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縁談の交換

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 それから一週間ほどが過ぎた。ヘザーは毎日ちょっとした時間でもジョナスの教室へ行って過ごし、昼休みもレティシアとジョナスの間に割り込んでくる。それを嬉しそうにしているジョナスをレティシアもいい加減腹立たしく思っていたのだが、そんなある日の夕食の席でダニエルが言った。

「ヘザー、お前の縁談が決まったぞ」

「ほんと? お父様、どこの貴族の方? カッコいい人?」

「スコット男爵家のマシューだ。彼もジョナスと同じ学年にいる」

「えええ! お父様、どうして男爵なの? 格下に嫁ぐなんて嫌よ。お姉様は結婚してもそのまま伯爵なのに、どうして私は男爵に嫁がなくちゃならないの? 私、伯爵以上じゃないと絶対イヤ!」

 可愛く口を尖らせるヘザーだが、目は本気だ。

「いろいろ打診してみたんだがな。伯爵以上でお前をもらってくれる家はなかったんだよ。こればっかりは仕方がない。お前の母が平民だというのが理由なんだ」

「だって! お父様は伯爵なのに! お母様が平民だって、貴族の血が半分は流れているんだからいいじゃないの!」

「それがそうもいかないんだ。貴族というものは選民思想があるからな。平民の血を引いていてもこんなに素晴らしい子が生まれてくるというのを彼らは知らないんだ」

「そんな、ひどいわ。平民から生まれたというだけで差別されるなんて」

 ヘザーはしくしくと泣き始めた。娘に泣かれるのは辛いのか、ダニエルはおろおろしている。

(私が泣いたらうるさそうな顔をして、舌打ちまでして出掛けて行ってたわよね、確か……)

 幼い頃父がいつも不在なのが寂しくて、たまに帰った時にもっと一緒にいて、と泣いたことがあった。あの時の対応とは雲泥の差がある。

「でしたらあなた、ヘザーとジョナスを結婚させたらどうかしら」

 満を持して、という感じでデミが口を開いた。

「なに? ヘザーとジョナスを? それでは意味がないではないか」

「いいえ、そんなことありませんわ。ヘザーをポーレット家の跡継ぎにするのです。ジョナスはポーレットの次期当主と結婚することが目的なのですから、相手がレティシアからヘザーに変わったところで問題ないでしょう。ハワード夫妻もヘザーを愛らしいとほめて下さってましたし。レティシアは、結婚相手が男爵だろうと文句など言わないでしょう? ねえ、レティシアはいい子ですものね?」

 何を言ってるのだろうかこの人は……? 笑顔だが目は全く笑っていないデミに、レティシアは寒気がした。

「そうか、そうだな……。普通は長子が後継者になるが、生前に届を出しておけば他の子供に継がせることも可能だ。長子がろくでなしの場合もあるからな」

「ええ、そうですとも。届を出してヘザーが次期当主となれば、ヘザーはお嫁に行くことなく、このお屋敷であなたとずっと一緒に暮らせますわよ」

 その言葉がダニエルの背中をグイっと押した。

「よし、そうしよう。レティシア、お前はスコット家へ嫁げ。スコットは、息子のマシューが変わり者で嫁の来手がないと言っておった。それで、平民だろうと来てくれるならありがたいという返事をもらったんだ。誰でもいいのなら、お前みたいな愛想のない娘でもかまわんだろう。」

 あまりにも本人の意見を無視した話の展開に、レティシアは怒る気力もなくただただ呆れてしまった。

「レティシア、わかったな。」

「……」

「返事は!」

「……はい。わかりました」

 ヘザーは、ぱあっと顔を輝かせると席を立ってダニエルの首に抱きついた。

「お父様ありがとう! 私、実はジョナス様が好きだったの! それに伯爵家を継げるなんてとっても嬉しい! お父様、お母様、ずうっとヘザーと一緒にいてくださいね!」

「よかったわねえ、ヘザー。美男美女でとってもお似合いよ。赤毛のレティシアでは随分見劣りがして、ジョナス様が可哀想だったもの」

「そうか、ヘザーは彼が好きだったのか。二人の子供ならきっと美しい金髪で生まれてくるぞ。楽しみだなあ」

 ……やってられない。レティシアは席を立ち、自室へ向かった。誰もレティシアには声も掛けず、賑やかな茶番を続けている。

(デミは最初からこれを狙っていたんだわ。だから私達を庭へ誘導し、ヘザーを待ち伏せさせてジョナスに会わせた。二人を恋仲にさせてからこの交換を提案するつもりで……)

 ジョナスのことが好きだったわけではない。最初は確かに素敵な人だと思った。でもヘザーへの対応を見てそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。

(このままジョナスと結婚させられるよりは良かったのかもしれないわ。でも後継者の立場まで奪われるとは思わなかった。伯爵家を支えてきたお母様が亡くなってから半年以上経ち、その間私は執事のバーナードと協力して頑張ってきたけれど……もう馬鹿らしくなってきたわね)

 この際、あの三人と縁を切って男爵家に嫁ぐのも悪くはない、とレティシアは考えていた。
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