追う者

篠原

文字の大きさ
上 下
45 / 278
第六章  受難~母の死より15年前の記憶~

第六章 ④

しおりを挟む
でも、専門学校に入学してすぐに、
両親が他界したので、専門学校では、
勉学に励むことに決めていたのです。
専門学校で学んでいる間、
恋愛とかなんて全くありませんでした。
「恋や結婚は、資格を取って、
就職した後で」と決めて、勉学に、
励みましたから。


それに、専門学校に入る前の地元での、
異性とのお付き合いも、男子と一緒に
映画を観に行ったり、買い物とかに
出かけたりすると言う、プラトニックな
交際でした。
唇を迫られたこともありましたが、
厳しい父のもとで育った私は拒みました。
だから、雪子伯母さん。
こんなことを書くのはあれですが、
私は、男性をまだ知りませんでした。
そんな私に悪しきクソ男の
汚らわしい手が迫っていたのです。
「こんな男に捕まって、奪われるなんて、
絶対に嫌だ!」と強く思いました、
逃げながら。

どれぐらい走ったでしょうか?
私は、ついに安全地帯を発見しました。
そう途中から、そこを目指して必死に
走っていたのです。
ただ、「いてちょうだい。空っぽじゃ、
ありませんように!!」と念じながら…。
あそこに、たどり着き、そして、
いてくれれば、安全です!

そうです。
交番が見えてきました。
中に、お巡りさんがいるかどうかは
見えませんでしたが、交番の明かりが、
私の目に!
「あともう少し!頑張るのよ!」と、
私はラストスパートをかけようと、
しました。

その瞬間です!
雪子伯母さん。
私が、どうなったと思います?
転んだ?
気を失った?
突然現れた自転車とぶつかった?


違うのです!
私は、ある手に捕まったのです。
捕まえられたのです!
パニックになりました。
だって、あの男は、後ろから追いかけて
来ていたはずです。
それが、突如、真横から伸ばされた
手で、掴まれたのです。
私の腕が、誰かに握られたのです。
もう、何が起こったのか、
分かりませんでした!!


甘い声を出しながら追いかけて来る
あのクズ男は、迫ってきています。
後ろから……!
だから、別人です、私の手を掴み、
私を立ち止まらせたのは。
とにかく、言えることは、その手の主が、
私の味方なのか、そうでなく信用しては
いけない人間なのか、瞬時に私は、
判断できませんでした。



ほんの数秒だったのか、
十数秒だったのか、分かりませんが、
私は、私の腕を握るその手によって、
立ち往生してしまいました!!
よく見ると制服姿の男子高生でした。
今思えば不思議なのですが、
高校も夏休みだったはずなのに、
その男子高生は、制服を着ていました。

私は声が出ませんでした。
出そうとはしましたが、震えて、
言葉にならないのです。
「助けて!追われてるの!!」とか、
「離してよ!早く、交番に、
行きたいの!」と言いたかったのです!

でも言葉が出ないので、私は必死に、
その男子高生の手を振りほどこうと、
しました。
でも、彼の手を振りほどけなかった…。
しかも、その高校生は、冷静に、
低い声でこう言ったのです!
「彼氏さんが、あなたを
呼んでるじゃないですか。
あと、こんな夜中に騒いだら、
近所迷惑ですよ」

私は必死に声を出そうとしました。
伝えたかったのです!
「違うの!私は、あいつなんか知らない!
追われてるのよ、助けて!!」と、
思いっきり叫びたかった!
でも、本当に悔しいのです!!
私の舌はうまくまわってくれません
でした!

数秒だったでしょうか……。
十秒位だったのでしょうか。
それとも、二十秒位だった
のでしょうか。
男子高生に腕を握られて、
立ち往生してしまった私の真後ろに、
あの男が立ちました。

私は一瞬思ったのです。
「この子といれば、あいつも観念して、
諦めるのでは?」と。
それを願いたかった!
そうであってほしかった!
そうなれば、この男子高生に、
どんなお礼でもしようと思いました。

でも、あいつは方向を変えずに、
堂々と私の後ろに立ったのです。
そして、「やっとつかまえたよ。
はい、これで追いかけっこは、終りね」
と。
生温かいあいつの鼻息。
恐怖に私はもう声も出ず、また息も、
詰まるほどでした。
あいつの手が私の肩をガシッと
掴みました。痛みが、走りました。
男子高生の手は私の腕から離れました。
それから、あいつは、男子高生に、
「ありがとうございました。
ちょっと酔いを醒ますために、
二人で走ってて……」とか、
言っているのです!!



