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マシューとの結婚
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それから、レティシアとマシューは少しずつ仲を深めていった。スコット家には何度も遊びに行き、レティシアは意外にも自分が虫を可愛いと思えることを知った。世話の仕方を習って一緒に餌をやったり、籠の掃除をしたり。男爵夫妻はそれを微笑ましく眺め、いいご縁があったと嬉しく思っていた。
ある日、マシューが真剣な顔をして言った。
「レティシア。もうすぐ僕は卒業だ。卒業したら、アルトゥーラ王国の大学に行こうと思っている」
「えっ? アルトゥーラ?」
アルトゥーラ王国といえば有名な大国だ。政治的経済的にもだが、文化・芸術も盛んな国と聞いている。
「そこの大学では昆虫に関する研究が進んでいるんだ。そこへ行き、研究者になりたいと思っている」
「……大学って、何年あるの? 帰ってくるのはいつ?」
「大学は六年だ。それに研究者になればずっと向こうにいるかもしれない。それでね、レティシア」
マシューはレティシアの手を取った。
「君が卒業したらすぐに結婚しよう。そして、アルトゥーラで一緒に暮らさないか。僕の祖父はアルトゥーラ出身でね、向こうに親戚がいるんだ。だから住む所もある。両親が健在なうちは、学問の道を極めたいんだ。ついて来てくれる?」
「もちろんよ、マシュー! あなたといられるならどこへだって。むしろ、一年も離れていたくないわ。そうよ、私、学院を辞めてついて行きます!」
「えっ、学院を辞めるの? そんなの勿体ないよ。君は優秀なのに」
「ううん、勉強ならどこでだって出来るわ。でも私、あなたと一緒にいたい。あなたも知ってるでしょう? 私が家で冷遇されていること。それでもあなたとこうして会う時間があるから耐えられたの。あなたがいなくなったら、どうしていいかわからないわ」
マシューはレティシアの髪をそっと撫でた。
「いいのかい? レティシア」
「ええ、マシュー」
「じゃあ僕の卒業とともに婚姻届を出してアルトゥーラへ行こう。まだ学生だから結婚式は挙げられないけれど……働くようになったら必ず式を挙げよう」
「式なんていいの。一緒にいられればそれだけで」
レティシアはそっとマシューの肩に頭を預けた。
マシューの卒業と同時に結婚することを報告すると、ダニエルとデミは喜んだ。
「学院を辞めるなら、学費もいらなくなるな」
「式も挙げないんですって? そうよね、どうせウエディングドレスなど似合わないでしょうし。お金の無駄よ」
「いいなあお姉様。学院辞めるなんて羨ましい。お母様、私もジョナスと結婚して辞めたいわ! 勉強なんて面倒だもの」
「駄目だぞ、ヘザー。十六歳にならないと結婚は出来ないのだ。それまで我慢しなさい」
「わかったわ。でも誕生日が来たら、すぐに結婚させて。私の誕生日はすぐに来るのよ」
「もちろんですとも。豪華な結婚式を挙げましょうね。きっととっても美しいカップルになるわ」
デミはその姿を想像しているのか、うっとりと目を閉じている。
「そうそう。レティシア、あなた国外に出るのなら継承権だけでなく財産の相続権も放棄していってちょうだいね。これからはポーレット家の財産は全てヘザーとその子供の物。あなたに分けるものなどありませんからね」
「結構よ、お母様。私は身一つで嫁ぎますから」
「物分かりのいい子で助かるわ。ねえ、あなた」
デミはニヤリと笑い、グラスに注がれたワインを飲み干した。
夕食後、執事のバーナードがこっそりとレティシアの部屋を訪れた。
「バーナード。今日でお勤めが終わるのね」
「はい。大旦那様、そしてフローラ様には長くお世話になりました。ポーレット家の未来はレティシア様にかかっている、必ずレティシア様をお支えしていこう……そう思っておりましたが、志半ばで辞めることになってしまい本当に残念です」
「あなたは何も悪くないわ。それに、私もこの家を追い出されるのだもの」
「正統な後継者であるレティシア様がこのような事に……私は悔しくてたまりません。フローラ様が懸命に守ってきたこのポーレット家があの親子によって衰退していくのが」
「バーナード、やはり状況は良くないの?」
「これまでの信用がありますから、すぐにどうこうということはないでしょう。ただ、あれ程の浪費を続けていたら、数年で困窮します。領地の方もダニエル様は今までまったく関わってこなかったのですから、上手く経営出来るとは思えません。早晩、土地を切り売りすることになるでしょうね」
「そう……仕方ないわね。お母様が頑張っていらした成果が無くなってしまうのは辛いけど、そんなこといってる場合ではないわ」
「ええ、レティシア様。全ての権利を放棄するというのは却って好都合です。あの方達の不始末の責任を押し付けられる可能性が無くなるのですから」
「沈んでゆく泥舟からは逃げなければね。バーナード、あなたはこれからどうするの?」
