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大聖女アデリンの願い

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 三十年前に大聖女アデリンを亡くしたロラン王国は、近年魔物に脅かされており定期的に討伐を行う必要があった。貴族の子弟は十七歳になると騎士団に入り討伐隊に加わらなければならない。半年の訓練期間を経て、エドガーは今日が初陣なのだ。

「剣の腕も体術も誰より優れているのに、気弱で怖がりなのが残念」と言われているエドガー。でもそんなエドガーを私は心から愛している。だからこそ――大聖女アデリンの加護を与えたのだ。これで、彼が魔物にやられることはない。

(後は、自信を持って戦うだけ。頑張ってね、エドガー)

 私が十七歳になったら彼と結婚する。その日が待ち遠しくてたまらない。

(早く身も心もあなたのものに……)

 前世で叶えられなかった願い。

 大聖女アデリン、いや伯爵令嬢アイリス・ホールデンは必ず叶えると心に誓った。




 ロラン王国の伝説、大聖女アデリン。百年前に地方の農村で生まれ、その奇跡の力を幼い頃から発揮して有名になり十歳で王宮へ招かれた。

 魔物の攻撃を無力化し、傷を癒す聖女の力。それは生まれながらに持つ能力で、親から子へと受け継がれるものではない。
 数年から数十年に一人、王国の何処かに生まれるとされる聖女は、存在が知られるとすぐに保護され王宮に住むことになる。普段は王宮内に造られた神殿で生活し、魔物が出現したら騎士団と共に戦地に赴く。血に塗れた厳しい任務だ。

 だが大聖女アデリンの力は桁外れだった。彼女は戦場に出ずとも王国の中心に造られた神殿内で魔法陣を展開し、国全体を包む結界を張ることが出来た。アデリンの加護により王国内に魔物が出現することはなくなり、稀に結界の外で襲われて怪我をする者がいても癒しの力で綺麗に治した。ロラン王国は彼女の存命中、平和と安寧の日々を過ごすことが出来たのである。

 そしてアデリンは人々の平均寿命が五十歳ほどである時代に七十歳まで生き、老衰により惜しまれながらその生を終えた。

 そのアデリンこそが私の前世なのである。

  私、アイリス・ホールデンはホールデン伯爵家の長女。五歳上に兄のケネスがいる。代々文官を務める家系で、経済的にも安定して何不自由なく生活させてもらっている。
 私が前世の記憶を思い出したのは物心がついた頃。三歳のある日、一人で庭で転んで膝を擦りむいてしまった時だ。

(痛いよう。血が出てるよう。痛いのやだ、治って~!)

 その瞬間、手から白い光が出て、擦り傷が治ったのだ。そしてそれをきっかけに私は覚醒し、前世の記憶も取り戻したのである。

(もう一度、人生を最初からやり直せるの……? それならば今度こそ、叶わなかった願いを叶えられるかもしれない……!)


 前世の私は貧しい農民の生まれだった。いつもお腹を空かせていた幼い頃、食べ物を見つけようと母と一緒に魔物の森に忍び込み、火を噴く魔獣に遭遇した。木の実を取るのに夢中になり過ぎた私がうっかり奥まで入り込んでしまったのだ。

「アデリン!」

「母さん! 助けて!」

 私に向かって魔獣が口を開けた。焼かれる……! そう思った時、私の身体から光が溢れ出した。その光を浴びた魔獣はもがき苦しみ、動かなくなった。

(何が起こったの……?)

 母が泣きながら駆け寄ってくる。その後のことはあまり記憶にないが、それからは村の男達が魔物討伐に行く時に同行するようになった。村人たちに褒められるのが嬉しくてどんどん力を使い、お金もたくさん貰えて母を楽にしてあげることが出来た。
 やがて私の名前は王都に知られることになり、聖女としては最年少の十歳で王宮神殿に迎えられることになったのである。

 だが今生では、もうあんな生活はしたくない。聖女の力があると知られればまた神殿に召し出されてしまう。だから絶対にこの力を表に出さぬように気を付けて、十六年間を生きてきた。そして、あと少しで私の願いが叶うのだ。

 私の願い。それは、素敵な人と恋をしてその人と結ばれること。聖女は力を失わないように生涯乙女として生きなければならない。恋をすることすら許されず、私は清らかなまま七十で死んだのだ。キスもその先も、何も知らない。それがどうしても心残りだった。
 こうして再び生を受けることが出来たのは、天が私を哀れに思って下さったのかもしれない。

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