上 下
2 / 37

2

しおりを挟む
「君に一目で心を奪われてしまったのだ。こんな気持ちは初めてだ。もっと君のことを知りたいから、お妃候補として王宮に通ってくれないだろうか」

 まるで夢のような言葉だった。これまでエレナのことをそんな風に言ってくれた男性はいない。エレナは湧き上がる喜びに頬を染め、恥じらいながら返事をした。

「はい……私でよろしければ、ぜひ」

「良かった。嬉しいよ、エレナ嬢」

 ちょうど一曲目が終わり、ダンスを終えたクルスはエレナをエスコートしながらディアス侯爵を探した。

「君をお妃候補とすることについて侯爵と話したいのだが、何処にいるのだろう」

 本当に自分を見初めて下さったのだとエレナが淡い期待を抱いてしまったその時。エレナの背後にざわめきが聞こえ、そちらへ顔を向けたクルスはそのまま固まったように動かなくなってしまった。不安に思ったエレナが呼び掛ける。

「クルス様……?」

 だが彼は無言だ。その視線はエレナの頭上を通り越し、魅入られたような熱い目でただ一点を見つめている。

 同時によく知る気配がこちらへ近づいてくるのを感じ、エレナは既に諦めを覚えていた。

「エレナ! 遅れてごめんなさい!」

 温かく光に溢れたオーラ。振り向くと、蜂蜜のような金髪を輝かせ桜色の頬を紅潮させた美しい姉がそこにいた。

「私ったら首飾りを忘れてしまって。お父様と一緒に取りに帰っていたから遅れてしまったの。待たせてしまってごめんなさいね」

 クルスがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。彼の目にはもう、エレナは映っていない。

「レディ、貴女のお名前は……?」

 絞り出すように尋ねるクルスに、リアナは無邪気な笑顔を見せてカーテシーをした。

「ディアス侯爵が長女、リアナ・ディアスですわ、クルス王太子殿下。よろしくお見知りおき下さいませ」

 その愛らしい、花の咲くような挨拶にクルスだけでなく周りにいた人々も温かい気持ちになった。王太子の婚約者の座を狙っていたはずの令嬢たちでさえ、もうかないっこないと二人を祝福するムードに変わる。

「なんと美しい……このように素敵な女性に私は会ったことがない。リアナ嬢、私に貴女をエスコートして踊るという栄誉を授けていただけますか?」

「もちろんですわ」

 スッとクルスの目の前に手を差し出すリアナ。鷹揚に構えるその手をクルスは恭しく取ると愛しくて堪らないという様子でフロアへエスコートし、そこから何曲も二人で踊り続けた。
 蕩けるような笑顔をリアナに向け続けるクルス。それを見守る令嬢たちはもう婚約者選びは終わったと肩をすくめた。

「仕方ないわ。リアナに決まるとは思っていたもの。学園の中でも彼女の美しさは群を抜いていたし」

「王太子殿下は学園には通われていなかったからリアナのことを知らなかったのね。知ってたらこんな夜会をする必要もなかったでしょう」

「私たちは別に期待してなかったからいいけど……あの人は、お可哀想ね」

 令嬢たちはエレナを見てクスクスと笑う。踊る王太子とリアナをうっとりと見つめる父母からも完全に無視され、一人でポツンと立ち尽くしているエレナ。

「学園でもずっと、『じゃない方令嬢』と言われていたのに、よくもまあ今日の夜会に来られたものね」

「一度でも殿下と踊れて良かったこと。――その分、今の絶望感といったらないでしょうけど」

 王太子に見向きもされなかった令嬢たちはその事実から目を背け、ファーストダンスを踊った後に捨て置かれる羽目になったエレナのことを嘲笑った。

(わかってる。リアナが最初からこの場にいたら、決してクルス様が私と踊ることなんてなかった。だけど、分不相応な夢を見てしまった自分が惨めだわ。やはり、来るんじゃなかった、夜会なんて)

 踊り続ける二人に背を向けてエレナは大広間を出た。もちろん、父母から声を掛けられることもなかった。

 侯爵家にしてはみすぼらしい馬車に乗り、帰路に着く。立派な馬車は父母とリアナが乗るものだ。エレナはいつも、一人でこの馬車に乗らされていた。

(どうして私は誰からも愛されないのだろう。嫁いだ先でもこんな毎日が待っているとしたら……私の人生っていったい何の意味があるのだろう)

 エレナは零れる涙を抑えることができなかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

愛を知らない「頭巾被り」の令嬢は最強の騎士、「氷の辺境伯」に溺愛される

守次 奏
恋愛
「わたしは、このお方に出会えて、初めてこの世に産まれることができた」  貴族の間では忌み子の象徴である赤銅色の髪を持って生まれてきた少女、リリアーヌは常に家族から、妹であるマリアンヌからすらも蔑まれ、その髪を隠すように頭巾を被って生きてきた。  そんなリリアーヌは十五歳を迎えた折に、辺境領を収める「氷の辺境伯」「血まみれ辺境伯」の二つ名で呼ばれる、スターク・フォン・ピースレイヤーの元に嫁がされてしまう。  厄介払いのような結婚だったが、それは幸せという言葉を知らない、「頭巾被り」のリリアーヌの運命を変える、そして世界の運命をも揺るがしていく出会いの始まりに過ぎなかった。  これは、一人の少女が生まれた意味を探すために駆け抜けた日々の記録であり、とある幸せな夫婦の物語である。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」様にも短編という形で掲載しています。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

処理中です...