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黒い龍 4

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 アイナ達が歩き始めて三時間ほど経った。街道に所々立てられている標識には、王都への距離が書かれていた。

「この距離だと、やはり到着は夜になりそうです」

「ハクは無事かしら。昨日のうちに王都には着いているでしょう? 今日、何か酷いことされていたら……」

 アイナは目を瞑り、首を思い切り横に振って、頭に浮かんだ嫌な想像を追いやった。

「確かにそうだよな。やっぱり、飛んで行こうよ」

「しかし、人が少ないとは言え、日中飛ぶのは目立ち過ぎます。危険です」

 その時、前から通りがかった若い男が、びっくりした様子で声を掛けてきた。

「アイナ! アイナじゃないか?」

「え、えっ? ピートなの?」

「やっぱりアイナだ。随分と綺麗になったなあ」

「ピートは確か、お父様が亡くなったので一座を辞めたんだったわね。カストールが故郷だったの?」

「そうなんだよ。カストールは畑があんまりないだろう、だから山羊や羊を飼ってるんだ。良かったらウチに寄ってかないか?」

「ありがとうピート。でも私達すごく急いでいるのよ。なるべく早く、王都に行かなきゃいけないの」

「王都へ? 馬にも乗らずにかい?」

「そうなの。だからもう行かなきゃ。ごめんね、ピート。またゆっくり遊びに来るわ」

 そう言って行こうとするアイナ達をピートは止めた。

「ちょい待ってよ。歩いて行くんじゃあ時間かかり過ぎるよ。シオンさんに頼んでくるからここで待ってて」

 そう言うやいなや、ピートは一軒の家に向かって走って行った。
 そしてすぐに、その家から一人の男を連れて戻ってきた。その男は三十過ぎくらいであろうか。すらっとした筋肉質の体型だった。顔は柔和で、人懐こい笑顔が感じのいい男だった。

「ちょうどシオンさんの家の前で良かった。シオンさん、こちら俺の昔の仲間、アイナだ。アイナ、こちらシオンさん。運び屋をやってる。早い馬を持っててさ、王都までなら二時間で行けるよ」

 シオンと呼ばれた男はひょこっと頭を下げた。

「えっ、本当に? それはすごくありがたいわ。ねえ、エレン?」

 振り返るとエレンはかなり警戒しているようだった。

「アイナ様、この人はかなりの魔力持ちです。目を凝らしてよく見て下さい」

「えっ」

 確かに、身体から魔力が溢れ出ている。

「あー、そんなに警戒しないでくれよ。俺は魔力を持ってるだけで何も悪いことはしない、一般市民だ」

 シオンは、両手をバンザイさせて言った。

「王都に急ぎで行きたいんだろう?歩けば夜中、普通の馬なら夕方に着くところを、二時間かからずに連れて行けるぜ。その代わり、お代はちょっとばかし弾んでもらうけどな」

「二時間で行ける馬ってどういうことでしょうか」

 エレンはまだ警戒を解いていない。

「ああ、見た方が早いか。来い、ザック、リリー」

 シオンが呼ぶと、目の前に砂煙が立った。そして、その中から翼の生えた馬が二頭現れた。

「すごい……ペガサスね?! 」

「こいつらなら、空を飛んで二時間以内に到着出来る」

「シオンさんはこの子達と契約しているんですね」

「ああ、そうだ」

「エレン、乗せてもらいましょう。やっぱり夜に着くのでは遅すぎるもの」

「……わかりました。そうですね、その方がいい」

「よーし、決まった。じゃあ二人ずつ分かれて乗るぞ」

 シオンとエレンがザックに、アイナとコウがリリーに乗った。

「ありがとうピート。助かったわ。また今度、お礼をしに来るわ」

「礼なんかいいよ。トーヤさんによろしくな」

 ペガサスはふわりと浮き上がると、空を駆け上がった。

「しっかり掴まってろよ。早いから振り落とされるぞ」

 ペガサスはまるで地面があるかのように、空を駆け
て行く。

「ところで、王都に行くのに、何でそんなに急いでるんだい」

「私の大切な人が捕われているのよ」

「もしかして、黒い龍に乗せられてた人かい?」

「えっ、シオンさん知ってるの?」

「昨日の昼頃、黒い龍が俺の前に降りて来たんだ。そして、『お前魔力を持ってるだろう。この石に魔力を注げ』って言われてさ。言う通りにしたんだよ。その時、背中に銀髪の綺麗な若者ともう一匹青い龍を乗せてた」

