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篠原

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第七章 継承 ~引き継がれる性被害の苦痛~

第七章 ④

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胸がドキドキなっているのが分かりました。
極度に、緊張していました。
コール音が突如切れて、そして、電話に
出てくれたのは若い女性、でした。

求人情報のところに書かれていた担当者の
人の名前を言うと、「社長は、今外出中
です」と言う答えが返ってきました。

「戻り次第、折り返すように伝えます」と
言われたので、私は、折り返しの電話を
待つことになりました。
もう、絶対にその社長を落とす、と決心し
ながら。
そうですね、他の求人情報を探してみるって
ことはせず、後ろから一刺しで、悪魔の使い
平戸を刺し殺せるようになるための、
『いつもの筋肉トレーニング』などを
しながら電話を待ちました。
そして、ちょうど1時間後、折り返しの電話
がかかってきました。

相手は、社長を名乗る中年男性でした。
低い声で、ぶっきらぼうな感じでしたが、
どこか温かみも感じられました。
私は、最初に、一気に伝えました。
「住み込みの求人情報を拝見しました。
あの、私英語が出来ます!英語の資格、
あります」と。
すると、「おぉ!そりゃ良いねぇ!!
うちの店ではさ、これから増える外国人客
にもちゃんと対応できるような人が、
欲しいんだよ。
最近は、外国人が増えてきてるからね」と
言う答えが返ってきました。


でも、次に絶対に、言わなくてはいけない
ことがありました。
これを言ったらどう返ってくるか……。
胸が、ドキッドキッとして来ました。
ゴクッと唾を飲みこんで、私は一気に、
言いました。
「あの……、えっと、正直言います。
私、中卒なんです。この春に、中学卒業した
ばっかりなんです!
でも、雇っていただければ、何でもやらせて
いただく覚悟あります!!
何とか、お願いできないでしょうか!?」と。


すると、向こうは、黙ってしまいました。
10秒程だったでしょうか。
あの無言の『静寂時間』の長かったこと!
私は、「あぁ。やっぱりダメかぁ。
『応募条件に高卒ってあったでしょ。』と
言わて、断られるのかなぁ」と考えてしまい
ました。


でも、突然大きな声で、
「分かった!決まりだ!」と、言われた
のです。
ビックリしました、「エッ?」って。

「今時、そんなことは、隠して働き出そうと
する奴が多いのに、あんたは、最初に、
ちゃんと正直に言ってくれた。俺は、
あんたを信用するよ!
この店も、先代が、中学卒業してすぐに、
岩手から出て来て、裸一貫で始めた
店だしな。
よっしゃ、気に入ったわ!!
来なよ。一応は面接はするけどね……。
もうほぼ、採用決まりと思って良いよ」と、
耳に入ってきます。


そのスピード、決断の速さ、そして、
採用ほぼ決定という言葉に私の方が、
ビックリしてしまいました。
でも、もう一つ言わなければいけないこと
が、できました!

勇気を出し、「あの、履歴書とか見ずに、
電話で、大丈夫なんですか?
それから……、実は私、愛媛県に、
今いまして、どうしても、神奈川県の
そちらで、働きたくて…。
それで、そちらに行くからには、もう家を
出て行きますので、絶対に、そちらの
スーパーで、働かせていただけないと
困るんですが……!」と、告白しました。

すると、社長さんは、「今時、そんなに、
必死になって職を求める子なんて、
普通いないっ!
今時の若いのは、みんな、将来を考えずに
過ごしてるし、金が欲しけりゃ、変な仕事に
手を伸ばす……。
あんたみたいに、真剣に、仕事をしようと
考えて、家を出て、愛媛からこっちに来る
なんて本気で言ってくるような人間は、
信頼に値するよ。
あんたの声からも、真面目な人間だと、
伝わってくる。
分かった!!社長判断だ。
分かったよ、うん。来たら、すぐに雇うよ、
絶対に。約束だっ!!」と言ってくれた
のです。
嬉しかったですね、あの時は!
世間には、女の敵平戸や父のようなクソな
男もいますが、そんな人だけじゃないと、
一瞬暖かな気持ちになりました。




それから、電話で「じゃ、いつ来るの?」、
「え?あっ、それでは、色々準備して、
来月初め頃に伺います」、
「そっ。じゃあ、あと2週間弱だな……。
ちょうど、あと10日だ。
分かった、待っているよ。とりあえず、
雇うと言った約束は守るけど、明日までに、
ちゃんと履歴書は送ってよ」と言う話に
なり、私は翌月初めから川崎市の
スーパーで働けることになったのです!!


通話が終り、私は電話を置きました。
何か、夢のような感覚がしました!
「これは夢では!?うまく行き過ぎてる…」
と思い、頬を叩きました。
でも、夢ではありませんでした!
「ヤッター!!」と大声で叫びました。
ベッドに飛び込みました!

