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お妃教育
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「こんなはずじゃなかったのになあ」
レイはダグラスにぼやいていた。
「仕方ないですよ。マーサの言うことが正しいですから」
「せっかくアイナとずっと一緒にいられると思ったのに……」
昨晩、アイナを連れて王宮に戻ってきたレイだったが、迎えに出たマーサからいきなり釘を刺されてしまったのだ。
「レイ陛下、ご結婚なさるまで同じ部屋で寝るのは駄目ですよ」
「何もしない! ……と言ってもダメか?」
「そういう問題ではありません。しきたりとして、結婚前の三ヶ月は食事も寝所も共にしないと決まっているんです」
マーサはキッパリとした口調で言った。
「それに、いい機会ですから私にアイナ様をお預け下さいませ。我がアルトゥーラの王妃になられるのですから、マナーや教養、勉学に語学、すべてを学んで頂きます」
「三ヶ月で?!」
「付け焼き刃でもやらないよりはマシです。王妃様ともなると、外交面でも重要なお立場ですからね。では早速今晩から」
「え、ええっハクーー……」
ワサワサとマーサと侍女たちに抱えられたアイナは、助けを求めながら遠ざかっていった。
(すまん、アイナ……頑張ってくれ)
結局のところマーサには逆らえないレイは、連れ去られていくアイナを見送るしかなかった。
一方のアイナは、この状況を案外楽しんでいた。
昨夜は、侍女たちによってたかってお風呂に入れられた。
「じ、自分で出来ますから!」
「いえ、お任せ下さいませ。まずは保湿効果のある薬草を入れたお風呂でお肌の調子を整えます」
「三ヶ月で、ピカピカのお肌に仕上げて参りますわ」
念入りに洗われ、マッサージも施されて確かに一皮向けたようにツルツルピカピカになった。
風呂上がりにはサラリとした肌触りのネグリジェが用意されていた。そして安眠効果のあるハーブティーが出され、ベッドの上で脚のマッサージを受けた。
「素晴らしい御御足ですわ! 筋肉が程良くついていて、無駄な脂肪がありません。やはり踊りで鍛えているだけありますわ。今日の疲れを明日に残さないよう、ほぐしておきますわね」
今まで寝たことのないようなふかふかのベッドでマッサージされると、流石に眠く感じてきた。
「ではアイナ様、ごゆっくりお休みくださいませ」
そう言って侍女軍団は下がっていった。明日からどんな日々が始まるんだろう、と少し不安なアイナだったが、
(今日はいろんなことがあり過ぎたもの。考えるのは明日にして今は頭を休めよう……)
と、程なく眠りに落ちていった。
次の日からは午前中はアルトゥーラの歴史の勉強。そして読み書きのレッスンだ。アイナはずっと旅をしていて学校には通った事がない。だが一座の経理を取り仕切るエマから読み書きと計算を教えてもらっていたので、この授業には難なくついていけた。外交上の手紙の書き方など、専門的なことはまったくわからないのでそこはみっちり教えられた。
午後は礼儀作法と立ち居振る舞い、それから簡単な外国語講座。
夕食時は食事の際のマナー。そして夜は美容のレッスンだ。
レイは時々、アイナの部屋までやってきてお茶を飲むくらいは許されている。もちろんこれもレッスンの一環で、お茶を美味しく淹れ、女主人として振る舞う練習となる。
「せっかくアイナが王宮にいるのに、全然二人きりになれない……」
レイはまたも執務室でぼやいていた。ダグラスが早く仕事をしろと言わんばかりに睨みつけていてもお構いなしだ。
そこへ、マーサがやってきた。
「レイ陛下、お時間よろしいですか?」
「うむ、マーサ。どうしたのだ」
「アイナ様が王宮にいらしてから二週間が過ぎました。まずは、レッスンの進捗状況をご報告いたします」
「おお、そうか。アイナは頑張っているか?」
「はい。予想以上でございます」
マーサは得意げに言った。
「学校に通われていないとお聞きしておりましたが、読み書きは充分に出来ております。歴史の授業に関しましても、興味を持って教師に質問するなど、知的好奇心もお持ちでいらっしゃいます」
「うんうん。それで?」
「立ち居振る舞いでは、お芝居の経験が生きております。堂々とした佇まいが身についていらっしゃるので、何の問題もございません。王族としての言葉遣いも、芝居だと思えば出来ると仰って全て覚えてしまわれました。外国語についても、諸国を旅していたのでどの国の言葉も日常会話程度なら問題ないそうです」
「そうかそうか。マーサのお眼鏡にかないそうか?」
「もちろんです。ここまで素晴らしいお方とは思っておりませんでした。元々のお力もありますが、まさに磨けば光る玉のようなお方です。アイナ様付き侍女軍団を結成致しましたので、あと二ヶ月半全力で磨き上げてみせます」
マーサはそう言って意気揚々と下がっていった。
アイナを褒められて最初はご機嫌だったが、あと二ヶ月半はゆっくり会えそうにないとわかって、またしょんぼりしてしまった。ダグラスに軽く後頭部をはたかれて渋々仕事に戻るレイであった。
