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 その言葉に、イネスはエレナに向けて剣を構える。

「よせ、イネス! エレナは大丈夫だ」
「もちろん信じています。でも、ウィル様に何かあってはならないのです。リアナとエレナ、両方を警戒しなくては」

 剣を向けられたことがショックではあったが、イネスは正しいとエレナは思っていた。いつ、自分が心を無くして魔女になってしまうかわからないのだから。

(もう二度と私のせいでウィルをあんな目に遭わせたくない)

 エレナは自分の肩に置かれたウィルの手をそっと外し、結界の外へ出ようとした。

「待て、エレナ! それでは奴の思うつぼだ。まずは話を聞きださなければ」

 リアナはニヤリと黒い微笑みを浮かべる。

「ふふふ、いくら魔法の使い手といえど閉じられた結界の中で魔女と対峙するのは無謀ではないか? 今その中でエレナが覚醒したらどうする? 背の高い男は魔力が強そうだが、残りの二人は大した力は無さそうだ。あっという間にぐちゃぐちゃに潰されてしまうぞ」

 それを聞いてエレナの身体が震える。ウィルは再びエレナを腕に抱き、大丈夫だと励ました。

「お前は魔女なんかじゃない。気を強く持て。あいつがあんなことを言うのは焦っているからだ。お前を結界の外に出したいだけ。だからこの中で時間を稼げ」

 ウィルがそう言ってくれるなら。エレナは覚悟を決めた。

(大丈夫。私は私の大切な人たちを傷つけたりしない)

「リアナ! あなたはどうして私を殺そうとしたの? あの誕生日の夜、私の首を絞めたでしょう? なぜなの!」

 リアナは赤い瞳をすうっと細め、エレナを睨みつけた。

「あの夜、私は全てを思い出した」
「思い出した……?」
「私が緋色の魔女であったことを。私が三百年前この国の奴らに踏み躙られたことを全て、思い出したのだ」
「リアナ……?」

 それからリアナは自分の過去を語り始めた。




 ――三百年前、私はこの国で庶民の娘として生まれた。
 長じるにつれて私にはある力が宿っていることがわかってきた。それは空気を浄化し作物を実り豊かに育て、人々を良き生活に導く者。『聖女』と呼ばれる存在だ。
 私は王宮に召し出された。何百年に一人という存在の聖女、それは国の宝。そのため王太子の婚約者として祭り上げられ、貧しい娘は幸せの絶頂へ駆け上がったのだ。
 王太子は美しい人だった。何も知らない娘が一目で恋をするには十分すぎるくらいに。

 王太子のためにと、私は国中を周り隅々まで作物の実りを授けるよう祈りを捧げた。王太子には年に一度しか会えなかったが、それでも私は愛されていると思っていた。だから懸命に聖女としての務めを果たしていたのだ。
 だがある時、ようやく年に一度の帰都を果たして王太子に会おうと急いでいた私に……とある伯爵令嬢が声を掛けてきた。

『私のお腹には王太子様のお子がいます。わたくしが正妃となることを国王陛下も認めてくださいました。あなたのことは妾として存在するくらいは認めてあげるけど、それで十分でしょう。薄汚い庶民の分際で正妃になれるなどと思わないことね』

 私はすぐに王太子の部屋に向かい、彼に真偽を確かめた。そして、伯爵令嬢の言ったことは事実だと知った。

『すまない。だがお前を女として見ることはできないのだ。私が愛するのは彼女のみ。お前には金ならいくらでもやる。だからこれまで通り国のために尽くしてくれ』

 そう言う王太子の側には伯爵令嬢がベッタリと寄り添い、私を見下すように笑いを浮かべていた。

 悔しくてたまらなかった。だが一介の小娘に何ができよう。国を離れることも考えたが、その日以降私には見張りが付けられ逃げることすら不可能になった。そしてそれきり王都に戻ることを許されず、国中を歩いて祈りを捧げることだけを強要された。
 心身ともに疲弊しボロボロになった私の祈りは力を持たなくなり、以前のように作物が取れなくなったと人々は不満を持ち始めた。その不満は当然国に向かう。そのため国王は……私に全てをなすりつけた。不作を私のせいだと、私は偽の聖女だと国民に知らしめ、国民を欺いた悪女として処刑を言い渡したのだ。

 処刑の日……処刑場には大勢の民が集まり私に罵声を浴びせた。国王と王妃、王太子はそれを満足げに眺めていた。

 その時の私の感情がわかるか? 身を粉にして働いてきた私を貶め、殺そうとする奴らに復讐しないではいられないと、そう思ってもおかしくなかろう。

 そうだ、私はその時に魔女に変化へんげした。絶望した聖女の力は反転し、全ての生き物を殺す力に変わったのだ。
 
 私の髪は一瞬で黒に変わり瞳は緋色に染まった。抑えきれない欲望が身体から湧き上がり、躊躇いなくそれを解放した瞬間、私を処刑しようとしていた兵士はグシャリと潰れて肉塊へと変わった。悲鳴をあげ逃げ惑う庶民たちは竜巻で吹き飛ばして身体をバラバラにした。そして……国王と王妃、そして伯爵令嬢は王宮の壁に生きたまま杭で磔にしてやった。

 恐怖に震える王太子は国王として生かしておき、国中の人間を殺戮する様を見せつけてやろうとしたが、途中で何も感じない状態になってしまった。気が触れたのだ。

 その後私は国中の人間をあらゆる方法で血祭りにあげ、作物が二度と育たぬよう土地に呪いをかけた。そしてそれから他国を巻き込んでさらなる殺戮をと思っていた矢先、魔法を操るコンテスティの人間に殺されたのだ。

 まだ足りぬ。もっと血を見なければ、私の怒りはおさまらぬ。そう思いながら死んだ私だが、こうして二度目の生を受けることができた。
 今度こそこの国を二度と甦らぬように滅ぼす。そして、この世界の全ての生きとし生けるものを殺し尽くす。その使命をあの新月の夜に思い出したのだ――



 
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