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契約の儀式
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青い髪の男はこちらに近づき恭しくひざまづいた。
「アルトゥーラ王国始祖、ガイアス王の末裔よ。我、蒼龍アレストロンは古の契約に基づき汝の下僕とならん」
ハクはゆっくりと男の頭上に手をかざした。
「蒼龍アレストロンよ、我、ロスラーン・レイ・アシュランを主と定め我のためにその力を使うことを許す。古の契約に基づき我が魔力をそなたに与えん」
ハクの手のひらから眩しい白い光が溢れ、男を包み込んだ。これが神殿で行われていたとしたら、実に荘厳な光景だっただろう。
しばらくして光が消えると、ハクは笑顔になってアイナの方を振り向いた。
「アイナ、お待たせ。終わったよ。えーっと、話の続きだけど」
「ちょ、ちょっと待って。頭がついていかないよ。手から光が出たり、王の末裔とか言ったり。どういうこと?」
ハクはドサッと胡座をかいて座り、自分の隣の地面をポンポンと叩いた。
「長くなるから座ろうか。アレスも座れ」
アレスと呼ばれた男はコクンと頷き、アイナを挟むようにして3人並んで座った。
「私は、アルトゥーラ王国の王子だ。あの年、長く病を患っていた父王に元気を出してもらいたいと、国民が大きな祭りを催してくれたんだ。」
五年前、トーヤの一座が呼ばれた祭りのことである。
「父も民の気持ちを嬉しく思い、最終日の花火は自分の目で見たいとバルコニーに出た。その時に、庭園から矢で撃たれたんだ」
静かな怒りを内に秘めている、そんな口調だった。
「矢を合図に、部屋に敵がなだれ込んできた。私は父を守ろうと剣を取ったが、所詮十三歳の子供。あっさり切りつけられ、とどめを刺されそうになったその瞬間――」
ハクは言葉を切り、唇を噛みしめた。
「父が、最後の魔力を振り絞って私を城外に飛ばしたのだ。追手に見つからぬよう、犬の姿に変えて」
「じゃあ、あの時は……」
「そう、父を殺され絶望してさまよっていた」
アイナは、あの夜よろよろと歩いていたハクを思い出していた。
「私にはまだ魔力が無く、父の魔術を解くことが出来なかった。だから今までずっと犬の姿だったんだ。魔力が発現するのは十八歳を迎えて最初の満月の夜。だからずっと、今日の日を待っていたんだ」
「私も、この日を待っていました。レイ陛下の魔力がついに発現なされたのを遠いアルトゥーラで感じ、満月の導くままにここへ飛んできたのです」
アレスが静かに話し始めた。
「私は、蒼龍アレストロンと申します。歴代の王に仕え、国の地脈・水脈を護ってきました。しかし、前王が亡くなってから五年の間、魔力を与えてくれる存在がない私はすっかり力が弱まってしまいました。そのためアルトゥーラはひどい干ばつや地震に見舞われ続け、貧しい国になってしまったのです」
「ええっ、あのアルトゥーラが? あんなに活気のある国だったのに」
あの時のアルトゥーラは市場に食べ物は溢れ、人々はよく働き、各国からの往来もたくさんあった。
「はい。人々は暴力で抑えつけられ、税金も上がりました。さらに度重なる自然災害により備蓄していた食物も底をつき始め、一部の権力者以外は三食をまともにとることも出来ません」
「ひどい……。庶民が犠牲になってるのね」
「国民の不満は頂点に達しています。このままだと各地で暴動が起こるでしょう。それを抑えるはずの軍隊も、上層部以外は食糧の配給が滞っており、前王の時代の方が良かったという声が上がっています」
「そうか。民衆と兵士は味方につけられそうだな」
「はい。王子の亡骸が見つかっていないことから、いつか王子が戻ってきてくれるという、人々の願望の込もった噂も出てきております」
「よし、すぐにでもアルトゥーラへ戻ろう」
そう言った後、ハクはさっきまでの険しい顔つきを和らげアイナの方を見て微笑んだ。
