5 / 9
縁談の交換
しおりを挟む
それから一週間ほどが過ぎた。ヘザーは毎日ちょっとした時間でもジョナスの教室へ行って過ごし、昼休みもレティシアとジョナスの間に割り込んでくる。それを嬉しそうにしているジョナスをレティシアもいい加減腹立たしく思っていたのだが、そんなある日の夕食の席でダニエルが言った。
「ヘザー、お前の縁談が決まったぞ」
「ほんと? お父様、どこの貴族の方? カッコいい人?」
「スコット男爵家のマシューだ。彼もジョナスと同じ学年にいる」
「えええ! お父様、どうして男爵なの? 格下に嫁ぐなんて嫌よ。お姉様は結婚してもそのまま伯爵なのに、どうして私は男爵に嫁がなくちゃならないの? 私、伯爵以上じゃないと絶対イヤ!」
可愛く口を尖らせるヘザーだが、目は本気だ。
「いろいろ打診してみたんだがな。伯爵以上でお前をもらってくれる家はなかったんだよ。こればっかりは仕方がない。お前の母が平民だというのが理由なんだ」
「だって! お父様は伯爵なのに! お母様が平民だって、貴族の血が半分は流れているんだからいいじゃないの!」
「それがそうもいかないんだ。貴族というものは選民思想があるからな。平民の血を引いていてもこんなに素晴らしい子が生まれてくるというのを彼らは知らないんだ」
「そんな、ひどいわ。平民から生まれたというだけで差別されるなんて」
ヘザーはしくしくと泣き始めた。娘に泣かれるのは辛いのか、ダニエルはおろおろしている。
(私が泣いたらうるさそうな顔をして、舌打ちまでして出掛けて行ってたわよね、確か……)
幼い頃父がいつも不在なのが寂しくて、たまに帰った時にもっと一緒にいて、と泣いたことがあった。あの時の対応とは雲泥の差がある。
「でしたらあなた、ヘザーとジョナスを結婚させたらどうかしら」
満を持して、という感じでデミが口を開いた。
「なに? ヘザーとジョナスを? それでは意味がないではないか」
「いいえ、そんなことありませんわ。ヘザーをポーレット家の跡継ぎにするのです。ジョナスはポーレットの次期当主と結婚することが目的なのですから、相手がレティシアからヘザーに変わったところで問題ないでしょう。ハワード夫妻もヘザーを愛らしいとほめて下さってましたし。レティシアは、結婚相手が男爵だろうと文句など言わないでしょう? ねえ、レティシアはいい子ですものね?」
何を言ってるのだろうかこの人は……? 笑顔だが目は全く笑っていないデミに、レティシアは寒気がした。
「そうか、そうだな……。普通は長子が後継者になるが、生前に届を出しておけば他の子供に継がせることも可能だ。長子がろくでなしの場合もあるからな」
「ええ、そうですとも。届を出してヘザーが次期当主となれば、ヘザーはお嫁に行くことなく、このお屋敷であなたとずっと一緒に暮らせますわよ」
その言葉がダニエルの背中をグイっと押した。
「よし、そうしよう。レティシア、お前はスコット家へ嫁げ。スコットは、息子のマシューが変わり者で嫁の来手がないと言っておった。それで、平民だろうと来てくれるならありがたいという返事をもらったんだ。誰でもいいのなら、お前みたいな愛想のない娘でもかまわんだろう。」
あまりにも本人の意見を無視した話の展開に、レティシアは怒る気力もなくただただ呆れてしまった。
「レティシア、わかったな。」
「……」
「返事は!」
「……はい。わかりました」
ヘザーは、ぱあっと顔を輝かせると席を立ってダニエルの首に抱きついた。
「お父様ありがとう! 私、実はジョナス様が好きだったの! それに伯爵家を継げるなんてとっても嬉しい! お父様、お母様、ずうっとヘザーと一緒にいてくださいね!」
「よかったわねえ、ヘザー。美男美女でとってもお似合いよ。赤毛のレティシアでは随分見劣りがして、ジョナス様が可哀想だったもの」
「そうか、ヘザーは彼が好きだったのか。二人の子供ならきっと美しい金髪で生まれてくるぞ。楽しみだなあ」
……やってられない。レティシアは席を立ち、自室へ向かった。誰もレティシアには声も掛けず、賑やかな茶番を続けている。
(デミは最初からこれを狙っていたんだわ。だから私達を庭へ誘導し、ヘザーを待ち伏せさせてジョナスに会わせた。二人を恋仲にさせてからこの交換を提案するつもりで……)
ジョナスのことが好きだったわけではない。最初は確かに素敵な人だと思った。でもヘザーへの対応を見てそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。
(このままジョナスと結婚させられるよりは良かったのかもしれないわ。でも後継者の立場まで奪われるとは思わなかった。伯爵家を支えてきたお母様が亡くなってから半年以上経ち、その間私は執事のバーナードと協力して頑張ってきたけれど……もう馬鹿らしくなってきたわね)
この際、あの三人と縁を切って男爵家に嫁ぐのも悪くはない、とレティシアは考えていた。
「ヘザー、お前の縁談が決まったぞ」
「ほんと? お父様、どこの貴族の方? カッコいい人?」
