追う者

篠原

文字の大きさ
上 下
246 / 278
第十七章  栄真子の新婚、新居生活  ~すべてが初めてな新妻!~

第十七章 ㉔

しおりを挟む
自分の信じる道のため、そして、
正義のため、あの親子のため、
【汚れた金】を叩き返し、病院長、
そして、副病院長、診療科部長、眼科の
ホープと呼ばれる男、いえ、それだけで
なくて、政治家秘書と国の官僚、いいえ、
それだけでもなくて、大物政治家にまで、
真向から『反抗』し、完全に、『敵認定』
された、私の配偶者、柳沼医師には…。
 もう、眼科内、そして、病棟にも、
いいえ、大学病院全体、つまり、組織の
中に、そして、大学病院の建物内の
どこにも、『居場所』はなくなった……。



「完全に、明らかに、昨日までとは
違う」
彼は、そう、理解した…。



藤川教授、富増以外は……。
あのオペ室にいたメンバーは、ある意味、
尊敬の目で見てくれていたはずだった…。
それに、他の眼科のメンバーも、他の
科の医師―同期達―も、『普通』に
接してくれていたのに。



その日、おかしかった。
誰もが、よそよそしい。
あからさまに、避ける。
挨拶すらしてくれない、誰一人。
若手、新人の眼科看護師までもが。
総員で無視、だ。
こっちから挨拶しても、何も戻って
こない。
目すら合わせてくれない。
そして、聞こえる、陰口。
いや、聞こえるように言っているのだから
陰口ではないか……。
 
そして。
その日。
私の愛する人には、一切、仕事がなかった。
外来も回診も手術も、何もさせてもらえ
ない。
自分の担当予定―予約―も、他の医師にと。
朝、看護主任から、冷たく、言い渡された。
「部屋で待機願います。
予定は、他の先生方に割り振っています
ので。
すべて、診療科部長のご指示です」


そう、その日。
結局、話しかけてくれた―この言い方で
良いのかは分からないが―看護師は、
彼女1人だった。




あと、同期の医師に呼ばれた。
人気のない、真っ暗な廊下の奥。
誰も知らない……。
柳沼も初めて知った、どこに繋がり、
どこに出るかもわからない、どんよりと
した、階段が、あって…。
第三者の目を避けるようにしている
同期、『大親友』だと信じていた彼は、
言った。
「柳沼。お前のことは、聞いた。
悪いことは言わない、悔しいだろうし、
確かに、理不尽なことで、あってはならん
ことだ。
だがなぁ、お前の将来、いや、明日の生活も
かかっている。
それに、雪子さんも養っていかないと
いかんのだ、今は……。
で、たとえ、お前がどんなに院内で騒ごうが
院外で叫び立てようが、大物政治家……
アイツの親っさんが動いてんだから無駄
なんだよ……」
 彼は、そこまで言って、まじまじと、
柳沼の目を見つめて続ける。
「柳沼、もう、ガキじゃないんだ。
それに、独り身の男ってわけでもない。
お前には、大事な、雪子さんがいるだろ!
俺も、もうすぐ、家庭を持つしな……。
分かれ、理解しろッ!!
大人しく、ここは、院長、副院長、あと
藤川教授や富増のぼっちゃん野郎にも
頭下げろっ!
何なら、俺が、間を取り立ってやるから
……」


気持ちは有難かった…。
良い同期だと、本気で思った。
だが、同時に、理解する。
「お前と俺が、同期で、大親友だと、
もう周囲に知られているんだ!!」、
それから、「結婚前なんだ。こっちにも
火の粉が飛んでくるようなこと、せんで
くれ!」、そして、「俺の出世にも響く
んだよ、お前の行動がッ!」と暗に言って
きていることを……。

 だから、悲しかった。
だが、それでも、他の連中とは違い、自分を
完全無視せず、自分のことをまだ思って
くれていることは、素直に有難かった。
 懐かしい、ともに、汗水を流し、深夜まで
勉学に励んだ、医学生時代を思い出す。
一瞬、「あの頃に戻れたらな………」と
思う。


だが…!
今更、ヤツらに、頭を下げるなんて
絶対に、あり得ない!
それは、『道を曲げる』ことだ。
医師として、いや、一人の人間として
絶対に、それは、できない…。



深々と頭を下げて、そのままの姿勢で
伝えた。
「すまん……。
そして、ありがとう…。
だが…、俺は、どうしても……」

はぁ……と大きなため息が聞こえる。
「やっぱりな。
お前は、そう言うと思ったよ。
だがな、これから、本当にキツく
なるぞ、院内でも、大学でも……。
あとな…。悪いが。
俺も、立場や、これからの未来、あと
結婚生活もあるんだ。
お前と、これまで通りの関係は、
無理だ……」
 そう言って、同期で、ともに苦労の山を
越えて医師になった『旧・大親友』は
去っていった。

