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年上のひと
親友Ⅲ
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本音をいえばシーナとふたりきりになりたかったけれど、貰い泣きした挙句にまるで自分のことのように落ち込んでいるティナを省くというのはさすがに酷というものだろう。
店の中だと不測の事態になったとき困るので、見通しのいい公園で話を聞くことにした。
途中、コンビニで調達した飲み物を各々手にして、ベンチに陣取る。
シーナが自発的に話すまで待つつもりであった。仮に何も話さなくても、それはそれでよかった。
「……昨日」
シーナは500ミリリットルのミネラルウォーターをひと口飲んだ後、静かに、時折り自分を落ち着かせるように会話を中断しながら語った。
昨晩、自宅近くのコンビニへ向かう途中、公園の噴水前で一ナナギと女性が抱き会ってる場面に遭遇したのだという。シーナはコンビニに行く際、問題の公園をショートカットとして使っているのは知ってはいた。ただ、シーナには夜の公園――特に今頃の時期――は何者が潜んでいるかしれないから、面倒でも通りを使って行くように普段からいってはいるのだけれど、今回は別の意味での危険に遭遇したカタチになったようだ。
「一さんもやるな」
ティナがそうつぶやいたのを聞き逃さなかったけれど、あえてスルーした。ティナからすれば別に衝撃的でもないのだろうけれど、シーナはそうもいかないだろう。
「聞き間違いじゃなかったら、その……赤ちゃんとか妊娠とか、そんな会話してて」
なんとも生臭い話になってきた。さすがのティナもここで勢いよく顔を上げる。
「いやいやいや、シーナ。それはないって」
シーナはそう思いたいけれど、と口にすると力なくうな垂れた。
ただ抱き合ってたのではなく、前後にそんな会話が交わされ、さらに一ナナギは相手の女性のお尻に手を這わせているように見えたという。パニックになるなという方が無理というものだ。今日一日、学校での放心状態から考えて、そんなショッキングな場面を見せられた直後のシーナの気持ちを思うと胸が潰れそうになる。
「相手ってどんな感じの人なの」
「すごいミニスカートだったよ。下着が見えそうなくらいの」
微妙に噛み合っていない親友同士の会話に吹き出しそうになる。
「……そうじゃなくって、私等と同じくらいの人なのか年上なのか、そういうこと」
ティナの言葉にシーナが躊躇いを見せる。
「まさか知り合い?」
その変化はティナも察したらしい。カップのカフェラテをベンチに置くと、食い入るようにシーナを見つめる。
「……あ、あそこの、一さんがアルバイトをしているお店でよく見かける人」
「同僚かー!」
天を仰ぐようにティナが仰け反ってみせる。安堵か絶望か、知り合って三年ちょっとの巨乳とエキゾチックな顔立ちが自慢の親友だけれど、その心までは読めない。
「確かにあそこは若い女の人けっこういるもんなあ。一さんみたいな若くてかっこいい男子がいれば誘惑されちゃうだろうし納得だわ」
……いやいや、納得をするしないじゃ解決したことにならないんだって。ティナはそこのところ分かってるのだろうか。
「けっきょく一さんとその同僚の……ねえ、その人って学生なの?」
「たぶん違うと思うよ。大人の女性って感じがするもん」
ティナともども近所のシーナほどではないにしろ、伯父さんが貸している土地ということは抜きにしてもあの店はたまに利用してはいる。だいたいなら、学生じゃない大人の女性従業員は特定できる。
「ねえシーナ。その人って御希衛町にあるファミリーレストランで働いてる人じゃない?」
「……う、うん」
「え~、誰よ誰よ」
頷くシーナに取り残されたカタチのティナが勝手に話を進めるなと割って入ってくる。
「図書館近くの公園手前にあるコンビニでも働いているよね?」
「……ああ、そういえば。うん、あの人、よく見る」
「だ、か、ら、誰よって!」
痺れを切らしたティナにシーナがお母さんみたいな口調で懇切丁寧に解説する。多少の余裕を取り戻したのか、シーナの表情は明るかった。これを狙っての憤慨だとすればティナもなかなかの策士である。
「あー、あの人か。いかにも仕事好きって感じがするよねえ。口元のほくろが超エロいし、一さんもあれにやられたのかー」
せっかくの笑顔がシーナの貌から一瞬で消え去る。やっぱりシーナをリラックスさせる意味での演技というわけではなかったらしい。デリカシーのないティナを肘で軽く小突くと、シーナに向き直る。
「シーナはどうしたい?」