「スコット男爵家のマシューだ。彼もジョナスと同じ学年にいる」
「えええ! お父様、どうして男爵なの? 格下に嫁ぐなんて嫌よ。お姉様は結婚してもそのまま伯爵なのに、どうして私は男爵に嫁がなくちゃならないの? 私、伯爵以上じゃないと絶対イヤ!」
可愛く口を尖らせるヘザーだが、目は本気だ。
「いろいろ打診してみたんだがな。伯爵以上でお前をもらってくれる家はなかったんだよ。こればっかりは仕方がない。お前の母が平民だというのが理由なんだ」
「だって! お父様は伯爵なのに! お母様が平民だって、貴族の血が半分は流れているんだからいいじゃないの!」
「それがそうもいかないんだ。貴族というものは選民思想があるからな。平民の血を引いていてもこんなに素晴らしい子が生まれてくるというのを彼らは知らないんだ」
「そんな、ひどいわ。平民から生まれたというだけで差別されるなんて」
ヘザーはしくしくと泣き始めた。娘に泣かれるのは辛いのか、ダニエルはおろおろしている。
(私が泣いたらうるさそうな顔をして、舌打ちまでして出掛けて行ってたわよね、確か……)
幼い頃父がいつも不在なのが寂しくて、たまに帰った時にもっと一緒にいて、と泣いたことがあった。あの時の対応とは雲泥の差がある。
「でしたらあなた、ヘザーとジョナスを結婚させたらどうかしら」
満を持して、という感じでデミが口を開いた。
「なに? ヘザーとジョナスを? それでは意味がないではないか」
「いいえ、そんなことありませんわ。ヘザーをポーレット家の跡継ぎにするのです。ジョナスはポーレットの次期当主と結婚することが目的なのですから、相手がレティシアからヘザーに変わったところで問題ないでしょう。ハワード夫妻もヘザーを愛らしいとほめて下さってましたし。レティシアは、結婚相手が男爵だろうと文句など言わないでしょう? ねえ、レティシアはいい子ですものね?」
何を言ってるのだろうかこの人は……? 笑顔だが目は全く笑っていないデミに、レティシアは寒気がした。
「そうか、そうだな……。普通は長子が後継者になるが、生前に届を出しておけば他の子供に継がせることも可能だ。長子がろくでなしの場合もあるからな」
「ええ、そうですとも。届を出してヘザーが次期当主となれば、ヘザーはお嫁に行くことなく、このお屋敷であなたとずっと一緒に暮らせますわよ」
その言葉がダニエルの背中をグイっと押した。
「よし、そうしよう。レティシア、お前はスコット家へ嫁げ。スコットは、息子のマシューが変わり者で嫁の来手がないと言っておった。それで、平民だろうと来てくれるならありがたいという返事をもらったんだ。誰でもいいのなら、お前みたいな愛想のない娘でもかまわんだろう。」
あまりにも本人の意見を無視した話の展開に、レティシアは怒る気力もなくただただ呆れてしまった。
「レティシア、わかったな。」
「……」
「返事は!」
「……はい。わかりました」
ヘザーは、ぱあっと顔を輝かせると席を立ってダニエルの首に抱きついた。
「お父様ありがとう! 私、実はジョナス様が好きだったの! それに伯爵家を継げるなんてとっても嬉しい! お父様、お母様、ずうっとヘザーと一緒にいてくださいね!」
「よかったわねえ、ヘザー。美男美女でとってもお似合いよ。赤毛のレティシアでは随分見劣りがして、ジョナス様が可哀想だったもの」
「そうか、ヘザーは彼が好きだったのか。二人の子供ならきっと美しい金髪で生まれてくるぞ。楽しみだなあ」
……やってられない。レティシアは席を立ち、自室へ向かった。誰もレティシアには声も掛けず、賑やかな茶番を続けている。
(デミは最初からこれを狙っていたんだわ。だから私達を庭へ誘導し、ヘザーを待ち伏せさせてジョナスに会わせた。二人を恋仲にさせてからこの交換を提案するつもりで……)
ジョナスのことが好きだったわけではない。最初は確かに素敵な人だと思った。でもヘザーへの対応を見てそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。
(このままジョナスと結婚させられるよりは良かったのかもしれないわ。でも後継者の立場まで奪われるとは思わなかった。伯爵家を支えてきたお母様が亡くなってから半年以上経ち、その間私は執事のバーナードと協力して頑張ってきたけれど……もう馬鹿らしくなってきたわね)
この際、あの三人と縁を切って男爵家に嫁ぐのも悪くはない、とレティシアは考えていた。
15
お気に入りに追加
667
あなたにおすすめの小説
離婚された夫人は、学生時代を思いだして、結婚をやり直します。
甘い秋空
恋愛
夫婦として何事もなく過ごした15年間だったのに、離婚され、一人娘とも離され、急遽、屋敷を追い出された夫人。
さらに、異世界からの聖女召喚が成功したため、聖女の職も失いました。
これまで誤って召喚されてしまった女性たちを、保護している王弟陛下の隠し部屋で、暮らすことになりましたが……
義妹がすぐに被害者面をしてくるので、本当に被害者にしてあげましょう!
