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紅い龍 3

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――それは遠い昔のことです。私は暗闇にただ存在する『意識』の塊でした。

 やがて手足が、そして尻尾が認識できるようになり、自分の姿がわかってきました。

 近くには私と同じ手足、尻尾を持つものがいました。紅い龍と黒い龍です。

 洞窟の中にいた私達は何故だか動くことは出来ず、長い間そこでじっとしていました。

 やがて人間が現れ、黒い龍が出て行きました。続いて紅い龍も。それきり、どちらとも会っていません。

 そして千年前にガイアス王が洞窟の奥に現れ、私に魔力を与えてくれました。

 魔力を得た私は動けるようになり、初めて洞窟の外に出ました。その時、世界はこんなに美しいものだと知ったのです。

 それまでの私は、ただ無為に時間を過ごすだけでした。飢えも渇きも感じないし死ぬことも無い。何のために生まれてきたのかもわからない私に、王は名前をつけて下さった。そしてそれから私の世界は広がっていったのです。

 私と契約を結んだ王は水の魔法が使えるようになり、あっという間に諸国を統一しました。
 アルトゥーラを建国する際に、王は新たに私と血の契約も結んで下さいました。ガイアス王の血筋が続く限り、私に魔力を与えると。そして、アルトゥーラの大地と水を護っていくという大役を与えて下さったのです。

 それから私は、たくさんの王たちと時間を過ごし、その間ずっと大地と水を護り続けてきました。これは私にとって誇りであり、生きる目的となりました。

 私は、今までもこれからも、アルトゥーラと共にあることが幸せなのです。


―――――――――――――――――
 

「お分かりいただけましたか?」

「……ああ、よく分かったよ。アレスが、ただ契約に縛られて歴代の王に従ってきたんじゃないってこと」

「本来なら、父王から伝えられる事柄です。しかしレイ陛下は、早くに父王を亡くされたので」

「そうだな。他にも色々、教わっていない事があるのかもしれない」

「もう一つ、言っておかねばなりません。王の子供は必ずお生まれになります」

「そうなのか?!」

 アイナも、目を見開いて聞いていた。

「はい。王子になるか王女になるかは分かりませんが、必ずお一人、生まれてきます。ですが、二番目以降は望んでも生まれることはありません。お一人だけに魔力が集中するようにではないでしょうか」