私の問いかけにシーナは一瞬、目を見開くと、あとは黙ってしまった。
平日の夕方の公園はウォーキングやらジョギング、犬の散歩をする人がちらほら見える意以外は閑散としているといっていいレベル。女子高生はよくも悪くも目立ってしまう。
「問題は」
沈黙を破ったのはティナ。
「本当にやっちゃったのか、未遂なのか。やっちゃったとして、結果、デキちゃって責任がどうこうで揉めていたのかそこをはっきりさせないと」
確かにそうだけど、ただでさえウブなのにさらに傷心しているシーナの前であまり猥雑で刺激的なな発言は控えるべきだと思うんだけど。
「でも、まあ」
カップのカフェラテを片手に立ち上がったティナはずずっと大きく啜ると、シーナに笑いかけた。
「一さんに限ってそれはないんじゃないかね。彼、シーナ並にウブだし。まだ数えるくらいしか会ってないし、どういう人なのかクシナから聞いた話でしか正直、分からないけれど、オトコを見る目は同世代に比べたらあるって自負はしてる。一さんはそんなことできるオトコじゃない。おそらく、一方的に迫られている途中だったと見るべきだと思うわけだよ」
演劇で観客に向かって訴えかけるかのような仰々しくも頼もしい発言はただシーナを励ますつもりでその場限りの発言をしているのではないという、嘘偽りのなさの証みたいなものなのだろう。
「……なんだかお腹空いちゃったね」
ティナは本来シーナが昼休みに食べる予定であったサンドイッチをかばんから出してむしゃむしゃと食べ始めた。ずっと押し込んでいたためになんとも歪なカタチになっている。
一ナナギが女性と抱き合っていたという話の真相は概ねティナと同じ考えであった。伊達にオトコ遍歴を重ねてはいないなと感心する。
大見得を切ったティナがいい精神安定剤になったのか、シーナは朝から漂わせていた陰鬱さは微塵も感じさせることはなく、普段通りの笑顔を取り戻していた。
ティナとふたりでシーナを見送ったあと、あの人ってさとつぶやく声が聞こえた。
「例の一さんと抱き合っていた人、指輪してなかったっけ」
そう、そこは私も引っかかっていた。ファミリーレストランや一ナナギのアルバイト先では付けていなかったけど、コンビニで何度か見かけた際、左手薬指にはプラチナのリングが光っていた。
「そういう関係にはないって思うけどさ、相手が相手だし、やったやらない以前にけっこうやばくない?」
知ってしまった以上、知らん振りはできない。何よりシーナのためだ。やばかろうとなんだろうともう後に引くつもりはなかった。
店の中だと不測の事態になったとき困るので、見通しのいい公園で話を聞くことにした。
途中、コンビニで調達した飲み物を各々手にして、ベンチに陣取る。
シーナが自発的に話すまで待つつもりであった。仮に何も話さなくても、それはそれでよかった。
「……昨日」
シーナは500ミリリットルのミネラルウォーターをひと口飲んだ後、静かに、時折り自分を落ち着かせるように会話を中断しながら語った。
昨晩、自宅近くのコンビニへ向かう途中、公園の噴水前で一ナナギと女性が抱き会ってる場面に遭遇したのだという。シーナはコンビニに行く際、問題の公園をショートカットとして使っているのは知ってはいた。ただ、シーナには夜の公園――特に今頃の時期――は何者が潜んでいるかしれないから、面倒でも通りを使って行くように普段からいってはいるのだけれど、今回は別の意味での危険に遭遇したカタチになったようだ。
「一さんもやるな」
ティナがそうつぶやいたのを聞き逃さなかったけれど、あえてスルーした。ティナからすれば別に衝撃的でもないのだろうけれど、シーナはそうもいかないだろう。
「聞き間違いじゃなかったら、その……赤ちゃんとか妊娠とか、そんな会話してて」
なんとも生臭い話になってきた。さすがのティナもここで勢いよく顔を上げる。
「いやいやいや、シーナ。それはないって」
シーナはそう思いたいけれど、と口にすると力なくうな垂れた。
ただ抱き合ってたのではなく、前後にそんな会話が交わされ、さらに一ナナギは相手の女性のお尻に手を這わせているように見えたという。パニックになるなという方が無理というものだ。今日一日、学校での放心状態から考えて、そんなショッキングな場面を見せられた直後のシーナの気持ちを思うと胸が潰れそうになる。
「相手ってどんな感じの人なの」
「すごいミニスカートだったよ。下着が見えそうなくらいの」
微妙に噛み合っていない親友同士の会話に吹き出しそうになる。
「……そうじゃなくって、私等と同じくらいの人なのか年上なのか、そういうこと」
ティナの言葉にシーナが躊躇いを見せる。
「まさか知り合い?」
