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紅い龍 5

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 ――村が燃えている。人々が逃げまどっている。そして空には……火を吹く紅い龍。

 アイナは、自分の意識が誰かの中に入っているのを感じた。逃げる人々や村の様子は現在とは違い、遠い昔のようだ。

 やがて場面が切り替わり、目の前にはコウがいた。湖のほとりでコウは涙を浮かべている。

「俺、人間を殺したくなんて無かったんだ。だけど、アイツの言うことを聞かなくちゃいけなくて……」

 泣きじゃくるコウに、この人物は声をかけている。

「ジオを殺さなければならないわ。そうしないとあなたはジオとの契約に縛られて、これからも国中に火を放ち続けるでしょう。私が、ジオを必ず殺す。サンバルの為に。そしてあなたの為にも」

「ティナ」

 この人物は『ティナ』という名前のようだ。

「ティナ。アイツは用心棒をたくさん雇っている。気をつけて」

「わかってる。兄と一緒に行くわ」

「アイツは、サンバルを滅ぼして、自分の国を作ろうとしてる。俺が、アイツと契約してしまったから……。アイツは、神にでもなったつもりなんだ」

「ただの呪術師だったのに、分不相応な力を手に入れたことで暴走したんでしょうね。あんな奴に、私のサンバルを滅ぼされるわけにはいかない。必ず、ジオを倒すわ」

「ティナ、俺はもうアイツの言うことを聞きたくない。だから、ティナの魔力を込めた矢を一本、俺にくれよ。次にアイツに呼ばれた時は、俺はその矢で自分を封印する」

「そんなことしたらあなた、死んでしまうじゃない」

「俺は死なないんだ」

 コウは首を振りながら言った。

「俺はアイツの命令に背けない。召喚されたら行くしかないんだ。でも、ティナの魔力を込めたラスタ石の矢なら、少しだけど時間が稼げると思う」

「わかったわ。どのくらい時間が稼げそう?」

「五分が限度だ。その間にアイツが死ねば、契約は消滅する」

「充分よ。必ずやり遂げるわ。そして矢を抜きに戻って来るから待っていて」

「気をつけて、ティナ」




 そしてまた場面が切り替わった。


「来い、『破滅』よ! サンバル中を焼き尽くせ!」

 男が叫んでいる。ティナは兄と共に敵の真っ只中に飛び込んで行った。兄が魔力を込めた剣で敵をなぎ倒し、その隙にティナはジオに突っ込んで行った。

「何をしている、『破滅』よ!早く来てこいつらを焼き殺せ!」

 叫び続けるジオの胸元にティナは短刀を突き立てた。その瞬間、背中に焼けるような痛みを感じたが、そのまま、短刀に力を込めて押し込んだ。

「おのれ、王女め……。『破滅』よ、何故来ないのだ……!」

 ジオは憤怒の形相で、短刀が胸に刺さったままゆっくりと崩れ落ちていった。



 次に変わった場面では、ティナはもう虫の息だった。兄が抱き上げて、泣いている。

「死ぬな! ティナ」

「兄さん、ごめんなさい……サンバルのことは、任せたわ」

(ごめんね、紅い龍……。あなたの矢を抜きに行ってあげることがもう、出来ない。あなたがこれ以上誰かの殺戮の道具にされないように、私以外矢を抜くことが出来ないように願いを込めておいたの。だからあなたは、永遠にそのままになってしまうかもしれない)

「兄さん……お願いがあるの」

「なんだ?ティナ」

「キリア山の麓の湖……紅い龍が矢で動けなくなっている筈なの……私をその側に埋めて欲しい」

(せめて……あなたが安らかに眠っていられるように……私が側であなたを見守っているわ……辛かったことは全部忘れて……眠っていて……)