「ガイアス王の力なんだろうか」

「私には分かりませんが……何らかの力が働いているのかと思います。だからアイナ様、ご心配なさらないで下さい」

「……アレス、私が悩んでいた事知っていたの?」

 アレスは優しく微笑んだ。

「いいえ、今までにもたくさんの王妃がこの事で悩んでいらしたので、アイナ様もそうかと」

「アレス……ありがとう」

 アイナはうっすらと涙ぐんでいた。アイナに取って、かなり重い事だったのだとレイは改めて感じた。
 
「アレス、私からも礼を言う。大事なことを今この時に言ってくれてありがとう」

 レイとアレスは固く握手を交わした。アイナも、二人の手の上に自分の手を重ねた。

「ありがとう。私、覚悟が足りなかった。もっと強くならなくちゃ駄目ね」

 三人は目を見合わせて微笑んだ。

 アイナは、涙がこぼれそうになったのをごまかそうとして頭を軽く振った。

「わ、私、あっちに咲いているお花を摘んでくるわね。今日の思い出にしたいの」

 そう言って森へ向かって歩き始めた。二人はそれを察して、湖の方を眺める振りをした。

 アイナが花の咲いている方へ向かっていると、ふと光る物が目に入った。太い木の幹に、綺麗な石の矢じりが刺さっている。矢じりの先にトカゲが磔にされていた。

「子供の悪戯かしら、かわいそうに。せめて、埋めてあげましょう」

 アイナは矢じりを持って幹から引き抜いた。トカゲを地面にそっと置くと、驚いたことに手足が微かに動き始めた。

「まだ生きていたの?乾いてるから死んでしまっていると思ってたのに」

 その時、アイナの手に持っていた矢じりが白く光り始めた。

「えっ? 何?」

 瞬く間に光はアイナと、トカゲを包み込んだ。そして、トカゲはどんどん大きくなり、紅い龍の姿に変化していった。その間、白い光はあふれ続けている。

「あなたは……アレスの仲間ね?」

 その時、アレスが大声で叫んだ。

「アイナ様、名前を! その龍に名前を付けて下さい! そして契約を!」

 アレスの必死の形相に驚いたアイナは、慌てて名前を考えた。

「あなたは……紅いからコウ! コウ、私のために力を使いなさい!」

 以前草原でレイとアレスが契約した時を思い返して、それらしき言葉を発してみた。すると紅い龍が叫んだ。

「くっそう、蒼龍! お前、なんてことしやがる!」

 だがすぐに金色の円陣がアイナと龍の周りに現れ、龍は頭を垂れて大人しくなった。やがて白い光は消え、紅い龍は人間の女性の姿に変化していた。

「蒼龍、てめぇ、よくもやってくれたな! 契約、完了しちまったじゃないか!」

 ふわふわとカールした紅いショートヘア、瞳はアレスと同じく金色でキリリとした眼差しである。背も高く、抜群に良いスタイルで美しいのだが、言葉は乱暴で見た目とのギャップが激しかった。

 アレスは、珍しく満面の笑顔で紅い龍を見つめている。

「すぐに逃げて行きそうだったのでね。せっかくのチャンスだし、鎖を付けさせていただきました」

「なんだよ! 俺は自由が好きなのに、アホ蒼龍!」

「アホとは失敬な。それに私は今、アレストロンという名前を賜っています。アレスと呼んでください」

「アレストロン?なんか強そうでカッコいいな。俺は、なんでコウなんだよ……」

「あ、ごめんなさい。それ、私がつけました……」

「アイナのネーミングセンスは独特だからな。色を外国語で言い変えただけという。私も白いからハク、だし」

 レイがニヤニヤしながら茶化してきた。

「うっ。ご、ごめん。でも短くて言いやすいよ?」

「そうだよ。ご主人様のこと悪く言うなよ」

 コウが割って入った。

「なんだ、急にアイナの味方になったな」

「可愛らしいご主人様だからな! 気に入ったよ。よろしくな」

「こちらこそ、コウさん。アイナです、よろしくお願いします」

「コウでいいよ!アイナっち」

「えっ、アイナっち?」

「もうこうなったからには仲良くやろうぜ。なっ、アレスと、えーと」

「レイだ。アイナに龍がついてくれるとは頼もしいな。よろしく頼むぞ、コウ」

「オッケー、レイね! よろしく」

「待て待て、コウ。この方はアルトゥーラ王国の王、レイ陛下だ。ちゃんと陛下と呼べ、陛下と」
 
「えー、堅苦しいこと言いっこ無しだぜ」

「まぁいいじゃないか、アレス。コウは今現れたばかりだ。これから色々教えてやるといい」

「……わかりました」

 アレスも渋々納得した。

「ねえハク、コウはこの木の幹に矢じりで刺されていたの。それまでは、トカゲくらい小さかったわ」

「コウ、お前封印されていたのか?」

「いや、俺もわかんない。なんで木の幹に磔にされてたのか、何も覚えてないんだ。気がつけば、アイナっちの魔力で元の姿に戻れていた」

「おかしいな。アイナに魔力はなかったはずだ」

「そうですね。でも今は確かに、アイナ様から魔力を感じます」

「魔力があったなら私やアレス、ダグラスだって気がついたはずなんだが。この矢じりに何か関係あるのだろうか」

 レイは石で出来た矢じりをまじまじと見つめたが、普通の石となんら変わりはなかった。
 
「とにかく王宮に帰ろう。調べてみる必要があるし、もう夕方だ。マーサが心配する」

 アレスがコウに聞いてみた。

「コウ、空は飛べそうですか?」

「ああ、飛べるだけの魔力は貰ったよ。久しぶりだから嬉しいな」

 そう言って龍の姿に変化した。

「アイナっち、乗って!」

「うん、乗ってみる」

「ちょ、ちょっと待て。心配だから私も乗る」

「なんだよ男も乗せなきゃいけないのかよー」

「いいから乗せろって」

「じゃあ私も」

「アレス、お前自分で飛べるじゃねーか」

「いいじゃないですか。一人じゃ寂しいし」

 このやり取りにアイナはクスクスと笑って、

「なんだか楽しい」

と笑顔を見せた。アイナの笑顔が見れたことに満足した三人は、王宮に向かって飛び立った。



 
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