追う者

篠原

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第十四章  人生の春冬劇  ~関東で暴かれてくる秘密~

第十四章 ③

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でも、結局……。
義時さんは、ホテルの中では、一言も、
そのネックレスのことに触れません
でした。

会計を済ませた義時さんは、黙って、
私の方を振り向こうともせずに、
さっさとホテルのロビーを突っ切り、
正面エントランスを出て行きました。
私は、無言の彼の後を、2,3歩の
距離をとって、ついて行きました。
外に出ると……、冷たい夜風が、
私を襲ってきました。




外に出てからも、義時さんは、
私の方を少しも確認せず、歩いていき
ます。


そして、私たちは、ホテルから駅に
向かう途中の高台にある公園に、
入りました。



今思えば、義時さんは、どんな心境
だったのでしょう…?
誰が、どう考えても、彼女が急に、
「すぐに会いたい。大事な話がある」と
電話してきて、それで、イザ会ったら、
プレゼントしていたネックレスも
外されている……。
「別れ話」と考えるのが、当然です。
でも、当時の私は、そこまで考える
ことができませんでした。
全然、義時さんのことを配慮できて
いなかったのです。





公園の中央に向かいながら、黙って歩く
義時さんの後姿を見ます。
正直に言うと、「このまま、『ごめん!
どうしても会いたくて、あんな電話を
しちゃったの!』って笑顔で言って、
終わりにしようか?」と思いました。


しかし、やっぱり……。
それは、不誠実なように思えます。
それに、ウソと悪意に満ちたピーナ共
のように、結婚したくはない!!
私は、心を奮い立たせました。
目の前を歩く誠実で、優しく、強く、
そして、私が愛する男性である
義時さんを、裏切りたくなかった。



私は、勇気を出して、無言のままの彼に、
話しかけました。
「あの……。そこのベンチに、
座りません?」と。
声が震えていました。
義時さんが、立ち止まります。
そして、こっちを振り返り、「うん」と
言って、ベンチに向かいます。


私たち二人は、公園のベンチに、
腰かけました。
私は、意識して、義時さんとの間を
空けました。
まさに、間に人が二人は座れる位…。


そんな私を、義時さんが何も言わずに、
見つめてきます。
でも、ずっと無言……。
ただ、見つめて来るだけ。






私は、スカートの上に置いていた
両手を握りしめて、一気に言いました。
「あの……!!
聞いてほしいお話があるんです!
私の父のことなんですけどっ!!」





その日、私は…。
公園で、義時さんに、全てを打ち明けた
のです。
打ち明けることができたのです、全部を
ありのまま、隠すことなく……。

義時さんは、ずっとずっと、黙って、
聞いてくれました。
彼が、どんな表情をしていたのかは、
分かりません……。
私は、目を開けて、話すことは、
できませんでしたから。
私は、彼を見ながらは、話せなかった
のです。
そんな余裕もないし、勇気もなかった
のです!
ただ、目をつぶりながら、一気に、
まくし立てていました。


私は告白したのです……。
自分の父は犯罪者だったと。
しかも、極悪非道の強姦犯。
そして、その父が、ある女性をレイプ
して、妊娠させた。
それによって生まれてきたのが、自分、
柳沼真子。
だから、自分は強姦犯の娘で、強姦犯の
汚れた血が体内にいっぱい流れている。
「だから、生まれてくるべき人間では
なかったんです……!」と。




気づいた時には、私は、ベンチに座り
ながら、ただひたすら、泣いていました。
「言い終えたんだ。
全部話しちゃったんだ」と思いました。
目を開けるのが怖かった。
もう隣に、彼はいないかもしれないの
です。
そっと、目を薄く開けてみました。
涙が邪魔しますが、まだ、彼が座って
いるのは確認できました。
でも、思いましたね。
「この後、黙って、立ち上がって、
公園出て行くかな?
それとも、『ごめん。ちょっと一人で
考える時間がほしい。また、連絡する
から……』って言うかな?
……私、汚らわしい女だと思われた
よね?」と。




でも、皆さん!
その後に、私に起こったこと、
そう、彼が言ってくれた言葉を、
私は絶対に忘れません!!
そして、彼の手の温もりも……!



