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シナリオ

奔走

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 ナギが学校に来なくなってから三日が経った。
 初日は空いたナギの席を認めた先生が本人や家族から連絡が受けていなが誰か知らないかというひとことがきっかけだった。
 本人はともかくナギの家はおじさんが単身赴任中、去年からはナナミさんが社会人になったのを機におばさんもついて行って今は姉弟ふたり暮らし、瓊紅保の美術館に勤めてるナナミさんはもう家にはいないだろうし、連絡が取れるとなればそのナギ本人であろうけれど、あとでかけたら誰も出なかったそうだ。
 もちろん家にいるとは限らないわけで休み時間にナギに直接かけてみたが、懸念した通り出ることはなく、念のために送ったメールも当然のように梨のつぶてであった。
 ナナミさんに、とも思ったが、欠席の理由が実は大したこともなく非常に下らないものだとしたら、余計な心配をかけるだけだしとこの日はそれ以上詮索するのはやめることにした。
 翌日も欠席したため、学校側は姉であるナナミさんへ直接、連絡を入れたようだ。
 昨日、つまり休んだ初日に帰宅したナナミさんは弟が学校へ行き・・・・・、そして帰ってきた形跡・・・・・・・がないことに気付いてナギの部屋まで行き、説明を求めたけれど、なんの反応も見せなかったという。普通の姉弟なら強引にでも部屋に乗り込んで休んだことを叱責するなり理由を問い質すなりするのだろうが、ナナミさんは基本的に自主性を重んじるところがある人なので、ムリに休んだ理由は聞かなかったのだろう。ナギの話だと普段から弟の部屋に勝手に入ることすらしないと聞く。あくまで本人の承諾を得てから、が基本みたいで出来た姉さんでうらやましいなといったら、あれでけっこう強引なところがあるんだよと苦笑いしていたが。
 けっきょく今の弟の状況は精神的なものかもしれないのでしばらく様子を見させて下さい、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんと丁重に謝られたとのことだった。

