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47 解けていく心

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「そなたたちは奥の部屋へ。ああ、履物も隠しておくのじゃ。スイランとリーシャも一緒に奥へ入れ。なぜ王がここへ来たのかわからぬから、まだ顔を合わせないほうがよいだろう」

 リンリンに茶杯を片付けさせ、いつものように部屋を整えた。

「では、私は王を迎えに参る」

 サッと上衣を羽織るとジンファンは門へ向かって行った。



「門を開けよ」

 ジンファンの声で門が開けられる。ここはジンファンの城であり、王といえど勝手に押し入ることはできないのだ。

「どうしました、王よ」

 拝礼しながら問いかける。この修道院には王自らがやってくることなどない。何かよっぽどのことがなければ。

「大伯母上、久しゅうございます」

 タイランは馬を降りて挨拶をする。

「実はどうしても大伯母上からリンファに伝えてもらいたいことがあります。書簡を送るのももどかしく、こうして自ら来てしまいました」
「わかりました。では王よ、こちらへ」

 修道院の女性たちは皆、建物に入って姿を隠していた。シンとした庭を歩く二人の足音だけが響く。

「……母は元気にしていますか」
「心配しなくてもよい。元気にしておりますゆえ」
「……良かった」

 そしてまた二人は黙って歩いた。タイランは緊張しているように見えた。
 やがて庵の入り口に着くと、ジンファンが扉を開け案内する。

「むさ苦しいところですが、どうぞお入りください」

 タイランは一礼して中に入った。もちろんここに入るのは初めてである。
 ジンファンは、タイランが大人になった、と感慨深く眺めていた。以前見たのは戴冠の儀の時。あれから六年、すっかり逞しい青年になった。よほど急いでここまで来たのか、玉のような汗が額に浮かんでいる。

「それほどまでに急いで伝えたいこととは何でしょうか」
「はい。実はリンファの……」
「王よ。ここにはリンファという者はおりません。スイラン、とお呼びください」

 ああ、とタイランはうなだれた。

「申し訳ありません。スイランと呼ばねばならぬのはわかっているのですが……つい、口をついて出てしまう」

 もう一度申し訳ない、と詫びてから再び話し始めた。

「スイランの兄が生きておりました」
「なんと? スイランの兄とは」
「私が殺めた人……殺めたと思っていた人です。六年前、私は愚かにも感情のたかぶりのままに罪なきその人を剣で斬りつけてしまった。その時の感触は今でもこの手に残っている。忘れたくても忘れられず、長い間心の奥底に抱えて誰にも言えなかった」

 タイランの目には涙が光っていた。

「そんな私を慰め力づけ、前を向かせてくれた女性ひとであるスイラン……そのスイランの兄が彼だと知った時、私は自分を呪った。そしてスイランも私の元を離れることを望んだ」

 ジンファンはチラリと隣の部屋に目をやったが、タイランは気がついていなかった。

「だがその兄が生きていたと今日、スイランの育ての親から聞かされました。初めは信じられなかったが、事実です。スイランに早くこのことを伝えなければと思い、急いでここまで来ました」
「では王よ、スイランに会って自分で伝えますか?」

 一瞬、タイランは考えたがすぐに断った。

「いえ、大伯母上から伝えてください。スイランは私には会いたくないだろうから。情けない話ですが、顔も見たくないと思われるのが怖い」

 ふっと片方の口の端を上げて自嘲するように笑うタイラン。

「まだ兄を見つけていないが、近くにいるはず。必ず探してここに連れてくると伝えてください。そして、元気で暮らしてくれと――」

 その時、扉が開いて誰かが部屋に飛び込んで来た。

「タイラン!」
「……スイラン⁈」

 タイランの胸に飛び込むスイラン、そして抱きしめていいものか一瞬ためらった後強く抱きしめるタイラン。

「会いたかった……!」

 泣きながらそう言うスイランに、私も会いたかった……と囁くタイラン。
 どう見ても愛し合っている二人の姿にジンファンは苦笑した。

「もうよいぞ。チュンレイ、ジーマ。こちらへ来よ」

 チュンレイの名を聞いてタイランがパッと顔を上げる。そして、部屋に入って来た青年を見て驚きの表情を浮かべた。

「そなたは、チュンレイなのか?」
「ああ。六年振りだな」

 王に対してこの話し振りは不敬かもしれない。だがチュンレイは今スイランの兄として対峙している。そしてタイランもそれを感じとった。

「チュンレイ。あの時は本当にすまなかった。許して欲しい」

 タイランはスイランを抱いていた手を離すとチュンレイの前にぬかずいた。

「……! ちょ、さすがにそれは!」

 慌ててチュンレイはタイランを抱き起こす。

「王さんよ。俺はずっとあんたを恨んでた。その怒りが生きる原動力だった。でもこうしてスイランを見つけ出し、あんたの気持ちもわかって、もうなんかさ……怒りが冷めたよ。あんたがスイランを大切にしてくれるなら、それでもういい」
「私を許してくれるのか、チュンレイ」
「ああ。俺はこうして生きているし、スイランにも会えた。あんたも謝ってくれた。もう、怒る理由がない」
「ありがとう……」

 タイランは俯き涙を流している。彼は心に溜まっていたおりが溶けていくのを感じていた。

 
 
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