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そして、翌週から妃教育が始まった。午前中からびっしりと講義が入り、午後からは所作や作法など。貴族令嬢として基本は叩き込まれているけれど、外交の場で恥をかかないよう、主要各国のマナーなども学んでいくのだ。
そして週に一度、シリル様とのお茶会。一時間だけではあるけれど、この時だけはシリル様と二人きりになれる。
「どうですか、妃教育は」
シリル様が優しく尋ねてくださる。
「はい、なんとか頑張っております。講義の内容はとても興味深くて、楽しんでおりますわ」
「そう。良かった」
お茶を飲みながら微笑むシリル様。やはり、お顔が美しい……! こちらが恥ずかしくなるくらい。
「不思議なんだが、ベジャール嬢といると心が落ち着くんだ。昨年立太子されて以来、公務も忙しくなるしやるべきことも増えた。疲れを感じることも多くなっていたんだけど……ベジャール嬢とダンスを踊った時、とても心が軽くなったのを覚えている。今も、そうだ。他の令嬢よりもあなたといる方が嬉しいし落ち着く。妃に選ぶならこんな相手だと思っているんだ」
シリル様は私の手を取ってそんなことを仰った。私はドキドキして顔が熱くなるのを感じ、俯いた。
(ダメよアネット! これはコリンヌの力で言わされてるんだから。本気にしちゃダメ)
シリル様の頭の上でコリンヌが微笑んでいるのを感じながら、私は自分を戒めた。
その夜、私はベルナールを問い詰めた。
『ねえベルナール。コリンヌの力ってすごすぎない? シリル様の心まで操るなんて』
『アネット、落ち着いて。コリンヌはそんなことやっていませんよ』
『だっておかしいじゃない。他の令嬢より私といる方がいいだなんて、あり得ない。コリンヌが言わせてるに違いないわ』
『確かに、あのパーティーの時は身体を操ってあなたとダンスをさせたのは間違いありません。でもそれは最初の二回だけ。後の二回はシリル様が自分で行かれたのですよ』
『嘘よ! そんなはずないわ。私なんかをシリル様が気に入るなんてこと……』
『もちろん、コリンヌが私に会いたいと思うその気持ちが、シリル様に影響しているのは否定出来ません。だからといって恋までさせることは……私たちにはそこまでは出来ませんよ』
(嘘よ……じゃあ私のこの気持ちも、ベルナールの力ではなくて自分自身の恋心だというの? 私は、シリル様を本気で好きになってしまったの?)
こんなに好きになってしまったのに、選ばれなければ結ばれることはない。そんなの辛すぎる。
(恋なんてするんじゃなかった……)
今さらながら身分の差が苦しい。こちらから告白することも出来ないのだから。
(でも……両想いなのに引き裂かれたベルナールたちは、きっともっと辛かったわね)
やっと、ベルナールたちの辛さがわかった。今まで私は何もわかっていなかったのだ。
そんなある日の講義終了後。私はオレリア様とルイーズ様に呼び止められた。
「お時間よろしいかしら、アネットさん」
「はい、オレリア様」
二人は侯爵家である私のことが気に入らないらしく、今までずっと無視されてきた。腹は立つけれど、二人の頭の上に浮いているのが蛾と毛虫なので、それを見て溜飲を下げることにしている。(蛾と毛虫に罪はないのだけれど、ね)
「シリル様があなたを婚約者に決めたらしいと噂が出ているの。本当かしら」
「いえ、そのようなことは」
「ええもちろん、正式な話はまだ出ていないわ。出ていたら私の父が知っているでしょうから。ただ、火のないところに煙は立たないと言いますし」
二人の言葉を聞いたベルナールが私に話し掛ける。
『アネット。どうやらシリル様がこの方たちに直接お茶会で言ったようですよ。婚約者はアネットに決めたから、もう妃教育は終了してよい、と』
ベルナールは二人の前世、蛾と毛虫と会話して情報を得たらしい。
(ええっ、ホントに? どうしよう、嬉しすぎる)
思わずニヤけてしまった私にカチンときたのか、オレリア様が私の顔を扇子で叩いた。
「公爵家の人間に向かってその笑いは何! 失礼にも程があるわ。こんなマナーのなっていない女にシリル様の妃が務まるわけがありません。私は、断じて認めません。お父様にも言って、反対してもらいますわ」
ルイーズ様も一緒になって責め立てる。
