上 下
36 / 53

36 緑の目の親子

しおりを挟む

「何だろう、この石碑。去年はこんなものなかったのに」

 鬱蒼とした森の中でジーマが振り返り、後ろから来ている二人を呼んだ。

「ねえ早く来てよ。チュンレイの石碑が建ってるよ」
「は? 俺の石碑?」

 チュンレイと呼ばれた青年が走って来た。

「うん。ほら、これ見て」
「『母孝行の息子チュンレイここに眠る』。え、もしかして俺のこと?」
「絶対そうだよね。ここ、あの現場でしょ。王が建てたのかな。ね、父さんどう思う?」

 ゆっくりとやって来たライードは石碑をじっくりと眺めた。

「王だな。ここにタイランって書いてある。お前ら、ちゃんと読め」
「なんで五年も経った今頃、こんな石碑を?」

 チュンレイはガシガシと石碑に足をかけながら言う。

「王が反省したんじゃないか。お前が死んだと思ってるんだろ」
「そんなこと王がするかなあ? 庶民の命なんて虫ケラ以下にしか思ってないでしょ、ああいう人種は」

 ジーマは口を尖らせて悪態をつく。

「何か心境の変化があったんだろうよ。こんな、人が滅多に来ない森の中に建ててるんだ、民衆への宣伝とは考えづらい。本人の心の平穏のためだろうな」

 ライードは穏やかな口調だ。二人の気が昂ぶらないように気を配っているのだろう。

「今年、摂政のコウカクが倒され、皇太后が流刑地に送られた。王も成人して自分で政をやるようになり、自分の頭で考え始めた証拠かもな」

 黙っていたチュンレイが口を開いた。

「なあライード。スイランは生きていると思うか?」
「何度も言ってるが、お前と一緒に埋められてはいなかったし、あの場にはいなかった。狼に食べられた様子もなかったんだから、きっと誰かに拾われて生きているはずだ」
「そうだよ、チュンレイ。今回は都の中心部で聞き込みするんだよね? 今度こそ、見つかるよ、きっと」

 ジーマがチュンレイの背中をドンと叩く。痛いなぁ、ジーマは……と苦笑しながらチュンレイはなぜだか、スイランがすぐ近くにいるような、そんな気がしてならないのだった。




 ーー 五年前。薬草を取りにこの森にやって来たライードとジーマ親子は、地面から突き出た白い腕を見つけて驚いた。慌てて近寄るとその細い腕がかすかに動いている。

「大変、父さん! 早く助けないと!」

 まだ土は柔らかく、すぐに掘り返すことができた。助け出してみるとまだ子供、しかも肩から胸へ大怪我を負っていたのでさらに驚いた。

「ほとんど意識もないのに必死でもがいていたんだな」

 ライードは少年に布を巻きつけて抱き上げ、ジーマに薬草を取れるだけ取ってこいと言って荷車へ戻り、そこに寝かせた。戻って来たジーマが後ろを押し、あまり揺らさぬようゆっくりと今日の寝ぐら――と言っても野宿だが――に向かう。

「どう? 父さん。助かりそう?」
「五分五分だな。いや、もうちっと悪いか」
「大丈夫でしょ。優秀なモグリ医者のライードさん」
「うるせえな、黙ってろ」

 それから少年は三日三晩熱を出した。もしかしたらもうダメかもしれんな、とライードも思うくらいには生死の境を彷徨っていた。
 だが彼は生き残った。

「父さん! 起きたよ!」
「おう、大丈夫か、坊主。俺たちが見えるか?」
「あなた……は……」
「通りすがりのモグリの医者だ。お前さんひでぇ怪我をして地面に埋まってたんだ。だがとりあえず峠は越えた。安心して眠りな」
「スイ……ラン……」

 そしてまた目を閉じた。

「なんだろ、スイランって」
「家族の名前だろうなあ。次に目が覚めたら事情を聞いて親元に届けてやるか」
「えー! 帰しちゃうの? やだー」
「なんだよジーマ、気に入ったのか、そいつが」
「だってさ。あたしたちと同じ血が流れてるっぽいじゃん。目も緑だったし」

 ジーマとライードも、濃い金茶色の髪に緑の瞳だ。西方の国の人たちに多い色。

「もう民族はいろいろ混ざり合ってるんだ。そんなことにこだわってると、大事なものを見逃してしまうぞ」

 ジーマは口を尖らせてふて腐れたがそれきり何も言わなかった。

(俺たちの国はもうないんだ。あとはこの国に飲み込まれてゆくだけさ)
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

処理中です...