新野乃花(大舟)
恋愛
「フランツお兄様ぁ〜、またソフィアお姉様が私の事を…」「大丈夫だよエリーゼ、僕がちゃんと注意しておくからね」…これまでにこのような会話が、幾千回も繰り返されれきた。その度にソフィアは夫であるフランツから「エリーゼは繊細なんだから、言葉や態度には気をつけてくれと、何度も言っているだろう!!」と責められていた…。そしてついにソフィアが鬱気味になっていたある日の事、ソフィアの脳裏にあるアイディアが浮かんだのだった…!
※過去に投稿していた「孤独で虐げられる気弱令嬢は次期皇帝と出会い、溺愛を受け妃となる」のIFストーリーになります!
※カクヨムにも投稿しています!
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様
すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。
彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。
そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。
ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。
彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。
しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。
それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。
私はお姉さまの代わりでしょうか。
貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。
そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。
8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された
この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE
MAGI様、ありがとうございます!
イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。
貴方の子どもじゃありません
初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。
私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。
私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。
私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。
そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。
ドアノブは回る。いつの間にか
鍵は開いていたみたいだ。
私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。
外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。
※ 私の頭の中の異世界のお話です
※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい
※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います
※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです
婚約者が怪我した猫と私を置いていきましたが、王子様が助けてくれました~婚約者の俺と猫のどっちが大切?そんな事、決まっています!~
歌月碧威
恋愛
伯爵令嬢のアンジュールは、婚約者・ワンダーと植物園に来ていた。
そこで怪我した猫を保護するが、婚約者はアンジュールが自分より猫を優先した事がおもしろくない。
野良猫を自分の馬車に乗せるのは嫌だとアンジュールと猫を植物園に置いていき、親密な関係の令嬢・シルビアのもとに行ってしまう。
すると、ちょうど王太子殿下と遭遇し助けて貰い、二人はそれがきっかけで距離を近づける。
卒業パーティーの時に突然婚約者から婚約破棄を言い渡されたけど、数分後にはとある理由から婚約者がアンジュールに無理矢理復縁を迫ってきて――。
【完結】「財産目当てに子爵令嬢と白い結婚をした侯爵、散々虐めていた相手が子爵令嬢に化けた魔女だと分かり破滅する〜」
まほりろ
恋愛
【完結済み】
若き侯爵ビリーは子爵家の財産に目をつけた。侯爵は子爵家に圧力をかけ、子爵令嬢のエミリーを強引に娶(めと)った。
侯爵家に嫁いだエミリーは、侯爵家の使用人から冷たい目で見られ、酷い仕打ちを受ける。
侯爵家には居候の少女ローザがいて、当主のビリーと居候のローザは愛し合っていた。
使用人達にお金の力で二人の愛を引き裂いた悪女だと思われたエミリーは、使用人から酷い虐めを受ける。
侯爵も侯爵の母親も居候のローザも、エミリーに嫌がれせをして楽しんでいた。
侯爵家の人間は知らなかった、腐ったスープを食べさせ、バケツの水をかけ、ドレスを切り裂き、散々嫌がらせをした少女がエミリーに化けて侯爵家に嫁いできた世界最強の魔女だと言うことを……。
魔女が正体を明かすとき侯爵家は地獄と化す。
全26話、約25,000文字、完結済み。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
他サイトにもアップしてます。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
第15回恋愛小説大賞にエントリーしてます。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる