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14 朝の叫び声

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 パーティー前日、ようやくすべての支度が整った。急いで仕立てたとは思えない素晴らしい仕上がりのドレス。輸入物のお高いレースがふんだんに使われている。エイネは、ユリウスの正装も一緒に仕立てていたのだけれど。

「おや? エイネ、この服は少し小さいぞ? 背中が入らない」

 ユリウスがきつそうにもぞもぞしている。彼の背中の盛り上がった部分が、入らないようなのだ。

「いつもちゃんとサイズぴったりに作ってくれるのに……」
「ああ、それは気にしないでいいです。サイズが変わった時に着られるように作っただけですから」
「そ、そうなのか? 太った時のために大きくするのはわかるが、小さいサイズを作るって……」

 しきりに首を捻るユリウス。私も不思議に思う。けれどエイネはあっけらかんとしている。

「明日の衣装はタウンハウスに置いてあったもので充分でしょう。この衣装は、の予備ですから」

 まだ首を捻っているユリウスに、トピアスが声を掛けた。

「旦那さま、奥さまのご実家のことでちょっと小耳に挟んだのですが」

 私の実家? なんだろう。私はユリウスと顔を見合せた。

「トピアス。聞かせてくれ」
「はい。奥さまの妹、カイヤ様はどうやらご懐妊のようです」

 私は腰がぬけるほどびっくりした。

「ええ! カイヤが?」

 あの子の誕生日は来月だ。そこでやっと法的に結婚できる年齢になる。だから今はまだ十五歳だ。

「幸いつわりもないとのことで、明日のパーティーにも出席する予定だそうです。結婚式は誕生日に、大聖堂を予約しております」

 トピアスの情報網おそるべし。けっこうプライベートなことなのに、どこから聞いたのだろう。

「ご本人が嬉し気に吹聴していますので」
「なるほど。恥ずかしいという気持ちはないのだな」

 ユリウスは心配そうな顔で私の背を抱いた。

「リューディア、パーティーに出席しても大丈夫か? あの妹と顔を合わせるのは嫌ではないのか? もし嫌だったら……」

 私は人差し指を彼の唇にあて、そのあとの言葉を言わせないようにした。

「大丈夫よ、ユリウス。私はもうあの子に何を言われても傷つかないし、怒ったりもしない。心を乱されることはないわ。だって、私は今、こんなに幸せなんだもの。案山子かかしが何かわめいてる、ぐらいに思っておくわ」
「そうだな。誰がなんといおうと、私たちが幸せならそれでいい」

 ユリウスは優しく抱きしめてくれた。ヘルガとミルカが、壁際でまた泣いているのが見える。私たちはみんなに見守られ支えられて、こんなに幸福だ。そして……月のものは昨日、終わった。今日から私は、主寝室で休むことになる。

(大好きなユリウスと、本当の夫婦になって……明日は最高の笑顔でパーティーに向かうの)


 そして今……私は大きなベッドでユリウスと向かい合わせに座っている。

「リューディア。本当に私でいいんだね」
「ええ、ユリウス。あなただからいいの」

 ぎこちないキス、そして優しく押し倒されて……私たちは結ばれ、心も身体もひとつになった。

☆☆☆

 カーテン越しに朝日が降り注ぐ。いつもより、寝坊してしまったみたい。ユリウスは隣でまだ寝息をたてている。

(ふふ、お寝坊さんね)

 頬にキスして起こしちゃおうかな、と顔を近づけた時、ユリウスは寝返りをうった。そして。

「きゃ――――――!!!」

 私は大声で叫び、シーツをひっぺがして自分の体に巻き付けるとベッドから飛び降り、部屋の隅まで後ずさりした。

「どうした? リューディア、大丈夫か!」

 がばっと起き上がって私に近づいてくるその人は、声は確かにユリウスなのだけど、姿が違うのだ! 

「あなた、誰? 私のユリウスをどこへやったの?」
「何言ってるんだ、リューディア! 私だよ、ユリウスだ! どうしてそんなに怯えるんだ……」

 悲しそうに眉を寄せるその人に、私は鏡を指差した。

「だって、あなた、ユリウスじゃないもの! 声はユリウスなのに」

 その人は振り返り鏡を見た。そして、私と同じように叫んだ。

「はあ????? なんだ、これは!!!!!」

 その時、ノックの音がしてヘルガやミルカ、トピアスが部屋になだれ込んできた。

「ヘルガ!! ユリウスがいないの!!」
「トピアス!! 私はいったい……!!」

 すると、三人が一斉に拍手を始めた。

「「なっ……!」」

 私も、その人も、わけがわからない。なぜ、拍手されているのか。

「おめでとうございます、ユリウス様! ようやく、本当のお姿になられて…………」

 そして全員泣きだしてしまった。よくはわからないがどうやら、この人はユリウスで間違いないらしい。

「あの、あなた……ユリウスなの?」

 ユリウスらしき人は何度も何度も頷く。そしてベッドから降りて私に近づいてきた。

「僕のリューディア、怯えないで……なぜだかはわからないけど、僕はユリウスに間違いないんだ」

 近くに立って、そっと顔を見上げる。瘤も痣もなくなり、違う顔になっているけれど、赤い瞳の優しい光は変わらない。これは、私のユリウスだ。

「ユリウス、あなたなのね……? 私、ユリウスが消えてしまったんじゃないかと思って怖かった……」
「リューディア……」

 そっと私を抱きしめるその手は、いつものユリウス。私は安心して体を預けた。

「あー、コホン。お取込み中申し訳ないけど、ユリウスはとりあえず服を着ようか?」

 ハッと気がつくと丸裸のユリウスとシーツ一枚の私。トピアスとミルカはこちらを見ないように壁のほうを向いていて、ヘルガがガウンをもって走ってきた。

「とりあえず、服を着てからお話をいたしましょう」

 
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