「心配です」
 休み時間、めずらしく左衛門三郎のお嬢様が俺に・・話かけてきた。
 無断欠席中のナギが気になるのだろう、すると他の女子や男子もちらほら集まってきた。あいつ、そんなに人気あったのか。
「私たちの間じゃ、六反園君よりは話題になってるよ」
「ニノマエ君、よく気がつくんだよね。やさしいところあるし」
「自分より他人を優先したりするよな、そういうさりげないところがいいんだ」
「ニノマエの姉ちゃんってスッゲー美人なんだろ? 恋人いななら即立候補するんだけどよ」
 親友の高評価は聞いてて悪い気はしないが、最後のはなんだ。寝ぼけたことをいう暇があるならナギの心配をしろ。大体ナナミさんにいちばん近い位置にいるのは俺だ。お前たちじゃ力不足なんだよ。
「でも六反園君、ニノマエ君のお姉さんに相手にされてないんでしょ?」
 痛いところを。つうか大きなお世話だ。
「ニノマエ君が休むなんてめずらしいよね」
 ひとりの女子がいう。シギヤや左衛門三郎のお嬢様たちと同じく小学校から一緒の同級生の一人だ。
 確かにナギと知り合って七年、いわゆる無断欠席とは無縁なやつだった。
「休んだ原因ってなんなんだろう」
 そこだ。ナナミさんのいう精神的なもの・・・・・・といういい方が気になる。病気だと断言はしてはいない。むしろ病気なら安心もできる。いや、安心じゃないが、理由がはっきりしてるだけ腑に落ちる。
「何か悩みがあるとか」
「んなことで休むかァ?」
「ニノマエ君ってナイーブなところあると思う」
「ずいぶんニノマエのこと知ってるんだな。ひょっとして惚れてんのか」
「何よ、それ」
 クラスメイトの喧々諤々けんけんがくがく、じゃなかった、えーっと、侃々諤々かんかんがくがく……だったか、好き勝手な会話を聞きながら、友人が抱え込んでいる何か・・が何んなのかを考えてみるが、そうそう答えが出るわけもなく、本人とコンタクトが取れない状況がさらに混迷化に拍車をかける。
 そりゃ年頃の男子、思春期の真っ只中だ。悩みのひとつやふたつ、あっても何もおかしなことじゃないだろう。そしてそれを友人といえども披瀝する必要はない。
 ナナミさんの言葉から察するに彼女も何か・・が何なのか掴んじゃいない気がする。
 それなら、とシギヤに訊いてみる。
「ナギちゃん、ずっとお部屋から出てこないんだって」
 休み時間に隣り一組に行くと、シギヤはそう答えた。すぐあとからやって来てシギヤの後ろで心配そうにしている三苫ちゃんともどもさっそく昨日、ナギんちに行ったようだった。
 ……こういうとき女子は行動早いな。
「お姉ちゃんに上がって行く? って訊かれたけど、たぶんナギちゃんはひとりでいたいと思ったから、三苫さんと一緒に買ったチーズケーキを置いて帰ったよ」
 こういうときシギヤはしっかりと空気を読む。俺よりもずっと――生まれたときにはすでに隣同士だったから年齢がそのままつき合った年数であろう――一緒だった時間が多いだけ、ナギが今どうしたいのかどう接すればいいのか直感的に分かるのかもしれない。
 こんなことじゃ俺が行ったところで同じだろう。ナナミさんのことだ、シギヤと同じように招き入れてくれるだろうけれど、あいつの部屋の前で何をいえばいいのか。電話に出なければメールの返信もない。ナナミさんですら立ち入らない部屋に闖入するわけにもいくまい。
 親友として取るべき態度はこういうときどんなものなのかと神妙に自問したところで明瞭な答えは出るわけもなく、いいたいことをいっているクラスメイトの誰かが奇しくも口にしていた「放っておけばいいんじゃねえ」という他人事のような発言がいちばん的を射てる気がしなくもない。
 だが、ナギと俺はクラスメイトで済ますことのできない間柄だ。自分でできる範囲で納得いくまで動いてみるべきだ。
 天岩戸たる自室にこもったそもそもの要因だが、校外や家庭内(これはないと断言できる)での出来事がきっかけなら難易度も上がるが、それは違うという確信があった。
 休み始めた前日の昼休み後、午後の授業からずっと心ここに在らずといったナギの態度、突破口があるとすればそこだろう。同席した昼食時にはいつも通りであった。となると、食事を摂ったあと、食堂を出たあとから授業が始まる前までになにかがあったのだ。
 在校中いちばん時間が取れる、まさに昼休み。学食を利用するようになってから初めてのひとり飯を手早く済ませると、とりあえず一学年の校舎をうろつく。とはいえ手当たり次第に訊きまくるというのも、ナギが戻ってきたときそのせいであいつが痛くもない腹を探られるという、要らぬ禍根を残すことになりかねず、それは避けたいところだ。
 まずは古くからの知り合い、顔見知りを当たることにしたがさすがにナギの無断欠席は知れ渡っているようで、逆に理由を訊かれる始末だった。
「これはこれは六反園君」
 快活にして不快な声が背後からかかる。イケメンキモヲタ野郎、五百旗頭だろう。
「……なんか用か」
 答えるのも癪だが、ナギの有力情報を掴んでいるかもしれない。こんな連中相手に振り返るのも馬鹿げているのでそのままの姿勢で相手をする。おそらくキモヲタ一号・五十棲もセットでいるのだろうが心底どうでもいい。
「一君の件ですが」
 声のトーンで把握できたが、一応、耳を傾ける。
「なにか知ってんのか」
「いえ、それが我々も理由を探っている最中でして」
 ……やっぱりな。となればこいつらに用はない。
「じゃあな」
 歩き始めた途端、通りかかった教室から出てきたやつと衝突しそうになった。
「……ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
 過剰なほど頭を下げるのは、果たしてキモヲタ二号の五月女だった。五百旗頭たちとは別行動だったか。何かというとナナミさんにまとわりついている一号のメガネよりは鬱陶しさはないが、俺が忌み嫌うヲタには変わりない。
「悪かったな」
 ぶつかっちゃいないが、円滑な学園生活のためにも無用な怨恨は残さないに限る。もっともヲタに恨まれたところでこちらは別になんの問題もないのだが、こいつは俺以上にナギとのつき合いは古いのだ。それなりの対応はしておいた方がよかろう。
「あ、あの」
 いつもうつむき加減な五月女がこちらを見ながら何事かを発しようと努力していた。
「一君は……今日も来てないの?」
 ナギとはゲームを貸したとか一緒に遊んだ回数だけなら五百旗頭や五十棲よりもあるみたいだし、こいつなりに心配なんだろう。
「まだ来てない。なにかがあったんだとは思うんだけど、それが分かんなくってな。何か知らないか?」
 五月女はすまなさそうに頭を振るだけだった。
 何かあったら知らせてくれ、そういい残し、昼休み特有のゆるい空気漂う一学年の廊下を歩き出す。
 そういやあいつとこんなに話したなんて初めてじゃなかったか。そんなことを考えながら、歓談に興じている女子や他愛のない戯れに身を躍らせている男子たちを横目に次の聴取相手を慎重に探ろうとしたときだった。

「二組のニノマエ君、今日も来てないみたい」

 足が止まる。
「やっぱ、ショックだったのかなー」
「けっきょく何が原因であんなこといわれたんだろ」
 胸が高鳴るこの感覚は、ずっと難解だったパズルを解いたときの愉悦に似ている気がする。決して最大にして最強のヒントとなる会話をしている女子にときめいたわけではない。
 見慣れないふたりだった。揃って肩まで伸びたストレートヘア、アクセサリー等で飾ってるわけでも、制服を着崩しているわけでもない、いっちゃ悪いがどこにでもいるフツーの女子高生の見本といった風情だ。あえて分けるなら細めと太め、か。
 私見ではあるが、ややふくよかでタレ目な方は男子にモテる気がする。
 ……と、今は女子生徒のチェックをしている場合ではない。
 俺は確かな手応えを感じつつ、そのふたりの女子に歩み寄った。
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