男子高生は、私とあいつを見て、
そして、私をちょっと見つめて、
一礼して離れて行きました。


私は、最後の力を絞って、
声を出そうとしました。
出ました!
でも、「助け……」と、最後まで、
言わせずに、あいつが私の首を
絞め上げました。
「黙れッ!首をへし折られたいか?」と、
私の耳元で、小声でささやきながら。
私は必死に首を横に振りました。
もう、何も出来ませんでした。
その男子高生は、もうこっちを
振り向きもせず、行ってしまいました。


あいつに、
体を後ろから押さえつけられ、
身動きできないその数秒、
私はあの男子高生の後姿を、
見つめました。
最大限の怒りと憎しみを、
抱きながら!!!!

制服姿で、スポーツバックを、
肩にして、歩くあの後姿、今でも、
忘れません!
スポーツバックには、『2平戸』と、
刺繍されていました。
私は、瞬時にあのクズ男子高生の
名前が、平戸だと悟りました。


そうです。あの2人と書いてきましたが、
そのうちの一人はその男子高生、
平戸です。
この名前を私は一時期、ずっとずっと、
唱えました。
呪いたくてしょうがなかった!
いや、実際、毎日呪いましたよ、
雪子叔母さん!
だって、そうでしょ!!
あの平戸が、私をあいつに、
引き渡したんですよ。
そして、私はクソのあいつに、
辱められた。

もし、平戸さえいなければ、
クズな平戸が出しゃばることなんか
しなければ、平戸が私の腕を
掴みさえしなければ!
私は、絶対にあの交番に逃げ込めて
いたのです!
その交番の中には警察官が
いたことでしょう!
私は助かっていたのです!



雪子伯母さん。
今でも夢の中で、平戸に握られていた、
あの腕の痛み、平戸の冷たい手が、
迫ってきます!
ノースリーブの服は、私にとって、
恐怖です。
忌まわしいものです!
娘が着たそうでも、私は絶対に、
ノースリーブの服なんか、
買ってあげませんでしたし、
着ることも許しませんでした。
あの日、私はノースリーブの服でした。
そして、それゆえに、平戸の手は、
私の腕をずっと握ったのです。
私の腕と平戸の手をさえぎる服の生地が
なかった!
見知らぬ男子高生の冷たい手で、
ずっと腕を握られる恐怖、
それからヌメル気持ち悪さ……、
雪子叔母さん、分かりますか?


あの日からノースリーブどころか、
半袖の服も着られなくなりました。
あの平戸の冷たい手で、
握られた自分の腕に、
残り続ける忌まわしい感覚ゆえに。
そう、今でもそれは、
残り続けています!
私は、長袖の服でちゃんと、両腕を
覆っていないと、不安なのです。


雪子伯母さん。
もう、ペンを投げ出したいのですが、
ここまで書いたからには、
最後まで書きます。
平戸が見えなくなるまで、
あいつの右腕は私の首を強く
圧迫していました。
だから、声が出なかった。
平戸が見えなくなると、あいつは、
私の口を左手で完全に覆いました。
そして、右腕はそのまま私の首に、
まわしたまま、言ったのです。
「変なこと考えるなよ。
声出そうとしたり、暴れたら、
刺すからな!」
こいつならナイフでも、包丁でも、
持っている……と、私は本当に、
そう思いました。


口を封じられ、首を圧迫され、
あいつの体と自分の体が密着するほどの
距離であいつの不気味さに震えながら、
私はあいつに押されて、夜道を歩きました。

暗くて小さな陰気な道ばかり、
通りました。人は、誰一人いません。
右、左、左、左、右と曲がって、
雑草だらけの空地が目の前に現れました。
もう、どうなるのか想像は、つきます!
どうにもできず、ただ泣くだけでした。
涙がこぼれ落ちます。
「泣くなッ!さっさと歩け!
刺されたいのか!!」と脅されながら、
私はその空地の真ん中まで押して行かれ、
そして、そこで後ろからガンと、
押し倒されました。
うつ伏せに倒れた私の身体を、
鬼畜のあいつが乱暴に起こしました。
そして、乱暴に服を剥ぎ取られ、
あとは、雪子叔母さん、世で言う、
強姦です。




(著作権は、篠原元にあります)
しおりを挟む

処理中です...