大事なものを失ったような、気がした……。
完全な絶望感。
だが、同時に、本当に大事なものは
守り切れたような感じもした。
しかし、もう、未来は見えない。
「孤立無援になったな……」と理解する。








結局。
その日、院内で、話したのは、
あの看護主任と、あの耳鼻咽喉科医だけ
だった。
まぁ、話し声―『自分に関する』―は
山ほど聞こえてきたが……。
全部、否定的、悪意ある、もので…。






翌々日。
誰とも話さなかった。
朝、デスクにあった。
メモが。
おそらく、若い、新米看護師の字だ。
「院長先生のご指示です。
本日は、外来も回診も手術も大丈夫
とのことです。
ここで、連絡あるまで、待機していて
ください」と、ある。
 そして、当然……。
一日中、院長からも―いや誰からも―
連絡はなかった。
周囲にいる医師、看護師。
全員、無視だ。
誰も挨拶ナシ、声すらかけてくれない。

 いや、聞こえてはくる。
「よく、今日も、来れたな…」と。
「病院を売ろうとする、裏切り者は
ああなるんだな」
 ひとりごともあれば、医師同士の話も
ある。
それが、とにかく聞こえてくる。
 いや、聞かされている……のだ、な。

先生、柳沼先生……と、これまでは
ペコペコしていた看護師たちまで、
クスクス話している。
「チョッパリって、怖いわぁ」と
廊下でひそひそ話す、若手看護師たちの
声が聞こえてきた時は、拳を握りしめた
……。
 必死に、我慢した。
ここで、抑えないと……。
手を出そうものなら、されに、事態は
悪くなる。
 ただただ、目を閉じ、最愛の妻のことを
思って、耐えた。
だが、夕方…。
トイレから戻った時、デスクに、
A4サイズの紙が置いてあって。
そこには、真っ赤なマジックで、雑に、
強く、悪意を込めて、書かれていた。
「在日帰れ!
在日もう来るな!」
 一目見て、崩れ落ちた、精神が……。
バッと周りを見渡す。
すると、一斉に、こっちを見ていた無数の
目が、視線を逸らせて、デスクに向く…。


家で待つ、妻には、知られまいと、
こんな『事態』になっていると気づかれ
まいと、夜道、アパートが見えた時、
無理に笑顔を作った。
そして、必死に耐えて、階段を上がった。
いつも通り優しく迎えてくれる妻と、
その手料理。
 だが、味がしなかった。
風呂の中で、泣いた。
シャワーを全開にして……。



そして、次の日。
病院に着くなり、デスクには、1枚なんか
ではなく、大量のA4用紙。
内容は、前日のが、『まだ優しかった』と
思えるほど、悪意と怒りと……いや
殺意すら感じられる、おぞましいもの
だった。
気が狂ったように、それらを、はらい
のける。
周囲からの「必死だねぇ」、「裏切者の
末路だな」という声、そして、クスクス
という笑い声を無視して。
だが、A4の紙の山を払いのけて、
愕然とした。
デスク本体に、赤マジックで、殴り書き
されていた……。
「本国に戻れ、朝鮮野郎!!」と。
 完全にガタがきた、精神、そして、
肉体的にも。
限界だった……。
気づくと、自分は、叫んでいた…。

そして、そのまま、出勤してきたままの
姿で、病院から、走り去って……いや、
逃げ去っていた。
「もう、ここには、戻らない」、そう心に
強く誓いながら、走った。
涙が、あふれ出す。
すれ違う、多くの人の目を浴びるが…。
どうしようもない。
 


出勤したはずの配偶者が、あり得ないほど
早く戻ってきたのを、妻の雪子は、
本当に驚いて、迎えた。
当然だ、まだ、昼にもなっていないのに。
しかも、大の大人が、目を真っ赤にさせ、
いや、完全に、ボロボロ泣きながら、家に
帰ってきたのだから……。

 玄関先に、座り込んで…。
必死に、訳を訊いてくる、妻に…。
柳沼医師は、すべてを打ち明けた。
情けなくも、もう、これ以上、無理だという
事実を………………。
それに対して、若い妻は。























(・著作権は、篠原元にあります

・ゴールデンウイークいかがお過ごしで
しょうか?
ぜひ、この機会に、いいね、高評価、感想
などなど、お待ちしています!

・ノベルデイズさんでは、イラスト付き
登場人物紹介あります。
エブリスタさんでは、スター特典で、
関連2作品が読めます!
どうぞ!!!              )
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...