追う者

篠原

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第九章 東京へ ~敵は、『男』、全員。~

第九章 ⑭

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私は、その夜、アフターに行きました。
『初アフター』。

「復讐のための、特別措置よ」と考え、
自分に、許可しました。

あくまで、クソの頭である平戸を、
借金まみれにして自殺へ追い込むため
です。
今まで自分の中で禁じていたことも、
ある程度容認しようと決めました。


私にとって、その日が、『初めて』でした。
初アフター、私は、前からお店の子たちの
会話に上り聞いていた、近くの隠れ家的
ステーキ店に、平戸を誘導しました。
高くて、一人では行かない店。


今、思います。
婚約者に連れて行ってもらった、
どのお店よりも、あの夜のあの店の方が、
格は上です。



平戸の財布に、その店で、二人で飲み食い
できるほどの余裕なんて、全くないのは、
分かっていましたし、それは、明らかで
したが、それならそれで、カードを
使わせるまでです。
私があーのこーの気にすることは、
ありません。


こいつには、私のために大金を使わせ、
貢がせるだけ貢がすのですから、
遠慮なんかいりません!
もう方針は、決めていましたから、
私の『虜』にすべく、知りうる方法の
全てをを実践しました。
身体を明け渡す以外は、どんな手でも
使うと決めていましたからね。

美味しいお肉をこれでもかという位堪能
させてもらい、そして、いつもより高い
ワインも飲ませてもらい、私は会計の
時には、ヤツより一歩早く店の外に
出ました。
店の外に出て来た平戸の顔は、案の定
青ざめていましたが、そんなこと知った
ことではありません。
最高の笑みを浮かべ、お礼を伝え、私は、
その店の前で強制的に、別れました。
あいつに、「この後ホテルに……」と言う
下心があるのは最初から気づいていました。
でも、こっちには、そんなつもりは、
露ほどもありません。
ですから、「また、今度ね」と言うような
感じで終わりにしました。
折よく、店内のトイレで予約していた
タクシーが良いタイミングで店の前に
止まってくれたので、うまく行きました、
その日は……。



私は、その夜マンションで考えました。
あいつは、絶対に、近いうちに、
早ければ2,3日で、また来ると。
遅くても、1週間もすれば来るだろうと。

「次はどうしてやろうか」と、あれこれ
考えました。
最終的には、借金まみれにしてやり、
借金取りから逃げる人生、そして、
それを苦にした自殺に追い込む。
そこにいたるまでに妻子からは見捨て
られ、会社でも立場を無くすのです、
あいつは。




皆さん、案の定、平戸の奴は、五日後に
店に来ました。
そして、当然ながら、私を指名しました。
あの初日と同じく、まだ空いている早い
時間帯に来たのです。
「狙ったな、この時間を。
こいつ、明らかに、堕ち始めてる……」と、
私は思いました。


その日もアフターに行きました。
店長やお店の子が驚きの視線で私を
見つめているのを感じながら、
私は外に出ました。


しがないサラリーマン平戸は、やはり、
家庭で妻にも子にも相手にされず、
そして、会社でも万年ヒラでした。
ペラペラ話ます。



平戸は、その日は、口に出して言って
きました。
「このあとホテル行こっか?」と。


もちろん、私は拒絶しました。
そして、寿司屋の前から足早に離れ
ました。
あいつは、「待って。ゴメン、ゴメン!」
と言いながら着いて来ましたが、
私はわざと無言で進み続けました。
こっちのペースです。
そして、あいつに次回の約束もさせて、
私はその日も、奴と別れました。
22歳の私の身体は、一切、あいつに
触らせていません。





それから1週間。
平戸は来ませんでした。
もちろん、こっちだって、連絡はします。
営業ですから。
でも、返信も電話もない……。
「やり過ぎたかな?」、「脈なしと、
あっちも感づいたかな?」と思いました。
でも、また、あいつは来ると、言う
確信がちゃんとありました。




そして、ある寒い日です。
凍えるような寒さ、そして、小雨も
降っていました。
自転車では無理だったので、私は、
歩いてお店に出ることにしました。
それで、私は、お店から50m位の所で
気づいたのです!
お店の前、道路を挟んで向こう側に、
あの平戸が立っているのです。
「えっ?」と思って、時計を見ました。
やはり、まだ営業時間外です。


あっちも、私に気づき、立ち止まって
いた私に近づいてきます。
私もハッとして、営業スマイルにして、
「あら!どうしたんですか?こんなに
早くに……」と言いながら、平戸に、
近づこうと足を踏み出します。
でも、再度ハッとしました。
あいつの目が据わり、異常にギラギラ
しているのです!!





