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一年の終わり

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「すっかり雪景色ね。中庭が真っ白だわ」

「あまり窓の側にいると冷えてしまうぞ」

 レイはそう言いながらストールを持ってきてアイナの肩に掛け、背中から抱き締めた。

「ありがとう、レイ」

 暖炉の火がパチパチと燃え、部屋の中はとても暖かだ。

「アルトゥーラは雪が降るのね」

「いや、こんなに積もるのは年に一度くらいだ。雪の月とは名ばかりで、ほとんど雪は降らないんだ」

「そうなのね。私は、馬車で旅していたから冬の間は南の方の国ばかり行ってたでしょ? だから初めてこんなに雪を見たわ」

「そういえばそうだな。アイナと雪の上で遊んだ記憶は無いぞ。犬なんだから、雪なら喜んで駆け回るはずだ」

「ハクとだったら雪の上で楽しく遊べたでしょうね。遊んでみたかったな」

「また犬に戻ろうか?」

 レイは後ろからアイナの頬に顔を寄せて聞いた。欲しい答えは決まっていた。

「ダメ。人間のレイがいいの」

 レイは、満足してまたアイナを抱き締めた。

「ねえレイ? レイが迎えに来てくれてからもうすぐ一年になるわ」

「ああ。今年の蒼の月の初めだったな。この一年はいろいろな事があった」

「二人とも囚われてしまったわね。あの時は本当に怖くて辛かった」

「二度と会えないかも、という恐怖は思い出したくもないな。でも今は、こうして暖かい部屋に二人一緒にいる」

「レイ、三人よ」

 アイナが言い直した。

「そうだな、すまん」

 レイはお腹に手を当てて謝った。

「まだ見た目は全然変わらないな」

「お腹が大きくなるのはまだ先ですって。蒼の月の終わりか風の月の初め頃って言われたわ。その頃には体も安定して、多少動き回ってもいいみたい」

「そうか。なんだか不思議だな。今もこの中でどんどん大きくなっているなんて」

「実は私もまだ実感はないの。つわりも収まってきたし少し眠気が強いくらいであまり普段と変わらないわ」

「このまま、順調に育ってくれるといい。無事な出産、それだけを願っているんだ」

「ええ、本当に……」






 アレスとコウは神殿に来て、飾り付けされたアレスの像を見ていた。

「アレスの周りに綺麗な花がたくさん飾ってあるね」

「ええ。毎年、雪の月の最後の日と、蒼の月の最初の日だけはこの神殿を国民に開放するのですよ。そのための飾り付けです」

「アレス、くすぐったくないの?」

「もう恥ずかしいのは慣れました。でもコウ、この像は色が付いていないから、コウだと言ってもおかしくはないですよ」

「あっ、そういえばそうね。龍に戻ったら顔がおんなじだものね」

 アレスはその言葉に可笑しそうに笑った。

「だから、人型でいたいと思うのかもしれませんね」

「うん……アレス、人型のアレスは凄くカッコいいよ」

「えっ」

 アレスは驚いた顔でコウを見た。だがすぐにニコッと微笑み、

「コウも可愛いらしいですよ。近頃は特に可愛いと思います」

「ええっ、そ、そう……かしら? だったら、嬉しいな……です」
 
 コウはそっと手を差し出した。

「アイナとレイみたいに、手を繋いでくれないかな」

「そうですね……繋いでみましょうか」

 かりそめの身体だから繋いだ手にぬくもりを感じる事はない。だが、何かしら温かいものが胸に湧いてくるのを二人は感じていた。
 
「アレス。私、アイナと血の契約を結びたいな。そうすれば、今アイナのお腹にいる赤ちゃんが、いずれ私の主人になるでしょう?」

「ええ。生まれてくるお子様は、私とコウ、二つの龍の加護を受けることになりますね」

「そうしたら、アレスとずっとここにいられるもの」

「コウ……」

 アレスはコウをそっと抱き寄せた。

「アイナ様は今お身体が大事な時ですから、無事にお子様が生まれたら……相談してみましょう」

「うん……」

 コウは幸せそうに目を閉じた。






「もう明日で今年も終わりますね」

 ダグラスの部屋で書類整理をしながらエレンが話しかけた。

「そうだな。明日と明後日の神殿開放と、陛下の新年祝賀の挨拶の警護。これが終わったら、やっと休みだ」

「新年の休暇、大尉と同じ日程で許可が取れました」

「そうか……じゃあ、我が家の別荘にでも行って二、三日ゆっくりするか。南の暖かい土地にあるんだ」

「よろしいんですか? 新年に私がお邪魔しても」

「問題ない。宰相夫妻は国外旅行に行っているし」

「え……」

 エレンは明らかにうろたえていた。デートらしきものをしたことはあったが、二人での泊まりとなると初めてだ。

「嫌ならいいが」

「い、いえ、行きたいです! よろしくお願いします!」

「そうそう、そこでは毎年新年のパーティーに参加することになっている。ドレスを二、三着持って来ておくように」

「はい! わかりました」

 エレンは、自分ではドレスなど一着も持っていないのだが、実家の母が毎年新調してくれている。それを明日すぐに取り寄せよう、と思った。

『無駄かもしれないけど、あなたがいつか着てくれることを願って作っておくわ』

 学校を卒業後、社交界デビューもせず軍隊に入った娘が、一生結婚をしないのではないかといつも心配している母。チャンスがあればいつでも着られるようにと実家に帰った時に採寸して作ってくれているのだ。

「ところでダンスは踊れるのか」

「はい、一応……。大尉は、踊れるのですか」

「当たり前だ。貴族の嗜みだろう」

 ドレスアップしたダグラスの姿を想像してエレンは倒れそうになった。

(素敵過ぎる! ……い、いけない、勤務中に何を考えているの)

「ちょっと踊ってみよう」

「え」

 いきなりエレンの手を取り、ダグラスがダンスを始めた。最初は戸惑ったが、そのうちダグラスのリードに合わせてスムーズに踊れるようになった。

「なかなか上手じゃないか」

「ありがとうございます。でも学校でダンスを習った時、私と釣り合う身長の男性がいなくて苦労しました」

「私なら大丈夫だ」

 そう言って見下ろすダグラスの顔を間近に感じ、エレンは真っ赤になっていた。

(すぐに赤くなるな、エレンは。――可愛い)

「ん?」

「どうかしましたか、大尉?」

「いや、何でもない。そろそろ、終わろう」

 ダグラスは、誰かを可愛いと思う感情が自分に芽生えたことに驚いていた。顔もほんのり赤くなっていた事に、彼は気付いていなかった。


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