「ハクとアレスだわ」

「石に魔力を入れたら、黒い龍は王都に向かって飛んで行ったよ。あの若者はアルトゥーラの王なのかい?」

 アイナ達は黙り込んだ。軽々しく、王だと言うことは出来ない。

「おっと、そりゃそうだな。断言する訳にはいかないか。まあ俺も訳あって、王族の特徴は知ってるんでね。アルトゥーラの王族は珍しい銀色の髪をしているからさ、そうじゃないかなと思っただけさ」

「シオンさんはどうして王族のことをよく知ってるの?」

「昔はカストール王宮に出入りしてたからな」

 出入り、ということは王宮で働いていたのだろうとアイナは考えた。

「そうなのね。シオンさん、カストール王ってどんな人?」

 シオンは険しい顔になった。

「今の王はダメだな、全く。国民が飢えに苦しんでるってのに自分のことしか考えてない。先々代の王まではまともだったんだ。カストールにしかない石を売り、その金で食糧を買う。その食糧を民に配給してた。でも先代の王は違った。食糧を貯め込み、自分達だけに回すようになった。王宮を贅沢な調度品で飾り、上等な服を何着も作り、パーティ三昧。その王は去年死んだが、後を継いだ今の王バルディスはそれに輪を掛けてひどい」

 シオンは一気にまくし立てた。

「王に注意する人はいないのかしら」

「そんな事をしたら首が飛ぶからな。側近はイエスマンばかりだよ」

「イヤな奴だな! なんでそんな奴が王なんだよ」

 コウも腹を立てているのか、強い口調で言った。

「……先代の王は、正式な王ではなかったからな。王太子だった兄を殺して王になったんだ」

「ひどい……!どうして、殺人を犯してまで王になりたがる人は後を絶たないのかしら」

「ああ、そうか。アルトゥーラも数年前にクーデターに遭っていたよな。でも今は、王が戻ってまた国が良くなっている。カストールも、正統な王に戻さねばな……」

 それきり、シオンは黙って何かを考えているようだった。

 やがて、山ばかりだった風景が変わり、眼前に開けた土地が見えてきた。家の数も多くなった。

「ここが王都だ。アルトゥーラに比べたらちっぽけなもんだがな。さて、どこで降りる? 王宮まで行くんだろう?」

「シオンさん、やっぱり王宮の警備は厳しい?」

「そりゃあな。まがりなりにも王宮だからなぁ。……
ん? なんだ、あの人だかりは……?」

 王宮の門を入ってすぐの所に広場がある。そこに、市民達がぞろぞろと入って行き、何かを取り囲むように円を描いて立っている。
 その中心にいるのは……青い龍と、銀髪の――

「ハク! ハクとアレスだわ!」

「シオンさん、王宮の入り口付近に降りて下さい。そこからは市民に紛れて侵入します。急いで!」
 
 エレンがテキパキと指示を出した。

「わかった。急降下するから捕まってろよ!」

 ペガサスは真っ直ぐに下に向かって駆けて行き、地面にぶつかるかと思うほどだった。だがもちろんぶつかる事なく着地し、四人が背から降りると一瞬で姿を消した。

「ありがとうございます、シオンさん。本当に助かりました」

 アイナ達は料金を渡すと急いで人混みに入って行った。

「俺もこの辺にいるから! 帰りも乗りたければ声掛けてくれよ!……ってもう、聞こえねーか」

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