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受け止めてやるから

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 そして土曜日朝9時、私は東京駅にいた。ここから歩いて二分ほどのお店に朝食を食べに行くのだそうだ。

「月葉!」

 八重洲北口に現れた悠李。背が高いのでやっぱり目立つ。

「おはよう、悠李」
「楽しみで眠れなかったよ。さ、行こうか」

(楽しみで眠れないって……また大袈裟なこと言って)

 悠李ってこんなキャラだったかなあ。昔はもっとシャイで口数が少なかったような気もするけど。

「で、何を食べに行くの?」
「サーラ東京のモーニング。俺、好きなんだよね」
「あ、聞いたことある。早起きが苦手だから行ったことないんだけど」
「え! 早起き苦手だったのか! じゃあ今日、辛かったんじゃ……」
「大丈夫。昨日早く寝たし、頑張って起きたから」

 ちょっとシュンとしてしまった悠李。やっぱり不思議。なんだか子供みたい。

 ビルの2階にある店に到着すると、長い外階段に人がたくさん並んでいた。

「わ! こんなに並んでるの?」

 入れないかと思ったけれど席はたくさんあるようでスムーズに列は進み、私たちは上階のテラス席に通された。天気も良いし外で食べるのは気持ちがいいだろう。

「何がおすすめ?」

 モーニングは二種類あって、アボカドトーストのプレートとフレンチトーストのプレート。どちらもサラダ、ベーコン、卵付きだ。もちろんセットではない単品のフルーツボウルなどもある。

「俺はオランデーズソースが好きだから、アボカドトーストにする。でもフレンチトーストも美味いよ」

 メニューの写真を見ると確かに美味しそう。ライ麦ブレッドの上にアボカドペーストとスチームドエッグが載り、オランデーズソースがかかっている。パッと見た感じはエッグベネディクトみたいだ。

「うーん、悩む! どっちも美味しそう」
「じゃあ二人で違うのを頼んで味見し合おうか」
「いいの? じゃあそれで!」

 なんだかこんなことも楽しい。真吾とも最初はあちこち出掛けていたし、こうやってたくさん会話をしていたような気がするんだけど、それももうかなり前のことなのかも。
『月葉は物分かりがいいから助かるよ』
 そんなことばかり言われるようになっていたのに、私は何も言えなかった。子供の頃とおんなじだ。

「月葉?」

 ハッとして顔を上げる。

「あ、ごめん。眠くてボーっとしちゃった」

 少し心配そうな顔の悠李に、伸びをしてみせる。大丈夫、という風に。

 やがて料理が運ばれてきた。まずは私のフレンチトースト。

「うわあ……美味しそうとしか言葉が出てこない」

 楕円形のお皿にサラダとカリカリベーコン、目玉焼き、そしてカットされたフレンチトースト。すべてが計算されたような佇まいで美しい。別添えのシロップとクリームも甘すぎず美味。
 悠李のプレートもすぐに運ばれてきた。オレンジ色のソースが食欲をそそる。悠李はトーストを一口大に切って『あーん』って勧めてきたけれどそれは丁重にお断りし、お皿を交換して自分のフォークで食べた。

「ん! これも美味しい!」
「だろ? 次は別のメニューも食べに来ような」

 コーヒーを飲みながら、次にどこの朝食に行ってみたいかなどをスマホで検索しながら話し合った。
 悠李はいいお店を見つけたらすぐに私に見せてくれる。

「ほら、この朝粥の店なんかどう?」

 それを見て私も感想を言い、会話が広がる。真吾といた時にはどうだったっけ。二人でカフェにはよく行ったけど、スマホを見つめる真吾の伏せた目が一番記憶に残っている。会話は、確かに少なくなっていた。

「まだ映画まで時間あるんだっけ?」
「うん。近くまで移動してブラブラしようか」

 悠李の提案で日比谷まで電車で移動し、ゆっくり映画館周辺を歩いてまわった。

「……あのさ、月葉」
「なに?」
「電話で言ってたことだけどさ……」

(あ、彼氏の人数……ね?)

「月葉が言いたくなければ聞かないし、聞いても気にしないようにする。だって月葉の初めての彼氏が俺ってことは変わらないんだし」

 口をキュッと結んで、まるで中学生の悠李みたい。聞きたくないのかもしれないけど、やっぱり正直に話そう。最初から嘘はつきたくないから。

「うん、あのね、悠李と別れたあとはずっと彼氏いなかったんだけど……三年前からつい最近まで、一人とだけ付き合ってた」
「そっか……長く付き合ってたんだな」
「そうね……でも、長かっただけ。結局、他の人と二股されて終わったわ」
「は? 二股? なんだよそいつ、許せねえ」

 顔を真っ赤にして怒る悠李を見ていたら、なんだか笑えてくる。

「ふ、なんで悠李が怒るのよ」
「だって月葉を傷つけたんだろ? そんなの、万死に値する」
「だから、大袈裟なんだって……」

 悠李の様子が可笑しくて笑ったはずなのに、私の目からは涙がこぼれていた。

「あ、あれ? どうしたんだろ」

 悠李は足を止め、ハンカチを渡してくれた。

「辛かったんだろ。ちゃんと怒って、ちゃんと泣いた?」
「……」

 泣いたのは、別れ話した後、駅に着くまで。それと、お風呂の中。怒ったのは……口に出して怒ったっけ?

「二股されたこと、人に話したのは今が初めて。誰にも言ってないの。私、友達いないからさ……」

 また自嘲の笑いを浮かべる私の顔を覗き込む悠李。

「無理して笑うな。だったら俺に言えばいい。泣いて愚痴って怒ればいいんだ。全部俺が受け止めてやる」
「悠李……」

(そうだ、私は辛かったんだ。自分では真吾と穏やかに上手く付き合ってると思ってた。今すぐじゃなくてもいつか結婚するって思ってた。だけど私は選ばれなくて、捨てられた……やっぱり私は価値がない人間なんだって思い知らされた……)

 静かに涙を流す私を、悠李はまた抱きしめて、人の目から隠してくれた。悠李の心臓の鼓動が響いてくる。温かい、とても安心できる音。

(こうやって誰かの胸の中に優しく抱きしめてもらうこと、もうずっとなかった気がする……)

 真吾と出会ってから別れるまでを泣きながら話している間、悠李はずっと頭を撫でながらうん、うんと聞いてくれていた。
 
 


 
 
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