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1 森での出会い

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「待って、チュンレイ」

 もうすぐ誕生日が来て十歳になる少女、スイランは先を行く兄を必死で追いかけている。

「ここにいるよ。おいで、スイラン」

 振り返って優しく手を差し伸べる兄、チュンレイは十二歳。二人は薬草を探しに都の外壁を抜け出して森を彷徨っていた。
 古代から手付かずのこの森にはたくさんの植物が生い茂っており、庶民は勝手に入っては野草や果実を採っている。だが本来この森は王の所有。重要な場所ではないため見回りの兵士などめったに来ないが、もし入っているところを見られたら罰せられてしまう。だから人々は、ちゃんと見回りの来ない時間を見計らって森へ入る。
 それを知らない幼い二人は病気の母のため、万病に効くと言われている薬草を探しにこの森にやって来た。

「この辺にはないな。もっと奥まで行ってみようか」

 うねうねと続く細い道を、二人は手を繋いで進んで行く。背の高い樹々がうっそうと茂り、昼だというのに薄暗く不気味であった。

「怖いよ、チュンレイ……」
「大丈夫。僕がついてるから」

 キュッと手に力を入れて妹を励ますチュンレイだが、本当は怖くて逃げ出したかった。でも、母さんのために薬草を取って帰らなくちゃ。

 その時だ。

「おや。王の森に盗っ人がいる」

 樹々の奥の暗闇から、からかうような声が飛んできた。

「誰?」
「誰、だって? お前らの目は節穴なのか」

 ゆっくりと姿を現したのは、チュンレイと歳の変わらぬ少年であった。美しい薄絹を頭から被り、首にも腕にもジャラジャラと飾りを何重にも巻き付けている。薄い紅色の女性用襦裙がよく似合っているが、少年に間違いないようだった。
 綺麗な子だな、とスイランは思った。でもなんだか怖い。切れ長の黒い瞳は濡れたように輝き、その鋭い視線に不安な気持ちが込み上げてきた。
 チュンレイも同じ気持ちだったようで、スイランの手をグッと握ってきた。

「僕たち、先を急ぐから」

 そう言って立ち去ろうとしたのだが、少年はチュンレイの肩を強く掴んだ。

「おっと。盗っ人をそのまま帰すつもりはないよ」
「でも僕たち、まだ何も採っていないよ」
「王の森に勝手に立ち入っただけでお前らは大罪を犯しているんだ。ここで殺されてもいいくらいの、ね」

 腰からスラリと剣を抜いた少年は、チュンレイの目の前にそれを突きつけた。

「なっ……何なんだよ君は……!」

 チュンレイは体を震わせながら叫ぶ。スイランは恐怖のあまり声も出せずに泣いていた。

「わかんないのか? この森の持ち主だよ」
「持ち主……?」

 チュンレイは母が言っていたのを思い出した。王が亡くなり、チュンレイと同い年の王子が玉座についたということを。

『まだお前と同じ年だというのにこの国で一番偉い人になるなんてねえ。大変なことだよ』

あれはまだ母が元気だった頃だから、半年前のことだ。

「お、王様……!」

 チュンレイは慌ててその場に這いつくばった。スイランが立ちすくんでいるのに気づくとすぐに頭を押さえ、同じように平伏させた。

「申し訳ありません! 病気の母のために薬草を探していました……勝手なことをして申し訳ございませんでした!」

 チュンレイは地面に額をこすりつけるように謝った。新しい王は残虐で気に入らない者はすぐに処刑場に送ると聞いたことがある。なんとか、この場を切り抜けないと。

「母のために薬草を、か。孝行息子だな」

 王はチュンレイの近くに立ち、頭上から声を掛けた。

「お前は母が好きか」
「……はい」
「母をお前のことを大切に思っているか」

 先程までと違う優しい声。母を思うチュンレイの気持ちが伝わったのだろうか。

「はい。母は私たちを大切にしてくれています」
「そうか。お前、名前は」
「チュンレイと申します。こちらは妹のスイランです」
「チュンレイ、スイラン。顔を上げよ」

 恐る恐る顔を上げた二人の目に映ったのは、恐ろしくも美しい少年王のニヤリと微笑む顔。

「あいにくだが、母孝行の息子ほど嫌いなものはない」

 そう言うなり飾りの付いた美しい剣でチュンレイの肩から胸へ、斜めに斬りつけた。血飛沫が上がり、側にいたスイランの顔に降りかかった。

「あああっ……!!」

 スイランの悲鳴が森の中に響きわたる。
 チュンレイは、なぜ自分が斬られてしまったのかもわからぬまま、薄れていく意識の中でただただ、スイランの無事を願っていた。

(逃げるんだ、スイラン……)

 悲痛なスイランの声がいつまでもこだましている。やがてチュンレイの意識は闇に飲み込まれていった。
 


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