数秒後、平戸と私は対面しました。
平戸は、興奮しています。
それを感じ取れました。






その後、平戸が何をしたと思いますか?
あいつは、その場で、膝をついて、
私に小さなケースを差し出して来たのです。
「ぼくは、本気です!離婚するから、
交際してください!!」と言いながら。




すぐに、私の心で、危険信号が勢い良く
点灯しだしました。
こいつは、絶対に、危ないと、あの瞬間
気づきました。
それまでは、こいつを破産させ、死にまで
追いやってやろうとしていましたが、
その時、『こいつは、悪い意味で、
普通じゃない!』と、分かったのです。

私は極めて冷静に、そして、ハッキリと
答えました。
「平戸さん、困ります。既婚の方から、
こんなの受け取れません!!」と。

平戸は黙って、立ち上がりました。
そして、私をじっと見つめます。
その目は、『異常者』の目、でした。



確信しました。
こいつは、かなり危ない、手を引くべき
だと。
「こう言う輩は、暴走して、心中とか
考えだすんだよ」と、長谷島志与が、
言っていたのを思い出しました。




私は、「ごめんなさい!
もうお店の準備始まるんで、行かないと」
と言い、回れ右をして、すぐに走り出し
ました。
お店の裏口まで着いて、後ろを振り返り
ましたが、平戸のクズは追いかけて来て
はいませんでした。




その日、営業時間に、平戸は来ません
でした。
でも、私の携帯には、平戸からの
メールが何通も届いていました。
「ぼくは、本当に本気です」とか
「あなたのすべてを受け入れる覚悟が
あります。一度、客と店の人間と言う
関係ではなく、一対一の友人として、
会ってください」と言う内容。



「ヤバい!尋常じゃない」と思い、
久しぶりに怖くなりました、この、
『夜の仕事』に関連して。
まぁ、似たようなことは、それまでに
他のお店でも何度かありましたが、
その都度、お店の人に報告して、
危険は回避してきました。



でも、あの時は、大事にしたく
ありませんでしたし、何より当時、
オーナーや店長に、自分の状況を
言うのが、正直、嫌でした、私は。

様子見だな、もうちょっと様子を
見よう、そう思いました。
「本当にヤバくなったら、あの店長に
言おう」と、私は決めました。



次の日のことです。
その日も、雨でした。
私は、用心のために、タクシーでお店に
向かいました。
ある瞬間、私は、背筋が凍りました。
なんとあの平戸がいるじゃありませんか。
前の日と同じ場所に!

私は、考えていた通りのことをしようと
決めました。
タクシーの運転手さんに言って、
お店の前でちゃんと止めてもらい、
料金もゆっくり支払って、堂々と
タクシーから降りました。
やっぱり、平戸が早足で近寄ってきます。
私は、ハッキリと平戸に言いました、
平戸が口を開く前にです……。
「あのッ!ああ言うことされると、本当に
困ります!
あと、あんなメールも!
お客とお店の人間じゃなくてって、
それって変な意味としか思えません!
これ以上何かあるなら、お店の人に頼んで、
ちゃんとした手段に出ますよ!!」



私が、そうまくし立てると、平戸は、
一瞬震えあがったかのように見えました。
それを見て、平戸を無視して、お店に、
大股で向かいました。
あいつは追ってきませんでした。






本当は、あんなことお店のお客さんに
言ってはいけないのですが、大した
得意客でもないし、平戸が私の暴言を
店長やお店の人にチクったりすることは
絶対にないと、私は読んでいました。
だから、普通では言わないことを、
言ってやったのです。
あと、別に、平戸が来なくなった
ところで、私は痛くもかゆくもありません
し、実際問題、お店の売り上げに、
ダメージが来るわけでもないと、分かって
いましたから。


でも、私は、一応、店長とお店の人に、
報告することにしました。
平戸のことを、です。
「変な状態になってしまっている」と、
私は報告しました。
それまでのお店では、そう言う報告を
すれば、店長やお店側が何らかの手を
打ってくれていたのです。
私は、理解を期待して、また、味方に
なってくれるだろうと読んで、店長に、
まず話したのです。


でも、店長の反応は、予想外のもの
でした。
「あっそ……。ま、気を付けてよ。
こっちも、対応を考えておくけどね」
と、全く、興味のない感じでした。
一ミリたりとも、動こうとしていない、
取り組もうとしていないことが、
若い私にもハッキリ分かりました。
周りにいた男性スタッフも同じような
感じでした。


今なら分かります。
あの頃の私は、かなり、オーナーや店長に
嫌われていたのです。
もちろん、表立って「辞めてよ」とは
言われませんでしたが、辞めてもらって
結構な人間だったはずです。


最初の頃は、オーナーに気に入って
もらっていました。
オーナーや店長が、よく笑顔で
話しかけてくれていました。



でも、短気な私は、ある時、そのお店の
№2人気嬢の女の子と喧嘩をしてしまった
のです。
まぁ、あれは、明らかに、私の方が、
勝手に切れて、喧嘩を売った状況でした。

後で知ったのですが、その女の子が、
オーナーと関係を持っていたのです…。
それ以降、オーナーの私を見る目も、
変わってしまっていました……。











(著作権は、篠原元にあります)
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