前世は大聖女でした。今世では普通の令嬢として泣き虫騎士と幸せな結婚をしたい！

消えたエドガー

「あなたはエドガーじゃないわね。一体誰なの？」

　私はエドガーと距離を開け、ドアに少しずつ近寄って行きながらもう一度尋ねた。

「何を言ってるんだい、アイリス。私は君の婚約者、エドガー・ラルクールじゃないか」

　悲しそうな表情を浮かべて彼は言う。

「せっかく会えたのに、どうしてそんな悲しいことを言うんだい？」

　涙を浮かべるエドガー。その顔を見た私は不安になる。

（すぐ泣いてしまうエドガー……やっぱりこの人はエドガーなの？　久しぶりだから違和感があるだけ？）

　その時、窓の外でピシッと音がした。エドガーはチラと窓を見て、不快感を剥き出しにした顔で言った。

「羽虫が煩うるさいよね。せっかくアイリスと会ってるのに、結界に触れたりして」

　窓の外にはヒューイの姿があった。エドガーにはヒューイが見えている？

「羽虫は、中に入ってこれないように殺さないと」

「危ない、ヒューイ！」

　エドガーが窓に向かって手を翳すのと、私が

『止まれフェルマーレ！』

と叫ぶのはほぼ同時だった。黒いものが彼の手から吹き出したが、私の魔法がそれを止めた。エドガーは冷たい目で私を見る。

「僕の邪魔をするんだね。エドガーが会いたがっていたからわざわざ来てやったけど、君、気に入らないなあ」

「あなた、何者なの！　エドガーをどうしたの？！」

　くくくっと楽しそうに笑ってから男はふわっと浮き上がった。

「こんなことなら君が王宮にいる時間にあいつらを差し向ければよかったよ。そしたら一度に始末出来たのに」

「何？　何のことを言ってるの」

　空中で脚を組み、まるで優雅に座っているような体勢で言葉を続ける。

「妖精族に言っておいてよ。虫ケラがいくら頑張ったって、僕には敵いっこないんだって。諦めて全員焼かれておくれ、ってね」

　そしてパチンと指を鳴らすと、部屋の周りで何かが弾ける音がした。結界を解いたのだろうか。

「じゃあね。次に会った時には君、殺すから」

「待ちなさ……！」

　ヒュン、と一瞬にしてその姿は消えた。ヒューイが風で窓を開け、中に入ってきて私の肩に止まる。

「ヒューイ……！」

「アイリス、結界が張ってあって中に入れなかった。エレンの精神感応テレパティアも弾かれていた。あれは誰だ？」

「外見はエドガーだけど中身が違うの。何か凶々しい、嫌なモノ……あれはディザストロではないの？」

「わからない。奴の気配は目覚めればわかると言われていた。だけど今のやつは無味無臭。人間の気配すらしなかった」

　『人・間・の・気・配・が・し・な・い・』、それはつまりエドガーが既に生きていないという事……？

「待って、アイリス。まだわからない。あいつが張っていた結界のデータを長老に精神感応テレパティアで伝えるから、結論はそれからだ。それにアイリス、王宮もひどい事になっている」

　そして私は王宮の惨状を聞いたのだった。




『エレン、エレン！』

　話を聞き終わると私は精神感応テレパティアでエレンに呼びかけた。

『アイリス！　無事だったの？』

『ええ。ヒューイに聞いたわ。キャスリンを守ってくれてありがとう』

『聖女を守るのは当然のこと。私たちは聖女に頼らなければ何も出来ないのだから』

『ステラは？　ステラは無事だった？』

『幸い、神殿には火が回っていなかった。だから無事』

『良かった……王宮は、あなたとアンドリュー、そしてステラがいれば大丈夫ね？　私は……北へ行こうと思うの』

『北へ？　何をしに行くの』

『エドガーを探すわ。もしかしたら、本物の彼はまだ北にいるのかもしれない』

『わかった。こっちのことは任せて』

『ありがとう、エレン』