私は、雪子おばさんに、勝ったり、と
思いました。
もう、神奈川県川崎市での就職先と、
住居まで決めてしまったのですから、
こっちは!
「ここまでやったら、さすがの雪子おばさん
も反対できないでしょ。
変な仕事とかじゃなく、スーパーの仕事なん
だし」、そう思いました。



そして、その日の夕食後、私は、意気揚々と、
雪子おばさんに、事の次第を説明しました。
そして、「そういうわけで、仕事が、
もう決まったので、来月から川崎市に行って
きます。一人暮らし始めます」と宣言したの
です。

最後まで、雪子おばさんは、黙って聞いては
くれました。
「勝った!雪子おばさん、私の行動力に
驚きすぎて、何も反論できないんだ」と
私は、内心思いました。

でも、雪子おばさんは、
「真子ちゃんッ!!あなた、愚かな女が
言うようなことばっかり言うねぇ!!
養子にして、今は私が、あなたの母なんよ!
何で、私を無視して、自分だけで、コトを
進めようとするか!?
この、クソッ分からず屋ッ!!」と、
激怒…、怒り出したのです。


いつも優しく、柔和な雪子おばさんが、
怒り出し、私を「愚かな女」、また、
「分からず屋」呼ばわりしたのです。
しかも、大声で!!
雪子おばさん、こんな声を出せるのかと
言うほどの、大きな声でした!!
本当に驚きました。

さらに、雪子おばさんは、
「高校行かないと勝手に言い出しよって、
次は、勝手に出て行くと言い出しよる!!
いつから、あんたは、こんなに我儘で、
自分勝手なクソ女になったん!?
峯子さんが亡くなって、それで、
傷ついてるフリしとれば、何でも、
許されると思っとんの?
どうかしとるわ、話にならんね!!
とにかく、私は、絶対に許さんからね!!
それでも、出て行く、言うなら、養子に
したばっかりだけど、縁を切るからね!」
と強い口調で言いはなち、居間を、
出て行ってしまいました。

一人居間に取り残された私は、ポカンとする
ほかありませんでした。
まさかの予想外過ぎる雪子おばさんの態度。
そして、初めて、雪子おばさんに、本気で
怒鳴られたショック……。


そして、翌朝居間に行くと、雪子おばさんは
不機嫌な表情でした。
食卓につくなり、雪子おばさんは、
「ダメよ。絶対に、許さんからね、勝手は」
と冷たく言ってきました。
意固地になっていた私は私で、
「何が何でも行くから!縁を切ってもらって
も良いわ」と宣言しました。


その瞬間です!
雪子おばさんが突然立ち上がり、
大声でわめきました、狂ったように……。
そして、傍にあったコップの水をバッと、
私にかけてきたのです!!
一瞬何が起こったのか、私は、
理解できませんでした。
理解して、パニックになりかける私に、
雪子おばさんは追い打ちをかけるように、
怒鳴りました。
「この親不孝者!!こっちが、あんたん
こと心配しとんのが何で分からんの!?
さっさと、目を覚まさんかいッ!!」と。


私も怒り心頭で、ショックで、
「何すんの!?
水を、いきなりかけるなんて!これ、お湯
だったら大やけどしてるよ!
ひどいんだけどっ!」と叫びました。

まさに、売り言葉に買い言葉です。



雪子おばさんも私以上の大声で、
「酷いのはどっち!?親身になって心配して
色々言っとるのに、『縁を切ってもいいわ』
とは何よ、このバカ女!!
峯子さんに、散々甘やかされて育ったん
かね?
この、自称・悲劇のヒロイン女めが!!!」
と、まさに、絶叫です。

もう、滅茶苦茶でした。
さすがに、尊敬する雪子おばさんからの
「悲劇のヒロイン女」の一言は、
大きかったです。
ズキッと来ました。

「私だって、好き好んで、川崎市に
行こうとしてるんじゃないヨ!!
私だって、普通に高校行って、普通に、
生きたかったのに……。
でも、強姦犯の娘と知っちゃったの!
あぁ、やっぱり、雪子おばさんにも、
理解してもらえないかぁ」と思いましたね。
分かってもらえないことが分かり、
悔しくて、あと、雪子おばさんにも、
もう見捨てられたような感じがして、
悲しくなって、涙がこぼれてきました。


涙を見られたくなかった私は、
無言でクルッと向きを変え、急いで、
2階への階段を駆け上り、部屋の戸を
閉じました。
階下から、さらに雪子おばさんの
「峯子さんの死を言い訳にして、わがままを
言い続けるんが、許されると思うな-!!」
と言う叫び声が聞こえてきました。
私は必死に両手で両耳を覆いました。
苦しかった、悲しかった、やるせなかった!

分かるのです!
分かっているのです!!
雪子おばさんの言い分の方が、正しいと。
雪子おばさんが、私のことを本当に心配し、
想ってくれていることも。
私が、一方的に雪子おばさんの好意を
踏みにじっているんだと言うことも。
私のやろうとしていること、私の態度、
私の言動は、常識を逸脱していることも。

でも、強姦犯の娘としては、また、復讐を
誓った者としては、いつまでも、
この温室のような『保護下』にいては、
いけなかったのです!
あの夜、誰にも理解してもらえないキツさを
これでもかと言うほどに味わいました…。





(著作権は、篠原元にあります)
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