「息子が隣国で商売をしておりますので、そこへ身を寄せようと思っています」
「今までありがとう、バーナード。あなたにはたくさんのことを教わったわ。いつかまた、会えますように」
「はい、レティシア様もお元気で。お幸せをお祈りしております」
ある日、マシューが真剣な顔をして言った。
「レティシア。もうすぐ僕は卒業だ。卒業したら、アルトゥーラ王国の大学に行こうと思っている」
「えっ? アルトゥーラ?」
アルトゥーラ王国といえば有名な大国だ。政治的経済的にもだが、文化・芸術も盛んな国と聞いている。
「そこの大学では昆虫に関する研究が進んでいるんだ。そこへ行き、研究者になりたいと思っている」
「……大学って、何年あるの? 帰ってくるのはいつ?」
「大学は六年だ。それに研究者になればずっと向こうにいるかもしれない。それでね、レティシア」
マシューはレティシアの手を取った。
「君が卒業したらすぐに結婚しよう。そして、アルトゥーラで一緒に暮らさないか。僕の祖父はアルトゥーラ出身でね、向こうに親戚がいるんだ。だから住む所もある。両親が健在なうちは、学問の道を極めたいんだ。ついて来てくれる?」
「もちろんよ、マシュー! あなたといられるならどこへだって。むしろ、一年も離れていたくないわ。そうよ、私、学院を辞めてついて行きます!」
「えっ、学院を辞めるの? そんなの勿体ないよ。君は優秀なのに」
「ううん、勉強ならどこでだって出来るわ。でも私、あなたと一緒にいたい。あなたも知ってるでしょう? 私が家で冷遇されていること。それでもあなたとこうして会う時間があるから耐えられたの。あなたがいなくなったら、どうしていいかわからないわ」
マシューはレティシアの髪をそっと撫でた。
「いいのかい? レティシア」
「ええ、マシュー」
「じゃあ僕の卒業とともに婚姻届を出してアルトゥーラへ行こう。まだ学生だから結婚式は挙げられないけれど……働くようになったら必ず式を挙げよう」
「式なんていいの。一緒にいられればそれだけで」
レティシアはそっとマシューの肩に頭を預けた。
マシューの卒業と同時に結婚することを報告すると、ダニエルとデミは喜んだ。
「学院を辞めるなら、学費もいらなくなるな」
「式も挙げないんですって? そうよね、どうせウエディングドレスなど似合わないでしょうし。お金の無駄よ」
「いいなあお姉様。学院辞めるなんて羨ましい。お母様、私もジョナスと結婚して辞めたいわ! 勉強なんて面倒だもの」
「駄目だぞ、ヘザー。十六歳にならないと結婚は出来ないのだ。それまで我慢しなさい」
「わかったわ。でも誕生日が来たら、すぐに結婚させて。私の誕生日はすぐに来るのよ」
「もちろんですとも。豪華な結婚式を挙げましょうね。きっととっても美しいカップルになるわ」
デミはその姿を想像しているのか、うっとりと目を閉じている。
「そうそう。レティシア、あなた国外に出るのなら継承権だけでなく財産の相続権も放棄していってちょうだいね。これからはポーレット家の財産は全てヘザーとその子供の物。あなたに分けるものなどありませんからね」
「結構よ、お母様。私は身一つで嫁ぎますから」
「物分かりのいい子で助かるわ。ねえ、あなた」
デミはニヤリと笑い、グラスに注がれたワインを飲み干した。
夕食後、執事のバーナードがこっそりとレティシアの部屋を訪れた。
「バーナード。今日でお勤めが終わるのね」
「はい。大旦那様、そしてフローラ様には長くお世話になりました。ポーレット家の未来はレティシア様にかかっている、必ずレティシア様をお支えしていこう……そう思っておりましたが、志半ばで辞めることになってしまい本当に残念です」
「あなたは何も悪くないわ。それに、私もこの家を追い出されるのだもの」
「正統な後継者であるレティシア様がこのような事に……私は悔しくてたまりません。フローラ様が懸命に守ってきたこのポーレット家があの親子によって衰退していくのが」
「バーナード、やはり状況は良くないの?」
「これまでの信用がありますから、すぐにどうこうということはないでしょう。ただ、あれ程の浪費を続けていたら、数年で困窮します。領地の方もダニエル様は今までまったく関わってこなかったのですから、上手く経営出来るとは思えません。早晩、土地を切り売りすることになるでしょうね」
「そう……仕方ないわね。お母様が頑張っていらした成果が無くなってしまうのは辛いけど、そんなこといってる場合ではないわ」
「ええ、レティシア様。全ての権利を放棄するというのは却って好都合です。あの方達の不始末の責任を押し付けられる可能性が無くなるのですから」
「沈んでゆく泥舟からは逃げなければね。バーナード、あなたはこれからどうするの?」
「息子が隣国で商売をしておりますので、そこへ身を寄せようと思っています」
「今までありがとう、バーナード。あなたにはたくさんのことを教わったわ。いつかまた、会えますように」
「はい、レティシア様もお元気で。お幸せをお祈りしております」
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