 そこでアイナは目覚めた。

「アイナ、大丈夫か?」

 レイがアイナを抱き抱え、心配そうに覗き込んでいた。

 コウも目覚め、同時に起き上がった。

「俺、全部思い出した……」

 アイナは頷いてレイの顔を見た。

「ハク、コウが封印された時のことを夢で見たの」

「わかっている。私にも見えた。アイナとコウが倒れているのを見つけて抱き上げようと触れた瞬間、アイナが見ている映像が頭の中に流れ込んできたんだ」

「……俺、自分で胸を刺したんだ」

 コウが話し始めた。

「ジオという男に『破滅』という名前を付けられて、サンバルを攻撃させられた。それまで、俺、悪いやつと契約したことが無かったんだ。命令されて人間をたくさん殺さなくちゃいけなくて……怖くて辛くて悲しかった」

 コウはポロポロと涙をこぼした。

「ティナがジオを殺して俺を契約から解放するって言ってくれた。ティナは、約束を守ってくれたけど、その時に殺されていたんだな……」

 レイが、コウの頭を撫でながら言った。

「ティナは大きな魔力を持っていたようだな。矢じりに魔力を込めて、死んでからもなお、コウを守ることが出来るほどに」

「うん……俺は、ずっとティナに守られていたんだね。それなのに、俺、薄情だ。今まで忘れちまってたなんて」

「コウ、それは違うわ。ティナも言っていたでしょう。辛いことは忘れなさいって。ティナは、あなたにすべて忘れて幸せになってもらいたかったのよ」

 コウはずっと泣いていた。顔をくちゃくちゃにしながら。

「コウ、私はあなたに決して辛い命令なんかしないから安心して。ティナと同じよ。あなたには笑っていてもらいたいの」

 コウはアイナの手をギュッと握って言った。

「ありがとう、アイナ……」

 冷たい風が湖を吹き渡ってきた。

「さあ、そろそろ夜になる。早く帰ってマーサを安心させてやろう。アレス、コウも背中に乗せて帰るぞ」

「はい」

 もらい泣きしたのか、目を赤くしていたアレスが龍型に戻った。そうして三人を乗せて王宮へ向かって飛んで行った。




 翌日、再び執務室にて、ダグラスが報告をしていた。

「古文書によると、昔サンバルに火を噴く龍が現れ、たくさんの村を襲ったそうです」

「うむ。それで?」

「サンバルの王女がラスタ石に魔力を込めて龍を封印し、命を落とした。人々は王女を讃えキリア山の麓に埋葬し、花や木をたくさん植えた。それがラムダスの森になったということです」

 ダグラスは一旦言葉を切り、また続けた。

「その後も、龍の力を利用しようとたくさんの悪人がやって来たが、王女の魔力を閉じ込めたラスタ石の矢は、決して抜けることがなかった。そのため、二度とサンバルは火の龍に襲われることはなかった、と書かれています」

「だいぶ端折られてるな。完全にコウだけが悪者になってる」

「それと、ラスタ石については、魔力を閉じ込めて持ち運ぶことが出来るものだったようです。例えば、呪術師が自分の魔力を少しずつ石に込めて魔除けとして販売するとか」

「なるほどな。ティナはあの矢じりに全ての魔力を注ぎこんで、誰にも封印を解かれないようにしていたんだろう」

「ではどうしてアイナ様は矢じりを抜くことが出来たのでしょうか」

「……おそらく、アイナはティナの生まれ変わりだ」

「生まれ変わり、ですか?」

「アイナが倒れた時に見ていた映像は、ティナ本人が見たものだと思う。魂の波動が同じだったため、封印が解けたのだろう。そして矢じりに閉じ込めていた魔力が本人――この場合はアイナだが――に戻ったということだ」

 ティナの記憶を思い出してからアイナの魔力はぐんと大きくなった。離れていても、コウは自由に空を飛べるようになっていたのだ。

「それならばすべて説明がつきますね。それにしても、我がアルトゥーラに水と大地の龍・アレスに加え火と風の龍・コウが護りについたとは、何という素晴らしいことでしょう」

「そうだな。だが、千年以上眠り続けていた紅龍が目覚めたということは、周辺の国には脅威だろう。アイナを狙ってくる輩が現れるかもしれない」

「……そうですね。警備を強化しておきます」

「婚姻の儀まであと三週間か……」

 レイは、何か言いようのない不安に襲われていた。

「このまま何も無ければいいが……」

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