「そうですとも。侯爵家のくせにでしゃばらないことね」
私は唇を噛み、拳をギュッと握り締めて立ち尽くしていた。
(悔しい。悔しいけど、身分が上の人たちに反論することはできない)
その時、ベルナールが叫んだ。
『大変です! アネット、コリンヌが呼んでいます! シリル様が危ない! 助けに行かなければ!』
『えっ! どういうこと、ベルナール!』
ベルナールは目を閉じて耳を澄ましている。
『コリンヌが全ての前世に呼びかけています。シリル様が、王宮に潜り込んだスパイに捕らえられ、箱に詰められていると。このままでは王宮外に出されてしまいます! 早く助け出さなくては!』
オレリア様たちの上に浮かぶ前世たちも騒がしくしているが、いかんせん彼らの言葉は彼女たちに届かない。私が行かないと。
『ベルナール! 今シリル様はどこに?』
『厨房裏口から出ようとしています! 急ぎましょう!』
私はヒールをその場に脱ぎ捨て、呆気に取られている二人を置いて走り出した。
厨房へ向かうと遠くの方の出口に大きな箱を台車に載せて運び出そうとしている男がいる。そして、その男の方へ身体を向けているコックもいた。
(彼の前世は騎士なんだわ! 前世の力で追いかけようとしているけれど、現世のコックが邪魔をしている)
「そこの貴方! 前のあの男を止めてちょうだい!」
私に言われたコックはハッとした顔で前の男を見ると、走り出した。他にも、必死で頑張っている前世たちにベルナールが呼びかけ、私も現世の人々に呼びかける。
「あの男を捕らえるのよ!」
急に後ろから大勢のコックに羽交締めにされたスパイは、抵抗するも多勢に無勢。あえなく捕らえられた。
「シリル様!」
私は男が運んでいた箱に近寄り、蓋を開けた。するとそこには目隠しと猿ぐつわをされ、身体を拘束されたシリル様がギュウギュウに押し込まれていた。
『コリンヌが、彼は意識を失わされてはいるけれど生命は無事だと言っています』
「ああ、良かった……シリル様……」
私はその場に泣き崩れた。そこへ兵士が大勢やって来て犯人を縛り上げ、シリル様を助け上げた。運ばれて行くシリル様と共に離れて行くコリンヌ。
その時、初めて彼女の声が聞こえた。『ありがとう』と。
そして週に一度、シリル様とのお茶会。一時間だけではあるけれど、この時だけはシリル様と二人きりになれる。
「どうですか、妃教育は」
シリル様が優しく尋ねてくださる。
「はい、なんとか頑張っております。講義の内容はとても興味深くて、楽しんでおりますわ」
「そう。良かった」
お茶を飲みながら微笑むシリル様。やはり、お顔が美しい……! こちらが恥ずかしくなるくらい。
「不思議なんだが、ベジャール嬢といると心が落ち着くんだ。昨年立太子されて以来、公務も忙しくなるしやるべきことも増えた。疲れを感じることも多くなっていたんだけど……ベジャール嬢とダンスを踊った時、とても心が軽くなったのを覚えている。今も、そうだ。他の令嬢よりもあなたといる方が嬉しいし落ち着く。妃に選ぶならこんな相手だと思っているんだ」
シリル様は私の手を取ってそんなことを仰った。私はドキドキして顔が熱くなるのを感じ、俯いた。
(ダメよアネット! これはコリンヌの力で言わされてるんだから。本気にしちゃダメ)
シリル様の頭の上でコリンヌが微笑んでいるのを感じながら、私は自分を戒めた。
その夜、私はベルナールを問い詰めた。
『ねえベルナール。コリンヌの力ってすごすぎない? シリル様の心まで操るなんて』
『アネット、落ち着いて。コリンヌはそんなことやっていませんよ』
『だっておかしいじゃない。他の令嬢より私といる方がいいだなんて、あり得ない。コリンヌが言わせてるに違いないわ』
『確かに、あのパーティーの時は身体を操ってあなたとダンスをさせたのは間違いありません。でもそれは最初の二回だけ。後の二回はシリル様が自分で行かれたのですよ』
『嘘よ! そんなはずないわ。私なんかをシリル様が気に入るなんてこと……』
『もちろん、コリンヌが私に会いたいと思うその気持ちが、シリル様に影響しているのは否定出来ません。だからといって恋までさせることは……私たちにはそこまでは出来ませんよ』
(嘘よ……じゃあ私のこの気持ちも、ベルナールの力ではなくて自分自身の恋心だというの? 私は、シリル様を本気で好きになってしまったの?)
