上 下
34 / 53

34 それぞれの朝

しおりを挟む

 まだ暗いうちにタイランは身支度を始めた。おそらく眠っていなかったのだろう。

 シャオリンは敢えて眠っている振りをし、背中を向けたままでいた。起き上がれば何か言葉を交わさねばならないし、それがタイランには負担だろうと思ったからだ。

 チンリンが鈴を鳴らし、タイランが宮城へ戻って行く。初めて結ばれた朝というものはもっと高揚した気持ちになるのだと想像していた。だが実際はいつもと何も変わらない。

(やはり私は子供なのね)

 タイランがいなくなったのを確かめてから身体を起こすと、下腹部に痛みを感じた。このようなことが夫婦というものには必要なのか。子供を身籠るまで何度でも、繰り返さねばならないこの行為。

(一回で身籠れたらいいのに……)

 シャオリンは深いため息をついた。



 眠れぬ夜を過ごしたのはリンファも同じだった。さっきのタイランの顔が頭から離れなかったのだ。

(あんな風に傷つけて、なんてことをしたんだろう。私は偽善者だ。綺麗事ばかり言っていたくせに、殺されたのが自分の兄だと知った途端に態度を変えて……タイランの苦悩を知っていたはずなのに)

 傷つけたことを謝りたい。もう一度訪れてくれるだろうか? だがその考えは夜明けに打ち砕かれた。一人で朝を迎えたリンファの耳に、タイランの帰城を知らせる鈴の音が聞こえてきたのだ。

(あれは……タイラン……! シャオリン様の部屋で夜を明かしたのだわ)

 リンファは強い衝撃を受けた。彼が他の妃を訪れるべきだと決めた時は、そういうことも耐えられると思っていた。だけど、こうして現実になると、まるで胸にポッカリと穴が空いたように心が冷えていく。

(彼の愛を信じていれば待っていられると思っていた。でも、私はタイランの手を自ら払い除けてしまった。彼の愛を拒否した私には、彼を待つ資格がもう無い……)

 タイランからの愛しか自分の心を支えるものがなかったことを悟り、失ったものの大きさにリンファは涙をこぼした。


 
「そうか! でかした!」

 チンリンからの知らせを受け、ケイカは大いに喜んだ。

(ようやく……ようやくシャオリンが本当の妃になった。なるべく多く通ってもらいたいものだが、こういうことは強制すると逆効果だからな。しばらくは静観しておこう。しかしあの下女、意外と頑固だったのだな、王をはねつけるとは。気が変わらないうちに修道院に送るか)

 ようやく事が動き始めた。シャオリンが王子を産んでくれれば、幼き王の摂政となって私がこの国を動かしていける。その時には、現王には消えてもらおう。自分の力で立とうとする王は私の施政の邪魔にしかならないのだから。

 ケイカはまさに、あれほど嫌っていたコウカクのような人物になろうとしていたのだ。
 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

処理中です...