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52 飛龍

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 その日、修道院は慌ただしくなっていた。朝からスイランが産気付き、いろいろな準備に走り回っていたのである。

「ジーマ、湯は沸かしてあるな」
「当たり前でしょ、父さん。何人取り上げてきたと思ってるのよ」

 ライードとジーマがテキパキと準備をする中、チュンレイはどうにも落ち着かなく、スイランの手を握ったり汗を拭いたり水を飲ませたりしかできなかった。

(やっぱり自分の妹となると心配でたまらない。どうか、無事に生まれますように)

 タイランには手紙を届けてある。だがすぐには駆けつけて来れないだろう。その分、自分がそばにいて力づけてやるしかない。

「そのように緊張するでない、チュンレイ。スイランまで強ばってしまうではないか」
「は、はい、ジンファン様。しかしやはりこういう時男は何もできないものですね」
「初産なのだからまだまだ時間はかかるであろう。そんなに心配するな。リーシャ、そなたもじゃ」

 同じように心配顔でオロオロしているリーシャ。

「私も経験していることですが、その時は夢中で何も覚えていないのです。周りからしたらこんなに心配なことなのですね」

 実はこの修道院の中で出産経験者はリーシャ一人。下女たちは皆、結婚することもなくここで暮らしているのだから。ジンファンは他国の王族と一度結婚したが、子を産むことなく戻ってきてこの修道院の院長になったのでやはり出産未経験だ。
 そろそろ半日が過ぎようという夕刻、ようやくタイランがやってきた。

「スイラン!」
「あ、タイラン、来てくれたのね。あ、い、痛い……」

 既に陣痛は間隔を狭めてきている。出産は近いとライード、ジーマは気を引き締めた。そして。

「生まれたぞ!」

 ライードの声が響いた。スイランの手を握っていたタイランの手から力が抜ける。

「スイラン……! ありがとう……!」

 赤子の細い、だが精一杯生きようとする泣き声が響く。

「スイラン、元気な男の子だ」

 ライードが嬉しそうにスイランに見せた。隣ではチュンレイが泣いている。リーシャもジンファンと手を握り合って喜んでいた。

「スイラン、我が正妃よ……! ありがとう、永遠に愛している」

 タイランが額に口づけをしてねぎらった。スイランは疲れ果てた、だが満ち足りた表情をしていた。

「タイラン、あなたと同じ銀色の髪だわ」
「そして瞳はそなたと同じ緑色だ」

 二人は微笑み合った。

「さあさあ、まだお産は終わってないんだ。ちょいと外へ出ていてもらおうか」

 ライードとジーマに促され、皆は別室へ移動した。

「良かったな、タイラン」
「ありがとう、チュンレイ。そなたたちのおかげだ。礼を言う」
「男子だったなあ。スイランは正妃になるのか?」
「ああ、そうだ。正妃として宮城に住むことになる。ずっと一緒にいられるのが嬉しい」
「お前、にやけてるぞ」

 チュンレイがタイランを肘でつついた。

「母上も一緒に戻って来てもらうつもりだ。母上の部屋もそのままにしてあるからな」
「それがいい。リーシャ様も孫と一緒で嬉しいだろう」

 タイランは嬉しそうに頷いた。

「名前は決めてあるのか?」
「スイランと二人で決めていた。男子ならフェイロン、女子ならメイファンとな。だから、フェイロンだ」
「飛ぶ龍、か。いい名前だな」
「いつでも会いに来てくれ、伯父上」
「あっ、ほんとだ。俺って伯父になるのか、フェイロンの」
「早くいとこを作ってくれよ」
「わかってるよ」

 今度はチュンレイがにやける番だった。スイランの子供が無事生まれたら、ジーマと結婚するつもりだったからだ。
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