こんなに好きになってしまったのに、選ばれなければ結ばれることはない。そんなの辛すぎる。
(恋なんてするんじゃなかった……)
今さらながら身分の差が苦しい。こちらから告白することも出来ないのだから。
(でも……両想いなのに引き裂かれたベルナールたちは、きっともっと辛かったわね)
やっと、ベルナールたちの辛さがわかった。今まで私は何もわかっていなかったのだ。
そんなある日の講義終了後。私はオレリア様とルイーズ様に呼び止められた。
「お時間よろしいかしら、アネットさん」
「はい、オレリア様」
二人は侯爵家である私のことが気に入らないらしく、今までずっと無視されてきた。腹は立つけれど、二人の頭の上に浮いているのが蛾と毛虫なので、それを見て溜飲を下げることにしている。(蛾と毛虫に罪はないのだけれど、ね)
「シリル様があなたを婚約者に決めたらしいと噂が出ているの。本当かしら」
「いえ、そのようなことは」
「ええもちろん、正式な話はまだ出ていないわ。出ていたら私の父が知っているでしょうから。ただ、火のないところに煙は立たないと言いますし」
二人の言葉を聞いたベルナールが私に話し掛ける。
『アネット。どうやらシリル様がこの方たちに直接お茶会で言ったようですよ。婚約者はアネットに決めたから、もう妃教育は終了してよい、と』
ベルナールは二人の前世、蛾と毛虫と会話して情報を得たらしい。
(ええっ、ホントに? どうしよう、嬉しすぎる)
思わずニヤけてしまった私にカチンときたのか、オレリア様が私の顔を扇子で叩いた。
「公爵家の人間に向かってその笑いは何! 失礼にも程があるわ。こんなマナーのなっていない女にシリル様の妃が務まるわけがありません。私は、断じて認めません。お父様にも言って、反対してもらいますわ」
ルイーズ様も一緒になって責め立てる。
「そうですとも。侯爵家のくせにでしゃばらないことね」
私は唇を噛み、拳をギュッと握り締めて立ち尽くしていた。
(悔しい。悔しいけど、身分が上の人たちに反論することはできない)
その時、ベルナールが叫んだ。
『大変です! アネット、コリンヌが呼んでいます! シリル様が危ない! 助けに行かなければ!』
『えっ! どういうこと、ベルナール!』
ベルナールは目を閉じて耳を澄ましている。
『コリンヌが全ての前世に呼びかけています。シリル様が、王宮に潜り込んだスパイに捕らえられ、箱に詰められていると。このままでは王宮外に出されてしまいます! 早く助け出さなくては!』
オレリア様たちの上に浮かぶ前世たちも騒がしくしているが、いかんせん彼らの言葉は彼女たちに届かない。私が行かないと。
『ベルナール! 今シリル様はどこに?』
『厨房裏口から出ようとしています! 急ぎましょう!』
私はヒールをその場に脱ぎ捨て、呆気に取られている二人を置いて走り出した。
厨房へ向かうと遠くの方の出口に大きな箱を台車に載せて運び出そうとしている男がいる。そして、その男の方へ身体を向けているコックもいた。
(彼の前世は騎士なんだわ! 前世の力で追いかけようとしているけれど、現世のコックが邪魔をしている)
「そこの貴方! 前のあの男を止めてちょうだい!」
私に言われたコックはハッとした顔で前の男を見ると、走り出した。他にも、必死で頑張っている前世たちにベルナールが呼びかけ、私も現世の人々に呼びかける。
「あの男を捕らえるのよ!」
急に後ろから大勢のコックに羽交締めにされたスパイは、抵抗するも多勢に無勢。あえなく捕らえられた。
「シリル様!」
私は男が運んでいた箱に近寄り、蓋を開けた。するとそこには目隠しと猿ぐつわをされ、身体を拘束されたシリル様がギュウギュウに押し込まれていた。
『コリンヌが、彼は意識を失わされてはいるけれど生命は無事だと言っています』
「ああ、良かった……シリル様……」
私はその場に泣き崩れた。そこへ兵士が大勢やって来て犯人を縛り上げ、シリル様を助け上げた。運ばれて行くシリル様と共に離れて行くコリンヌ。
その時、初めて彼女の声が聞こえた。『ありがとう』と。
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