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第四章 皇女様の帰還

第6話―4 演説

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 そうやってルニ子爵がグーシュを見つめている間にも、広場には地球連邦軍の部隊が次々と入ってきた。

 前衛の軍楽隊。
 小銃を持った歩兵部隊。
 グーシュが乗った指揮車を先頭にした装甲車部隊。
 身長三メートルの強化機兵部隊。

 宿営地での行進より数はかなり少ないが、それでもかなりの部隊だ。
 そうして広場に入場した部隊は、子爵公邸の両脇に軍楽隊が、そして歩兵部隊が子爵公邸の前面に薄く、守るように展開した。
 
 残りの車両や強化機兵部隊は、広場を囲む様に展開する。
 まるで子爵公邸を守りつつ、広場を包囲するような配置だ。

 何事かと、緊張感を持って状況を眺める子爵達に、広場中央で控えていた指揮車がゆっくりと近づいてきた。
 
 そして、前面に整列していた歩兵が、指揮車からルニ子爵達の間に道を作るように二列で整列すると、指揮車のハッチからグーシュが颯爽と飛び降りた。

「捧げ―つつ!」

 指揮官と思しき歩兵が声を上げると同時に、グーシュに敬意を払うように鉄弓を掲げる歩兵たち。

 グーシュはその間を、ルーリアト式の敬礼をしながらゆっくりと歩き、子爵達に近づいていった。

 そして、グーシュに気を取られて子爵達は気が付かなかったが、指揮車の後ろでは背中のパーツが引っ掛かった一木を、ミルシャまで含めた総出で降ろそうと悪戦苦闘していた。

「おお、その太鼓腹! 久しいなルニ子爵。会いたかったぞ」

「は、はは! 子爵領一同、グーシュリャリャポスティ殿下をお迎えできる栄誉に、ただただ歓喜するのみです」

 まるでごく普通の訪問時の様に対応するグーシュに、子爵達は困惑を隠せない。
 それでも、皇族への礼儀を忘れないのはさすがと言うべきか。

「ははは、何回も言っているが、そんなにかしこまるな。わらわにとってこの子爵領は自分の家のような場所だ。ならばお前たちは家族も同然。その家族に仰々しくされたら、寂しいではないか」

 子爵達の困惑をよそに、グーシュの態度は変わらない。
 そうして、聞きたかったことをどのように聞くべきか悩んでいる間にも、グーシュはテキパキと話を進めてしまう。

「おお、そうだ。子爵に話しておくことがあった。それでな……ん? 一木殿! ミルシャ! 何をしているのだ!」

 グーシュが指揮車の方を見て叫ぶと、ほんの少し指揮車が揺れた。
 と思った瞬間、バキ! という大きな音が響き渡る。
 ルニ子爵やグーシュが何事かと思っていると、車両の後部からゆっくりと一木をはじめとする地球連邦軍の幹部一同が姿を現した。一木の背中に本来あったはずのパーツが無いことには、子爵領の誰も気が付かなかった。

 彼らを先導するのはミルシャだ。
 その態度はまるで、グーシュを相手にする時と同じであり、子爵達は先ほどの疑念が真実味を増したのを感じとった。

(ミルシャのあの態度! やはり、殿下は地球と手を結んだのか!?)

 子爵のそんな考えをよそに、近づいてきた一木は明るく話しかけた。

「やあ、子爵。今回は急な事で申し訳なかった。だが、事態は急を要する。どうしても急ぐ必要があったのだ」

 一木の物言いに、子爵達は疑念と困惑をより一層深くする。
 先ほどから、グーシュも一木も具体的な事を、何も言わないのだ。

 なぜ、ここまで曖昧な物言いに終始するのか。
 子爵達が必死に頭を巡らせていると、広場の入り口の方から子爵領の衛兵が駆け込んできた。

「し、子爵! 大変です、領民たちがこの広場に次々と集まって来ています!」

 突然の報告に子爵は驚愕した。

「な、何事だ! まさか、先ほどの行進で不安に駆られ……」

 子爵がこの時考えたのは、不安に駆られた領民による暴動だった。
 勿論、グーシュを見てすぐに暴動を起こすようなことは、普通の子爵領ならばあり得ない。

 だが、現在はグーシュと皇太子の構想が勃発している可能性が高いのだ。
 領民を焚きつけるような連中が入っていてもおかしくは無いのだ。

 しかし、そんな子爵の危惧は、グーシュによってすぐに否定された。

「ああ、心配するな子爵。これからわらわが演説をするから、それを聞きに来たのだ」

「え、演説……?」

 子爵はあっけにとられた。
 無理もない。突然どころではなく、たった今まで何も聞いていないのだ。

「そうだ。お前たちも不安に思っておるだろう。わらわがここにいる理由。交渉の行方。橋の崩落。異国の服を着て、地球連邦軍と共に街にやってきた理由……それらについて、子爵や領民たちに説明するための演説だ」

