上 下
8 / 9

マシューとの結婚

しおりを挟む
 それから、レティシアとマシューは少しずつ仲を深めていった。スコット家には何度も遊びに行き、レティシアは意外にも自分が虫を可愛いと思えることを知った。世話の仕方を習って一緒に餌をやったり、籠の掃除をしたり。男爵夫妻はそれを微笑ましく眺め、いいご縁があったと嬉しく思っていた。

 ある日、マシューが真剣な顔をして言った。

「レティシア。もうすぐ僕は卒業だ。卒業したら、アルトゥーラ王国の大学に行こうと思っている」

「えっ? アルトゥーラ?」

 アルトゥーラ王国といえば有名な大国だ。政治的経済的にもだが、文化・芸術も盛んな国と聞いている。

「そこの大学では昆虫に関する研究が進んでいるんだ。そこへ行き、研究者になりたいと思っている」

「……大学って、何年あるの? 帰ってくるのはいつ?」

「大学は六年だ。それに研究者になればずっと向こうにいるかもしれない。それでね、レティシア」

 マシューはレティシアの手を取った。

「君が卒業したらすぐに結婚しよう。そして、アルトゥーラで一緒に暮らさないか。僕の祖父はアルトゥーラ出身でね、向こうに親戚がいるんだ。だから住む所もある。両親が健在なうちは、学問の道を極めたいんだ。ついて来てくれる?」

「もちろんよ、マシュー! あなたといられるならどこへだって。むしろ、一年も離れていたくないわ。そうよ、私、学院を辞めてついて行きます!」

「えっ、学院を辞めるの? そんなの勿体ないよ。君は優秀なのに」

「ううん、勉強ならどこでだって出来るわ。でも私、あなたと一緒にいたい。あなたも知ってるでしょう? 私が家で冷遇されていること。それでもあなたとこうして会う時間があるから耐えられたの。あなたがいなくなったら、どうしていいかわからないわ」

 マシューはレティシアの髪をそっと撫でた。

「いいのかい? レティシア」

「ええ、マシュー」

「じゃあ僕の卒業とともに婚姻届を出してアルトゥーラへ行こう。まだ学生だから結婚式は挙げられないけれど……働くようになったら必ず式を挙げよう」

「式なんていいの。一緒にいられればそれだけで」

 レティシアはそっとマシューの肩に頭を預けた。



 マシューの卒業と同時に結婚することを報告すると、ダニエルとデミは喜んだ。

「学院を辞めるなら、学費もいらなくなるな」

「式も挙げないんですって? そうよね、どうせウエディングドレスなど似合わないでしょうし。お金の無駄よ」

「いいなあお姉様。学院辞めるなんて羨ましい。お母様、私もジョナスと結婚して辞めたいわ! 勉強なんて面倒だもの」

「駄目だぞ、ヘザー。十六歳にならないと結婚は出来ないのだ。それまで我慢しなさい」

「わかったわ。でも誕生日が来たら、すぐに結婚させて。私の誕生日はすぐに来るのよ」

「もちろんですとも。豪華な結婚式を挙げましょうね。きっととっても美しいカップルになるわ」

 デミはその姿を想像しているのか、うっとりと目を閉じている。

「そうそう。レティシア、あなた国外に出るのなら継承権だけでなく財産の相続権も放棄していってちょうだいね。これからはポーレット家の財産は全てヘザーとその子供の物。あなたに分けるものなどありませんからね」

「結構よ、お母様。私は身一つで嫁ぎますから」

「物分かりのいい子で助かるわ。ねえ、あなた」

 デミはニヤリと笑い、グラスに注がれたワインを飲み干した。



 夕食後、執事のバーナードがこっそりとレティシアの部屋を訪れた。

「バーナード。今日でお勤めが終わるのね」

「はい。大旦那様、そしてフローラ様には長くお世話になりました。ポーレット家の未来はレティシア様にかかっている、必ずレティシア様をお支えしていこう……そう思っておりましたが、志半ばで辞めることになってしまい本当に残念です」

