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「馬の足音がするな」

「えっ? 私には聞こえないわ、ウィル」

「十頭はいますね」

「イネスにも聞こえてるの?」

 エレナは耳を澄ませてみた。だがまだ何も聞こえない。

「来るぞ」

 ウィルとイネスは荷物を放り投げ、剣を鞘から抜いた。

「エレナ。お前は捕まらないことだけを考えろ」

「は、はいっ!」

 やがて本当に十頭の馬が現れた。それぞれ武装した兵士が乗っている。

「エレナ・ディアス! リアナ様の命によりお前の命を貰い受ける!」

(リアナの? やっぱりリアナは私を殺そうとしているの? 私は庶民として生きることすら許されないというの?)

 ウィルはイネスに耳打ちした。

「魔法は使うな。帝国の人間とバレたら厄介だ」

「承知しております」

 二人は馬から降りて来た兵士と剣を交え始めた。金属音が響き渡る。エレナを背に戦う二人は十人を相手に目覚ましい動きを見せているが、甲冑を着込んだ相手にはなかなか致命傷は与えられない。ジリジリと後退し始める。

 だがそれでも、五人は倒した。残りの五人のうち一人はイネスと互角の戦いをし、後の四人がウィルを取り囲む。そのうちの一人が一瞬の隙をついてエレナの側まで飛び込んできた。逃げるエレナを後ろから抱きついて捕まえる。

(これはっ……ウィルに習った方法で)

 エレナは完全に脱力しストンと下へ身体を落とす。驚いた兵士の腕が緩んだと同時にその腕を叩いて下へと逃れ、見事に抜け出した。

(走れ……走れ!)

 必死に走るエレナ。兵士が追いかけて来る。

(捕まる……!)

 後ろを振り向いたエレナの目に、ウィルが左腕を切り付けられる姿が映った。エレナを助けようとして兵士に背中を向けてしまったのだ。血飛沫が飛び、ウィルが倒れる。

「いや……いや――! ウィル! やめて、やめて――――!!」

 その瞬間、兵士の動きが止まった。そして全員、弾かれるように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ気を失った。

「いやぁ――! ウィル! ウィル!」

 エレナはウィルのところへ駆けつけ、必死に名前を呼んだ。イネスもすぐに駆けつけてくる。

「くそっ、油断した……」

「喋ってはいけません、ウィル様! 傷はかなり深い」

 甲冑など着ていなかったのだからどれだけ深い傷を負ったのだろう。エレナは恐怖に震えていた。

「イネス……イネス、ウィルは」

 イネスは厳しい顔をして答えない。荷物の中から薬や包帯を取り出そうとしてはいるが、それくらいでは追いつかないこともわかっていた。出血が酷い。上腕の損傷のため鎖骨付近を圧迫して止血を試みるしかない。

(帝国に戻って治癒魔法をかけなければ。だがこの傷では転移することも難しい)

 イネスの様子からウィルが危ないことを知ったエレナは、自分を責めた。

(私が旅に同行したばかりにこんな目に……ウィル、お願い。死なないで……!)

 ウィルの顔が青ざめていく。

「エレナ、気にするな……」

「喋らないで!」

 イネスが叫ぶ。エレナはウィルの身体に触れ、必死に祈った。

(ウィル、ウィル……死なないで。死んじゃだめ。お願い、血を止めて。誰かお願い、ウィルを助けて……!)

 すると突然エレナの手から光が溢れ出した。

「エレナ?」

 イネスが驚いて彼女を見ると、その光はエレナの手からウィルへと伝わっていき、やがて二人の身体全体を包み込んだ。

(何? いったいどういうこと? エレナから治癒魔法の光が出ている……!)

 長い時間が経ったように思えた。だが実際には一瞬のこと。光が消えると、ウィルが目を開けた。

「ウィル様!」

「……エレナ……これはどういうことだ」

「ウィル! 大丈夫なの?」

 ウィルは起き上がりゆっくりと腕を回してみた。

「……傷が治っている」

 エレナは顔を輝かせてウィルに抱きついた。

「良かった……良かったぁ、ウィル……」

 泣き続けるエレナの頭を撫でて、ウィルは優しい声で言った。

「エレナ、まずはこの兵士たちを縛り上げて話を聞く。その後、お前にも……話がある」

 涙に濡れた顔を上げたエレナ。

(話って何だろう。もしかしたら、これ以上旅に同行させることは出来ないと、そういう話かもしれない。でもそれでも受け入れよう。私みたいな厄介者といたら、またこんなことが起きる。私の存在はやっぱり、誰かの迷惑にしかならないんだから)

 コクンと頷くと、散らばった荷物を集め始めた。今の自分に出来ることを。そう思ったのだ。
 
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