「アイナ」
手を取り真っ直ぐに目を見てくるハクを、アイナは背筋を伸ばして見つめ返した。
「今まで本当にありがとう。アイナとの五年は楽しいことばかりだった。寂しがり屋のアイナともう一緒にいてあげられないのが辛いけど……」
アイナはハクとの暮らしを思い出して涙ぐんだ。ずっと仲良く一緒に遊んで、夜は同じベッドで寄り添って眠ったこの五年を。もちろん、これからもずっと一緒にいたかったけど。
「私は大丈夫だよ、ハク。私だってもう10歳の子供じゃないんだもの」
ハクはアイナの手を両手で包みギュッと握りしめた。
「ありがとう、アイナ」
「……では、王よ、参りましょう」
アレスが促し、ハクは立ち上がった。
「そうだ、アイナ。この服、このまま貰っていっていいかな」
「もちろん! でも、そんなお芝居用の衣装で大丈夫?」
「大丈夫。見てて」
ハクが呪文を唱えると、あっという間に王族の服装に変化した。
「わあ。すごい……」
「それから、これをアイナに」
と言って足元に咲いていた花を手折るとまた呪文を唱えてかんざしのような髪飾りに変え、アイナの鳶色の髪に挿した。
「こうすればいつまでも枯れないからね。私のことを覚えていて欲しい」
「ありがとう……。ハク、どうか元気で。アルトゥーラを元の豊かな国に戻してね」
「ありがとう、アイナ」
アレスは、再び龍の姿に変化した。ハクはその背中に跨り、地面から浮かび上がった。
(……本当にもう、お別れなんだ)
必死で涙を堪えているアイナに、ハクはウインクしながらこう言ってきた。
「最後に謝っておくね、アイナ。お風呂もずっと一緒に入っちゃってたこと」
「えっ?」
(……そうだ、私ずっとハクと一緒にお風呂に入って洗ってあげてたじゃん……全部見られてるってこと……だよね?)
アイナは急に恥ずかしくなり、思わず叫んだ。
「ハ、ハクの馬鹿っ! なんでそんなこと今思い出させるのよ!」
ハクは笑いながら、
「アイナ、また会える日を楽しみにしているよ」
そう言って、遠い空に向かって消えていった。
「アルトゥーラ王国始祖、ガイアス王の末裔よ。我、蒼龍アレストロンは古の契約に基づき汝の下僕とならん」
ハクはゆっくりと男の頭上に手をかざした。
「蒼龍アレストロンよ、我、ロスラーン・レイ・アシュランを主と定め我のためにその力を使うことを許す。古の契約に基づき我が魔力をそなたに与えん」
ハクの手のひらから眩しい白い光が溢れ、男を包み込んだ。これが神殿で行われていたとしたら、実に荘厳な光景だっただろう。
しばらくして光が消えると、ハクは笑顔になってアイナの方を振り向いた。
「アイナ、お待たせ。終わったよ。えーっと、話の続きだけど」
「ちょ、ちょっと待って。頭がついていかないよ。手から光が出たり、王の末裔とか言ったり。どういうこと?」
ハクはドサッと胡座をかいて座り、自分の隣の地面をポンポンと叩いた。
「長くなるから座ろうか。アレスも座れ」
アレスと呼ばれた男はコクンと頷き、アイナを挟むようにして3人並んで座った。
「私は、アルトゥーラ王国の王子だ。あの年、長く病を患っていた父王に元気を出してもらいたいと、国民が大きな祭りを催してくれたんだ。」
五年前、トーヤの一座が呼ばれた祭りのことである。
「父も民の気持ちを嬉しく思い、最終日の花火は自分の目で見たいとバルコニーに出た。その時に、庭園から矢で撃たれたんだ」
静かな怒りを内に秘めている、そんな口調だった。
「矢を合図に、部屋に敵がなだれ込んできた。私は父を守ろうと剣を取ったが、所詮十三歳の子供。あっさり切りつけられ、とどめを刺されそうになったその瞬間――」
ハクは言葉を切り、唇を噛みしめた。
「父が、最後の魔力を振り絞って私を城外に飛ばしたのだ。追手に見つからぬよう、犬の姿に変えて」
「じゃあ、あの時は……」
「そう、父を殺され絶望してさまよっていた」
アイナは、あの夜よろよろと歩いていたハクを思い出していた。
