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どのくらいそうしていただろうか。突然、背後から声を掛けられて心臓が止まるほど驚いた。
「キャンディス・ベネットさん?」
「は、はいっ」
恐る恐る振り向くと、歳はパトリックと同じくらい、背はあまり高くなく銀髪にグレーの瞳の美しい青年が立っていた。
「遅くなって済みません。魔法大臣のゼインと申します」
「あなたが、魔法大臣様……?」
コクリと頷くゼイン。千年の時を生きる美しき大臣。噂に違わぬその容貌、そして柔らかな物腰。初めて会ったのに何故だか懐かしいような、不思議な雰囲気を纏った人だった。
「昨日まで地方へ行っていましてね。あなたの手紙を見たのがつい先程なのですよ」
昨日、痛む足で王宮に辿り着いた私は、魔法大臣への直訴が出来るという石板へと向かった。この石板は門の横に備え付けてあり、王宮内に入らずとも、また庶民でも誰でも書き込むことが出来るというその噂は、どこかでチラリと聞いたことがあった。
石板には注意事項として相談内容には住所と名前を必ず記入すること、字が書けない人は口述筆記も出来ること、すぐに返事が出来ない場合もあることなどが書かれていた。また書かれた内容はすぐに消えるのでプライバシーも問題ないとのことだった。私は、藁にも縋る思いで、この奇妙な出来事を書き記し、また長い道のりをラッセル家まで歩いて帰ったのだった。
ゼインは私を頭から爪先までまじまじと見つめると、ふむ、と頷いた。
「単刀直入に言いましょう。あなたは魔法によって身体を入れ替えられています」
「やはり……魔法なのですか」
想像していたとはいえ、断定されると寒気を感じるほど恐ろしかった。
「ええ。あなたの頭上に魔法術式が見えます。キャンディス・ベネットとキンバリー・ラッセルを入れ替えると」
「あの、それは……元に戻れるのですか?」
「もちろん、私には造作ないことです。ただ、本体を叩かねばこの魔法を解くことは出来ない。ですから、一晩、時間を下さい。あなたはこのまま家に帰り、部屋で、一人でいること。それと、必ずベッドに横たわっておくこと。魂が離れた時に倒れて頭を打ってはいけませんから」
ゼインによると、昔滅びて身体を失った黒い魔法使いが櫛や鏡、本などに取り憑いて生き残り、人間の命を奪って再び身体を得ようとしているのだという。言葉巧みに人間を操り、望みを叶えるように見せかけて命を奪う黒い魔法使いを、探して滅するのが彼の仕事なのだそうだ。
「どうやら、寿命の半分を差し出すことで彼女はあなたとの入れ替わりを叶えたようですね。そしてあなたと入れ替わったまま初夜を迎えると、もう元に戻ることは出来なくなる」
「そんな……!」
手で顔を覆い叫び出しそうになる口を押さえた。ずっとこのままなんて、嫌!
ゼインは柔らかく微笑むと、私の頭をポンと叩いた。するとそこから身体が温かくなり、不安が和らいでいくような感覚だった。
「大丈夫ですよ。私を信じて。信じたから、あの石板に辿り着いたのでしょう?」
そうだ。私はまだ見ぬ魔法大臣を信じてひたすら歩いたのだもの。そして今、彼はここにいて、大丈夫だと言ってくれている。
「わかりました。言われた通り、家に帰ってベッドに入っておきます」
「お願いします。ああ、ラッセル男爵はもう酔っ払って動けそうにないですから、ちゃんとあなたの言う事を聞くように魔法をかけておきます。今から一緒にお帰りなさい」
「はい、ゼイン様。本当にありがとうございます。よろしくお願いいたします」
私は淑女の礼を取り、最大の感謝を伝えた。すると彼は微笑んで姿を消した。
「ゼイン様……?」
辺りを見回したがゼインはもうどこにも見当たらなかった。きっと、もう動き始めたのだ。見えない彼に対してもう一度礼を取った後、私は口角を上げて微笑みを作った。辛い時でも笑っていよう。そうすれば幸運が舞い込んでくる。これは、お母様からの教えだ。もう一度しっかりと笑顔を作ると、私はラッセル男爵を探すために会場へと戻って行った。
