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10 後宮での生活

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「あなたたちは二人とも四ノ宮で働くことになりました。四ノ宮妃シャオリン様はまだ後宮に来て日も浅く女官も下女も数が足りていないので、新人が来たら優先的に回すように頼まれているのです」

 後宮の正門をくぐり左に一ノ宮、その後ろに三ノ宮。右側には二ノ宮、そして四ノ宮。手でそれぞれ指し示しながら面接官は話を続ける。

「あなたたちは下女であるからシャオリン妃に直接挨拶をする必要はありません。この女官長の言うことをよく聞いて、きびきびと働くように」
「はい、わかりました」

 面接官に紹介された女官長はまだ若く、溌剌とした顔をしていた。

「私がこの四ノ宮の女官長、チンリンです。あなたたちは早速、夕餉の準備に取り掛かってもらいます。明日からは洗濯、掃除、その他各女官たちの指示に従い働いてもらいますからね」

 そして四ノ宮の色だという薄い緑色の襦裙を渡された。

「これが制服です。この襦裙の色によって所属がわかります。一ノ宮は紅色、二ノ宮は黄色、三ノ宮は青色です。女官の位は色の濃さで区別し、濃いほうが上。あなたたちは最下層なのですから、上位の人に決して口答えなどしないように。とは言えこの宮は宮女も下女も一番新しいお妃、シャオリン様と一緒に入ってきた者ばかりです。他の宮と違って陰湿なイジメなどありません。元気に伸び伸びと働いてください。以上!」

 早口で喋ったあと、二人は下女の寝泊まりする部屋に連れて行かれ、制服に着替えた。そして夕餉の支度中の厨に放り込まれたのだ。




「ああ、疲れたぁ」

 メイユーが布団に倒れ込む。もちろん、先輩下女たちが先で、リンファとメイユーは最後だ。メイユーの愚痴に、早速先輩から突っ込みが入る。

「何言ってるのよ、あんたたち。まだ夕餉の支度だけじゃない。明日の朝からは洗濯も掃除もすべて戦力になってもらいますからね。覚悟しときなさい!」
「はい、もちろんです!」

 リンファは元気に返事をした。正直言って、今日の仕事はリンファにとっては何の苦労もなかった。子守りや家事、仕事にお使いを一人でこなしていた今までの生活のほうが大変だったと感じたほどだ。

(まあ今日は夕餉だけだったものね。明日からが本番。頑張って疲れてしまえばあの方のことを考えないですむ……)



 それから数ヶ月が過ぎた。二人はすっかり四ノ宮の生活に溶け込んでいた。

「もちろん忙しいし疲れるし休みたい時もあるけれどね、」

 メイユーは蒸した芋を食べながら言う。

「四ノ宮に配属されて本当に良かったわ。他の宮では古参の女官が幅を利かせていて新人はやっぱりイビられてるんですって」
「そうなの? 怖いわね」

 リンファもホカホカの芋を火傷しないよう気をつけながら口に入れる。四ノ宮の厨ではこうしたおやつを食べさせてもらえるのが嬉しい。
 先輩下女のジンリーはちょっと意地悪な顔になって声をひそめた。

「他の妃はここ数ヶ月、王のお越しが全くないからイライラしてるのかもよ。でもうちのシャオリン様は、なんたって今を時めく宰相ケイカ様の妹御様ですからね。週に一度は王がいらしているのよ」

 各宮に住む妃の元に夕刻、宮城から花が届けば王がその夜訪れる合図だ。花を受け取った妃は支度を整えて王を待つ。   鈴の音とともに後宮の正門が開き、四つの宮を繋ぐ屋根付きの回廊を王が歩いてやって来る。そしてその日選んだ宮へと入って行くのだ。誰の宮にいつ訪れたか。妃たちはそれを数え、敵対心を燃やすのだそうだ。

「それにしても、王様ってお若いのに週一回で足りるんですかねえ」

 メイユーが無邪気に質問する。

「そうなのよ。ちょっと前まではもう少し頻繁に、どの妃も万遍なく訪れていたらしいんだけどね。私はシャオリン様の後宮入りと同時にここに来たんだけど、その頃から他の妃たちを訪れなくなっていたみたい。でもシャオリン様だけは週一回訪れているのよ」

 芋を食べ終わったリンファもジンリーに尋ねた。

「王様って、どんな方なんですか? 私たち、まだ一度もお見かけしたことなくって」
「そうよねえ。昼間後宮に来ることなんてないし、夜訪れる時は、私たちは王が歩く回廊を見てはいけないのよ。だから私もまだ見てないの。でも年に何度かここで催される宴にいらっしゃるから、きっとその時に見られるわよ。とびきり美しい方だって顔を見た女官たちは言ってるわ」
「やだー、王様って美しいんですか! いいなあ、なんかの間違いでもいいからお手付きにならないかなあ」

 ジンリーはププッと吹き出し、腹を抱えて笑い出した。

「ないないない、絶対! リンファはあったとしてもメイユーはないわぁ」
「ひどおい、ジンリーさん。乙女の夢を笑うとは」

 メイユーもリンファも一緒に笑った。    


 ガクはリンファに王のお手が付き、部屋をもらえたり出世したりすることを望んでいたが、それはどうやら夢物語のようだ。

(残念だけど仕送りの額は増やせそうにないわね、この様子だと。まあ、私はそのほうがいいけど)

 森で出会ったあの方以外とはそんなこと、考えたくない。

(だったらこのまま、処女おとめのままで生きていったのでかまわない)

 
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