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トラル山
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一人だとだいぶ速く飛べる。あっという間に私は北部辺境師団のある場所に着いた。
驚いたのは、美しいと言われる景色がどこにもないことだ。空はどんよりと暗く、季節は春の初めだというのに緑は見当たらない。見渡す限り灰色の土地だ。
私は魔法を解いて姿を現した。少し町で話を聞いてみようと思ったのだ。もちろん、ローブのフードは深く被り、老婆の声に変えて。
「あの、もし」
道端で野菜を売っている女性に話し掛けてみた。野菜といっても瑞々しいものは少なく、芋や豆などが主であった。
「はいよ。何にしましょう」
「いえ、ちょっとお尋ねしたいのですが。この土地は観光にも適した美しい土地と聞いていたんですがねえ、見たところ草も生えてないんですが」
しわがれた老婆の声で話す私に気を使ったのか、女性は声を大きくして話してくれた。
「そうなんですよ。例年は本当に自然の素晴らしい場所なんだけどね。ここの数ヶ月はまったくお日様が出て来ないし動物もいなくなるし、野菜は育たないし。雪も降らなかったから水も不足して。毎日このどんよりした天気で嫌になっちまいますよ」
「今年だけなんですか?」
「ええ。うちはホントは宿屋なんだけどね、去年の今頃はお客でいっぱいだったのに。今はこうして保存してあった根菜を売るばかりだよ」
異常気象……それもディザストロに関係あるんだろうか。
「あの、特に荒廃がひどい場所ってありますかね?」
「あそこに見えるトラル山だねえ。手軽に山登りが出来る高さの山でね、緑が生い茂る観光客に人気の山だったんだけど。去年から魔獣が出るようになったし、急に緑が全部なくなって。今じゃ死の山なんて言われてるよ」
(怪しいわね。そこに行ってみよう)
私は豆の小さな袋を一つだけ買い、女性にお礼を言って別れた。
次に私は辺境師団に向かった。外の演習場では団員が剣の稽古をしている。私が近寄っていくと若い団員が気が付いて走り寄って来た。
「何かご用でしょうか?」
「あの、こちらにエドガー・ラルクール様はいらっしゃいますかね?」
すると彼は気の毒そうな顔をした。
「ああ、ラルクール副師団長なら一昨日王都に引っ越して行かれました。王都での任務に就かれるとのことです。緊急の用事ですか?」
「いえ、先日のこと、腰を痛めていた私に親切にして下さいましてね。お礼にこの豆をお渡ししようと持ってきたのですよ」
この嘘なら疑われることはあるまい。エドガーは、他人が困っていたら絶対に見捨てることはしないのだ。
「ああ、そうだったんですね。お名前を教えてくれたらあなたが訪ねて来た事をお知らせしておきますよ」
「いえいえ、名乗るほどの者ではありませんので。では失礼いたします」
私は何度も頭を下げながらその場を立ち去った。
(一昨日出発したのは間違いないのね)
誰もいない場所で再び姿を消し、師団長のいる建物に向かった。
そっと中を覗くと、師団長らしき人が机に向かって書類を眺めている。副師団長の机は空いていた。
部屋の壁には地図が貼ってあった。どうやら、魔獣が出た場所と討ち取った日付を記入しているらしい。赤い色で付けられた印が集中している場所がトラル山だった。一番新しい日付は三日前だった。
「ヒューイ。やっぱりあの山に何かがありそうね」
ヒューイも頷く。
「危ないかもしれないから……他の妖精も呼んでおく」
「ありがと。とにかく、行ってみましょう」
エドガーの無事がわからぬ今、少しでも時間が惜しいのだ。私はトラル山へと急いだ。
驚いたのは、美しいと言われる景色がどこにもないことだ。空はどんよりと暗く、季節は春の初めだというのに緑は見当たらない。見渡す限り灰色の土地だ。
私は魔法を解いて姿を現した。少し町で話を聞いてみようと思ったのだ。もちろん、ローブのフードは深く被り、老婆の声に変えて。
「あの、もし」
道端で野菜を売っている女性に話し掛けてみた。野菜といっても瑞々しいものは少なく、芋や豆などが主であった。
「はいよ。何にしましょう」
「いえ、ちょっとお尋ねしたいのですが。この土地は観光にも適した美しい土地と聞いていたんですがねえ、見たところ草も生えてないんですが」
しわがれた老婆の声で話す私に気を使ったのか、女性は声を大きくして話してくれた。
「そうなんですよ。例年は本当に自然の素晴らしい場所なんだけどね。ここの数ヶ月はまったくお日様が出て来ないし動物もいなくなるし、野菜は育たないし。雪も降らなかったから水も不足して。毎日このどんよりした天気で嫌になっちまいますよ」
「今年だけなんですか?」
「ええ。うちはホントは宿屋なんだけどね、去年の今頃はお客でいっぱいだったのに。今はこうして保存してあった根菜を売るばかりだよ」
異常気象……それもディザストロに関係あるんだろうか。
「あの、特に荒廃がひどい場所ってありますかね?」
「あそこに見えるトラル山だねえ。手軽に山登りが出来る高さの山でね、緑が生い茂る観光客に人気の山だったんだけど。去年から魔獣が出るようになったし、急に緑が全部なくなって。今じゃ死の山なんて言われてるよ」
(怪しいわね。そこに行ってみよう)
私は豆の小さな袋を一つだけ買い、女性にお礼を言って別れた。
次に私は辺境師団に向かった。外の演習場では団員が剣の稽古をしている。私が近寄っていくと若い団員が気が付いて走り寄って来た。
「何かご用でしょうか?」
「あの、こちらにエドガー・ラルクール様はいらっしゃいますかね?」
すると彼は気の毒そうな顔をした。
「ああ、ラルクール副師団長なら一昨日王都に引っ越して行かれました。王都での任務に就かれるとのことです。緊急の用事ですか?」
「いえ、先日のこと、腰を痛めていた私に親切にして下さいましてね。お礼にこの豆をお渡ししようと持ってきたのですよ」
この嘘なら疑われることはあるまい。エドガーは、他人が困っていたら絶対に見捨てることはしないのだ。
「ああ、そうだったんですね。お名前を教えてくれたらあなたが訪ねて来た事をお知らせしておきますよ」
「いえいえ、名乗るほどの者ではありませんので。では失礼いたします」
私は何度も頭を下げながらその場を立ち去った。
(一昨日出発したのは間違いないのね)
誰もいない場所で再び姿を消し、師団長のいる建物に向かった。
そっと中を覗くと、師団長らしき人が机に向かって書類を眺めている。副師団長の机は空いていた。
部屋の壁には地図が貼ってあった。どうやら、魔獣が出た場所と討ち取った日付を記入しているらしい。赤い色で付けられた印が集中している場所がトラル山だった。一番新しい日付は三日前だった。
「ヒューイ。やっぱりあの山に何かがありそうね」
ヒューイも頷く。
「危ないかもしれないから……他の妖精も呼んでおく」
「ありがと。とにかく、行ってみましょう」
エドガーの無事がわからぬ今、少しでも時間が惜しいのだ。私はトラル山へと急いだ。
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