「あなたは何も悪くないわ。それに、私もこの家を追い出されるのだもの」

「正統な後継者であるレティシア様がこのような事に……私は悔しくてたまりません。フローラ様が懸命に守ってきたこのポーレット家があの親子によって衰退していくのが」

「バーナード、やはり状況は良くないの?」

「これまでの信用がありますから、すぐにどうこうということはないでしょう。ただ、あれ程の浪費を続けていたら、数年で困窮します。領地の方もダニエル様は今までまったく関わってこなかったのですから、上手く経営出来るとは思えません。早晩、土地を切り売りすることになるでしょうね」

「そう……仕方ないわね。お母様が頑張っていらした成果が無くなってしまうのは辛いけど、そんなこといってる場合ではないわ」

「ええ、レティシア様。全ての権利を放棄するというのは却って好都合です。あの方達の不始末の責任を押し付けられる可能性が無くなるのですから」

「沈んでゆく泥舟からは逃げなければね。バーナード、あなたはこれからどうするの?」

「息子が隣国で商売をしておりますので、そこへ身を寄せようと思っています」

「今までありがとう、バーナード。あなたにはたくさんのことを教わったわ。いつかまた、会えますように」

「はい、レティシア様もお元気で。お幸せをお祈りしております」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

もっと傲慢でいてください、殿下。──わたしのために。

ふまさ
恋愛
「クラリス。すまないが、今日も仕事を頼まれてくれないか?」  王立学園に入学して十ヶ月が経った放課後。生徒会室に向かう途中の廊下で、この国の王子であるイライジャが、並んで歩く婚約者のクラリスに言った。クラリスが、ですが、と困ったように呟く。 「やはり、生徒会長であるイライジャ殿下に与えられた仕事ですので、ご自分でなされたほうが、殿下のためにもよろしいのではないでしょうか……?」 「そうしたいのはやまやまだが、側妃候補のご令嬢たちと、お茶をする約束をしてしまったんだ。ぼくが王となったときのためにも、愛想はよくしていた方がいいだろう?」 「……それはそうかもしれませんが」 「クラリス。まだぐだぐだ言うようなら──わかっているよね?」  イライジャは足を止め、クラリスに一歩、近付いた。 「王子であるぼくの命に逆らうのなら、きみとの婚約は、破棄させてもらうよ?」  こう言えば、イライジャを愛しているクラリスが、どんな頼み事も断れないとわかったうえでの脅しだった。現に、クラリスは焦ったように顔をあげた。 「そ、それは嫌です!」 「うん。なら、お願いするね。大丈夫。ぼくが一番に愛しているのは、きみだから。それだけは信じて」  イライジャが抱き締めると、クラリスは、はい、と嬉しそうに笑った。  ──ああ。何て扱いやすく、便利な婚約者なのだろう。  イライジャはそっと、口角をあげた。  だが。  そんなイライジャの学園生活は、それから僅か二ヶ月後に、幕を閉じることになる。

振られたから諦めるつもりだったのに…

しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ヴィッテは公爵令息ディートに告白して振られた。 自分の意に沿わない婚約を結ぶ前のダメ元での告白だった。 その後、相手しか得のない婚約を結ぶことになった。 一方、ディートは告白からヴィッテを目で追うようになって…   婚約を解消したいヴィッテとヴィッテが気になりだしたディートのお話です。

わたくしが代わりに妻となることにしましたの、と、妹に告げられました

四季
恋愛
私には婚約者がいたのだが、婚約者はいつの間にか妹と仲良くなっていたらしい。

婚約者が可愛い子猫ちゃんとやらに夢中で困っております

相馬香子
恋愛
ある日、婚約者から俺とソフィアの邪魔をしないでくれと言われました。 私は婚約者として、彼を正しい道へ導いてあげようとしたのですけどね。 仕方ないので、彼には現実を教えてあげることにしました。 常識人侯爵令嬢とおまぬけ王子のラブコメディです。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?

ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」 ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。 それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。 傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……

処理中です...