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14 (ホリー&ディーン回想)
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煌びやかなシャンデリア、美しい音楽。色とりどりのドレスを纏い、優雅に踊るカップル達。
小さい頃から憧れていた景色の中に入れずにいる自分。窓の外から室内を眺めながら、どうしてこんなことになったんだろう、とホリーはさっきから自問自答していた。
(最初は、入学式だった。教室にポツンといた私に声を掛けてきたのがナターシャだった)
明るい笑顔でよろしくね、と言ってきて。それから一緒にいるようになった。その時はナターシャに好感を持っていたと思う。
誰かに話し掛けられても咄嗟に上手く言葉を返すことが出来ないホリーは、大勢の中にいるのが怖かった。だからいつもナターシャの影に隠れているうちに、いてもいなくても変わらない存在になった。
ある日、伯爵令嬢達が話しているのを物陰で聞いてしまった。
「ナターシャって元気があっていい子よね」
「そうね。男爵令嬢だけど勉強も頑張っているしマリアンヌ様にも可愛がられて」
「それに引き換えホリーは暗いわねえ」
「ナターシャがいないと何にも出来ないんだものねえ。あの子の声、長いこと聞いてない気がするわ」
キャハハ、と笑いながら去って行く令嬢たち。ホリーはいつの間にか拳を握り締めていた。
ナターシャがいい成績を収めたり、委員会で活躍したり、皆から誉められるようなことがある度に、ホリーの心の中には暗い澱のようなものが溜まっていった。
(同じ男爵の身分なのに、どうしてこんなに違ってるんだろう。ナターシャの隣にいると比べられて惨めだ)
そんな風に考えているうちに、ナターシャは何でも要領良く出来るんだからもっと自分を助けてくれるべきだと思うようになった。
そして自分を助けてくれないナターシャは嫌な人間だと、どんどん気持ちが変化していった。自分の中で作り出したナターシャを憎むようになっていったのだ。
(私はナターシャになりたかったのか……)
いつしかホリーの目から涙が流れていた。
「泣いてるのか」
漏れた嗚咽を聞いたディーンが口を開いた。
「……」
「自分が可哀想だと思ってるのか?」
「……いえ」
「反省したのか」
「……あんな嘘をつくんじゃなかったとは思っているわ」
「どうして嘘をついたんだ?」
「……ナターシャだけが幸せになるのが嫌だったのよ」
「マリアンヌ様の所へ行ってナターシャの悪口を言ったのは?」
「あなたが簡単に騙されたから、他の人も騙せると思ったのよ」
「はっ……馬鹿なのは僕だけだったってことか」
ディーンは思わず自嘲した。
「……あなたには悪いことをしたわ」
ナターシャから奪ってやったという高揚感。それが無くなった今、ディーンと自分が一緒にいる意味は何も無い。どうせもう縁談は望めないのなら、修道院へ行って世間の目から逃れるのもいいかもしれない。
「婚約解消してもいいわよ」
ディーンは驚いてホリーの顔を見た。ナターシャに大声を出した時の顔、頑なに謝りたくないと言っていた時の顔。今はそのどちらでもなかった。
憑き物が落ちたような、熱が冷めたような。そんな表情をしていた。
ディーンは改めてこの半月のことを思い返してみた。
ホリーはいつもニコニコと話を聞いてくれた。自分から話すタイプではなかったが、ディーンの話に相槌を打ち、楽しそうにしてくれるので気持ちよく話すことが出来た。
思えば自分がホリーの嘘を信じてしまったのも、いつもナターシャの隣で微笑んでいた大人しい彼女が嘘をつくようには見えなかったからなのだ。
両親にも優しく接していた。両親は大人しいが良い娘が来てくれたと喜んでいた。ディーンの両親はなかなか子供に恵まれず、ディーンが生まれるまで長くかかったためかなり高齢だ。あまり先は長くないだろう。早く孫を抱かせてやりたい。ディーンはそう思っていた。
「ホリー。君は、ナターシャへの嫉妬心から嘘をついていたんだろう」
ホリーは小さく頷いた。
「だったら、もう嘘はつかないと誓うか」
「……嘘をついても、もう誰も信じないと思うわ」
「なら、やはり一緒に謝りに行こう」
ホリーは伏せていた目をディーンに向けた。
「ナターシャは謝れば許してくれる。そういう人だ。皆の前で謝って、この騒動を終わりにしよう」
ナターシャが許してくれる……言われなくてもそんなことはわかりきっている。
「どうして嘘をついたとか、理由はまだ、ナターシャには言いたくないわ」
「それでもいいだろう。今日のうちに謝ることが大切だ」
「……あなたはそれでいいの」
「正直、君を許せない気持ちはある。ナターシャにパートナーがいなかったら、どんなに惨めでも縋りついて許しを請うたかもしれない。だがもうすでに遅いんだ。ナターシャの心は僕にはない」
(そうね。ディーンを奪ったとたんに現れたあの人。ナターシャはもうディーンのことは見ていない。私がいくらナターシャになろうとしても、彼女はさらに先に行ってしまう)
「僕らはこれでも貴族の端くれだ。愛が無くともそれなりにやっていけるはずだ。反省してやり直した夫婦を演じていかないか」
「演じる?」
「そうだ。殊勝な姿を見せていくんだ。世間に認められるまで」
(演じる……そう思えばナターシャに謝ることも出来るかもしれない。今はまだ悔しくて、心から謝ることは出来ないから)
「わかったわ。あなたは本当にそれでいいのね?」
「ああ」
「……ありがとう」
ディーンはホリーが感謝の意を述べたことに驚いた。やはりさっきまでとは違う。何かしらの心境の変化があったのだろう。
