください」と、ある。
 そして、当然……。
一日中、院長からも―いや誰からも―
連絡はなかった。
周囲にいる医師、看護師。
全員、無視だ。
誰も挨拶ナシ、声すらかけてくれない。

 いや、聞こえてはくる。
「よく、今日も、来れたな…」と。
「病院を売ろうとする、裏切り者は
ああなるんだな」
 ひとりごともあれば、医師同士の話も
ある。
それが、とにかく聞こえてくる。
 いや、聞かされている……のだ、な。

先生、柳沼先生……と、これまでは
ペコペコしていた看護師たちまで、
クスクス話している。
「チョッパリって、怖いわぁ」と
廊下でひそひそ話す、若手看護師たちの
声が聞こえてきた時は、拳を握りしめた
……。
 必死に、我慢した。
ここで、抑えないと……。
手を出そうものなら、されに、事態は
悪くなる。
 ただただ、目を閉じ、最愛の妻のことを
思って、耐えた。
だが、夕方…。
トイレから戻った時、デスクに、
A4サイズの紙が置いてあって。
そこには、真っ赤なマジックで、雑に、
強く、悪意を込めて、書かれていた。
「在日帰れ!
在日もう来るな!」
 一目見て、崩れ落ちた、精神が……。
バッと周りを見渡す。
すると、一斉に、こっちを見ていた無数の
目が、視線を逸らせて、デスクに向く…。


家で待つ、妻には、知られまいと、
こんな『事態』になっていると気づかれ
まいと、夜道、アパートが見えた時、
無理に笑顔を作った。
そして、必死に耐えて、階段を上がった。
いつも通り優しく迎えてくれる妻と、
その手料理。
 だが、味がしなかった。
風呂の中で、泣いた。
シャワーを全開にして……。



そして、次の日。
病院に着くなり、デスクには、1枚なんか
ではなく、大量のA4用紙。
内容は、前日のが、『まだ優しかった』と
思えるほど、悪意と怒りと……いや
殺意すら感じられる、おぞましいもの
だった。
気が狂ったように、それらを、はらい
のける。
周囲からの「必死だねぇ」、「裏切者の
末路だな」という声、そして、クスクス
という笑い声を無視して。
だが、A4の紙の山を払いのけて、
愕然とした。
デスク本体に、赤マジックで、殴り書き
されていた……。
「本国に戻れ、朝鮮野郎!!」と。
 完全にガタがきた、精神、そして、
肉体的にも。
限界だった……。
気づくと、自分は、叫んでいた…。

そして、そのまま、出勤してきたままの
姿で、病院から、走り去って……いや、
逃げ去っていた。
「もう、ここには、戻らない」、そう心に
強く誓いながら、走った。
涙が、あふれ出す。
すれ違う、多くの人の目を浴びるが…。
どうしようもない。
 


出勤したはずの配偶者が、あり得ないほど
早く戻ってきたのを、妻の雪子は、
本当に驚いて、迎えた。
当然だ、まだ、昼にもなっていないのに。
しかも、大の大人が、目を真っ赤にさせ、
いや、完全に、ボロボロ泣きながら、家に
帰ってきたのだから……。

 玄関先に、座り込んで…。
必死に、訳を訊いてくる、妻に…。
柳沼医師は、すべてを打ち明けた。
情けなくも、もう、これ以上、無理だという
事実を………………。
それに対して、若い妻は。























(・著作権は、篠原元にあります

・ゴールデンウイークいかがお過ごしで
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