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黒い龍 5

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広場は、この王都にこんなに人がいたのかと思うくらいごった返していた。
 人々が口々に話しているのが聞こえた。どうやら、

『王が直々に罪人を裁くから昼に王宮広場に集まるように。来ない者は死罪にする』

というお触れが出たので渋々集まってきたようだ。

「ごめんなさい、通して下さい」

 アイナは必死に人混みを抜けて一番前に出た。そこには、龍の姿のアレス、そしてレイは後ろ手に縛られて立っていた。二人とも、石のついた鎖を首に巻き付けられていた。

(ハク! まだ無事だったのね、良かった。でもこんな縛られた姿で……ひどい)

 少し離れた所に金色の瞳をした男が立っていた。首には大きな石の首飾りをしている。

「黒龍だ」

 コウが言った。

「あの男は黒龍だ。くそう、あいつ、なんでカストール王なんかに」

 その時、ラッパの音が鳴り響いた。

「時間だ。カストール王のお出ましだ。皆、拍手で出迎えよ」

 人々は仕方なく、といった感じで拍手をし始めた。
するとバルコニーにカストール王バルディスが出てきて、その拍手に応えるように手を振った。
 バルディスはでっぷりと太っていて顔は脂で光っていた。きらびやかな衣装に身を包み、沢山飾り付けた勲章がジャラジャラと鳴っていた。
 
「皆の者、聞くが良い」

 バルディスは話し始めた。

「今ここに、蒼龍を不当に扱った罪人を処刑する」

 人々はざわめいた。蒼龍の持ち主がアルトゥーラ王であることなど、一般庶民でも知っていることだ。
 バルディスは構わず続けた。

「蒼龍は千年以上こき使われ、もう嫌だと言っている。そこで私が正義の鉄槌を下し、蒼龍を解放してやろうと思う。皆の者、良く見ておくがよい」

 バルディスはバルコニーから部屋へ引っ込んだ。おそらく広場に出てくるつもりだろう。

 アイナはハクに必死に合図を送った。

(ハク! ここよ! 今助けるわ!)

(アイナ! 何故ここへ? )
 
 アイナに気がついたレイは驚きながらも目で合図を送り、黒龍の方を見るように示した。
 よく見ると黒龍の後ろに控えている兵士達のうち一人はダグラスだった。

(ダグラス! 潜入してくれていたのね)

 エレンもダグラスと合図を送り合っている。

 そこへ、バルディスがふんぞり返って現れた。ゆっくりとレイの前に進むと、

「ふはは、レイよ。残念だったな。お前の軍隊もここまで来るには二日はかかろう。今お前を助ける者はいない。軍隊が着く頃には、アルトゥーラの王は私に変わっておるわ」

 レイは大きなため息をついて言った。

「子供の頃から馬鹿だとは思っていたが、本当の馬鹿だな。私を殺したからといってお前がなぜアルトゥーラの王になれるのだ。誰もお前を王とは認めない」

「知りたいか? なら教えてやろう。王の証を私が継承するからだ」

 バルディスは手をさっと振って合図をした。すると、黒龍の背後にいた兵士が、石のついた鎖を素早く黒龍の首に掛けた。

「な、なんだ?! なぜ私にこの鎖を掛ける?」

 黒龍が叫んだ。

「お前がいると邪魔なのだ。蒼龍を解放するつもりはないからな」

「どういうことだ!」

「こいつを殺して蒼龍は私の下僕にし、私がアルトゥーラ王となるのだ」

「おのれ、騙したな。闇に消されたいのか」

「やれるものならやってみろ。そのエルミナ石の封印を破れるものならな」

「くっ……力が」

 黒龍は膝をつき、そのまま龍の姿に戻ってしまった。

 その瞬間、ダグラスとエレンの手から短刀が放たれ、レイとアレスの鎖を切った。石がキラキラと光りながらこぼれ落ち、レイの魔力がもの凄い勢いで溢れ出した。

「アレス!」

 アレスは人型に戻り、レイは手のひらから氷魔法を出してバルディスの下半身を凍らせ、地面に繋ぎとめた。
 バルディスの周りにいた兵士たちの持っていた剣や槍は、コウが風をおこして空に巻き上げ、すべて遠くの方に落とした。

