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「疲れたわねえ、パトリック。でもとっても素敵な一日だったわ」

 ティアラを外した後、鏡の前で耳たぶをイヤリングから解放しながらキャンディス――本当はキンバリーだが――はパトリックに話し掛けた。

「王宮教会は夢のように美しかったし、王太子ご夫妻ともお話出来て。素敵なあなたと一日中一緒にいられて本当に嬉しかった。そして明日からもずっと、あなたと一緒なのね」

 鏡越しに見るパトリックの顔は、心なしか浮かないように見える。キャンディスは立ち上がってそっと近付くと、彼の頬に優しく手を当てた。

「どうしたの? 疲れているのかしら。でも今夜は初めての二人の夜よ。元気を出して」

 そう言ってキスをしようと唇を寄せていったキャンディスの手首をパトリックはそっと掴んで動きを止めさせた。

「キャンディス。僕の、可愛い仔猫ちゃん」

 その言葉を聞いたキャンディスは嬉しそうに微笑み、彼の胸に顔を埋めた。

「嬉しいわ、パトリック。私もあなたが大好きよ」

 この後、きっときつく抱き締められる。そう期待していたキャンディスだが、逆に両肩を掴まれて身体を引き離された。

「な、何……? どうしたの、パトリック」

 彼は泣きそうな顔をしていた。

「君は、キャンディスではないな。一体、誰なんだ」

 口をパクパクさせて何かを喋ろうとしたその時、突然柔らかな声が響いた。

「ほう。婚約者殿は見破っていたか。ならば話は早いな」

「何者?!」

 パトリックが振り向くとそこには銀髪にグレーの瞳の青年が立っていた。

「そこにいるキャンディスは中身が別人だ。あるべき姿に戻ってもらおう」

 パチンと指を鳴らすと、キャンディスは両手を首に当てて苦しみ始めた。

「ぐあ……っ」

 そして青年は両手の平を翳し何かを呟いた。するとキャンディスの髪から琥珀色の飾り櫛が飛び出してきた。

「彼女の身体を支えて!」

 青年に促され、意識を失ったキャンディスの身体をパトリックが受け止める。

櫛は黒い霧を纏いながら空中に浮かんでいた。

「おのれぇ……白い魔法使いか……またしても邪魔をするか」

「もういい加減にしてくれないかな。弱っちいくせにさ」

 青年の手の平から白い光が溢れ出し、櫛を包み込んだ。

「ぐうぅ……苦しい……もう少しで三人分の命を手に入れられたのに……」

「はい、お疲れ様」

 パチンと指を鳴らすと、叫び声と共に櫛が砕け散った。そして、窓から黒い影が飛び込んで来た。

「向こうから帰って来たな。ではもう一回」

 青年が人差し指を振り下ろすと、影は真っ二つになり、霧散していった。

「はい、終了。軍の方、よろしく」

 そう言うと手の平から鳩が現れ、窓から出てどこかへ飛んで行った。

 パトリックは意識を失って倒れているキャンディスを抱き締めたまま、青年に尋ねた。

「あなたは……?」

「申し遅れました。魔法大臣、ゼインです」

 魔法大臣と聞いて驚いたパトリックだが、その時、キャンディスが目覚めた。

「彼女、戻って来たようですよ」

「あ……ゼイン様……パトリック……!」

「キャンディス? 君は僕の……可愛い……」

「ええ、私はあなたの大きな猫よ……」

「キャンディ!」

 パトリックは愛する女性を強く抱き締めた。身体を取り戻したキャンディスは涙を流して喜び、愛する男性の背中に縋り付いた。そして彼の背中越しにゼインと目が合うと、泣きながらお礼を述べた。

「ゼイン様、本当に……本当に、ありがとうございました」

 ゼインはニッコリと笑ってどういたしまして、と言った。

「キンバリーの方に行ってくるから、彼によく説明してあげてね。また明日、王宮でいろいろ聴取することになると思うけど」

「はい、ゼイン様。ありがとうございました」

 そうしてゼインはまた忽然と姿を消した。
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