レイはダグラスにぼやいていた。
「仕方ないですよ。マーサの言うことが正しいですから」
「せっかくアイナとずっと一緒にいられると思ったのに……」
昨晩、アイナを連れて王宮に戻ってきたレイだったが、迎えに出たマーサからいきなり釘を刺されてしまったのだ。
「レイ陛下、ご結婚なさるまで同じ部屋で寝るのは駄目ですよ」
「何もしない! ……と言ってもダメか?」
「そういう問題ではありません。しきたりとして、結婚前の三ヶ月は食事も寝所も共にしないと決まっているんです」
マーサはキッパリとした口調で言った。
「それに、いい機会ですから私にアイナ様をお預け下さいませ。我がアルトゥーラの王妃になられるのですから、マナーや教養、勉学に語学、すべてを学んで頂きます」
「三ヶ月で?!」
「付け焼き刃でもやらないよりはマシです。王妃様ともなると、外交面でも重要なお立場ですからね。では早速今晩から」
「え、ええっハクーー……」
ワサワサとマーサと侍女たちに抱えられたアイナは、助けを求めながら遠ざかっていった。
(すまん、アイナ……頑張ってくれ)
結局のところマーサには逆らえないレイは、連れ去られていくアイナを見送るしかなかった。
一方のアイナは、この状況を案外楽しんでいた。
昨夜は、侍女たちによってたかってお風呂に入れられた。
「じ、自分で出来ますから!」
「いえ、お任せ下さいませ。まずは保湿効果のある薬草を入れたお風呂でお肌の調子を整えます」
「三ヶ月で、ピカピカのお肌に仕上げて参りますわ」
念入りに洗われ、マッサージも施されて確かに一皮向けたようにツルツルピカピカになった。
風呂上がりにはサラリとした肌触りのネグリジェが用意されていた。そして安眠効果のあるハーブティーが出され、ベッドの上で脚のマッサージを受けた。
「素晴らしい御御足ですわ! 筋肉が程良くついていて、無駄な脂肪がありません。やはり踊りで鍛えているだけありますわ。今日の疲れを明日に残さないよう、ほぐしておきますわね」
今まで寝たことのないようなふかふかのベッドでマッサージされると、流石に眠く感じてきた。
「ではアイナ様、ごゆっくりお休みくださいませ」
そう言って侍女軍団は下がっていった。明日からどんな日々が始まるんだろう、と少し不安なアイナだったが、
(今日はいろんなことがあり過ぎたもの。考えるのは明日にして今は頭を休めよう……)
と、程なく眠りに落ちていった。
次の日からは午前中はアルトゥーラの歴史の勉強。そして読み書きのレッスンだ。アイナはずっと旅をしていて学校には通った事がない。だが一座の経理を取り仕切るエマから読み書きと計算を教えてもらっていたので、この授業には難なくついていけた。外交上の手紙の書き方など、専門的なことはまったくわからないのでそこはみっちり教えられた。
午後は礼儀作法と立ち居振る舞い、それから簡単な外国語講座。
夕食時は食事の際のマナー。そして夜は美容のレッスンだ。
レイは時々、アイナの部屋までやってきてお茶を飲むくらいは許されている。もちろんこれもレッスンの一環で、お茶を美味しく淹れ、女主人として振る舞う練習となる。
「せっかくアイナが王宮にいるのに、全然二人きりになれない……」
レイはまたも執務室でぼやいていた。ダグラスが早く仕事をしろと言わんばかりに睨みつけていてもお構いなしだ。
そこへ、マーサがやってきた。
「レイ陛下、お時間よろしいですか?」
「うむ、マーサ。どうしたのだ」
「アイナ様が王宮にいらしてから二週間が過ぎました。まずは、レッスンの進捗状況をご報告いたします」
「おお、そうか。アイナは頑張っているか?」
「はい。予想以上でございます」
マーサは得意げに言った。
「学校に通われていないとお聞きしておりましたが、読み書きは充分に出来ております。歴史の授業に関しましても、興味を持って教師に質問するなど、知的好奇心もお持ちでいらっしゃいます」
「うんうん。それで?」
「立ち居振る舞いでは、お芝居の経験が生きております。堂々とした佇まいが身についていらっしゃるので、何の問題もございません。王族としての言葉遣いも、芝居だと思えば出来ると仰って全て覚えてしまわれました。外国語についても、諸国を旅していたのでどの国の言葉も日常会話程度なら問題ないそうです」
「そうかそうか。マーサのお眼鏡にかないそうか?」
「もちろんです。ここまで素晴らしいお方とは思っておりませんでした。元々のお力もありますが、まさに磨けば光る玉のようなお方です。アイナ様付き侍女軍団を結成致しましたので、あと二ヶ月半全力で磨き上げてみせます」
マーサはそう言って意気揚々と下がっていった。
アイナを褒められて最初はご機嫌だったが、あと二ヶ月半はゆっくり会えそうにないとわかって、またしょんぼりしてしまった。ダグラスに軽く後頭部をはたかれて渋々仕事に戻るレイであった。
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