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時の牢獄

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アイナは、街の宿屋で目が覚めた。

「……ここは? 私どうしてこんな所に? 」

 部屋の中には誰もいない。

「どういうこと? 私、さっきまでハク達と市場にいて、それから……」

「あ、気がついた? お姉さん」

 黒髪の少年と、背の高い緑色の髪をした女がドアを開けて入ってきた。

「あなたは確か、市場で会った少年ね? ここはどこなの?」

「ここは僕達が泊まっている宿だよ。僕、アッシュといいます、よろしく。こっちはロビン」

 女はペコリと頭を下げた。

「アッシュ、私、どうしてここにいるのかしら? 私と一緒にいた人達はどうしてるの」

「さあね、たぶん今頃必死でアイナを探し回っているんじゃないかなあ?」

 アイナは、おもむろに立ち上がった。

「何ですって? あなた達、私を攫ってきたのね。……ハクのところに帰るわ。どいて頂戴」

 ドアを開けて出て行こうとしたが、ロビンが立ち塞がった。

(コウ! 私の所に来て)

 そう呼びかけたが、反応はない。

「紅龍を呼んでも無駄だよ。今この宿は、閉ざされた空間にあるからね。届かないんだ。ロビン、見せてやりなよ」

 ロビンがドアを開け、アイナを廊下へ促した。不審に思いながらも部屋を出て、玄関の方へ行ってみると、宿の主人らしき男が立っていた。

「すみません、ここはセランのどの辺りですか? 領主さんの邸宅へ行きたいんですが……」

 だが、男は何も答えない。近くまで寄って顔をよく見ると、目は開いたまま、まばたきもせずじっとしていて、掃除をしようと箒を持った手がそのまま止まっている。

 驚いたアイナは、他にも人がいないか探してみた。台所に何人かの女が料理を作っているのが見えたが、皆、手が止まっている。一人は鍋で炒め物をし、もう一人は包丁で野菜を切っている途中だ。

(外はどうなんだろう)

 玄関から外に出ようとガラスの引き戸に手を掛けたが、全く動かない。鍵が掛かっていないのに、開かないのだ。

 ガラス越しに外を見ると、外の人々は動いている。

(この宿の人だけが止まっている……)

 アイナは混乱してしまった。こんな現象は、魔術以外あり得ない。だがいったいどんな魔術なのか、まったくわからなかった。

「ね、わかったでしょ」

 アッシュが後ろから声を掛けてきた。

「ここは、外の世界とは切り離されているんだ。だから紅龍を呼んでも届かないんだよ」

「あなたは……いったい誰なの? 何故、私をこんな所に閉じ込めたの」

 アッシュはニコっと笑って言った。

「とりあえず、部屋に戻ろうか。ゆっくり話をしよう」

 部屋に戻ると、ロビンがお茶の用意をしていた。

「どうぞ」

 だがアイナは手をつけなかった。

「毒なんて入ってないよ。ほら」

 そう言ってアッシュはお茶を飲み、クッキーを食べた。

「ありがとう。でもやめておくわ」

「そう? じゃあ僕全部食べちゃおう」

 楽しげにクッキーを頬張るアッシュに、アイナは尋ねた。

「どうしてこんな事をしたの? 私をどうしたいの」

 アッシュはクッキーを食べてしまい、指を舐めながら答えた。

「アイナに興味があったからさ」

「興味?」

「うん。カストールで、黒龍の過去見をしていたでしょう。あれをやって欲しいんだ」

「過去見って言われても。あれは、ラスタ石の力よ」

「違うよ。石に力なんかないさ。石に込められた想いを読み取るのは、人間にしか出来ない能力だよ」

「無理よ。それに、もし私に過去見が出来たとして、一体何を見ようとしているの」

「これさ」

 アッシュが取り出したのは、小さな貝殻のペンダントだった。

「これに、何か想いが残ってないか見て欲しいんだ」

「これは、あなたの物なの?」

「僕が両親から貰った、たった一つの物なんだ」

 アイナは、部屋を見回してから訊いた。

「あなた、ご両親は……?」

「もうとっくに死んでるよ」

「ごめんなさい。辛いことを聞いてしまって」

「別に辛くもないさ。五百年も前のことだし」

「え? 五百年?」

 目の前にいるのは、どう見ても十歳の子供だ。五百年とはいったいどういうことなのだろう。

「アイナさん。私は時間を司る霊亀です」

 ロビンが急に話し始めた。

「黒龍たちよりもずっと長く生きてきたんです。そしていつの間にか、時間を操る事が出来るようになってました。不思議なことに私と契約した人間は何故か皆、長生きになるんです」

