追う者

篠原

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第十四章  人生の春冬劇  ~関東で暴かれてくる秘密~

第十四章 ⑮

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真子が、このような『最悪の評価』を、
義時の義姉、栄美織から受けてしまった
のには、それなりの理由がある。
まず、書かねばならないのが、美織自身
のこと。
美織には、非がない。
栄美織は、人を見る目があり、かつ、
真面目で、誠実で、悪を許せない性格だ。


そして、年末に、義時とデートをして、
その後、美織の本陣に乗り込んでしまった
真子は、美織に、『悪評価』を下されても
当然の服装、外見だった。

確かに、もう夜の仕事はやめていた。
でも、ずっと夜の世界に身を置き続けていた
真子だ。
そのニオイ、その雰囲気を、美織は感じ
取っていた。
真子の立場から言えば、感じ取られていた。

それに、真子の感性が長年の夜の生活で
オカシクなっていたので-真子本人は
気づいていないが-、風呂上がりの女性が
普通は着ないような……服装。
分かりやすく言えば、異常に露出度が高い
モノ……。
美織から言わせれば、
「はッ!?風呂上りの肌を、
男に見せようってしてんの!!」。

そして、真子の化粧の濃さ!
「え?!風呂上りで、ここまで化粧して
んのかよ。どう言う神経?」と思った、
美織は。



でも、真子にも、事情があった。
「このいすみ市で、昔のこと知っている
同級生たちに会ったらどうしよう……。
気づかれたらどうしよう」と言う不安。
で、結果が、バレないように、濃い化粧
……。












話を戻す。
1月4日、神奈川県…。
言わなきゃ……、そう、義時は思った。
横を歩く真子に、話しかける。
「あの、ゴメン。実は……、さっき電話
あって、何か……、ファミレスで会おう
って……」、最後までは言えなかった。



聞かされた真子は、まず、驚いた。
「ファミレス!?」。
何か拍子抜けだ……。
ちゃんとした服装して来たのに…。
だって、有名なホテルの名前を聞いて
たから。
緊張もあったけど、楽しみだった。
そんなホテルのレストランで食事が
できるんだ!
どんな料理が出て来るんだろう…!


でも、実際は……。
全国どこにでもあるあのファミレス!?
「えッ!?もしかして、義時君のご両親、
ケチなの?」と思う。

ガッカリ感、不信感は、拭えない。
でも、隣の彼が悪いわけではない。
だから、真子は、笑顔を保ち続けた。
そして、義時と歩いた。






約束の時間の10分前。
真子と義時は、その、全国チェーンの
ファミレスの前に立った。
真子は、腕時計で時間を確認して、
ホッとした。
「遅れてない。10分も余裕ある…」。
だが、その安心感は、打ち砕かれる。

隣の義時の携帯電話が突如鳴りだす。
誰かと話す、義時。
真子は、もしかして……と考えて
しまった。
「これって、もしかして、食事会自体
キャンセルの電話……?」。

短い通話だった。
こっちを見て、義時が言う。
「もう、うちの両親、店の中だって。
じゃ、行こう」。





そして、義時と真子は、そのレストラン
の中に入った。
店内は、かなり混んでいたが、すぐに
分かった。
誰かが、義時に向かって、手をあげて
いる。
真子は思った。
「あの人が、義時君のお母さんね」と。
義時の後に続ぎ、真子は、義時の
両親が待つテーブルへ向かう。


そして、遂に……。
真子は、顔を上げるのが怖かった。
前にいる義時が、すでにテーブルに
ついていた二人に、軽く挨拶する。
ついに自分の番……。
真子は、顔を上げた。
最高の笑顔を、意識する。
そして、挨拶した。
何を言ったか、ちゃんと練習通りの内容
を言えたのか、全く憶えていない。
ただ、言い終えて、頭がボーっとした。


でも次の瞬間、真子の耳に、優しい女性の
声が届く。
「柳沼さんね、どうも、こんにちは。
私、義時の母です。今日は、お会いできて
嬉しいです」。


真子は、思った。
「優しい声……」と。
ちょっと、ホッとする。
安心した。
歓迎されている、のが分かる。
それと、一瞬思った。
「どっかで、聞いたことのあるような
声だわ」。





彼のお母さん…。
ニコニコと笑ってくれている。
柔和な表情。
一目見て、優しい人格が溢れ出ている
のが分かる。
隣の男性-彼のお父さん?-は、滅茶苦茶
怖そうだけど…。




彼の両親の前に、緊張MAXで座りながら、
真子はハッとした。
声には出さなかったけど、彼のお母さん、
声をどこかで聞いたことがあるし、
顔もどこかで見た…、うん、違う、
どこかで会ったことがある!
もちろん、小3のあの事件直後に謝罪しに
来てくれたけど……、そうじゃなくて、
もっと後に、雪子おばさんの家を出て
働き出してから、どっかで会っている。


どこで会ったのか、いつ会ったのか、
名前は……、と思い出そうとしたけど、
思い出せない。
でも、どこかで、何度か、絶対に、
会っている、この人!!