その変化はティナも察したらしい。カップのカフェラテをベンチに置くと、食い入るようにシーナを見つめる。
「……あ、あそこの、一さんがアルバイトをしているお店でよく見かける人」
「同僚かー!」
天を仰ぐようにティナが仰け反ってみせる。安堵か絶望か、知り合って三年ちょっとの巨乳とエキゾチックな顔立ちが自慢の親友だけれど、その心までは読めない。
「確かにあそこは若い女の人けっこういるもんなあ。一さんみたいな若くてかっこいい男子がいれば誘惑されちゃうだろうし納得だわ」
……いやいや、納得をするしないじゃ解決したことにならないんだって。ティナはそこのところ分かってるのだろうか。
「けっきょく一さんとその同僚の……ねえ、その人って学生なの?」
「たぶん違うと思うよ。大人の女性って感じがするもん」
ティナともども近所のシーナほどではないにしろ、伯父さんが貸している土地ということは抜きにしてもあの店はたまに利用してはいる。だいたいなら、学生じゃない大人の女性従業員は特定できる。
「ねえシーナ。その人って御希衛町にあるファミリーレストランで働いてる人じゃない?」
「……う、うん」
「え~、誰よ誰よ」
頷くシーナに取り残されたカタチのティナが勝手に話を進めるなと割って入ってくる。
「図書館近くの公園手前にあるコンビニでも働いているよね?」
「……ああ、そういえば。うん、あの人、よく見る」
「だ、か、ら、誰よって!」
痺れを切らしたティナにシーナがお母さんみたいな口調で懇切丁寧に解説する。多少の余裕を取り戻したのか、シーナの表情は明るかった。これを狙っての憤慨だとすればティナもなかなかの策士である。
「あー、あの人か。いかにも仕事好きって感じがするよねえ。口元のほくろが超エロいし、一さんもあれにやられたのかー」
せっかくの笑顔がシーナの貌から一瞬で消え去る。やっぱりシーナをリラックスさせる意味での演技というわけではなかったらしい。デリカシーのないティナを肘で軽く小突くと、シーナに向き直る。
「シーナはどうしたい?」
私の問いかけにシーナは一瞬、目を見開くと、あとは黙ってしまった。
平日の夕方の公園はウォーキングやらジョギング、犬の散歩をする人がちらほら見える意以外は閑散としているといっていいレベル。女子高生はよくも悪くも目立ってしまう。
「問題は」
沈黙を破ったのはティナ。
「本当にやっちゃったのか、未遂なのか。やっちゃったとして、結果、デキちゃって責任がどうこうで揉めていたのかそこをはっきりさせないと」
確かにそうだけど、ただでさえウブなのにさらに傷心しているシーナの前であまり猥雑で刺激的なな発言は控えるべきだと思うんだけど。
「でも、まあ」
カップのカフェラテを片手に立ち上がったティナはずずっと大きく啜ると、シーナに笑いかけた。
「一さんに限ってそれはないんじゃないかね。彼、シーナ並にウブだし。まだ数えるくらいしか会ってないし、どういう人なのかクシナから聞いた話でしか正直、分からないけれど、オトコを見る目は同世代に比べたらあるって自負はしてる。一さんはそんなことできるオトコじゃない。おそらく、一方的に迫られている途中だったと見るべきだと思うわけだよ」
演劇で観客に向かって訴えかけるかのような仰々しくも頼もしい発言はただシーナを励ますつもりでその場限りの発言をしているのではないという、嘘偽りのなさの証みたいなものなのだろう。
「……なんだかお腹空いちゃったね」
ティナは本来シーナが昼休みに食べる予定であったサンドイッチをかばんから出してむしゃむしゃと食べ始めた。ずっと押し込んでいたためになんとも歪なカタチになっている。
一ナナギが女性と抱き合っていたという話の真相は概ねティナと同じ考えであった。伊達にオトコ遍歴を重ねてはいないなと感心する。
大見得を切ったティナがいい精神安定剤になったのか、シーナは朝から漂わせていた陰鬱さは微塵も感じさせることはなく、普段通りの笑顔を取り戻していた。
ティナとふたりでシーナを見送ったあと、あの人ってさとつぶやく声が聞こえた。
「例の一さんと抱き合っていた人、指輪してなかったっけ」
そう、そこは私も引っかかっていた。ファミリーレストランや一ナナギのアルバイト先では付けていなかったけど、コンビニで何度か見かけた際、左手薬指にはプラチナのリングが光っていた。
「そういう関係にはないって思うけどさ、相手が相手だし、やったやらない以前にけっこうやばくない?」
知ってしまった以上、知らん振りはできない。何よりシーナのためだ。やばかろうとなんだろうともう後に引くつもりはなかった。
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