「ということは、アッシュ、あなたは……」

「そう。君よりだいぶ歳上だよ。生まれたのは五百ニ十年前だ」

「五百ニ十年前……」

「アッシュ様は貧しいご両親の元で生まれ、十歳の時に魔力が発現したのです。そして、前の主人を亡くしたばかりで次の主人を探していた私と偶然出会い、契約をしてもらいました」

「ひどいだろう?十歳の子供に何の説明もなく契約だぜ。おかげで僕は、永遠に年をとらない十歳児として五百年を生きる羽目になった」

「契約が、人間に影響を及ぼすことがあるの……?」

 ロビンは首を傾げた。

「さあ。他の精霊のことはわかりません。ただ、私が契約した人はそうなるとだけしか。アッシュ様には、本当に申し訳ないことをしたと思っております」

「霊亀の魔術ってどんなもの? さっき、私達に何をしたの」

 アッシュが嬉しそうに答えた。

「ああ、僕の演技、上手かっただろう?ジュースをこぼすところから計画に入ってたんだ。そして、全員と握手をした」

「そうだわ。あなたと握手、したわ」

「僕はね、触った人の時間を止めることが出来るんだ。あの時は王や護衛を三十秒、アイナと龍達は一分、止めたんだ。たった三十秒って思うだろう?人はね、時間が止まって再び動き出した時、何が起こったかわからない。わからないから動くことが出来ない。つまり、時間を止めたのはたった三十秒でも、二分くらいの足留めは充分出来るのさ」

 ロビンも話し始めた。

「この宿は、丸ごと時間を止めて外界の時の流れからシャットアウトしています。違う時間に存在しているので、術を解かないと外に出ることは出来ません」

「ね? 最強でしょ? この魔術。アイナ、僕達と一緒にいようよ。王が来たって、絶対助けられっこないし」

「いえ、帰るわ。私はハクともうすぐ結婚するのよ。早くここから出して」

「なんだよ、結婚なんてしなくても生きていけるじゃん! そんなこと言うならもうここから出さないからな!」

 アッシュはそう言い放つと乱暴にドアを閉めて部屋から出て行った。

「外に出るのかしら?」

 アイナも腰を浮かしかけたが、ロビンが止めた。

「いえ、術を解いたりしないでしょうから、宿の何処かにいると思います。私達がここを出るのにも、術は解かないといけませんから」

「ねえロビン。私をみんなのところへ帰して。これは、アッシュの気まぐれなんでしょう?」

「これはアッシュ様の望みですから。私は、アッシュ様が欲しいと言うモノは全て手に入れてきたんです。時間を止めれば、手に入らないものはありません。アイナさんが諦めて私達と一緒に旅をする気になるまで、百年でも二百年でもここで待ちます」

「そんな……そんなことしたら、外にいるハク達は」

「先にお亡くなりになるでしょうね。人間の寿命は四、五十年ですから」

 アイナは真っ青になった。もう二度とハクと会えないなんて絶対に嫌だ。

「ここから出るにはアッシュに術を解いてもらわないと駄目なのね」

「はい、そうです。でも、無理ですよ。アッシュ様、お寂しいんです。子供のままだから結婚も出来ず、ずっと私と二人きりで生きてきましたから。カストールで偶然あなたを見て、過去見の能力を知り興味を持ったんです。お願いですからしばらくの間一緒にいて下さい」

「しばらくって……どれくらいのことなの」

「せめて十年くらいは」

「……冗談じゃないわ。私は今すぐ帰りたいのよ」

「交渉決裂ですね。ではここで百年ほど過ごすことにしましょう。この中にいれば、あなたも歳を取りませんから」

 そう言うとロビンも部屋の外へ出て行き、鍵をかけてしまった。

「嘘でしょう。お願い、出して――――」

 だが、返事は聞こえてこなかった。

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