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40 ガクの話

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 店の裏に商人にしては立派な家が建っており、ガクは門を開くと入るように促した。家では奥の部屋で子供たちの遊ぶ声が聞こえていたが、二人は客間に通されガクが扉を閉めた。

「五年前の四月、俺は王の森へ薬草を取りに出かけた。そこで枯葉に埋もれて気を失っているリンファを見つけて家に連れて帰った。その横には確かに土が盛り上がっていて、誰か埋められたなと思ったよ」

 喜びに顔を輝かせるチュンレイ。

「四月だったら間違いありません、それはスイランだ! リンファというのは?」
「ああ、目覚めた時に名前を聞いたんだがな、何も覚えてなかったんだよ。名前、住んでた町、何もかも。それでリンファと名前をつけて――うちのカミさんがフォンファっていうからな、似たような名前にしたんだが――うちに住まわせてたんだ」
「スイラン……! 記憶を失くしてたのか。それで、家にも帰らなかったんだな……」

 目に涙を浮かべたチュンレイはガクの手を両手で握ろうとしたが、左手は上手く握ることは出来なかった。あの時の傷のせいで左手は動かしにくいのだ。だがなんとか力をこめて手を握り額を付けて感謝の意を表した。

「ガクさん、本当にありがとうございます! スイランの命を助けてくださって。もしかしたら狼に食べられていたかもしれなかったのに、本当に感謝します」

 いやぁそんな、とガクは恐縮していた。リンファを後宮にということを後ろめたく思っているからだ。

「良かったねえ、チュンレイ!」

 ジーマも涙を浮かべていた。

「それでガクさん、スイランに会わせてもらえますか?」
「それが……」

 ガクの困った顔を見てチュンレイは嫌な予感がした。まさか、またここからどこかへ?

「リンファは後宮の下女として働きに行ったんだよ。あれは去年の五月のことだ。それからあの子は王の寵愛を受けて妃になって、そりゃあ凄い給金をもらって、ずっとうちに仕送りしてくれていたんだ」

 その言葉にチュンレイは愕然とした。まさか自分を斬りつけた王の妃になっているとは! だが王の妃になるというのは庶民にとっては大変な名誉であり玉の輿だ。記憶がないのであれば、そうなることも仕方がないのかもしれない。

「……では今は後宮に?」

 するとさらにガクは困った顔になった。

「それが、新年の宮中行事の時に突然記憶が戻ったらしいんだ。それで俺も宮城に呼ばれて、リンファをどこで拾ったか聞かれて。森でと答えたら王は真っ青になってしまったなあ。その後、急に修道院に行くことになったと連絡があって……」
「修道院だって? なんでそんな所に」
「わからないんだよ、何も聞かされていないから。ただリンファから最後だと言ってたくさんの金が送られてきた。その時の手紙がこれさ」

 ガクが引き出しから二通の手紙を出してきた。

「お前さん、字は読めるか?」

 チュンレイは頷く。ライードが旅すがらいろいろと教えてくれていたのだ。
 その手紙には修道院に入ること、仕送りできなくなるのが申し訳ない、と書かれていた。そして今までありがとう、とも。

「スイラン……」
「で、こっちはそれより前、新年最初の日に送られてきていた手紙だ。これは年末に書いたんだろう」

 チュンレイはさっきより長く書かれた手紙を読んだ。そこには、捨て子だった自分を育ててくれたこと、後宮に行けるように教育してくれたことを感謝していると綴られている。そして、王に愛されているだけではないのだと、自分もまた深く王を愛している、だから自分は今とても幸せだ、と。
 この手紙の日付は去年の最後の日。この次の日には記憶を取り戻し、その混乱のなかで修道院に行くことになってしまったのだろうか。
 ジーマが心配そうに覗き込んでいる。怖い顔になってしまっているのかもしれない。チュンレイは軽く深呼吸をしてからニコリと笑う。その顔がリンファによく似ている、とガクは思った。
 笑顔でもう一度ガクに深く礼をするチュンレイ。

「スイランの命を救ってくださって本当にありがとうございました」

 それでは、とジーマを伴って部屋を後にした。
 彼らが門を出て行ったのを見届けたガクはフォンファに言った。

「おい、リンファについてわかったことがあったら知らせてくれって王が言ってたんだよ。ちょっと今から宮城へ行ってくる」



 
 
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