「ハク!」

 アイナはレイの元へ駆け寄って行った。

「アイナ、私の後ろへ!」

 レイはアイナを庇いながら背後に回した。その後ろをダグラスとエレンが固め、横をアレスとコウがカバーした。

「うわああ。足が凍った。誰か、誰かこれを溶かせ。足が冷たいいい」

 バルディスは叫び続けている。コウがからかうように言った。

「じゃあ、溶かしてやるよ。ほら、アイナ!」

「はい!」

 アイナは手のひらに灯した火をバルディスに向けて指先で弾いた。足を狙ったつもりだったが上半身に当たってしまい、

「熱いいい」

「あっ、やっちゃった」

 バルディスのご自慢の衣装は焼け焦げ、勲章も炭になった。火傷まではしなかったのが不幸中の幸いだった。

「バルディス。まだやるつもりか」

「く、くそう。お前達、こいつらを捕らえんか! でないと全員死罪だぞ」

 だが、武器も無くなったうえに、氷や風や火の魔術を使う者たちを相手に戦う勇気など、誰も持っていなかった。しかも、このようなみっともない王の為になど。

「バルディス。今回の件は到底水に流すことは出来ない。国交断絶はもちろんだが、各国の首脳にも伝えさせてもらう」

 それはカストールの孤立を意味していた。貧しいカストールにとって貿易を断たれることは死も同然だ。

「お待ち下さい、アルトゥーラ王よ。それでは我が国民は飢えて死んでしまいます。どうか寛大な処置をお願いいたします」

 カストールの重臣たちが進み出て頭を深々とさげながら言った。

「これだけの不敬をはたらいて、よくもそのような事が言えるな。私の軍隊も二日後にはこの王都に入るだろう。街を占領し、カストール王家を廃してアルトゥーラに併合してもよいのだぞ」

「もちろん、この不始末はこのバルディス王に取らせます。当然、退位させましょう。ですが、カストール王国を残すことだけは認めていただけませんか」

「バルディスはまだ結婚していないだろう。他に王家を継ぐ者がいるのか」

「はい。先々代の王の忘れ形見、シオン様がいらっしゃいます。何度申し上げても王家にはお戻りいただけないのですが、必ずや説得いたします。シオン様は先々代同様、優れた心の方ですので、この愚かな王のような事には決してなりません。どうか、お許しいただけないでしょうか」

「どのような人物か、話してみないと信用する訳にはいかない。ここに連れて来てくれないか」

「わかりました。すぐに馬を出しますので、半日ほどお待ちを――」

「その必要はない」

「おお、シオン様!」

 群衆から一歩進んで出た声の主を見ると、ペガサスを出してくれたシオンであった。

「シオンさん!」

「アイナ、知ってるのか?」

「ええ、さっき、私達をペガサスに乗せてここまで運んでくれた人よ。とてもいい人だったわ」

「お嬢さん、やっぱり探してたのはアルトゥーラ王だったんだな」

「黙っててごめんなさい。でも、シオンさん、カストールの王族だったのね」

 シオンは頭を掻きながら歩いてきた。

「もうだいぶ前の話だからな。私の父がバルディスの父に殺された時、私は十歳で何も出来なかった。身ひとつで追い出され、もう三十歳になった。王宮よりも町で暮らした年月の方が長いんだ」

「あなたは、カストールを継ぐ意思があるのですか」

 レイがシオンに尋ねた。シオンは、真っ直ぐレイを見つめ返すと、

「このような男に国を任せていたことを謝らせて下さい。そしてレイ陛下、もちろん償いは致しましょう。ですが、このカストール王国を、私達の手で再建させて下さい。もう一度、国を立て直して貴方に認めていただける国にしたいのです」

 レイはしばらく考えていた。そして、重々しく答えた。

「わかった。貴方の言葉を信じよう」

「ありがとうございます。感謝の言葉もございません」

「バルディスの処分は」

「身分剥奪の上、北の塔に収監します。これでも魔力だけはたくさん持っていて危険ですから」

「では、二度とこのようなことのないように頼む」

「はい、お任せください。寛大なお心、ありがとうございます」

 レイとシオンは固く握手をした。一方、重臣達の命令でバルディスは捕らえられ、エルミナ石の鎖で縛られて連れて行かれた。
 自分達の王が捕縛されたというのに、広場に集まった民衆はワッと喜びの声を上げていた。

「さて、カストールの問題はこれで解決だが……アイナ。何でこんな危険な所にいるのかな」

「はい? ハク、無事で良かった!」

 アイナはニッコリ笑って誤魔化そうとしたのだが、通用しなかった。

「私の事はいいんだ。アイナ、無事だったから良かったものの、何かあったらどうするんだ!」

 レイは真剣に怒った顔をしていた。

「ごめんなさい。でも心配だったから……いてもたってもいられなかったのよ」

「心配してくれたのはわかっている……それに、アイナ達がいなければ助かっていなかっただろう。ありがとう。でももう……こんな無茶はしないでくれ。心臓に悪い」

 レイは少し涙目でアイナを抱きしめた。

「ハク……本当に、良かったわ……」

 アイナも涙を浮かべてレイの胸に顔を埋めた。もし間に合わなかったら、二度とこうして抱き合うことも出来なかっただろう。アイナはレイが生きて一緒にいられる幸せを噛みしめていた。

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