「私にはまだ魔力が無く、父の魔術を解くことが出来なかった。だから今までずっと犬の姿だったんだ。魔力が発現するのは十八歳を迎えて最初の満月の夜。だからずっと、今日の日を待っていたんだ」
「私も、この日を待っていました。レイ陛下の魔力がついに発現なされたのを遠いアルトゥーラで感じ、満月の導くままにここへ飛んできたのです」
アレスが静かに話し始めた。
「私は、蒼龍アレストロンと申します。歴代の王に仕え、国の地脈・水脈を護ってきました。しかし、前王が亡くなってから五年の間、魔力を与えてくれる存在がない私はすっかり力が弱まってしまいました。そのためアルトゥーラはひどい干ばつや地震に見舞われ続け、貧しい国になってしまったのです」
「ええっ、あのアルトゥーラが? あんなに活気のある国だったのに」
あの時のアルトゥーラは市場に食べ物は溢れ、人々はよく働き、各国からの往来もたくさんあった。
「はい。人々は暴力で抑えつけられ、税金も上がりました。さらに度重なる自然災害により備蓄していた食物も底をつき始め、一部の権力者以外は三食をまともにとることも出来ません」
「ひどい……。庶民が犠牲になってるのね」
「国民の不満は頂点に達しています。このままだと各地で暴動が起こるでしょう。それを抑えるはずの軍隊も、上層部以外は食糧の配給が滞っており、前王の時代の方が良かったという声が上がっています」
「そうか。民衆と兵士は味方につけられそうだな」
「はい。王子の亡骸が見つかっていないことから、いつか王子が戻ってきてくれるという、人々の願望の込もった噂も出てきております」
「よし、すぐにでもアルトゥーラへ戻ろう」
そう言った後、ハクはさっきまでの険しい顔つきを和らげアイナの方を見て微笑んだ。
「アイナ」
手を取り真っ直ぐに目を見てくるハクを、アイナは背筋を伸ばして見つめ返した。
「今まで本当にありがとう。アイナとの五年は楽しいことばかりだった。寂しがり屋のアイナともう一緒にいてあげられないのが辛いけど……」
アイナはハクとの暮らしを思い出して涙ぐんだ。ずっと仲良く一緒に遊んで、夜は同じベッドで寄り添って眠ったこの五年を。もちろん、これからもずっと一緒にいたかったけど。
「私は大丈夫だよ、ハク。私だってもう10歳の子供じゃないんだもの」
ハクはアイナの手を両手で包みギュッと握りしめた。
「ありがとう、アイナ」
「……では、王よ、参りましょう」
アレスが促し、ハクは立ち上がった。
「そうだ、アイナ。この服、このまま貰っていっていいかな」
「もちろん! でも、そんなお芝居用の衣装で大丈夫?」
「大丈夫。見てて」
ハクが呪文を唱えると、あっという間に王族の服装に変化した。
「わあ。すごい……」
「それから、これをアイナに」
と言って足元に咲いていた花を手折るとまた呪文を唱えてかんざしのような髪飾りに変え、アイナの鳶色の髪に挿した。
「こうすればいつまでも枯れないからね。私のことを覚えていて欲しい」
「ありがとう……。ハク、どうか元気で。アルトゥーラを元の豊かな国に戻してね」
「ありがとう、アイナ」
アレスは、再び龍の姿に変化した。ハクはその背中に跨り、地面から浮かび上がった。
(……本当にもう、お別れなんだ)
必死で涙を堪えているアイナに、ハクはウインクしながらこう言ってきた。
「最後に謝っておくね、アイナ。お風呂もずっと一緒に入っちゃってたこと」
「えっ?」
(……そうだ、私ずっとハクと一緒にお風呂に入って洗ってあげてたじゃん……全部見られてるってこと……だよね?)
アイナは急に恥ずかしくなり、思わず叫んだ。
「ハ、ハクの馬鹿っ! なんでそんなこと今思い出させるのよ!」
ハクは笑いながら、
「アイナ、また会える日を楽しみにしているよ」
そう言って、遠い空に向かって消えていった。
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