追う者

篠原

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第八章 母のいた町へ ~復讐に生きる真子~

第八章 ③

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真子は、目の前にいる、小柄な人、
〔さだみん〕のことが、本当に
分からなくなった!

どういうつもりで、こんな自分なんかに、
良くしてくれるのか?

それでも、プレゼント自体は本当に、
嬉しかった。
それに、「尊敬してる」と言う言葉が、
素直に嬉しかったし、久しぶりに感動して
いた。
「この人、私のこと、ちゃんと、
見てくれてるんだ。
少しだけど、本当の私のこと、
分かってくれてる……」と、真子は思った。

だから、久しぶりにだが、素直に、自分の
気持ちを他人に言えた。
「ありがとうございます。これ、嬉しいです。
大切に使います……。
さだみんさん、本当に、ありがとう
ございます」と、自然に。


真子は、その夜、〔さだみん〕から
プレゼントされた、ハート形のキーホルダー
を鞄につけてみた。
大きさも、絵柄も、真子の気に入った。
キーホルダーの表面には、
『愛は多くの罪をおおうもの』と、
刻まれていた。
よく分かんないけど、何かいい言葉の
ような気がした。

真子は、キーホルダーの裏側も見る。
ひらがなで、『まこ』と刻まれている。
「だから、さだみんは、これを買ってきて
くれたんだ」。
自分の名入れのキーホルダー、真子は、
嬉しくなって、ジッと見つめた。
心が温かくなってくる。
……一度、名前を教えただけなのに。
ちゃんと名前を憶えてくれていたんだ。
真子は、嬉しかった。
〔さだみん〕のことを、急速に、良い人
だと、思えるようになった。

便箋を取った。
雪子に手紙を書く時に使おうと、前に、
スーパーで買ったものだ。
「ありがとうございます。可愛くて、
気に入りました」と書いた。
正直な気持ち、だった。



翌日、真子は、〔さだみん〕に、お礼の
手紙を渡し、鞄を見せた。
あのキーホルダーをつけた鞄。
〔さだみん〕も、本当に嬉しそうだった。
いつも明るい顔がさらにパッと輝いた。
〔さだみん〕と真子の距離が、
急速に近づきそうだった……。




だが、真子は、実は、暗い影に追われて
いた。
真子も、それをある日、ハッキリと認識
することになる。

住宅街の中にある、真子が働くスーパー
には、主婦、一人暮らしの老人、近くの
大学生たちが買い物に来ていた。
それと、おつかいの小学生や、お小遣いを
手にしながら、お菓子を買いに来る
子どもたちも多かった。

入店以来、それまで、真子は、どちらかと
言うと、事務所や倉庫が担当区域だった。
営業中に、店内に出ると言うことは、
ほとんどなかったのだ。
実際問題、開店前と閉店後の店内掃除には
他の従業員と一緒に加わっていたが、
営業時間中は、事務所や倉庫での仕事、
搬送の立ち合い等……で、大忙しだった。


だが、その頃のある日、シフトの見直し
が行われた。
真子も、レジに出ることになった!
真子は、シフトリーダーの女性から
「柳沼さんは、基本、今の持ち場で
変わらないんですが、週に2度位ですが、
レジ担当をお願いします」と言われた時、
ちょっと嬉しかった。
あの〔さだみん〕も、週に何度かレジの
担当になると、聞いていたから。




だが、数日後、レジに出た真子は、
唖然とした。
自分の体が、震えている!?

周りの店員に気づかれていないか、
周りをそっと見回した。

別に、体調が悪いわけでもない。
緊張しているはずもない。
だって、慣れた、店内だし、レジ打ちの
練習もしてきたんだから……!


そして、真子は気づいた。
「小学生の男の子だ!!」と。

そう。小学生位の男の子が目の前に
立つと、足から震え出す!!
さっきの子も、今さっきの子の時も、
そうだった!!!
女の子なら平気なのに……!
男性でも、女性でも、ご老人でも、
ヤンキー風の学生でも……平気なのに。


真子は、その日は、走って帰った!
アパートの部屋に、辿り着くなり、
布団の中に、逃げ込んだ。
「何で!?何で、小学生の男の子が
怖いのよ、真子!?」と考えた。

自分より身長も低い、年齢もはるかに下、
体力的にも劣るであろう小学生の
男の子が怖い……、これが正直な自分自身。
誰にも言えない、自分の秘密。
その子たちが、目の前にいるだけで、
体が、自然と拒絶反応を起こし、震える。

実は、前からちょっと気になってはいた。
平戸を捜して、歩いている時、誰かと、
すれ違っても別に何ともない。
ただ、なぜか、小学生位の男の子が目に
入ると、ビクッとしてしまう。
すれ違う時なんか、怖くて怖くて
しょうがなかい……、なぜだか分からない
けれど…。


全て、この日、確信的に、分かった。
何となくではなく、絶対的回答だった。
「自分は、小学生の男の子たちを、
怖がっている!」、そう、真子は悟った。
情けない!
惨め!!
ダメな女!!!
真子は、こう思った、絶望的だ。