「キャンディス・ベネットさん?」
「は、はいっ」
恐る恐る振り向くと、歳はパトリックと同じくらい、背はあまり高くなく銀髪にグレーの瞳の美しい青年が立っていた。
「遅くなって済みません。魔法大臣のゼインと申します」
「あなたが、魔法大臣様……?」
コクリと頷くゼイン。千年の時を生きる美しき大臣。噂に違わぬその容貌、そして柔らかな物腰。初めて会ったのに何故だか懐かしいような、不思議な雰囲気を纏った人だった。
「昨日まで地方へ行っていましてね。あなたの手紙を見たのがつい先程なのですよ」
昨日、痛む足で王宮に辿り着いた私は、魔法大臣への直訴が出来るという石板へと向かった。この石板は門の横に備え付けてあり、王宮内に入らずとも、また庶民でも誰でも書き込むことが出来るというその噂は、どこかでチラリと聞いたことがあった。
石板には注意事項として相談内容には住所と名前を必ず記入すること、字が書けない人は口述筆記も出来ること、すぐに返事が出来ない場合もあることなどが書かれていた。また書かれた内容はすぐに消えるのでプライバシーも問題ないとのことだった。私は、藁にも縋る思いで、この奇妙な出来事を書き記し、また長い道のりをラッセル家まで歩いて帰ったのだった。
ゼインは私を頭から爪先までまじまじと見つめると、ふむ、と頷いた。
「単刀直入に言いましょう。あなたは魔法によって身体を入れ替えられています」
「やはり……魔法なのですか」
想像していたとはいえ、断定されると寒気を感じるほど恐ろしかった。
「ええ。あなたの頭上に魔法術式が見えます。キャンディス・ベネットとキンバリー・ラッセルを入れ替えると」
「あの、それは……元に戻れるのですか?」
「もちろん、私には造作ないことです。ただ、本体を叩かねばこの魔法を解くことは出来ない。ですから、一晩、時間を下さい。あなたはこのまま家に帰り、部屋で、一人でいること。それと、必ずベッドに横たわっておくこと。魂が離れた時に倒れて頭を打ってはいけませんから」
ゼインによると、昔滅びて身体を失った黒い魔法使いが櫛や鏡、本などに取り憑いて生き残り、人間の命を奪って再び身体を得ようとしているのだという。言葉巧みに人間を操り、望みを叶えるように見せかけて命を奪う黒い魔法使いを、探して滅するのが彼の仕事なのだそうだ。
「どうやら、寿命の半分を差し出すことで彼女はあなたとの入れ替わりを叶えたようですね。そしてあなたと入れ替わったまま初夜を迎えると、もう元に戻ることは出来なくなる」
「そんな……!」
手で顔を覆い叫び出しそうになる口を押さえた。ずっとこのままなんて、嫌!
ゼインは柔らかく微笑むと、私の頭をポンと叩いた。するとそこから身体が温かくなり、不安が和らいでいくような感覚だった。
「大丈夫ですよ。私を信じて。信じたから、あの石板に辿り着いたのでしょう?」
そうだ。私はまだ見ぬ魔法大臣を信じてひたすら歩いたのだもの。そして今、彼はここにいて、大丈夫だと言ってくれている。
「わかりました。言われた通り、家に帰ってベッドに入っておきます」
「お願いします。ああ、ラッセル男爵はもう酔っ払って動けそうにないですから、ちゃんとあなたの言う事を聞くように魔法をかけておきます。今から一緒にお帰りなさい」
「はい、ゼイン様。本当にありがとうございます。よろしくお願いいたします」
私は淑女の礼を取り、最大の感謝を伝えた。すると彼は微笑んで姿を消した。
「ゼイン様……?」
辺りを見回したがゼインはもうどこにも見当たらなかった。きっと、もう動き始めたのだ。見えない彼に対してもう一度礼を取った後、私は口角を上げて微笑みを作った。辛い時でも笑っていよう。そうすれば幸運が舞い込んでくる。これは、お母様からの教えだ。もう一度しっかりと笑顔を作ると、私はラッセル男爵を探すために会場へと戻って行った。
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