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11 物思い

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「タイラン様。後宮のことで少しお話が」
「なんだ、ケイカ」

 タイランはゆっくりとケイカの顔を見上げた。
 ここ数ヶ月、タイランはいつも何かを思い出してはため息をつき、物憂げに目を伏せている。若く美しき王にさらに色香が加わって、男のケイカでもドキリとするほどだ。

「近頃後宮への訪問が少なくなっております。妃たちも不安がっておりますゆえ、もう少し回数を増やしていただけたらと」
「お前の妹はちゃんと週に一度訪れているぞ」

 もちろんそのことは知っている。タイランは宰相であるケイカに配慮しているのか、シャオリンだけは訪れているのだ。だがケイカは妹から聞いている。確かにタイランは四ノ宮を訪れてはいるが、何もせず夜を明かしたあと帰っていくのだという。

「もちろん、妹を訪れてくださっていること、ありがたく感謝しております。しかし、他の妃との兼ね合いもございます。妃はそれぞれに後ろ盾がおり、このままではシャオリンだけが贔屓されていると取られかねません」
「よいではないか。王の寵妃と思われているほうがお前も都合がいいだろう」

 ケイカは思わず顔をしかめた。ケイカとて王の正妃にシャオリンを据えることは自分にとって必然と考えている。だから、誰よりも早く男児を産んでもらわなければならない。それなのに、訪れても行為すらしていないとは。

「失礼ながらタイラン様、どこか体がお悪いのでしょうか。その……行為に支障のあるような」

 声をひそめて官吏に聞こえないよう尋ねる。タイランはフッ、と笑って呟いた。

「そうだな……支障が出ているな。私はもう、他の女とはできぬかもしれない」
「タイラン様まさか、後宮以外に想い人がおられるのですか?」

 ケイカにとって想定外の返事だった。いったいどこでそのような女に出会ったというのか。

「ああ。その少女に出会った瞬間に魂を揺さぶられた。こんな気持ちになったのは初めてだ。その少女が欲しくてたまらなかったが、彼女はその翌日嫁ぐと言って私の腕をすり抜けて行ってしまった」

 タイランがなぜ、その一言でリンファを諦めたのか、ケイカにはわかる。それは、皇太后が原因であろう。
 皇太后はそれほど位の高くない官吏の娘であった。だがその美しさは評判を呼び、ついに先王――タイランの父ウンラン――に見初められた。
 その当時、皇太后には想いを寄せ合う男がいた。同じく下級官吏の息子で、幼い頃から仲良く育ち将来を誓い合っていた二人。だから彼女は王の申し出を断ろうとした。だがそんなことが許されるはずもなく――男は殺され、彼女は無理矢理後宮へ入れられた。そしてタイランを産んだのである。
 愛し合う二人を引き裂いて自分のものにしたところで、心は手に入らない。そして、その子供も決して愛されはしないのだ。憎い男の子供として、いつまでも憎まれたまま。
 だからタイランは諦めた。少女の幸せを願って。

「今はまだ、その少女が忘れられないのだ。しばらく、心が癒えるまで待ってくれるか」
「そういうことでしたら、お待ちいたしましょう。その間は妹への訪問も控えていただいてかまいません。いっそ他の妃と同等にしたほうが恨みを買いませぬ」
「そうだな……そうしてくれるか」

 タイランは再びため息をついた。たかが女のことでこんなに腑抜けになってしまうとは情けない、と思われているだろう。
 だが所詮自分は傀儡かいらいの王。かつてはコウカクに、そして今はケイカに操られるだけの人形なのだ。政治に関係のないことにうつつを抜かしている間は大目に見られるであろうことをタイランは見抜いていた。
 もし自分がそのぬるま湯から抜け出そうとすれば――死が待っているに違いない。
(死ぬ前にもう一度あの少女に会うことができたなら、思い残すことはないのだが)
 タイランは既に生きる気力を失くしていた。自分の存在意義を見失っていたのだ。


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