そうなってしまった理由も、何となく、
いや、ハッキリと分かった。
だけど、どうしようもない……解決策無。





その夜、真子は何も食べられずに、
失意のまま、眠った。




が、真夜中、悲鳴を上げた。
大きな声が部屋に響く。
自分の悲鳴で、真子は起きた。
白の下着が汗でグッショリだった。


また、見てしまった!!
真子は、震えていた。


「最近は、全然見てなかったのに!
もう見ないですむのかって、
安心してたのに……」
『その悪夢』を吹っ切ろうと、真子は、
起き上がり、部屋の明かりを点けた。


……『その悪夢』は、それまで何度も
真子を襲っていた。
繰り返し、何度も何度も…。
そう、あれは、生田の町を歩き周り、
帰りの電車の中で眠ってしまっていた時。
あの時も襲われた。
『その悪夢』にうなされ、電車の中で、
「ワーッ!」と大きな声を上げて、
自分の叫び声で、ハッとした。
目の前に座っていた大学生カップルや
隣の中年女性が、心配そうに自分を
見ていた。
恥ずかしかったし、ショックだった。
真子は、すぐに次の駅で、逃げるようにして
電車を降りた。


『その悪夢』は、いつも決まった内容。
真っ白なワンピース姿の自分が、
いつも、立っている。
トイレはどこにあるのかと、辺りを、
見渡している。
だけど、トイレは見当たらないし、
入れるようなお店もない。
あわてふためく自分。
我慢しようと、必死に頑張る。
だけど、ついに我慢しきれずに。
失禁してしまう。
自分の足元に、広がっていく、水たまり。
目の前のランドセルを背負った小学生の
男子二人が見ている。
こっちを見て、コソコソしゃべっている。
そして、笑いだす。
大声で、こっちを指さしながら、
お腹を抱えて笑う、笑う、笑う。
二人の顔をよく見ると、二人は、
あの義時と生男…!!!

そこで、真子は、いつもハッとする。



……真子は、びしょぬれのシャツを脱ぎ、
部屋着に着替えて、水をグッと飲んだ。
そして、台所で、立ったまま、考えた。
いや、考えたと言うより、分析した。


すぐに、答えは出た。
平戸の消息を追い、平戸を見つけ出し、
殺そうとしているこの自分は、まさに、
「まだ、あの日 に追われている!
クソの義時とユダ生男のことで、
まだ苦しみ続けているんだ!!」と。


真子は、鏡を見た。
憔悴しきった自分の姿を見た。

ずっと追っている平戸は見つからない。
それどころか、自分が、あの小学生時代の
義時と生男に、いまだ追われている。
あの義時と生男のクソコンビのせいで、
自分は、小さな男の子に、今、怯えている。


突き付けられた事実に真子は、愕然とした。
そして、この夜、真子は考えを変えた。
方針を180度変えた。
真子は、こう思った。
「母も自分も同じなんだ。
母も、悪魔の使いの父に、酷い目に
遭わされて人生を滅茶苦茶にされた。
私も悪魔的な奴ら義時や生男のせいで
人生を狂わされてる!」

母を苦しめ、母の人生をどん底に
追いやったのは、呪われた父と平戸。
そして、自分を今も苦しめ続けるのは、
呪わしい父の存在、それといまだに姿を
現さない平戸のクソと、そして、何より、
あの呪われた義時と生男だ。

共通は、ただ一つ、男であること……。
真子は、思った。
「平戸のバカ、一人じゃダメだ」と。
平戸のクズ一人を殺したところで…、
仮に、ターゲットを増やして、あの
義時と生男のクソコンビも殺したところ
で、奴らと同じ生き物である『男』と
いう汚らわしい存在達に何のダメージも
与えられない……。



真子は、平戸を殺そうとしていた、その
考えを改めた。
「平戸一人に手を下しても意味ない。
あの義時、生男どもにも手を下しても。
やるなら、復讐するなら、
この世の『男』ども、全部に、
してやる!」。


「敵は『男』全員!汚れた『男』と言う
生き物は、万死に値する!!」
真子は、そう呟いた。
今度は、失望感でではなく、自分と母の敵
への怒りで、身体が震え出した。


真子は、太陽が昇るまでに、決めた。
スーパーでの、この仕事をやめる。
このまま川崎にいて、平戸を見つけ出し、
仮に平戸を殺せたところで、何にも
ならないのだから!!
ヤレば、母の無念を果たすことになるが、
それを母が願っているはずもないのは、
前から明らかだったし、何よりも、
復讐を下して、一番損をするのは、
捕まって、長い間、服役することになる、
この自分だ!!

それに、義時、生男、平戸、悪魔三人衆。
この三人共に復讐しても、『男』という
汚れた民は、何の痛みすら感じないだろう。


なら、もう、悪魔三人衆だけに限らず、
周りに来る『男』という生き物全部から、
剥ぎ取って、奪って、かすめ取ってやる!
こっちは女だ。
『男』から手あたり次第、分捕ってやる!
真子は、決断した。





そして、時計が、いつもの時間に鳴った。
朝の7時だ。
日本中の『男』という生き物全てへの怒り
を胸に、真子は、出かける用意を始めた。

唇をかみしめた、柳沼真子は、
スーパーでの最後の勤務日とすると決めて、
アパートを出た…。



(著作権は、篠原元にあります)
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