「じゃあ、ダンスの時間が終わったら、戻ろう」
「ええ」
ホリーは真っ直ぐに室内の様子を見つめていた。
小さい頃から憧れていた景色の中に入れずにいる自分。窓の外から室内を眺めながら、どうしてこんなことになったんだろう、とホリーはさっきから自問自答していた。
(最初は、入学式だった。教室にポツンといた私に声を掛けてきたのがナターシャだった)
明るい笑顔でよろしくね、と言ってきて。それから一緒にいるようになった。その時はナターシャに好感を持っていたと思う。
誰かに話し掛けられても咄嗟に上手く言葉を返すことが出来ないホリーは、大勢の中にいるのが怖かった。だからいつもナターシャの影に隠れているうちに、いてもいなくても変わらない存在になった。
ある日、伯爵令嬢達が話しているのを物陰で聞いてしまった。
「ナターシャって元気があっていい子よね」
「そうね。男爵令嬢だけど勉強も頑張っているしマリアンヌ様にも可愛がられて」
「それに引き換えホリーは暗いわねえ」
「ナターシャがいないと何にも出来ないんだものねえ。あの子の声、長いこと聞いてない気がするわ」
キャハハ、と笑いながら去って行く令嬢たち。ホリーはいつの間にか拳を握り締めていた。
ナターシャがいい成績を収めたり、委員会で活躍したり、皆から誉められるようなことがある度に、ホリーの心の中には暗い澱のようなものが溜まっていった。
(同じ男爵の身分なのに、どうしてこんなに違ってるんだろう。ナターシャの隣にいると比べられて惨めだ)
そんな風に考えているうちに、ナターシャは何でも要領良く出来るんだからもっと自分を助けてくれるべきだと思うようになった。
そして自分を助けてくれないナターシャは嫌な人間だと、どんどん気持ちが変化していった。自分の中で作り出したナターシャを憎むようになっていったのだ。
(私はナターシャになりたかったのか……)
いつしかホリーの目から涙が流れていた。
「泣いてるのか」
漏れた嗚咽を聞いたディーンが口を開いた。
「……」
「自分が可哀想だと思ってるのか?」
「……いえ」
「反省したのか」
「……あんな嘘をつくんじゃなかったとは思っているわ」
「どうして嘘をついたんだ?」
「……ナターシャだけが幸せになるのが嫌だったのよ」
「マリアンヌ様の所へ行ってナターシャの悪口を言ったのは?」
「あなたが簡単に騙されたから、他の人も騙せると思ったのよ」
「はっ……馬鹿なのは僕だけだったってことか」
ディーンは思わず自嘲した。
「……あなたには悪いことをしたわ」
ナターシャから奪ってやったという高揚感。それが無くなった今、ディーンと自分が一緒にいる意味は何も無い。どうせもう縁談は望めないのなら、修道院へ行って世間の目から逃れるのもいいかもしれない。
「婚約解消してもいいわよ」
ディーンは驚いてホリーの顔を見た。ナターシャに大声を出した時の顔、頑なに謝りたくないと言っていた時の顔。今はそのどちらでもなかった。
憑き物が落ちたような、熱が冷めたような。そんな表情をしていた。
ディーンは改めてこの半月のことを思い返してみた。
ホリーはいつもニコニコと話を聞いてくれた。自分から話すタイプではなかったが、ディーンの話に相槌を打ち、楽しそうにしてくれるので気持ちよく話すことが出来た。
思えば自分がホリーの嘘を信じてしまったのも、いつもナターシャの隣で微笑んでいた大人しい彼女が嘘をつくようには見えなかったからなのだ。
両親にも優しく接していた。両親は大人しいが良い娘が来てくれたと喜んでいた。ディーンの両親はなかなか子供に恵まれず、ディーンが生まれるまで長くかかったためかなり高齢だ。あまり先は長くないだろう。早く孫を抱かせてやりたい。ディーンはそう思っていた。
「ホリー。君は、ナターシャへの嫉妬心から嘘をついていたんだろう」
ホリーは小さく頷いた。
「だったら、もう嘘はつかないと誓うか」
「……嘘をついても、もう誰も信じないと思うわ」
「なら、やはり一緒に謝りに行こう」
ホリーは伏せていた目をディーンに向けた。
「ナターシャは謝れば許してくれる。そういう人だ。皆の前で謝って、この騒動を終わりにしよう」
ナターシャが許してくれる……言われなくてもそんなことはわかりきっている。
「どうして嘘をついたとか、理由はまだ、ナターシャには言いたくないわ」
「それでもいいだろう。今日のうちに謝ることが大切だ」
「……あなたはそれでいいの」
「正直、君を許せない気持ちはある。ナターシャにパートナーがいなかったら、どんなに惨めでも縋りついて許しを請うたかもしれない。だがもうすでに遅いんだ。ナターシャの心は僕にはない」
(そうね。ディーンを奪ったとたんに現れたあの人。ナターシャはもうディーンのことは見ていない。私がいくらナターシャになろうとしても、彼女はさらに先に行ってしまう)
「僕らはこれでも貴族の端くれだ。愛が無くともそれなりにやっていけるはずだ。反省してやり直した夫婦を演じていかないか」
「演じる?」
「そうだ。殊勝な姿を見せていくんだ。世間に認められるまで」
(演じる……そう思えばナターシャに謝ることも出来るかもしれない。今はまだ悔しくて、心から謝ることは出来ないから)
「わかったわ。あなたは本当にそれでいいのね?」
「ああ」
「……ありがとう」
ディーンはホリーが感謝の意を述べたことに驚いた。やはりさっきまでとは違う。何かしらの心境の変化があったのだろう。
「じゃあ、ダンスの時間が終わったら、戻ろう」
「ええ」
ホリーは真っ直ぐに室内の様子を見つめていた。
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