しばらく、4人で会話しながら、真子は、
その合間合間に思い出そうと、頑張った。
そして、ピンと来た!
「えッ!?ウソぉ!
あの〔さだみん〕!!??」と。


真子は、メニューを見つめる、
彼のお母さんを、気づかれないように
凝視した。
「当然、ちょっと髪の毛が白くなったり
はしてるけど、やっぱり、〔さだみん〕
だぁ!」と確信した。


でも、向こうからは何とも言ってこない。
ニコニコしながら、こっちに話しかけて
はくるけれど……。
「言ってみようかなぁ」と考えたが、
真子は黙っていることにした。
もし、万が一にも、間違っていたら、
目の前の人が、〔さだみん〕でなければ、
失礼だし、もしかしたら、面倒なことに
なるかも……。
このような席で、そんな事は、避けたい。



ちなみに、義時の母は、あの〔さだみん〕
本人だ。
この〔さだみん〕を、憶えておられる
だろうか。
第八章②で登場する、真子に、〔ウザ〕
と言うあだ名をつけられた女性。
真子が、心底嫌っていた、あの人だ。
一匹狼のように生き、周囲を拒む真子に、
〔さだみん〕は、よく声をかけてくれた。
時に、お菓子をおすそ分けしようと、
来てくれた。
でも、それが、真子には嫌だった。
そして、〔さだみん〕が発する言葉の
一つ一つに腹を立てていた。
で、自分よりはるかに年上の彼女に、
失礼なマネをたくさん、したものだ。
だけど、そんな真子に、〔さだみん〕は、
綺麗なキーホルダーをプレゼントして
くれた。
そのキーホルダーが、それから、ずっと
後になって、真子と義時の関係を結ぶ
働きをすることにもなった-第十一章
④-。

それで、そのキーホルダーをもらった
真子は、〔さだみん〕に対する考え方を
改め、〔さだみん〕に手紙を書いた。
真子と栄定美は大の仲良しになり、真子の
生き方も変わるかのように思えた…。
でも、直後に、真子は、驚愕の事実の前に
絶望し、再度考え方を変えてしまい、
そして、スーパーの寮を飛び出して行く!
真子と、定美の関係は、終わったかの
ように思えたが……。
この日、義時に連れられて、義時の両親
との食事の場に来た真子は、なんと、
定美-義時の母-と再会したのである。




さて、栄定美の方は、真子のことに
気づいていない。
ただ、次男が連れて来た女性、そして、
嫁が非常に悪く報告してきた女性…と
認識している、真子のことを。
まぁ、長い間会っていなかったのだから
当然だろう。
しかも、あのスーパー時代の真子と、
夜の仕事をやめたばかりの真子では、
化粧の濃さも服装も、全く、別人だ。
気づかなくても不思議でない。


そして、実は、定美は、スーパーで
一時期、一緒だった柳沼さんのことを
完全に忘れているのだ。

だけど……、真子にとっては、
〔さだみん〕は、特別な人だった。
特別に良い想い出だった。
〔さだみん〕からのキーホルダーは、
寮を飛びした後も、そう、夜の仕事を
していた時も、そして、そのファミレス
でも、鞄についていた……。
だから、大げさでなく、毎日、真子は、
そのキーホルダーを目にするたびに、
〔さだみん〕のことを思い出していた。
よって、彼のお母さんを見て、すぐに、
記憶と現実がつながった!
「この人、あの〔さだみん〕だ!」と。



同じころ、栄定美は、内心思っていた。
「美織さんが言ってた通りかな…。
どう見ても、普通のOLさんとかには
見えないわねぇ」。
ちょっと控えめに言っても、化粧が…。
それに、美織さんが着ないような派手な
服!!

全くもって、目の前の、次男の連れて来た
女性が、一緒に働いたことのある女性だと
は気づいていない、定美だった。






ちなみに、その頃の、真子は、思っていた。
「私、変わったんだ」と。
そう、確かに変わった。
夜の仕事を辞め、朝起きるようになった。
タバコは、完全にやめた。
正直最初は苦しかったが、恋心で、それに
打ち勝った。
「タバコ吸わない義時さんに、タバコ臭い
って、思われたくない!」と言う決心。
お酒も、節約のため、やめた。

だが、真子は気づいていなかった。
長い間、夜の世界で過ごし、身について
いたニオイ、雰囲気、顔つき、言葉遣い
は、消えていないという事実を。
必死に、男から奪い取り、味方のフリを
するピーナ共を倒すことを念頭に置き
生きていた頃の【目力】も、まだまだ
健在だった…。
で、自分の化粧、服装、態度、言葉遣い
-特に男性に対する無意識な-が、
普通の同年代の女性達と異なっている、
それに気づいていない、真子。
そう、完全に、『夜の色』に染まって
いたのだ。
この『色』が、抜け落ちるには、まだまだ、
かなりの時間がかかることになる。




そして、その日。
ファミレスで、目の前に座る、次男が連れて
来た女性の、その『色』を見て、義時の
両親、栄義牧と栄定美も、好印象は決して
持てなかった。
栄義牧の真子への第一印象は、
「ハズレだな。アバズレだ、こいつは」
だった。
そして、栄義牧も栄定美も、当然ながら、
目の前のその女性が、あの奥中家の娘
だとは気づいてもいない……。










(著作権は、篠原元にあります)
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