義時さんは……、義時君は、
強姦犯のDNAを受け継いでいると
分かっているのに、そんな女である
私の両手を両手を優しく、その手で、
包み込んでくれたのです。

「えッ!?」
一瞬、何が起こってるのか分かり
ませんでした。



そんな私に、義時君が言ってくれた
のです。
「もう、泣かないで!真子さん。
ありがとう、こんな重要なことを、
打ち明けてくれて!!
でも、父親がどうであれ、
真子さんは、真子さんじゃないかッ!」


信じられない言葉でした!!
聞き間違えかと、思いました。
「本当に、そう思ってくれて
るの……?」






かたまる私に、義時君は続けてくれ
ました。
「辛かったな……。辛かっただろう!
でも、もう、そんなこと気にする
必要ないよ!!
大事なのは、真子さん本人なんだから!
これらかは、二人、夫婦で、幸せに
なって、いっぱい出かけて、いっぱい
遊んで、いっぱい笑おう!
だから、もう、泣かないで」。


感動!!
驚愕!!
そして、幸福感、安心感!
肩の荷が一瞬で、おりました。
彼は、強姦犯の娘だと知ったのに、
「夫婦で」と言ってくれたのです!
それが、彼の答えでした!!!
それが、私への返答でした、彼の!!

「こんななのに、結婚してくれるんだ、
私と……」。
今度は、喜びで、涙があふれてきます。





もう、「ありがとう!ありがとう!」
と言いたいけど、泣けてしまって、
言葉にならない……。
「よろしくお願いします」と心の底から
言いたいのに、言葉が出てこない!

そんな私の背中を、義時が優しく、
さすってくれます。ずっと、さすってくれ
ました。


極悪非道な男の娘、流れている血は
レイプ犯のDNAを継いでいる。
そんな世間一般で言う『重大事実』を
知ったのに、義時君は、私から離れて
いかなかったのです!
強姦犯の娘だった私は、最愛の男性の
妻となることが、決まったのです、
あの時…!!








どれくらい、義時君が、背中をさすり
続けてくれていたのでしょう?
ハッとしました。
「あっ!ネックレス……!!」


私は、「ちょっと。ごめんなさい」と
言って、体を動かし、傍に置いておいた
鞄に手をのばしました。
そして、鞄の中から、プロポーズの日に
プレゼントされたネックレスが入って
いるケースを取り出したのです。



私は、正直に言いました。
ケースを見せながら……。
「ネックレス、外して来たんです。
こんな話をするから……、もし、それで、
その……、結婚の話が……、そう言う
ことになったら、お返ししようと、
思って……」。


すると、義時君は、固まってしまい
ました。
大袈裟でなく、本当に、固まって……。
それで、すぐに、今度は、ポロッと涙を
流し、で、その後は、大笑い……?!

今度は、私が、驚きで固まりました。
そんな私をよそに、義時さんは笑い続け
ます。
そして、ひとしきり笑い終えた、義時
さんが、顔を真っ赤にしながら、
言いました。
「真子さんッ!
もう、本当にぃ、良かったぁぁ!!
俺の方こそ、今日フラれるんじゃ
ないかって、昨日から心配で心配で!!
……しかもさ、あげたネックレスして
来なかったから、『あ、確定だ。
100%別れ話だ……』って……。
もう、やめてよぉ!心臓に、メッチャ
悪かったわ、本当ッ……!!」。
そして、言葉に詰まる義時さん。
うん?
涙流してる……?
彼の涙を、初めて見ました。





私は、ごめんなさい、ごめんなさい、
と繰り返しました。

しばらく、そんな感じでした。
でも、パッと、義時さんが顔を上げます。
そして、私と彼の間に置いてあった
ネックレス入りのケースに手をのばし、
ケースを開け、ネックレスを取り出し、
「はい。改めて……ね。
もう、絶対に、外さないでッ!!」と
真剣な顔で…。
一瞬、ドキッとしました。
胸キュンです!
嬉しくて嬉しくて、言葉が出ません
でした。
私は、大きく頷き、そして、震える手で、
彼からネックレスを改めて受け取り
ました。

再び私の身体には、彼からのネックレス
が……。









公園を出る前に、私は、義時さんに、
お願いしてみました。
二人とも、もう、落ち着いていました。
まぁ、内面は大興奮でしたけど……。
とにかく、私は、勇気を振り絞って、
お願いしたのです。

「あの……。さっきから、義時さん、
『真子さん』って呼んでくれてます
よね……?
…うんうん!!違うッ!
スゴイ嬉しいんです!!
だから、私も、あの……、『義時君』
って呼びたいんです。義時さん……
って呼ぶより、もっと、親密感が
あるから……」。

義時君は、すぐに、OKしてくれました。
嬉しかったです。
グッと、私たちの距離が、さらに、
縮まった感じがしました。
私は、ドキドキしながら、そして、
顔が真っ赤になっているのを感じながら
初めて、呼びかけました。
「義時君……」と。
彼が、はにかみながらも、答えて
くれました……。



恥ずかしかった……。
でも、幸せでした。
これまでにない、幸せな時間。
二人の間を、爽やかな夜風が
通り抜けて行きました…。












(著作権は、篠原元にあります)
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