 グーシュの物言いに、ここに至って子爵達は理解した。
 グーシュと地球連邦軍の思惑に思い至ったのだ。

 答えは単純だ。
 演説によって、領民を煽り、子爵達をグーシュ派として巻き込むつもりなのだ。

 確かに、それをされれば子爵達に選択肢は無くなる。
 領民がグーシュに付くことを求めれば、子爵達が中立を叫んでも抗うことは困難だからだ。
 
 しかし、一方で子爵達は安堵してもいた。
 なぜならば、領民たちがグーシュに付く可能性はほとんど無いからだ。

 確かに、このルニの街の領民をはじめ、庶民のグーシュに対する好感度は高い。
 しかしそれは、あくまでもグーシュが皇族として、庶民の生活を守る事を主張し、行動しているからだ。

 だが、今回グーシュが演説で領民に求める事は、いかにあくどいことをやっていようとも、この国の正当なる皇位継承者の一人である、皇太子への反逆だ。

 つまりは、ここでグーシュが自分への支持を訴えかけることは、民に帝国への反逆を要求することに他ならない。

 それでは、民には生活の保障という実入りも、帝国臣民としての正当性も保証されない事になる。
 どうあがいても民を説得する事など不可能なのだ。

(殿下……そして一木殿……詳細は分からぬが、一気にことを決めようと焦ったな……残念だがこのルニの街は初代帝に仕えた側近の子孫が住まう土地……殿下には悪いが、帝国に逆らうことは出来ん)

 子爵が内心で謝罪と安堵が入り混じった思考を巡らせる中、グーシュは一木達と何やら話し込んでいた。

「では一木、あとは先ほどの文章通りにな」

「分かった。……うまくやれよ」

「任せろ、わらわを誰だと思っている」

 やり取りを終えると、グーシュはルニ子爵に近づき、小声で話しかけた。

「すまんが、準備があるのでな。邸内の部屋で少し休ませてくれるか? そうだな、広場に領民が揃ったと一木から連絡が入ったら戻ってくる」

「はっ、了解……いえ、わかりましたグーシュ殿下」

 先ほど言われた通り、言葉を少し柔らかく言いなおした子爵は、騎士の一人にグーシュを案内させた。
 すると、グーシュは去り際にさらに小声で話しかけてきた。

「太鼓腹……お前には随分と世話になったな」

「は、はあ……殿下には我が家の方がお世話になりましたからな。南方商人を誘致してくださったご恩は忘れておりません」

「わらわの方もだ。ここの領地程落ちつける良い場所はなかった……だからこそ、わらわは子爵……お前に三つ数える間の猶予を与える」

「それはどういうことですか?」

 子爵は意味が分からず、思わず聞き返した。
 だが、グーシュの答えはあいまいなものだった。

「演説を聞いていれば分かる。一木はいい男だが、出来ればここを第一としたいのだ」

 そう言うとグーシュは騎士に案内されて、ミルシャと共に公邸に入っていった。

「すまんがそこの騎士殿、剣をくれないか? 皆の前に立つのに手ぶらでは格好がつかん」

「は、はい! ポスティ殿下に剣を持っていただけるなど、光栄であります!」

 去り際に、騎士との会話が聞こえたが、それもたわいのない物だった。
 呆然とする子爵達の横に、一木達地球連邦軍の面々が並ぶ。

 話しかけようとした子爵だったが、見る間に集まってきた群衆の熱気に圧倒され、何も言うことが出来なかった。

(皆興奮しておる……だが、反逆への賛同を求められれば……その時は何とか殿下をお守りせねば……)

 そんな子爵の考えをよそに、広場は瞬く間に群衆で埋め尽くされた。
 人口千五百のルニの街の大半が集っているようだった。

 そして、群衆の集合を見た一木が部下に指示をする。
 度々子爵達も目にしていた、遠くとやり取りしている機械を使っているのだろうと、子爵達は予想した。

 だが、群衆が集い、一木が連絡を入れたその後も。
 群衆が、何の動きもない子爵達に不満を漏らし始めても。
 グーシュは、姿を現さなかった。
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